「真夜中の停電パニック」

 真夜中の静寂を破るように、突如として闇が訪れた。東京の閑静な住宅街に佇む「さくらハウス」が、一瞬にして暗闇に包まれたのだ。


 この築50年の和洋折衷の一軒家で共同生活を送る3人の女性たちは、それぞれの部屋で夜更かしをしていた。


 2階の一番奥の部屋では、鷹宮澪がノートパソコンに向かい、明日のプレゼンの最終チェックに没頭していた。大手広告代理店に勤める彼女は、仕事熱心で几帳面な性格だ。長時間のデスクワークにも耐えられるよう、彼女は柔らかな素材のパジャマを着ていた。ペールピンクのサテン地のセットで、上着の襟元にはさりげなくレースが施されている。黒髪をルーズに一つに結んだ姿は、普段の几帳面なイメージとは少し異なる魅力を醸し出していた。


 隣の部屋では、小鳥遊詩音がタブレットを片手に、明後日締切の漫画のネーム作業に追われていた。フリーランスのイラストレーターである彼女は、締め切りギリギリまで粘る癖がある。彼女の部屋着は、オーバーサイズの白いTシャツにショートパンツという王道のコーディネート。しかし、そのTシャツには彼女自身がデザインしたユニークなイラストがプリントされており、一目で彼女のセンスの良さが伝わってくる。茶色の巻き毛は、無造作にまとめられていたが、それがかえって彼女の自然体の魅力を引き立てていた。


 そして階段を降りたリビングでは、月城にこがソファに寝そべりながら、ファッション誌を読んでいた。アパレルショップの店長を務める彼女は、仕事の一環としてトレンドチェックを欠かさない。にこのナイトウェアは、まるでパジャマパーティーに来ているかのようなお洒落さだ。ラベンダー色のシルクのキャミソールに、同系色のサテンのワイドパンツを合わせたセットアップは、彼女の洗練された美意識を如実に物語っていた。ゆるく三つ編みにした髪も、計算され尽くしたような抜け感を演出している。


 3人とも、それぞれの世界に没頭していたその時、突然の闇が訪れた。


「え?」


 澪の驚きの声が、静寂を破った。


「あれ? 停電?」


 詩音が呟く声が聞こえる。


「ちょっと、何、この暗さ!」


 にこの声には少し動揺が混じっていた。


 突然の暗闇に、3人はそれぞれの部屋から慌ただしく出てきた。階段を降りてくる足音と、壁に手を当てて歩く音が重なり合う。


「みんな、大丈夫?」


 澪の声がリビングに響く。


「う、うん……でも、何も見えない」


 詩音の声が少し震えている。


「私、懐中電灯を探してくるわ」


 にこが言ったが、その直後に何かにぶつかる音がした。


「いたっ!」


「にこ、大丈夫?」


 澪が心配そうに声をかける。


「ええ、ちょっとテーブルにぶつかっただけよ。でも、この暗さじゃ何も……」


 にこの言葉が途切れた瞬間、かすかな光が部屋を照らした。詩音がスマートフォンのライトを点けたのだ。


「あ、そうか。スマホがあったんだ」


 澪も慌ててポケットからスマートフォンを取り出す。にこも同じように、スマートフォンを取り出した。


 3つの光源ができたことで、ようやく互いの姿が見えるようになった。


「みんな、無事でよかった」


 澪が安堵の表情を浮かべる。彼女のノーメイクの素顔には、少し疲れた様子が見て取れた。


「でも、どうしてこんな時間に停電なんてあるのかしら」


 にこが首をかしげる。彼女の完璧な寝癖は、この非日常的な状況下でも彼女の美意識の高さを物語っていた。


「きっと、何か事故があったんじゃない?」


 詩音が不安そうに言う。彼女の大きな瞳には、好奇心と不安が入り混じっていた。


 3人は自然とリビングのソファに集まった。普段はそれぞれの生活リズムで別々に過ごすことが多い彼女たちだが、この非日常的な状況下では互いの存在が心強く感じられたのだ。


「懐中電灯はどこにあったかな……」


 にこが立ち上がろうとするが、澪が制した。


「今探し回るのは危ないよ。とりあえず、このまま様子を見てみよう」


 澪の提案に、他の2人も頷いた。


 暗闇の中、3人はゆっくりと会話を始めた。普段はあまり話さない話題が、自然と口をついて出てくる。


「ねえ、みんなは暗いところ、平気?」


 詩音が小さな声で尋ねた。


「私は大丈夫よ。むしろ、こういう非日常的な雰囲気って、なんだかワクワクしない?」


 にこの声には、少し興奮が混じっていた。


「そうかな……私は正直、ちょっと怖いかも」


 澪が珍しく弱音を吐く。


「え? 澪が怖がり? 意外だな~」


 詩音が少し明るい声を出した。


「だって、いつもはしっかり者の澪がさ……」


 詩音の言葉が途切れた。突然、どこからともなく物音が聞こえたのだ。


「……今の、何の音?」


 澪の声が震えている。


「き、気のせいじゃない?」


 にこも少し動揺を隠せない様子だ。


 3人は息を潜めて耳を澄ませた。再び物音が聞こえる。まるで誰かが家の中を歩いているような……


「ねえ、もしかして……」


 詩音が小さな声で言いかけたその時、突然、明かりが灯った。停電が復旧したのだ。


 明るさに目が慣れないまま、3人は互いの顔を見合わせた。そして、階段の方から聞こえてきた声に、3人は驚きの表情を浮かべた。


「みなさ~ん、大丈夫でしたか?」


 大家の桜井ミチおばあちゃんが、懐中電灯を手に階段を降りてきたのだ。


「あら、電気が復旧したのね」


 ミチおばあちゃんは、少し残念そうな表情を浮かべた。


「せっかく懐中電灯を持ってきたのに……」


 3人は顔を見合わせ、緊張が解けたように笑い出した。


「ミチおばあちゃん、びっくりしたよ!」


 澪が安堵の表情で言った。


「そうそう、おばあちゃんの足音だったのね」


 にこも笑顔を取り戻した。


「でも、よかった~。本当に幽霊かと思っちゃった」


 詩音がほっとした様子で言う。


 ミチおばあちゃんは、そんな3人の反応を見て微笑んだ。


「まあ、たまにはこういうハプニングも悪くないでしょう? みなさんの絆が深まったんじゃないかしら」


 3人は、ミチおばあちゃんの言葉に頷いた。確かに、この短い停電の時間で、普段は見せない一面を互いに垣間見ることができた。それは、彼女たちの関係をより深めるきっかけとなったのかもしれない。


 やがて、4人でお茶を飲みながら、この夜の出来事について話し合った。暗闇の中での恐怖や不安、そして安堵。それぞれの感情を共有し合うことで、さくらハウスの空気はより温かいものになっていった。


 窓の外では、夜明け前の静けさが広がっていた。新しい一日の始まりを告げるように、遠くで鳥のさえずりが聞こえ始めた。さくらハウスの4人は、この予期せぬ夜の出来事に、それぞれの思いを巡らせながら、朝を迎えたのだった。


(了)

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