第6話

 シンハンが集落の広場に向かう。まだ広場が見えない内から、風に乗って錆びた鉄のような濃い生臭さが臭ってくる。

 その騒ぎの中心は、集落の広場にありすでに人だかりができているので、人だかりを迂回するように広場の中心に向かうと、シンハンが村人とすれ違う度に耳に聞こえる。

 シンハンは通行の邪魔にならない道端に足を止めて、広場の観衆を見学する。


「なんなんだこれは」

「うわぁ~、でっか」


 村人達が何かを見た興奮のあまりに語彙力が幼くなった感想が聞こえてくる。

 集落の中には外壁からあまり離れる事を嫌う人間がいる。だから、騒ぎの中心となっている物を初めて見る人達がいる。狩人達の頭が光って人だかりの向こうから目立つように見える。

 その近くには大きな獣が蹲っており、それも一つだけではなくたくさんである。

 人より巨大な黒いネコ科の獣。それだけではない。大蛇に、鶏の様な怪鳥姿もある。

 狩られた様々な大型の獣が集落の門が開いていて、集落の中に次々と運び込まれている普通じゃない光景である。

 普段なら森近くの加工場を使い、切り倒した木材や獣の処理をしているにも関わらず、今日は村の広場まで獣の躯を運んで処理している。


「大きな獣が森の浅い所にこんなにも」

「これが魔獣なのか? なんと恐ろしい」


 見慣れない光景に見学に来た村人達が興奮の言葉を口にしているが、魔獣を見た事がある見ればそうではない事は明らかだ。

 頭を剃ったベテランの狩人が一人、置かれた獣の前に立ち、見学をしに来た観衆に呼びかける。


「今ここにあるのは村の外の森で出たである。これらは魔獣とは比較にならないほど弱く、本来であれば森の奥深くに生息するものであるが、森の浅い村の近くまで下りてきたなぜか」


 恐ろしい様を平然と話すベテランの狩人の話に、観衆は息をのみざわつくが冷静な話術に混乱には至っていない。


「それは魔獣が野獣を使役する術を使ったからだ。商隊を襲い、馬と人と食料を食い漁った後、作業小屋に逃げた人々を襲い食った。我々に情報をもたらす為に逃げてきた商人ターヤー、リュヤー、ランヤーと、その三人を逃がす為に囮となった革職人のジィコは、記憶され語り継がれるべき我が村の英雄である」


 その三人を残し、商隊が壊滅したという事実。あと一歩で村が襲われていた。目の前にいる野獣はそれを従える魔獣と共に敵である事に戦慄する。

 魔獣がどれほど恐ろしいものか村から出た事がない者でも、どこそこの村や街が魔獣に襲われて滅んだ話は地獄の中ではよく耳にする出来事である。

 しかしベテランの狩人はそれが過去である様に平然と話している事にどこか安堵している様子を見せている。


「魔獣はとても恐ろしかった。それは大猿でありながら、べんを持ち扱う知能を持つ。もしその魔獣を逃していたならば、阿鼻叫喚の大戦争が始まっていただろう」


 門が開かれる。禍々しい雰囲気の人間大の大猿の亡骸が台車に乗せられ村に入ってくると、村人達はどよめいた。そして、台車を押すのが何体もの獣の返り血で真っ赤に染めた長い髪の女である事に慄いた。

 群衆の人だかり越しにシンハンはそれが妻のリンフェである事に気が付き、手を振るとリンフェが手を振り返して対応する。

 それが群衆には自分達に向けられたものだと感じる。そして、ベテランの狩人が血まみれの女を指して、民衆に向けて称賛を呼びかける。


「あれは魔獣を一人で討伐した女傑リンフェ殿である。知っている者も多いと思うが、彼女は夫であり薬師であるシンハンと共に旅の道すがら、子供ジィハンを産み育てる為に我が村で羽を休めている。私達は彼女がこの村に滞留して、用心棒となっている事を感謝するべきだ」


 観衆から「おお~」という感嘆の声と共に、鳴りやまない拍手が続いた。

 シンハンは観衆を避けて大回りをして、リンフェの先回りをしようと動き始めると、ベテラン狩人は観衆から、獣の解体、台車を押す仕事を募集し始める。


「ここにある獣の解体の人手も、獣を運搬する人でも足りない。ここで手伝う事のできる者はいるか? もう森には獣を従える魔獣も人食いの野獣もいない!」


 観衆は沸き上がり手を挙げる者が何人も出た。初めはベテラン狩人の呼びかけに疎らだったが、他人が手を挙げ後押しされて大勢が志願した。

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