「こだわりの小宇宙」
梅雨明けの蒸し暑い土曜日、さくらハウスのリビングは三人の若い女性たちの賑やかな声で溢れていた。鷹宮澪、小鳥遊詩音、月城にこは、それぞれが大切にしているアクセサリーや小物を広げ、熱心に語り合っていた。
澪は髪を軽くまとめ、涼しげなリネンのワンピース姿。首元には、シンプルだがエレガントなプラチナのネックレスが輝いている。詩音はいつものように大きめのTシャツにショートパンツ。しかし、その手首には色とりどりのビーズブレスレットが何本も巻かれている。にこは上質なシルクのキャミソールに、ゆったりとしたワイドパンツというリラックスした格好。耳元で揺れる大ぶりのピアスが、彼女の洗練された雰囲気を引き立てていた。
「ねえ、みんなの一番のお気に入りのものって何?」
にこが、ワイングラスを片手に尋ねた。グラスの中には、彼女お気に入りのロゼワインが入っている。一般的なワインより度数が低めで、お酒が苦手なにこでも、これなら少量くぉゆっくりと楽しむことができた。
「そうね……私はこれかな」
澪が言いながら、首元のネックレスに手を伸ばした。
「祖母から譲り受けたものなの。シンプルだけど、どんな服装にも合うのよ」
澪の指が、そっとペンダントトップを撫でる。そこには、小さなダイヤモンドが一粒だけあしらわれていた。
「素敵! 歴史を感じるわね」
にこが感心したように言う。
「うんうん、澪らしい上品な感じ」
詩音も頷いた。
「私のお気に入りは、これかな」
詩音が言いながら、手首のブレスレットの中から一本を外した。それは、カラフルな天然石を使ったブレスレットだった。
「これ、一つ一つの石に意味があるんだ。例えばこの紫水晶は心を落ち着かせてくれるんだって。イラストの仕事で行き詰まった時によく身につけるの」
「へえ、そんな効果があるの?」
澪が興味深そうに覗き込む。
「うん。本当かどうかはわからないけど、つけてると気分が落ち着くんだ」
詩音が嬉しそうに説明する。彼女の指が、一つ一つの石を優しく撫でていく。
「素敵ね。その石、あなたの個性にぴったりだわ」
にこが微笑みながら言った。
「じゃあ、にこは? 何がお気に入りなの?」
澪が尋ねる。
「そうね……これかしら」
にこが言いながら、テーブルの上に小さな香水瓶を置いた。それは、アンティーク風のデザインで、中には淡いピンク色の液体が入っている。
「フランスの調香師が作った特別なブレンドなの。バラとジャスミンをベースに、ほんの少しだけウッディな香りがするの」
にこが説明しながら、そっと香水を手首に一吹きした。途端に、甘く深みのある香りが漂い始めた。
「わぁ、いい匂い」
詩音が目を閉じて香りを楽しむ。
「本当ね。女性らしくて、でも凛とした感じがするわ」
澪も感心したように言った。
「ありがとう。この香りをつけると、なんだか自信が湧いてくるの」
にこが嬉しそうに微笑んだ。
三人は、それぞれのお気に入りについて語り合いながら、自然とその他の小物やアイテムにも話題が移っていった。
「そういえば、澪はいつも使ってる手帳が素敵だよね」
詩音が言った。
「あぁ、これのこと?」
澪が鞄から取り出したのは、上質な革で作られた手帳だった。表紙には、彼女のイニシャルが控えめに刻印されている。
「これ、去年の誕生日に自分へのご褒美として買ったの。仕事の予定はスマホで管理してるけど、大切な約束や思い出はここに書き留めてるわ」
澪が手帳をそっと開くと、整然とした文字で日々の出来事が記されていた。その合間には、小さなチケットの半券や、押し花なども挟まれている。
「わぁ、素敵。まるで大人の女性の秘密の宝箱みたい」
詩音が目を輝かせながら言った。
「本当ね。私も欲しくなっちゃった」
にこも感心したように言う。
「でも、私にはちょっと難しそう。私のお気に入りはこれかな」
にこがスマートフォンを取り出した。
「ケースが可愛い!」
詩音が声を上げた。にこのスマートフォンケースは、パリで買ったというデザイナーズブランドのもので、シンプルながら洗練されたデザインだった。
「ありがとう。でもね、私が本当に気に入っているのはこれなの」
にこがスマートフォンを操作すると、画面にスケジュール管理アプリが表示された。
「このアプリ、ただのスケジュール管理だけじゃなくて、その日の気分や天気、着ていた服装まで記録できるの。振り返ると、自分の日々がまるでファッション雑誌のページみたいに綴られているのよ」
「へぇ、それいいね! 私も欲しい」
詩音が興味深そうに覗き込む。
「確かに素敵ね。でも、私はやっぱり手書きの方が落ち着くわ」
澪が微笑みながら言った。
「そうそう、詩音はどう? 何か特別こだわってるものある?」
にこが尋ねた。
「うーん、私はね……」
詩音が立ち上がり、自分の部屋から何かを持ってきた。それは、古びた缶に入ったいくつかの色鉛筆だった。
「これ、中学生の時から使ってる色鉛筆なんだ。今はもっといいのも持ってるんだけど、アイデアスケッチを描く時はいつもこれを使うの」
詩音が説明しながら、缶を開けた。中には、使い込まれてすっかり短くなった色鉛筆が何本も入っている。
