「朝のコーヒータイム」

 さくらハウスの朝は、通常はバタバタとした慌ただしさに包まれている。しかし、この日は珍しく三人が同時に目覚め、ゆったりとした空気が漂っていた。


 鷹宮澪が一番先にリビングに姿を現した。普段はきっちりとしたスーツ姿の彼女だが、この朝は柔らかな素材のパジャマ姿。髪はまだ少し乱れており、顔もすっぴん。しかし、肌の手入れは怠っておらず、みずみずしさを保っている。


「あら、珍しく早起きね」


 月城にこが、優雅な足取りでリビングに入ってきた。彼女は既に軽くメイクを施し、シルクのルームウェアに身を包んでいる。首元には、ほんのりと香るラベンダーの香りが漂う。


「にこも早いのね。今日は出勤遅いの?」


 澪が尋ねる。


「ええ、午後からよ。久しぶりにゆっくりした朝を過ごせそう」


 そこに、小鳥遊詩音も加わった。大きなTシャツとショートパンツという、いつもの寝間着姿。髪は無造作にまとめられ、顔には寝起きの柔らかさが残っている。


「おはよう……あれ? みんな起きてるの?」


 詩音が驚いたように言う。


「そうね。珍しく三人揃ったわ」


 にこが微笑む。


「せっかくだから、一緒に朝食でもどう?」


 澪の提案に、他の二人も頷いた。


「いいわね。私がコーヒーを淹れるわ」


 にこが言って、キッチンに向かう。彼女は棚から、大切そうに扱う手挽きのコーヒーミルを取り出した。


「わあ、にこのこだわりのコーヒーが飲めるなんて」


 詩音が目を輝かせる。


「私はトースト作るね」


 澪も動き出す。彼女は冷蔵庫から、天然酵母のパンを取り出した。


「じゃあ、私は果物を切ろうかな」


 詩音も冷蔵庫を開け、季節の果物を選び始める。


 にこは丁寧にコーヒー豆を挽き始めた。その音が、朝の静けさに心地よく響く。


「このコーヒー豆ね、先日見つけた小さなロースターで買ったの。香りが素晴らしいのよ」


 にこが嬉しそうに説明する。彼女は豆を挽きながら、その香りを楽しんでいる。


「いい香り。にこのコーヒーへのこだわりって素敵だよね」


 詩音が言う。彼女は果物を丁寧に洗い、切り分けている。


「うん、にこの趣味の深さには感心するわ」


 澪も同意する。彼女はトースターの温度を確認しながら、パンをセットした。


 にこはドリッパーにフィルターをセットし、挽いたコーヒーの粉を入れる。そして、お湯を注ぎ始めた。その動作は、まるで儀式のように丁寧で美しい。


「コーヒーを淹れるのって、本当に癒されるわ」


 にこが穏やかな表情で言う。


「見てるだけでも癒されるよ」


 詩音が感心したように見つめている。


 澪はトーストが焼けるのを待ちながら、テーブルをセッティングし始めた。彼女は普段使わない、お気に入りの食器を選んでいる。


「この皿、可愛いね」


 詩音が言う。


「ええ、たまにしか使わないんだけど、今日は特別ね」


 澪が微笑む。


 やがて、コーヒーの香りがリビングいっぱいに広がった。トーストの良い香ばしい匂いも加わり、朝の空気が美味しそうな香りで満たされていく。


「さあ、できたわよ」


 にこがコーヒーをカップに注ぐ。その動作も優雅で、まるでバリスタのよう。


「わあ、素敵」


 詩音が目を輝かせる。


 三人は、テーブルを囲んで座った。窓から差し込む朝日が、テーブルの上を優しく照らしている。


「いただきます」


 三人で声を合わせる。


 最初の一口で、にこのコーヒーの素晴らしさに、澪と詩音は目を見開いた。


「にこ、このコーヒー本当に美味しいわ」


 澪が感動したように言う。


「そうでしょう? 豆の選び方から淹れ方まで、色々研究したのよ」


 にこが誇らしげに答える。


「私も、こんな美味しいコーヒー初めて」


 詩音も感激している。


 澪のトーストも、外はカリッと中はもっちりと、絶妙な焼き加減だ。詩音が切った果物も、彩り豊かで食欲をそそる。


「ねえ、こうしてゆっくり朝食を取るのって、すごく贅沢な気分」


 詩音がしみじみと言う。


「そうね。普段はバタバタしてるから、こんな朝はほとんどないもの」


 澪も同意する。


「でも、たまにはこういう時間も大切よね」


 にこが言う。


 三人は、ゆっくりと食事を楽しみながら、穏やかな会話を交わした。仕事の話、趣味の話、最近気になっていることなど、普段はあまり深く話さないようなことまで、自然と言葆が弾む。


「ねえ、こうしてみると、私たち本当に違う個性の持ち主よね」


 にこが言う。


「そうだね。でも、だからこそ上手くいってるのかも」


 詩音が答える。


「確かに。お互いの良いところを認め合えてるもの」


 澪も頷く。


 朝日が徐々に強くなり、部屋全体を明るく照らし出す。三人は、その光の中で、それぞれの表情が柔らかくなっていくのを感じていた。


「こんな朝があるだけで、一日が特別な気がするわ」


 にこが幸せそうに言う。


「うん、心が落ち着くよね」


 詩音も同意する。


「そうね。忙しい日々の中で、こういう時間を大切にしたいわ」


 澪がしみじみと言った。


 三人は、最後の一滴までコーヒーを味わい、最後の一切れまでトーストを楽しんだ。そして、食事が終わった後も、しばらくテーブルを囲んで座っていた。


「さて、そろそろ準備しないと」


 澪が立ち上がる。


「私も、午後の仕事の準備があるわ」


 にこも続く。


「うん、私も今日のイラストの構想を練らなきゃ」


 詩音も動き出す。


 しかし、三人とも、いつもより少しゆったりとした動きだ。この特別な朝の余韻を、できるだけ長く味わいたいという気持ちが感じられる。


「また、こういう朝を作りましょうね」


 にこが提案する。


「うん、定期的にやりたいね」


 詩音が賛成する。


「そうね。忙しくても、時々はこういう時間を作る努力をしましょう」


 澪も同意した。


 三人は、この朝のコーヒータイムが、日常の中のかけがえのない宝物になることを感じていた。それは、忙しい毎日の中で、ほんの少し立ち止まって味わう幸せ。その大切さを、彼女たちは心に刻んだのだった。


(了)

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