「予期せぬ遅れと三人の絆」

 さくらハウスのリビングに、いつもと違う緊張感が漂っていた。月城にこが、落ち着かない様子で部屋を行ったり来たりしている。彼女は普段の優雅な立ち振る舞いとは打って変わって、髪を無造作にまとめ、すっぴんの顔には不安の色が浮かんでいた。


「どうしたの、にこ? なんだか落ち着かない様子ね」


 鷹宮澪が心配そうに声をかけた。澪はソファに座り、雑誌を読んでいたが、にこの様子が気になって集中できずにいた。


「え? あ、ううん……大したことじゃないわ」


 にこは取り繕おうとしたが、その声には明らかに動揺が感じられた。


「本当? でも、そんなににこが落ち着かないなんて珍しいよ」


 小鳥遊詩音も、スケッチブックから顔を上げて言った。彼女は床に座り込み、新しいイラストのアイデアを練っていたところだった。


 にこは一瞬躊躇したが、深呼吸をして決心したように口を開いた。


「実は……生理が来ないの」


 その言葉に、澪と詩音は驚いた表情を浮かべた。


「えっ、それって……」


 澪が言葉を濁す。


「違うの! そういうわけじゃないわ」


 にこが慌てて否定する。


「ただ、いつもより1週間ほど遅れていて……今まで、こんなことなかったから」


 にこの声には、不安と戸惑いが混ざっていた。彼女は普段、完璧を求める性格で、自分の体調管理にも細心の注意を払っていた。その彼女が、こんなにも動揺している姿は珍しかった。


「大丈夫よ、にこ」


 澪が立ち上がり、にこの肩に手を置いた。


「生理不順って、よくあることじゃない? 私も経験あるわ」


「そうだよ。ストレスとか、生活リズムの乱れで起こることもあるんだよね」


 詩音も慰めるように言った。


 にこは少し落ち着いた様子で深呼吸をした。


「そうよね。わかってるんだけど……やっぱり不安で」


 三人はソファに座り、にこを真ん中に挟んだ。


「最近、何か変わったことあった?」


 澪が優しく尋ねた。


「そうね……」


 にこは考え込むように言った。


「仕事が忙しくて、睡眠時間が減ったかもしれないわ。それに、新しいスキンケア製品を試し始めたの」


「それかもね」


 詩音が頷いた。


「体調の変化って、思わぬところで起こるんだよね」


 にこは、自分の体を見つめ直すように腕を撫でた。彼女の肌は、いつもながら艶やかで美しい。しかし、その下で起こっている変化に、彼女は戸惑いを感じていた。


「ねえ、明日病院に行ってみない?」


 澪が提案した。


「そうだね。専門家に相談するのが一番だよ」


 詩音も同意する。


 にこは少し迷ったが、最終的に頷いた。


「そうね。行ってみるわ」


 その夜、三人は久しぶりに一緒に夕食を作ることにした。にこの気を紛らわせるためだ。


 キッチンでは、にこが丁寧に野菜を切り、澪がソースを作り、詩音がテーブルセッティングを担当した。料理の香りが部屋中に広がり、少しずつ和やかな雰囲気が戻ってきた。


「ねえ、みんなはどうしてる? 生理のこと」


 にこが突然尋ねた。


「私は、ヨガをしてるわ」


 澪が答えた。


「体を動かすと、気分も良くなるし、体調も整うの」


「へえ、私は温かいハーブティーを飲むんだ」


 詩音が言った。


「カモミールとか、ペパーミントとか。心が落ち着くよ」


 にこは二人の話を聞きながら、メモを取っていた。


「私も、何か新しいことを始めてみようかしら」


 夕食後、三人は居間でくつろいでいた。にこは、澪から借りたヨガマットの上で軽いストレッチをしている。詩音が淹れたハーブティーの香りが、部屋中に広がっていた。


「ねえ、にこ」


 詩音が優しく声をかけた。


「うん?」


「大丈夫だよ。私たちがついてるから」


 澪も頷いた。


「そうよ。一人で抱え込まなくていいの」


 にこの目に、涙が浮かんだ。


「ありがとう……本当に、ありがとう」


 翌日、にこは病院に行った。結果は単なる生理不順だった。ストレスと睡眠不足が原因とのことだ。


 その夜、にこは安堵の表情で二人に報告した。


「良かった」


 澪が胸をなでおろした。


「やっぱりね」


 詩音も嬉しそうに言った。


 にこは二人を見つめ、柔らかな笑顔を浮かべた。


「みんな、ありがとう。一人じゃなかったから、乗り越えられたわ」


 三人は互いを見つめ、小さく笑い合った。この経験を通じて、彼女たちの絆はより一層深まったように感じられた。


「これからは、もっと体調管理に気をつけるわ」


 にこが決意を述べた。


「私たちも協力するわ」


 澪が言った。


「うん、みんなで健康的な生活を送ろうね」


 詩音も同意した。


 窓の外では、夜空に星々が輝いていた。さくらハウスの三人は、この小さな不安と向き合い、乗り越えたことで、新たな絆を感じていた。それは、彼女たちの日常をより豊かなものにする、かけがえのない経験となったのだった。


(了)

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