「ガールズトークの夜」

 突然の停電が、さくらハウスを闇に包んだ。夜の9時過ぎ、三人の女性たちは思いがけない事態に困惑の表情を浮かべていた。


「あれ? 何が起きたの?」


 小鳥遊詩音の声が、暗闇の中から聞こえた。彼女は、いつものようにオーバーサイズのTシャツとショートパンツ姿。髪は無造作にまとめられ、素顔にはほんのりとしたナチュラルメイクが残っている。


「また停電みたいね」


 月城にこが、冷静に状況を判断する。彼女は、シルクのパジャマ姿。上品な淡いピンク色で、襟元にはレースが施されている。髪はゆるく編み込まれ、夜用の保湿クリームを塗ったばかりの肌が、わずかな明かりに艶やかに輝いていた。


「最近多いね。大丈夫? みんな」


 鷹宮澪の声が響く。彼女は、ジムから帰ってきたばかりで、スポーツブラにジョギングパンツ姿。汗で濡れた前髪を掻き上げながら、ゆっくりとリビングに向かっていた。


 三人は、手探りでリビングのソファに集まった。


「懐中電灯とか、ろうそくとかないかな?」


 詩音が提案する。


「そうね。探してみましょう」


 にこが立ち上がろうとした時、澪が声を上げた。


「あ、私のスマホにライトがあったわ」


 澪のスマートフォンの光が、部屋を柔らかく照らし出す。その光の中で、三人の表情がはっきりと見えた。


「キャンドル、どこかにあったはずよ」


 にこが言いながら、棚を探し始める。そして、数分後、アロマキャンドルを見つけ出した。


「これで少しは明るくなるわ」


 キャンドルの炎が揺らめき、部屋に柔らかな光と香りが広がる。ラベンダーの優しい香りが、三人の緊張をほぐしていく。


「なんだか、雰囲気があるわね」


 にこが、少し笑みを浮かべながら言った。


「そうだね。なんだか、秘密の会合みたい」


 詩音が、くすくすと笑う。


「ねえ、せっかくだし、おしゃべりでもしない?」


 澪の提案に、他の二人も頷いた。


 三人は、ソファに寄り添うように座り、それぞれがリラックスした姿勢をとる。にこは足を折り畳み、詩音は膝を抱えるように座り、澪は足を伸ばしてくつろいでいた。


「久しぶりね、こうやってゆっくり話すの」


 にこが、しみじみとした口調で言った。


「そうだね。最近、みんな忙しかったもんね」


 詩音が同意する。


「仕事のこととか、将来のこととか……色々考えちゃうよね」


 澪の言葉に、三人は深くうなずいた。


「私ね、実は最近悩んでるの」


 にこが、少し躊躇いがちに切り出した。


「アパレルの仕事、楽しいんだけど……このまま続けていていいのかなって」


 にこの言葉に、詩音と澪は驚いた表情を見せる。


「えっ、そうなの? にこはいつも仕事バリバリって感じだったのに」


 詩音が、心配そうに尋ねる。


「うん。でも、最近思うの。ファッションって、本当に人を幸せにできるのかなって」


 にこは、真剣な表情で続けた。


「流行を追いかけるだけじゃなくて、もっと本質的な美しさや、自己表現を追求したいの。でも、それって今の仕事の枠を超えちゃうかもしれない」


 澪と詩音は、静かににこの言葉に耳を傾けていた。


「わかるよ、にこの気持ち」


 詩音が、優しく言った。


「私も、イラストレーターとしてやっていく中で、同じような悩みがあるんだ。絵を描くことは好きだけど、それだけで本当にいいのかなって」


 詩音は、膝を抱える手に力を入れながら続けた。


「もっと、社会に直接影響を与えられるような仕事がしたいって思うときがあるの。でも、そんなこと言ったら、今までの努力は無駄になっちゃうのかなって……」


 澪は、二人の話を聞きながら、自分の胸の内を整理していた。


「私も……似たような悩みがあるわ」


 澪が、ゆっくりと口を開いた。


「広告の仕事は、確かにやりがいがあるし、社会に影響を与えられる。でも、時々思うの。この仕事って、本当に人々の幸せにつながってるのかなって」


 澪の言葉に、にこと詩音は驚きの表情を見せた。


「でも、澪はいつも仕事に誇りを持ってるように見えたよ」


 詩音が言う。


「そうね。表面上はそう見えるかもしれない。でも、心の奥底では、もっと直接的に人の役に立てる仕事がしたいって思ってるの」


 三人は、しばらく沈黙した。それぞれが、自分の内なる声に耳を傾けているようだった。


「ねえ、みんな」


 にこが、静かに口を開いた。


「私たち、それぞれの道を選んできたけど、みんな同じような悩みを抱えてるのね」


「そうだね。何か、少し安心した」


 詩音が、ほっとしたように言った。


「孤独じゃないって思えた」


 澪も、微笑みながら頷いた。


 キャンドルの炎が揺らめき、三人の影が壁に大きく映し出される。その光景は、まるで彼女たちの内なる影が表出したかのようだった。


