「ダイエット騒動記」
さくらハウスのリビングに、雑誌の山が積み上げられていた。ファッション誌、フィットネス雑誌、そして健康食品のカタログ。その中央に座り込んでいたのは、月城にこだった。
「ねえ、みんな。ちょっと聞いてほしいことがあるの」
にこの声に、鷹宮澪と小鳥遊詩音が顔を上げた。
にこは、いつもの完璧なコーディネートとは打って変わって、ゆったりとしたスウェット姿だった。ノーメイクの素顔には、少し疲れた様子が見て取れる。しかし、その目は何かを決意したかのように輝いていた。
「どうしたの、にこ?」
澪が尋ねる。彼女はソファでくつろいでいた。スポーツブラにジョギングパンツという普段のトレーニングスタイル。汗でほんのり湿った肌が、健康的な輝きを放っている。
「うん、なんか深刻そう」
詩音も心配そうに言った。彼女は床に座り込み、スケッチブックに何かを描いていた。大きめのTシャツに、ペイントの跡がついたジーンズ。その姿は、まさにアーティストそのものだった。
「実は……私、最新のダイエット法を見つけたの」
にこの言葉に、澪と詩音は驚いた表情を見せた。
「え? にこがダイエット?」
詩音が目を丸くする。
「そうよ。私たち、一緒にやってみない?」
にこの提案に、澪と詩音は顔を見合わせた。
「でも、にこは今でも十分スリムだと思うけど」
澪が優しく言う。
「そうだよ。むしろ羨ましいくらい」
詩音も同意する。
「いいえ、まだまだ理想には程遠いわ」
にこは真剣な表情で言った。
「私の理想は……」
にこは立ち上がり、鏡の前に立った。そして、自分の体のラインをなぞりながら説明を始めた。
「身長165cm、体重は45kg。ウエストは58cm、ヒップは80cm。胸は小ぶりでいいの、Bカップくらいで。でも、くびれはしっかりとつけたいわ。それに、二の腕や太ももの筋肉をもう少し引き締めたい」
にこの具体的な数値に、澪と詩音は驚きの表情を浮かべた。
「それって、かなりストイックじゃない?」
澪が心配そうに言う。
「うん、健康的には……」
詩音も躊躇いがちに言葉を続けた。
「大丈夫よ。これは、あくまで理想のイメージなの」
にこは自信ありげに言った。
「それに、このダイエット法は健康的で、無理なく続けられるって」
にこの熱心な様子に、澪と詩音は少しずつ興味を示し始めた。
「じゃあ、私も言うね」
澪が立ち上がり、自分の体を見つめながら言った。
「私の理想は、身長169cm、体重は55kg。でも、筋肉質な体つきがいいな。ウエストは62cm、ヒップは88cm。胸はCカップくらいで、アスリートのような引き締まった体が理想かな」
澪の言葉に、にこと詩音は感心したように聞き入っていた。
「へえ、澪らしいね」
詩音が言う。
「私も言おうかな」
詩音も立ち上がり、自分の体を見つめた。
「私は……身長160cm、体重は50kg。ウエストは60cm、ヒップは85cm。胸はDカップくらいがいいな。でも、全体的にふんわりとした柔らかい印象がいいんだ。骨格は細めで、でも健康的な肉付きがある感じ」
三人は、それぞれの理想の体型を語り終えると、しばらく沈黙が流れた。
「でも、なんでそんな体型を理想としてるんだろう」
澪が、ふと疑問を投げかけた。
「そうね……考えたことなかったわ」
にこも、少し考え込む様子を見せた。
「私たち、もしかして本当は別のものを求めてるのかも」
詩音が、慎重に言葉を選びながら言った。
三人は、お互いの目を見つめ合った。そこには、自分たちの本当の願望を探ろうとする真剣な眼差しが浮かんでいた。
「私ね」
にこが、ゆっくりと口を開いた。
「完璧な体型を求めてるんじゃなくて、本当は……認められたいの。仕事でも、プライベートでも、誰かに『すごいね』って言ってもらいたくて」
にこの告白に、澪と詩音は驚きの表情を浮かべた。
「私も……」
澪が続けた。
「強くなりたいんだと思う。仕事でも、人間関係でも、自分に自信が持てるように。だから、強い体を求めてるのかも」
「私は……」
詩音も、少し躊躇いながら言葉を紡いだ。
「愛されたいんだと思う。優しく抱きしめてもらえるような、柔らかな体。でも同時に、女性としての魅力も感じてもらいたくて」
三人の告白に、部屋は深い静寂に包まれた。それぞれが、自分の本当の願望と向き合っている様子だった。
「私たち、体型のことばかり気にしてたけど、本当は心の問題だったのかもしれないわね」
にこが、しみじみと言った。
「そうだね。でも、それに気づけてよかったと思う」
澪も頷いた。
「うん。でも、だからこそ健康的な体づくりは大切だと思うんだ」
詩音が言葉を継いだ。
「心も体も健康であることが、私たちの本当の願いを叶える第一歩になるんじゃないかな」
三人は、お互いの言葆に深く頷き合った。
「じゃあ、このダイエット、やってみる?」
