「雨音のシンフォニー」

 さくらハウスの窓を激しい雨音が叩く土曜の朝。鷹宮澪、小鳥遊詩音、月城にこの三人は、それぞれ異なる表情でリビングに集まっていた。


 澪は既に完璧なメイクと髪型で、ネイビーのスーツに身を包んでいる。彼女の手には、高級ブランドのレザーバッグが握られていた。


「まさか、こんな大雨になるなんて……」


 澪がため息まじりに呟いた。


「今日の商談、延期にならないかしら」


 にこはシルクのパジャマ姿で、窓際に立っていた。彼女の肌は、夜用の高級美容液のおかげで艶やかに輝いている。


「澪、無理して行く必要はないんじゃない?」


 にこが心配そうに言う。


「そうだよ。こんな天気じゃ、電車だって遅れるかもしれないし」


 詩音も同意する。彼女は大きなTシャツとショートパンツという普段着で、ソファにだらりと寝そべっていた。


 澪は迷った表情を浮かべる。しかし、その時、スマートフォンの着信音が鳴った。


「あ、クライアントからだわ」


 澪が電話に出る。数分間の会話の後、彼女の表情が和らいだ。


「商談、延期になったわ。クライアントの方から申し出てくれたの」


「良かった」


 にこが安堵の表情を浮かべる。


「じゃあ、今日はゆっくりできるね」


 詩音が嬉しそうに言った。


 三人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。突然の予定キャンセルに、最初は戸惑いを感じたが、次第にリラックスした雰囲気が広がっていく。


「せっかくだから、のんびり過ごしましょう」


 にこが提案した。


「そうね。久しぶりに三人揃って家にいられるわ」


 澪も同意する。


「うん、たまにはこういう日も必要だよね」


 詩音も頷いた。


 澪はスーツを脱ぎ、代わりに柔らかなカシミアのセーターとジーンズに着替えた。完璧だったメイクも、ナチュラルな印象に整え直す。にこは、お気に入りのシルクのルームウェアに着替え、髪を柔らかくまとめ上げた。詩音はそのままの格好で、ただ髪を軽くブラッシングしただけだった。


「紅茶を入れるわ」


 にこがキッチンに向かう。彼女は棚から、特別な日にしか使わない高級茶葉を取り出した。


「私、クッキーを焼こうかな」


 詩音が台所に立つ。


「じゃあ、私は読書でもしようかしら」


 澪が本棚から、しばらく読もうと思っていた小説を取り出した。


 雨音を背景に、三人それぞれの活動が始まった。にこは丁寧に紅茶を淹れ、その香りがリビングに広がる。詩音は、クッキーを作りながら、時折鼻歌を歌っている。澪は、ソファに座り、本を開いた。


「紅茶ができたわ」


 にこが、優雅な足取りでティーセットを運んでくる。それは、彼女が大切にしている骨董品のセットだ。


「わあ、いい香り」


 詩音が嬉しそうに言う。


「ありがとう、にこ」


 澪も本から顔を上げ、感謝の言葉を述べた。


 三人は、にこの淹れた紅茶を楽しみながら、ゆったりとした時間を過ごし始めた。雨音が心地よいBGMとなり、部屋の中は穏やかな空気に包まれている。


「ねえ、こうしてると、雨って結構いい音がするね」


 詩音が、窓の外を見ながら言った。


「そうね。普段は気づかないけれど、心地よいリズムがあるわ」


 にこも同意する。


「確かに。まるで自然の奏でる音楽みたい」


 澪が付け加えた。


 三人は、それぞれの雨の日の過ごし方を共有し始めた。


「私ね、雨の日はスキンケアに力を入れるの」


 にこが言う。


「湿度が高いから、お肌がモチモチになるのよ」


「へえ、そうなんだ」


 詩音が興味深そうに聞く。


「私は、雨音を聞きながらスケッチを描くのが好きなんだ。なんだか想像力が刺激されるっていうか」


「わかるわ」


 澪が頷く。


「私も、雨の日は創造力が高まる気がするの。企画書を書くのにぴったりよ」


 会話が弾む中、詩音の焼いたクッキーが出来上がった。甘い香りが、紅茶の香りと混ざり合う。


「できたよ!」


 詩音が、焼きたてのクッキーを運んでくる。


「まあ、可愛い形ね」


 にこが感心したように言う。クッキーは、花や星、ハートの形をしていた。


「美味しそう」


 澪も手を伸ばす。


 三人は、紅茶とクッキーを楽しみながら、さらに会話を深めていった。仕事の話、恋愛の悩み、将来の夢……。普段はなかなか話せないような話題も、この雨の日には自然と口をついて出てくる。


「ねえ、私たち、こうして過ごすの久しぶりよね」


 にこが、しみじみと言った。


「そうだね。いつも忙しくて、ゆっくり話す時間もなかったもんね」


 詩音も同意する。


「でも、たまにはこういう時間も必要かもしれないわ」


 澪が言う。


「日々の慌ただしさから少し離れて、自分を見つめ直す機会になるわ」


 三人は、それぞれの思いを語り合いながら、雨音に包まれた静かな時間を過ごしていった。窓の外では雨が降り続いているが、部屋の中は温かな空気に満ちている。


 時間が経つにつれ、雨も小降りになってきた。窓から差し込む光が、少しずつ明るくなっていく。


「雨、上がりそうね」


 にこが窓の外を見ながら言った。


「うん、でも、なんだか名残惜しいな」


 詩音がため息をつく。


「そうね。でも、この時間があったからこそ、また明日から頑張れそう」


 澪が微笑んだ。


 三人は、この予期せぬ雨の日が、かけがえのない時間になったことを感じていた。日常の忙しさの中で見逃しがちな、小さな幸せや気づきを、雨音とともに心に刻んだのだった。


「また、こういう時間を作りましょうね」


 にこが提案した。


「うん、今度は晴れの日でもいいかも」


 詩音が笑顔で答える。


「そうね。でも、雨の日もまた素敵ね」


 澪も同意した。


 窓の外では、雨上がりの空に虹が架かり始めていた。さくらハウスの三人は、この思いがけない雨の日の思い出を胸に、新たな週の始まりを迎える準備をしていた。


(了)

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