「でも、こうして話してみると、私たちの悩みって、きっと前向きなものだと思う」


 澪が、少し力強い口調で言った。


「そうね。もっと成長したい、もっと意味のあることがしたいって思ってるわけだもの」


 にこも同意する。


「うん。それって、すごく素敵なことだと思う」


 詩音が、明るい表情で付け加えた。


 三人は、お互いの言葉に勇気づけられているようだった。


「ねえ、私たち、もっと具体的に話してみない? 将来のこととか、夢とか」


 詩音の提案に、にこと澪も賛同した。


「そうね。私ね、実は……」


 にこが、少し恥ずかしそうに言い始めた。


「自分のブランドを立ち上げたいの。環境に優しい素材を使って、人々の個性を引き出すようなファッションを提案したいの」


「わあ、素敵!」


 詩音が目を輝かせた。


「私も……」


 詩音は少し躊躇いながらも、続けた。


「子供たちのための絵本を作りたいんだ。イラストだけじゃなくて、ストーリーも自分で書いて。子供たちの想像力を育むような、そんな本を」


「それ、とても詩音らしいわ」


 にこが優しく微笑んだ。


「私は……」


 澪も、自分の夢を語り始めた。


「広告の技術を使って、社会問題に取り組むNPOを立ち上げたいの。環境問題や教育問題など、本当に大切なメッセージを、効果的に人々に届けたくて」


 三人の夢を聞き終えた後、部屋には温かな空気が満ちていた。


「みんな、素敵な夢を持ってるのね」


 にこが、感動したように言った。


「うん。聞いてるだけでワクワクしてきた」


 詩音も、目を輝かせている。


「でも、どうやって実現させていくかが問題よね」


 澪が、現実的な視点を提供する。


「そうね。でも、今日みたいに話し合えば、きっと道は見つかるわ」


 にこの言葉に、三人は頷いた。


 そして、話題は自然と、より個人的な領域へと移っていった。


「ねえ、恋愛のことも話してみない?」


 詩音が、少し照れくさそうに提案した。


「そうね。私たち、普段あまりそういう話しないものね」


 にこも興味を示す。


「私から話してもいい?」


 澪が、少し緊張した様子で言い出した。


「実は……職場の後輩の男の子のことが気になってるの」


「えっ! 澪が?」


 詩音が驚いた様子で声を上げる。


「うん。でも、仕事関係だし、年下だし……どうしていいか分からなくて」


 澪の告白に、にこと詩音は真剣な表情で耳を傾けた。


「年齢なんて関係ないと思うわ。大切なのは、お互いの気持ちよ」


 にこが、優しくアドバイスする。


「そうだよ。それに、職場恋愛だって、上手くいけば素敵だと思う」


 詩音も励ました。


「ありがとう。でも、まだ自分の気持ちもよく分からなくて……」


 澪は、複雑な表情を浮かべた。


「焦らなくていいのよ。ゆっくり自分の気持ちと向き合っていけばいいわ」


 にこの言葉に、澪は安心したように頷いた。


「にこは? 最近気になる人とかいるの?」


 詩音が尋ねた。


「私は……」


 にこは少し考え込むように言葉を選んだ。


「今は仕事に集中したいって思ってるの。でも、時々寂しくなることもあるわ」


「わかるよ、その気持ち」


 詩音が共感する。


「私も、仕事と恋愛の両立って難しいなって思ってる。でも、いつかはそういう人が現れるって信じてる」


 三人は、それぞれの恋愛観について語り合った。仕事と恋愛のバランス、理想の相手像、そして過去の失恋経験まで。普段は口にしない本音が、次々と明かされていく。


 そして、話は自然と家族のことへと移っていった。


「私ね、実は両親との関係があまりよくないの」


 詩音が、少し暗い表情で切り出した。


「絵の道に進むことを、今でも反対されてて……」


「そうだったの? 知らなかった」


 にこが、驚いた様子で言う。


「うん。だから、実家には帰りづらくて。でも、時々すごく寂しくなるんだ」


 詩音の告白に、澪とにこは優しく手を伸ばした。


「私も似たような経験があるわ」


 澪が言う。


「両親は、私が広告の仕事を選んだことを喜んでくれたけど、その分プレッシャーも大きくて。期待に応えなきゃって思うと、息苦しくなることがあるの」


「わかるわ」


 にこも共感を示す。


「私の場合は、両親が離婚してしまって。それ以来、家族って何だろうって考えることが多いの」


 三人は、お互いの家族事情を共有しながら、深く共感し合った。それぞれが抱える家族との葛藤や、愛情の形の違いについて、率直に語り合う。


 そして、話は社会における女性の立場へと発展していった。


「ねえ、みんなは将来、結婚とか子育てについてどう思ってる?」


 にこが、慎重に切り出した。


「正直、迷ってるわ」


 澪が答える。