「まあ、随分と使い込んでるのね」
にこが驚いたように言う。
「うん。これ、私の宝物なんだ。この色鉛筆で描いたスケッチから、たくさんの作品が生まれたから」
詩音の目が、懐かしそうに潤んでいた。
「素敵ね。道具への愛着って、大切だわ」
澪が優しく言った。
三人は、それぞれのこだわりのアイテムについて語り合いながら、自然とそれぞれの人生観や価値観にも話が及んでいった。
「でも、みんなのこだわりって、単なるモノへの執着じゃないわよね」
にこが、少し思慮深げに言った。
「そうね。それぞれのアイテムに、私たちの思い出や願いが詰まってるのよ」
澪が頷きながら答えた。
「うん。私の色鉛筆は、夢への第一歩を思い出させてくれるんだ」
詩音も付け加えた。
窓の外では、夕暮れの柔らかな光が差し込み始めていた。三人の若い女性たちは、それぞれのこだわりのアイテムを通じて、自分自身の内面と向き合っているようだった。
夕暮れの柔らかな光が差し込むリビングで、三人の会話はさらに深まっていった。にこが立ち上がり、キッチンからワインボトルを持ってきた。
「もう少し飲まない? このワイン、私の密かな楽しみなの」
にこが言いながら、澪と詩音のグラスにロゼワインを注ぐ。
「このワイングラス、にこらしくて素敵だね」
詩音が感心したように言った。それは、薄く繊細な作りのクリスタルのグラスで、光を受けて美しく輝いている。
「ありがとう。パリの蚤の市で見つけたの。一目惚れしちゃって」
にこが嬉しそうに答えた。
「でも、普段使いには勇気がいりそうね」
澪が心配そうに言う。
「そうなのよ。でも、大切にしまっておくだけじゃもったいないでしょう? だから、特別な日に使うようにしてるの」
にこの言葆に、澪と詩音は深く頷いた。
「そういえば、澪はいつもペンにこだわってるよね」
詩音が突然思い出したように言った。
「あぁ、これのこと?」
澪が鞄から取り出したのは、シックなデザインの万年筆だった。
「これ、就職祝いに両親からもらったの。大切な契約書にサインする時とか、重要な場面で使ってるわ」
澪が説明しながら、万年筆をそっと開く。インクの濃紺色が、夕暮れの光に照らされて深い輝きを放っていた。
「素敵……。まるで澪の凛とした雰囲気そのものみたい」
にこが感心したように言う。
「本当だね。でも、私には少し重たそう」
詩音が少し困ったように笑う。
「そうね。詩音には、もっとポップで可愛らしいものが似合うわ」
澪が優しく言った。
「あ、そういえば!」
詩音が突然立ち上がり、自分の部屋に駆け込んだ。戻ってきた彼女の手には、カラフルなシールやマスキングテープがびっしりと貼られたスケジュール帳が握られていた。
「私のお気に入りは、これかな。毎日の予定はもちろん、その日のちょっとした出来事とか、思いついたアイデアとかを書き留めてるんだ」
詩音が嬉しそうに説明しながら、スケジュール帳を開いた。そこには、彼女特有の可愛らしいイラストや、色とりどりのペンで書かれたメモが所狭しと並んでいた。
「まあ、なんて可愛らしいの!」
にこが目を輝かせながら言った。
「本当ね。見ているだけで元気が出てきそう」
澪も笑顔で言う。
「でしょう? これ見ると、毎日が特別な一日に感じられるんだ」
詩音がはにかみながら答えた。
三人は、それぞれのこだわりのアイテムを見せ合いながら、その背景にある思いや価値観を共有していった。ワインを飲みながらの会話は、次第に深みを増していく。
「でも、不思議よね」
にこが、グラスを見つめながら言った。
「何が?」
澪が尋ねる。
「こうして話してみると、私たちのこだわりって、結局のところ自分自身を表現する手段なのかもしれないって思うの」
「そうかもね。私の万年筆は、仕事への真剣さを表してるのかも」
澪が考え込むように言った。
「うん。私のスケジュール帳は、毎日を楽しもうっていう気持ちの表れかな」
詩音も頷きながら言う。
「そう。だから、こだわりのアイテムを大切にすることは、自分自身を大切にすることにつながるのよ」
にこの言葆に、三人は深く頷いた。
夜が更けていく中、彼女たちの会話は尽きることを知らなかった。それぞれのこだわりのアイテムを通じて、彼女たちは自分自身の内面とより深く向き合い、同時に互いの個性をより深く理解し合っていった。
「ねえ、こういう話って、男の人にはわからないかもね」
詩音が、ふと思いついたように言った。
「そうかもしれないわね。でも、それでいいの」
にこが微笑みながら答えた。
「そうよ。これは私たちの小さな秘密。私たち女性だけが共有できる特別な時間よ」
澪が付け加えた。
三人は顔を見合わせ、くすりと笑った。彼女たちの間には、言葉では表現できない深い絆が流れていた。
窓の外では、夜空に星々が瞬き始めていた。さくらハウスのリビングは、三人の若い女性たちのこだわりと思いが詰まった、特別な空間となっていた。それは、彼女たちにとって大切な思い出となり、これからの人生をより豊かなものにしていくことだろう。
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