「月末の共同戦線」
さくらハウスに、いつもとは少し違う空気が漂っていた。月末のある日、三人の女性たちが同時に経験することになった生理の始まり。それは彼女たちの日常に、微妙な変化をもたらしていた。
リビングのソファには、鷹宮澪が横たわっていた。普段は仕事熱心で几帳面な彼女だが、今日は珍しくだらしない格好をしている。グレーのスウェットパンツに、同じく灰色の大きめのパーカー。髪はぐしゃぐしゃで、顔にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「はぁ……お腹が重い」
澪がため息をつく。彼女の横には、使い捨てカイロが置かれている。お腹に当てるためのものだ。
キッチンからは、月城にこの姿が見えた。いつもは完璧なメイクと髪型の彼女だが、今日は素顔で髪もまとめてあるだけ。それでも、彼女の肌の手入れの行き届いた様子は隠せない。シルクのパジャマ姿で、ハーブティーを淹れている。
「澪、少し温かいものを飲んだら?」
にこが優しく声をかける。
「ありがとう。でも、今はちょっと……」
澪が弱々しく答える。
その時、階段を降りてくる音が聞こえた。小鳥遊詩音だ。彼女もまた、普段とは違う様子。大きめのTシャツにショートパンツ姿で、顔色が少し悪い。
「うぅ……みんなも?」
詩音が、二人の様子を見て察したように言う。
「ええ、どうやら三人とも同じタイミングみたい」
にこが苦笑いしながら答える。
三人は、それぞれの状態を確認し合った。澪は下腹部の重さと背中の痛みに悩まされている。にこは頭痛と肌荒れが気になる様子。詩音は気分の浮き沈みが激しく、食欲も不安定だという。
「ねえ、みんなはどんな生理用品使ってるの?」
詩音が唐突に尋ねた。
「私は、こだわってるのよ」
にこが答える。彼女は自分の部屋から、オーガニックコットン100%のナプキンを持ってきた。パッケージにはエコフレンドリーの文字が踊る。
「肌に優しいし、環境にも配慮してるの。少し高いけど、それだけの価値はあるわ」
澪は少し考えてから答えた。
「私は、昼用と夜用を使い分けてる。昼は薄めの羽つきで、夜は長めの夜用ナプキン。それに、ショーツ用のライナーも使ってる」
彼女は実際に使っているものを見せた。機能性重視の製品で、吸収力が高そうだ。
「へぇ、私はタンポン派かな」
詩音が言う。
「動きやすいし、ナプキンの違和感が苦手で。でも、夜は念のためナプキンも併用してる」
三人は、それぞれの選択の理由を語り合った。にこの環境への配慮、澪の機能性重視、詩音の快適さ優先。それぞれのライフスタイルや価値観が反映されている。
「でも、生理って本当に大変よね」
にこがため息をつく。
「そうだよね。私なんか、仕事に支障が出るくらいひどい時があるんだ」
澪が言う。
「私は、気分の浮き沈みが激しくて。創作にも影響するし……」
詩音が付け加える。
三人は、普段はあまり話さない生理にまつわる悩みを打ち明け合い始めた。話題は、身体的な症状から精神的な変化、そして社会生活への影響まで多岐にわたる。
「私ね、生理前になるとすごく食べたくなるの。特に甘いもの」
詩音が告白する。
「わかるわ。私も同じよ。でも、それが体重増加につながるのよね」
にこが共感しながら答える。
「私は逆に、食欲が落ちちゃう。でも、栄養バランスは崩さないように気をつけてる」
澪が自分の経験を語る。
話が進むにつれ、三人はそれぞれの対処法を共有し始めた。
「私は、アロマテラピーが効くわ」
にこが言う。彼女は立ち上がり、キャビネットからラベンダーのエッセンシャルオイルを取り出した。
「これを部屋に焚くと、リラックスできるの」
「へえ、いいね。私は、ストレッチかな」
澪が答える。
「軽いヨガみたいなポーズをすると、体が楽になるんだ」
「私は、チョコレートが一番の味方かな」
詩音が笑いながら言う。
「でも、最近はマグネシウムのサプリも試してるんだ。なんか効果があるみたい」
三人は、それぞれの対処法を試してみることにした。にこのアロマ、澪のストレッチ、詩音のチョコレートとサプリ。部屋中にラベンダーの香りが漂い、三人でゆっくりとストレッチをし、そしてダークチョコレートを少しずつ味わった。
「なんだか、少し楽になった気がする」
澪が、少しほっとした表情で言う。
「そうね。みんなで共有するだけでも、気持ちが軽くなるわ」
にこも同意する。
「うん、一人じゃないって思えるだけで全然違う」
詩音が付け加えた。
そんな彼女たちの会話を、階下で聞いていたミチおばあちゃんが、そっと顔を覗かせた。
「みなさん、大丈夫?」
三人は少し驚いた様子で振り返る。
「あら、ミチおばあちゃん」
にこが言う。
「ええ、まあ何とか」
澪が答える。
「おばあちゃん、昔はどうしてたの? 生理の時」
詩音が興味深そうに尋ねた。
ミチおばあちゃんは、にっこりと笑って答えた。
「そうねえ、昔は今みたいに便利な物はなかったけど、知恵はあったのよ」
「そうねえ、昔を思い出すと懐かしくなるわ」
ミチおばあちゃんは、温かな目をして三人の若い女性たちを見つめました。彼女の表情には、長い人生で培われた優しさと知恵が滲み出ています。
「私が若かった頃は、今みたいに便利な生理用品なんてなかったのよ。でも、そのぶん知恵を絞って工夫したものさ」
おばあちゃんは、ゆっくりと椅子に腰かけ、懐かしむように目を細めました。
