「星々の囁きとときめきの予感」

 さくらハウスのリビングは、夕暮れ時の柔らかな光に包まれていた。鷹宮澪、小鳥遊詩音、月城にこの三人が、ソファとローテーブルを囲んでくつろいでいる。テーブルの上には、それぞれが買ってきたスイーツやお菓子、そして最新の占い雑誌が無造作に広げられていた。


 澪は、いつもの几帳面な雰囲気とは打って変わって、ゆったりとしたカシミアのルームウェアに身を包んでいる。髪は普段のポニーテールではなく、柔らかなお団子ヘアにまとめられ、素顔には薄くナイトクリームが塗られていた。

 詩音は大きめのグラフィックTシャツにショートパンツという、いつものラフなスタイル。しかし、その手首には様々な天然石のブレスレットが幾重にも巻かれており、耳元にはムーンストーンのピアスが揺れていた。


 にこは、シルクのキャミソールにふわふわのルームパンツというセットアップスタイル。その上からカシミアのガウンを羽織り、首元にはラベンダーの香りのするアロマペンダントをつけている。


「ねえねえ、見て! 今月の占い特集すごいわよ」


 詩音が、手に持った占い雑誌を興奮気味に広げた。


「へえ、珍しく詩音が占いに興味持ったのね」


 にこが驚いたように言う。


「うん、最近なんだか気になって……」


 詩音が少し照れくさそうに答えた。


「私も、たまに見るわ。特に仕事運が気になる時なんかね」


 澪が言いながら、詩音の膝の上の雑誌を覗き込んだ。


「あら、澪まで? 意外ね」


 にこが目を丸くする。


「だって、時々当たるのよ。先月なんて、『大きなプロジェクトが舞い込む』って書いてあって、本当にそうなったの」


 澪が少し興奮気味に話す。


「へえ、すごい! 私も見てみたい」


 詩音が雑誌のページをめくり始めた。


「ちょっと待って。占いを見る前に、まずは雰囲気作りが大切よ」


 にこが立ち上がり、キャンドルとお香を取り出した。


「これ、パリで買ってきたの。占星術をイメージした香りなのよ」


 にこがキャンドルに火を灯し、お香を焚く。甘く神秘的な香りが、部屋に漂い始めた。

「わぁ、素敵」


 詩音が目を輝かせる。


「確かに、なんだか神秘的な雰囲気になったわね」


 澪も感心したように言った。

 三人は、キャンドルの柔らかな光に包まれながら、再び雑誌に目を落とした。


「じゃあ、まずは詩音から見てみましょう」


 にこが言い、詩音の星座のページを開いた。


「えーと、『今月は創造性が高まる時期。思い切った表現に挑戦してみて』だって」

「わぁ、いいじゃない! 詩音の才能が開花しそう」


 澪が嬉しそうに言う。


「うん、なんだかワクワクしてきた。新しい画材でも買ってみようかな」


 詩音が目を輝かせながら言った。


「次は澪ね」


 にこが雑誌をめくる。


「『仕事運絶好調。ただし、プライベートでのコミュニケーションに注意が必要』……って」

「あら、仕事はいいけど、恋愛は要注意ってことかしら」


 にこが意味ありげに言う。


「もう、からかわないでよ」


 澪が少し赤面しながら言った。


「でも、最近仕事ばかりだったわよね。たまには息抜きも必要よ」


 詩音が心配そうに言う。


「そうね……」


 澪が少し考え込む様子を見せた。


「さて、私の番ね」


 にこが自分の星座のページを開く。


「『人間関係に変化の兆し。新しい出会いが人生を大きく変える可能性も』……まあ!」

 にこの声が少し上ずった。


「すごい! にこ、これって素敵な恋の予感じゃない?」


 詩音が興奮気味に言う。


「そうかもね。でも、焦らず自然な流れに身を任せるのが吉よ」


 澪が冷静にアドバイスした。

 三人は、それぞれの占い結果について熱心に語り合った。話題は星座占いから、四柱推命、タロット、そして最近流行りの血液型占いまで、多岐にわたる。


「ねえ、占いって本当に当たるのかしら」


 澪が少し懐疑的に言った。


「でも、なんとなく心の支えになるよね」


 詩音が答える。


「そうね。全てを鵜呑みにするのではなく、自分の直感とのバランスが大切だと思うわ」

 にこが至極真っ当な意見を述べた。


「私ね、占いを見る時はいつも、このお守りを持ち歩くの」


 詩音が首からペンダントを取り出した。

 淡いピンク色の天然石が、キャンドルの光に照らされて柔らかく輝いている。


「それ、ローズクォーツね。恋愛運を高めるのに良いって言われてるわ」


 にこが訳知り顔で言う。


「へえ、効果あるの?」


 澪が興味深そうに尋ねた。


「うーん、わからないけど……でも、持ってるだけで何だか安心するんだ」


 詩音が少し照れくさそうに答えた。


「わかるわ。私も仕事の時、いつも同じピアスをつけるの」


 澪が言いながら、耳元のシンプルなゴールドピアスに触れた。


「それって、お守り的な意味合いなのね」


 にこが理解したように頷いた。


「みんな、それぞれのジンクスがあるのね」


 詩音が嬉しそうに言う。

 三人は、それぞれの「幸運アイテム」について語り合い始めた。にこは、いつも持ち歩いている高級ブランドのハンカチが実は四つ葉のクローバーの刺繍入りだということを告白し、澪は大切な商談の日には必ずラッキーカラーの下着を身につけることを恥ずかしそうに明かした。