にこが、再び提案した。
「うん、でも極端なものじゃなくて、健康的な方法で」
澪が条件をつけた。
「そうだね。楽しみながらできるといいな」
詩音も賛同した。
こうして、さくらハウスの三人のダイエット挑戦が始まった。
にこが提案したのは、最新の「腸活ダイエット」だった。腸内環境を整えることで、代謝を上げ、健康的に痩せるという方法だ。
「まずは、朝一番に白湯を飲むことから始めましょう」
にこが、熱心に説明する。
「それから、食事は腸内細菌のエサになる食物繊維をたっぷり取ること。あと、発酵食品も大切よ」
澪と詩音は、真剣な表情でにこの説明を聞いていた。
「運動は、有酸素運動とヨガを組み合わせるのがいいわ」
にこは、自信に満ちた表情で言った。
「私、ヨガのレッスンを受けたことあるから、教えられるわ」
三人は、さっそく実践に移ることにした。朝は全員で白湯を飲み、にこ特製の腸活スムージーを飲む。昼食は、食物繊維たっぷりのサラダと、手作りの味噌汁。夕食も、腸内環境を整える食材を中心とした献立だ。
運動も、三人で協力して行うことにした。澪がジョギングを主導し、にこがヨガを教え、詩音がストレッチを担当する。
しかし、実践してみると、思わぬ困難が待っていた。
「う……これ、本当においしいの?」
詩音が、にこ特製の腸活スムージーを飲みながら顔をしかめた。緑色をした液体は、見た目からして食欲をそそるものではなかった。
「慣れれば大丈?よ。健康のためだと思って」
にこが励ますが、自身も少し苦しそうな表情を浮かべていた。
「運動は楽しいけど、食事制限はちょっと辛いな……」
澪が、サラダばかりの昼食を前に溜息をついた。
それでも、三人は互いに励まし合いながら、ダイエットを続けていった。
一週間が過ぎ、少しずつ変化が現れ始めた。
「あ、なんか肌の調子がいいかも」
詩音が、鏡の前で自分の顔を見ながら言った。
「私も、なんだか体が軽くなった気がする」
澪も、嬉しそうに報告した。
「そうでしょう? 腸内環境が整ってきたのよ」
にこが、誇らしげに言った。
しかし、二週間目に入ると、新たな問題が浮上した。
「ねえ、みんな。最近、仕事に集中できないんだ」
詩音が、弱々しい声で言った。
「私も……なんだか気力が出ないのよ」
にこも、珍しく元気がない。
「私は、トレーニングの時の体力が落ちてきてる気がする」
澪も心配そうに言った。
三人は、顔を見合わせた。そして、にこが決断を下した。
「やっぱり、このダイエット、やりすぎかもしれないわ」
にこの言葆に、澪と詩音はほっとした表情を浮かべた。
「そうだね。健康的な方法って言っても、極端すぎたのかも」
澪が同意する。
「うん。楽しみながらできるはずだったのに、苦しくなってきちゃった」
詩音も頷いた。
三人は、これまでのダイエット方法を振り返り、どこに問題があったのかを話し合った。
「極端な食事制限はよくなかったわね」
にこが反省の弁を述べる。
「運動も、無理のない程度にすべきだった」
澪も付け加えた。
「それに、私たちそれぞれの生活リズムに合わせるべきだったんだ」
詩音が言った。
話し合いの結果、三人は新たなアプローチを考え出した。極端な制限はせず、バランスの取れた食事と適度な運動を心がけること。そして何より、楽しみながら健康的な生活を送ることを目標にすることにした。
「ねえ、私たち、ダイエットの前に大切なことを忘れてたわ」
にこが、ふと気づいたように言った。
「なに?」
澪と詩音が、興味深そうに尋ねた。
「自分を愛すること」
にこの言葆に、三人は深く頷いた。
「そうだね。自分の体も、ありのままの自分も、もっと大切にしなきゃ」
澪が同意する。
「うん。それこそが、本当の美しさなんだと思う」
詩音も、晴れやかな表情で言った。
この「ダイエット騒動」を通じて、さくらハウスの三人は大切な気づきを得た。理想の体型を追い求めるのではなく、自分自身を受け入れ、健康的に生きることの大切さ。そして、その過程を楽しむことの意義を。
それからの彼女たちの生活は、少しずつ変化していった。極端なダイエットではなく、バランスの取れた食事と適度な運動を心がける。そして何より、自分自身を大切にし、互いを認め合うことに重点を置いた。
にこは、完璧を求めすぎず、自分の個性を活かしたファッションを楽しむようになった。
澪は、無理な筋トレではなく、自分のペースでの運動を楽しむようになった。
詩音は、自分の体型を受け入れ、それを活かした作品作りに励むようになった。
三人は、この経験を通じて得た気づきを、日々の生活に活かしていった。そして、それぞれが自分らしい美しさを見出していったのだった。
(了)
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