「仕事も大切だし、自分の時間も欲しい。でも、家族を持つことにも憧れはあるの」


「私も似たような気持ちかな」


 詩音が言う。


「でも、社会の目とか、周りの期待とか……重荷に感じることもあるんだ」


 三人は、女性としてのキャリアと家庭の両立、社会からの期待と個人の希望のバランスなど、現代の女性が直面する様々な課題について深く議論を交わした。


「社会の価値観って、まだまだ古いところがあるよね」


 にこが、少し苦笑いしながら言った。


「そうだね。『女性は結婚して子供を産むべき』みたいな固定観念、今でもあるもんね」


 詩音が頷く。


「でも、私たちにはそれぞれの人生があるはず。誰かの期待に応えるんじゃなくて、自分が本当にやりたいことを追求していいと思うの」


 澪が力強く言った。


「そうね。でも、それを実現するのは簡単じゃないわ」


 にこが現実的な視点を提供する。


「職場でも、まだまだ男性優位の雰囲気があるし。私なんか、店長になった時、『女性には荷が重いんじゃないか』って言われたことがあるのよ」


「え、そんな……」


 詩音が驚いた表情を見せる。


「私も似たような経験があるわ」


 澪が言葉を継ぐ。


「プレゼンの時に、『女性らしい視点』を求められたりね。でも、それって一体何なのかしら」


 三人は、職場でのジェンダーバイアスや、女性であるがゆえに直面する困難について、率直に意見を交わした。


「でも、少しずつ変わってきてるよね」


 詩音が希望を込めて言う。


「そうね。私たちの世代が、新しい価値観を作っていけるんじゃないかしら」


 にこが同意する。


「そのためにも、私たちがしっかりと自分の道を歩んでいかなきゃね」


 澪の言葉に、三人は強く頷いた。


 話は尽きることなく続き、やがて個人的な悩みや秘密にまで及んだ。


「実は私、本当は人見知りなの」


 にこが、少し恥ずかしそうに告白した。


「えっ、うそ! にこがそんなはずないよ」


 詩音が驚いた様子で言う。


「本当なの。お店では強がってるけど、本当は緊張してるのよ」


 にこの意外な一面に、澪と詩音は新鮮な驚きを覚えた。


「私も言うね」


 詩音が決意を固めたように言い出した。


「私、実は……過去にいじめられた経験があるの」


 詩音の告白に、部屋の空気が一瞬凍りついた。


「そんな……詩音」


 にこが、詩音の手を優しく握る。


「うん。だから、人と深く関わるのが怖くなることがあるんだ。でも、みんなと出会えて、少しずつ変われてきたと思う」


 澪も、詩音に寄り添うように体を寄せた。


「私たちがいるわ。一緒に乗り越えていこう」


 澪の言葉に、詩音は涙ぐみながら頷いた。


 そして、澪も自分の秘密を打ち明けた。


「私ね、実は……」


 澪は少し言葉に詰まりながらも、続けた。


「摂食障害だったことがあるの」


 にこと詩音は、驚きと心配の入り混じった表情を浮かべた。


「今はもう大丈夫。でも、仕事のストレスで、時々その傾向が出てしまうことがあるの」


 澪の告白に、にこと詩音は深い理解と共感を示した。


「よく話してくれたわ、澪」


 にこが優しく言う。


「うん、私たちがついてるよ」


 詩音も力強く頷いた。


 この夜、三人は互いの深い部分まで共有し合い、それぞれの抱える悩みや不安、そして希望を語り合った。キャンドルの光が揺らめく中、彼女たちの絆はより一層深まっていった。


 そして、夜が更けていく頃、突然電気が復旧した。


「あ、電気が戻った」


 詩音が驚いたように言う。


「そうね。でも、なんだか明るすぎるわね」


 にこが、目を細めながら言った。


「うん、キャンドルの方が雰囲気あっていいかも」


 澪が同意する。


 三人は顔を見合わせ、笑い合った。この停電がもたらした予期せぬ機会が、彼女たちの関係をより深いものにしたことを、皆が感じていた。


「ねえ、これからも定期的にこういう話し合いの時間を持とうよ」


 詩音が提案した。


「そうね。日常に追われて、大切なことを見失わないためにも」


 にこが賛同する。


「賛成。私たちの絆を、もっともっと強くしていきたいわ」


 澪の言葆に、三人は固く握手を交わした。


 この「ガールズトークの深い夜」は、さくらハウスの三人の女性たちに、新たな気づきと深い絆をもたらした。それは、彼女たちのこれからの人生に、きっと大きな影響を与えていくことだろう。


 窓の外では、夜明け前の静けさが広がっていた。新しい一日の始まりを告げるように、遠くで鳥のさえずりが聞こえ始めた。さくらハウスの三人は、この夜の経験を胸に、新たな決意と共に朝を迎えたのだった。


(了)

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