「キャリアウーマンの本音 - 揺れる野心と葛藤」

 さくらハウスのリビングに、疲れ切った様子で鷹宮澪が帰ってきた。普段はきりっとしたスーツ姿の彼女だが、今日は少し乱れている。ネイビーのジャケットは腕に掛けられ、白いブラウスのボタンが一つ外れている。髪も少し乱れ、メイクも薄れかけていた。


「ただいま……」


 澪の声に、小鳥遊詩音と月城にこが顔を上げた。


「おかえり、澪。どうしたの? なんだか元気ないみたい」


 詩音が心配そうに声をかける。


「本当ね。何かあったの?」


 にこも心配そうに尋ねた。


 澪は深いため息をつき、重々しく言葉を紡いだ。


「今日、会社で大きなプロジェクトの責任者に抜擢されたの」


 にこと詩音は、一瞬喜びの表情を浮かべたが、すぐに澪の複雑な表情に気づいた。


「おめでとう! でも、それは良いことじゃない?」


 詩音が首を傾げる。


「そうね。でも、何か悩んでいるように見えるわ」


 にこが慎重に言葉を選んだ。


 澪はソファに深々と腰掛け、ゆっくりと説明を始めた。


「このプロジェクト、成功すれば間違いなく昇進につながるの。でも……」


「でも?」


 にこと詩音が声を揃えて尋ねる。


「でも、それは同時に、私の人生計画を大きく変えることになるかもしれないの」


 澪の言葉に、部屋に重い空気が流れた。


「どういうこと?」


 詩音が静かに尋ねた。


「このプロジェクト、少なくとも2年はかかるわ。そして、その間は海外出張も多くなる。つまり……」


「つまり、結婚や出産の計画が狂うってこと?」


 にこが鋭く察した。


「そう。私、30代前半で結婚して、仕事と家庭を両立させる計画だったの。でも、このプロジェクトを受ければ……」


 澪の言葉に、三人は沈黙した。そこには、キャリアと人生設計の狭間で揺れる女性の葛藤が如実に表れていた。


「私にも似たような経験があるわ」


 にこが静かに口を開いた。


「去年、新しいブランドラインの責任者になるチャンスがあったの。でも、それは今の店長の仕事を離れることを意味していた。結局、断ったわ」


「え? そんな大きなチャンスを?」


 詩音が驚いて声を上げた。


「そう。だって、今の仕事に愛着があったし、新しい挑戦への不安もあった。でも今でも時々、あの時受けていれば……って考えることがあるの」


 にこの告白に、澪と詩音は深く頷いた。


「私も……」


 詩音が躊躇いがちに言葉を続けた。


「実は先月、大手出版社から専属契約のオファーがあったんだ。でも、フリーランスの自由を失うのが怖くて、断ってしまった」


 三人は、それぞれの経験を共有し、深いため息をついた。


「私たち、なんでこんなに悩むんだろう」


 澪がふと呟いた。


「そうね。男性だったら、迷わず受けるのかしら」


 にこが考え込むように言った。


「いや、それは違うと思う」


 詩音が真剣な表情で言った。


「男性だって、きっと同じように悩むはず。ただ、表に出さないだけかもしれない」


 三人は、その言葉に深く考え込んだ。


「でも、私たちが特に悩むのは、社会の期待というか、プレッシャーがあるからかもしれないわ」


 にこが慎重に言葉を選んだ。


「そう、『女性は家庭を大切にすべき』とか、『でも、キャリアも諦めちゃダメ』とか……」


 澪が付け加えた。


「そうそう。『仕事も家庭も完璧にこなすスーパーウーマンになれ』って言われてるような気がする」


 詩音が少し皮肉を込めて言った。


 三人は、社会からの期待と自分たちの本当の願いの狭間で揺れる心境を率直に語り合った。


「でも、よく考えてみると、私たちが悩んでいるのは、ある意味贅沢な悩みかもしれないわね」


 にこが新たな視点を提供した。


「どういうこと?」


 澪が首を傾げる。


「だって、選択肢があるってことでしょう? 昔の女性たちは、こんな選択肢すらなかったのよ」


 にこの言葉に、澪と詩音は目を見開いた。


「確かに……私の祖母の時代は、結婚したら仕事を辞めるのが当たり前だったって聞いたことがある」


 澪が思い出したように言った。


「そう、私たちには選択肢がある。それは同時に、責任も伴うってことね」


 詩音が深く頷いた。


「そうね。だからこそ、私たちは自分の人生に対して、もっと主体的にならなきゃいけないのかもしれない」


 にこの言葉に、三人は強く同意した。


「じゃあ、具体的にどうすればいいんだろう」


 澪が、現実的な問いを投げかけた。


「そうねぇ……」


 にこが考え込む。


「まずは、自分の本当の願いを明確にすることかな」


 詩音が提案した。


「どういうこと?」


 澪が尋ねる。


「例えば、澪の場合。このプロジェクトを受けることで失うものと、得るものを書き出してみるのはどう?」


 詩音の提案に、澪は目を輝かせた。


「それ、いいアイデアね」


 にこも賛同した。


 三人は、それぞれの状況について、得るものと失うものをリストアップし始めた。その過程で、彼女たちは自分の本当の願いに気づいていった。


「私ね、気づいたの」


 澪が、真剣な表情で言った。


「このプロジェクト、確かに大変だけど、私の能力を最大限に発揮できる機会でもあるのよ。それに、海外経験だって、将来必ず活きてくるはず」


「そうね。人生計画が少し狂うかもしれないけど、それ以上の価値があるんじゃないかしら」


 にこが同意する。


「うん、それに人生なんて、計画通りにいくものじゃないしね」


 詩音も付け加えた。


「私も、あの新ブランドのチャンス、もう一度考え直してみようかしら」


 にこが、少し迷いながらも言った。


「私も、出版社の話、完全に諦めるんじゃなくて、もう少し交渉の余地があるか探ってみようかな」


 詩音も、新たな決意を語った。


 三人は、それぞれの決断について話し合い、互いにアドバイスを交換した。そして、最後に澪が静かに口を開いた。


「ねえ、私たち、こうして悩んで、考えて、決断していく過程こそが、本当の意味でのキャリアウーマンの姿なんじゃないかな」


 にこと詩音は、その言葉に深く頷いた。


「そうね。完璧を求めるんじゃなくて、自分らしい道を模索し続けること。それが大切なのかもしれないわ」


 にこが同意する。


「うん、そして、こうして互いに支え合えるっていうのも、私たちの強みだよね」


 詩音が晴れやかな表情で言った。


 この夜の話し合いは、さくらハウスの三人に新たな気づきと勇気をもたらした。キャリアウーマンとしての本音を赤裸々に語り合い、社会の期待と自分の願いの狭間で揺れる心を共有することで、彼女たちは自分たちの進むべき道を少しずつ見出していった。



(了)

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