「まず、生理用のナプキンは自分たちで作っていたの。柔らかい木綿の布を何枚も重ねて、形を整えて。使った後は丁寧に洗って、日光で消毒するの。今思えば大変だったけど、それが当たり前だったわ」
三人の女性たちは、驚きと興味の入り混じった表情でミチおばあちゃんの話に聞き入っています。
「そして、薬草よ。これが本当に助けになったの。おばあちゃんから教わった知恵でね。例えば、ヨモギのお茶を飲むと、お腹の痛みが和らぐの。畑で育てたヨモギを乾燥させて、必要な時にお茶にして飲んでいたわ。香りも良くて、体も温まるのよ」
ミチおばあちゃんは、まるで昨日のことのように鮮明に思い出を語ります。
「それから、ショウガも重宝したわ。すりおろして、蜂蜜を加えてお湯で溶いて飲むの。体が芯から温まって、冷えも改善されるのよ。今でも寒い日には飲んでいるわ」
おばあちゃんは、にっこりと微笑みました。
「でもね、一番大切だったのは女性同士の絆よ。村の女性たちと集まって、お互いの悩みを打ち明けたり、知恵を共有したり。そうやって支え合っていたの」
ミチおばあちゃんの目に、懐かしさと共に温かな光が宿ります。
「月のものの時期になると、みんなで集まってお喋りをしながら、ヨモギ餅を作ったりしたわ。ヨモギには血行を良くする効果があるからね。そうやって、苦しいときこそみんなで集まって、笑い合うことが大切だったの」
おばあちゃんは、深呼吸をして続けました。
「それに、お互いの体調を気遣い合うのよ。誰かが具合が悪そうだと、みんなでその人の仕事を手伝ったり、栄養のある食べ物を持っていったり。そうやって、みんなで一つの大きな家族のように支え合っていたの」
ミチおばあちゃんは、懐かしそうに目を細めます。
「今思えば、あの頃は物質的には恵まれていなかったけれど、心の豊かさはあったわ。お互いを思いやる気持ち、助け合う精神。それが今でも私の中に生きているの」
おばあちゃんは、三人の顔をじっと見つめました。
「みなさんも、こうやって一緒に住んで、お互いを支え合っている。それはとても素晴らしいことよ。物が豊かになった今だからこそ、心の繋がりが大切なの」
ミチおばあちゃんは、ゆっくりと立ち上がり、台所に向かいました。
「さあ、みんなでヨモギ茶を飲みましょう。幸い、私の小さな庭で育てているから、新鮮なものがあるわ。体も心も温まるはずよ」
おばあちゃんは、優しく微笑みながらヨモギ茶を準備し始めました。その姿に、三人の女性たちは深い感銘を受けたようです。彼女たちの目には、尊敬と感謝の光が宿っていました。
「でも、今の若い人たちは本当に素晴らしいわ。こうやって互いの経験を共有して、より良い方法を見つけていく。そんな姿勢が大切なのよ」
ミチおばあちゃんの言葉に、三人は深く頷いた。
「そうだね。私たち、もっといろんな対策を考えてみない?」
澪が提案する。
「賛成! みんなの知恵を集めれば、きっといいアイデアが浮かぶはず」
詩音が元気よく答える。
「そうね。それに、おばあちゃんの知恵も取り入れて、現代風にアレンジしてみるのも面白そう」
にこが付け加えた。
こうして、さくらハウスの三人は、ミチおばあちゃんの助言も得ながら、究極のPMS対策を編み出す作戦を立て始めた。それは単なる対症療法ではなく、心身のバランスを整え、女性としての自己理解を深めるための総合的なアプローチだった。
にこは、オーガニック素材を使ったリラックスグッズの研究を始めた。アロマオイルだけでなく、ハーブティーやオーガニックコットンの湯たんぽカバーなど、体に優しいアイテムを集めていく。
澪は、ホルモンバランスを整える食事療法について調べ始めた。栄養学の本を片手に、PMS症状を和らげる効果のある食材をリストアップし、三人で実践できるレシピを考案する。
詩音は、心の変化に着目した。アートセラピーの技法を取り入れ、感情の起伏を絵や音楽で表現することで、ストレス解消につなげる方法を探った。
そして、ミチおばあちゃんは昔ながらの知恵を惜しみなく共有した。しょうがを使ったお茶の作り方、腰を温める重要性、そして何より、女性同士で支え合うことの大切さを教えてくれた。
数日後、彼女たちの努力は一つの「究極のPMS対策マニュアル」としてまとまった。そこには、身体的ケアから精神的サポート、栄養管理、そして相互理解の方法まで、幅広いアプローチが網羅されていた。
「これ、私たちだけのものにするのはもったいないかも」
澪が言う。
「そうね。同じ悩みを持つ人たちに、少しでも役立ててもらえたら」
にこが賛同する。
「うん! 私のSNSで共有してみようか」
詩音が提案した。
こうして、さくらハウスの三人が編み出した「究極のPMS対策」は、多くの女性たちに共有されていくことになった。それは単なる対処法の集まりではなく、女性同士の絆と自己理解の大切さを伝えるメッセージでもあった。
月末の共同戦線は、彼女たちにとって単なる苦痛を和らげるだけの経験ではなかった。それは互いをより深く理解し、女性としての自分自身と向き合う貴重な機会となったのだ。そして、この経験は彼女たちの絆をより一層深めるきっかけとなった。
次の月を迎える頃、さくらハウスの三人は、以前よりも自信を持って自分の体と向き合えるようになっていた。そして、互いの変化に気づき、支え合うことの大切さを、身をもって感じていたのだった。
(了)
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