「でも、占いやおまじないに頼りすぎるのも良くないわよね」


 にこが少し心配そうに言う。


「そうね。でも、ちょっとした心の支えになるのは悪くないと思う」


 澪が答えた。


「うん、大切なのは自分を信じること。占いは、そのきっかけになればいいんだよね」


 詩音が満足そうに言った。

 キャンドルの炎が揺らめき、お香の香りが部屋中に漂う中、三人の会話は更に深まっていった。占いという切り口から、それぞれの不安や希望、そして夢について語り合う。時には笑い、時には真剣な表情で、彼女たちは互いの内面を共有していく。


 窓の外では、夜空に星々が輝き始めていた。さくらハウスのリビングは、三人の若い女性たちの希望と不安、そして友情に満ちた空気で満たされていた。占いをきっかけに、彼女たちはより深く互いを理解し、明日への一歩を踏み出す勇気を得たのだった。


 夜が更けていく中、三人の会話は占いから派生して、より個人的な話題へと移っていった。


「ねえ、占いとかおまじないって、結局のところ自己暗示よね」


 にこが、ワイングラスに注いだノンアルコールのスパークリングワインをゆっくりと揺らしながら言った。彼女の赤みがかったネイルが、キャンドルの光に照らされて妖艶に輝いている。


「そうかもね。でも、その自己暗示が力になることもあるんじゃない?」


 澪が答える。彼女は無意識のうちに、首元のネックレスを指でなぞっていた。それは母親から贈られた、小さな四葉のクローバーのペンダントだ。


「うん、私もそう思う。自分を信じる力をくれるんだよ」


 詩音が頷きながら言った。彼女は膝の上に広げた占い雑誌を閉じ、代わりにスケッチブックを取り出した。


「それで思い出したんだけど、この前の占いで『創造性が高まる』って書いてあったから、新しいキャラクターのアイデアを描いてみたの」


 詩音がスケッチブックをめくり、描きかけのイラストを二人に見せる。そこには、星と月をモチーフにしたファンタジックな少女のキャラクターが描かれていた。


「わぁ、可愛い!」


 にこが目を輝かせて言った。


「本当ね。詩音の才能って本物だわ」


 澪も感心したように頷いた。


「ありがとう。でも、まだまだだよ」


 詩音が照れくさそうに言いながら、髪をかきあげた。その仕草で、耳に付けていたムーンストーンのピアスが揺れ、柔らかな光を放った。


「そうだ、占いと言えば……」


 にこが突然立ち上がり、自分の部屋に向かった。しばらくして、彼女は小さな木箱を抱えて戻ってきた。


「これ、パリで買ったタロットカードよ」


 にこが箱を開け、美しく装飾されたカードを取り出した。


「すごい! 本格的ね」


 澪が感嘆の声を上げる。


「使い方、知ってるの?」


 詩音が興味深そうに尋ねた。


「ええ、少しね。パリのマルシェで、占い師の女性に教わったの」


 にこが誇らしげに言った。


「じゃあ、ちょっとやってみない?」


 澪が提案する。


「そうね。でも、あくまで遊びよ。真に受けすぎないでね」


 にこが念を押しながら、カードをシャッフルし始めた。


 三人は息を詰めて、にこの手元を見つめる。にこは慎重にカードを並べ、一枚ずつめくっていく。


「澪の近い将来は……『正義』のカード。公平さとバランスがとれた決断が求められるわ」


「へえ、なんだか仕事のことを言われてる気がする」


 澪が真剣な表情で言った。


「詩音は……『月』のカード。直感と創造性が高まる時期ね」


「わぁ、さっきの占いと同じだ!」


 詩音が嬉しそうに声を上げた。


「私は……」


 にこが自分のカードをめくる。


「『恋人』のカード……」


 にこの頬が、かすかに赤く染まった。


「おお! これは良い予感?」


 詩音がからかうように言う。


「もう、からかわないでよ」


 にこが照れくさそうに言いながらも、どこか嬉しそうだ。


 三人は、タロットカードの意味について深く語り合った。それぞれのカードが示す象徴や、人生への適用について、真剣に、時には冗談を交えながら話し合う。


 会話が進むにつれ、彼女たちは占いやおまじないを通して、自分自身や互いのことをより深く理解していった。それは単なる遊びではなく、自己探求と友情を深める機会となっていた。


「ねえ、こういう夜って素敵よね」


 にこがしみじみと言った。


「うん、本当に」


 詩音が柔らかな笑顔で答える。


「たまには、こうして夜更かしするのも悪くないわ」


 澪も珍しく、リラックスした表情を見せた。


 窓の外では、満月が優しく輝いている。さくらハウスのリビングは、三人の若い女性たちの笑い声と、キャンドルの柔らかな光に包まれていた。占いという遊びを通じて、彼女たちはより強い絆で結ばれたように感じていた。


 そして、彼女たちはそれぞれの心の中で、明日への小さな希望を抱いていた。占いの結果を、そのまま信じるわけではない。しかし、それが自分自身を見つめ直し、前に進む勇気を与えてくれたことは確かだった。


 夜が更けていく中、三人は互いの将来について、夢や不安を語り合った。それは、占いやおまじないを超えた、本当の意味での「未来予想図」だった。


(了)

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