第5話

「レイファンが生まれる前、夫とはサッカーが出来るくらいに子供が欲しいねって、話し合ってたんです」

「とても仲がいいんですね」


 寝ぼけ眼のジィハンの耳に聞こえるユイランとシンハンの会話はとても重かった。

 雰囲気の圧に耐え切れず、一回開けようとした瞼をもう一度閉じて聞かなかった事にしたいジィハンは、寝心地のいい毛皮のマットに五体を預け、再び寝入ろうとする。


「この子が生まれた時には、あの人はとても喜んで、首も座らない内にこんなにいっぱいおもちゃを作ってね」


 寝入ろうとする体制をユイランの泣きこらえた言葉が揺さぶりをかけてくる。

 鈴の音がチリンチリン鳴りながらぼてぼてと何かが転がる。直後にジィハンの隣で何かが蠢く気配の直後がすると、その蠢きはジィハンの体を障害物としてよじ登り、全体重をかけてのしかかってくる。


「あう~~」

「んあぁ!」


 いい加減寝てられないジィハンは目を覚まして、暴走四足歩行に抗議の声を上げる。

 その暴走四足歩行レイファンは、音のなる革製の球を追いかけ、ハイハイの猛進をして愛らしい尻をジィハンに向けている。

 幼子の行動をねっとりとした湿度と粘度の高い優しい視線を向けているユイランの姿も目に焼き付いた。


「あの人だって、もっとレイファンの成長を見たかったと思うんです」

「ええ、そうでしょう。こんなに可愛らしい子供残して死を望む親なんていませんよ。彼はきっと死んでも帰ってきますよ」

「……そうですね」


 先ほどの病みから上がり、濃縮された娘への愛の視線がレイファンに注がれる。直撃していないにも関わらず、その余波は閻魔の迫力を受けたジィハンの肝を冷えさせるに十分の力がある。

 一方で、レイファンはそんな事はお構いなしに、捕まえた球で遊んでいる。

 ちりんちりんと鈴が鳴り、球は床の毛皮マットに何度も叩かれている。


「あぇ~、い~~。あっ」


 テンション上がるレイファンの手から、球が放れジィハンの近くに落ちる。


「へぇ」


 ジィハンはめんどくさそうに起き上がり、投げちゃった球を追いかけて近づいてくるレイファンに投げ返した。


「あい」


 球を受け取ったレイファンがなぜかジィハンに向けて投げ返すが、球は明後日の方向に飛んでいくと飛んで行った球をジィハンとレイファンは同時に追いかけ始める。

 その行動は四つの眼球から放たれる愛おしい物を見る視線に追尾されてる。


「ああ、同い年の子と遊ぶ姿なんて、なんて可愛い。あの人も見たいでしょう」


 球に追いついた二人の赤ちゃんは、球を押し付けを合う様に至近距離で何度もやり取りしあって、鈴の音と赤ちゃん2人の口呼吸の音が激しくなる。

 だが鈴の音は突然に静かになる。はぁはぁと荒い呼吸をしながら、球を二人で手で押し合い拮抗している。

 が赤ちゃん。そんな鍔迫り合いのような状態が続く訳もないのである。


「あ――――」


 レイファンがジィハンのムチムチした腕にハムハムと甘噛み攻撃を仕掛ける。

 ジィハンは手を振りほどこうとするも、レイファンの甘噛みで腕をよだれでべとべとにされ、さらに追撃に迫るレイファンの体は、ジィハンを押し倒して腕から首筋にかけてハムハムと甘噛みの対象を移した。


「ああ~」

 ――助けてくれ~!


 ジィハンが救援を要請する視線と声をシンハンに送るが、親の慈愛に満ちたにっこり微笑みが返ってくる。


「がんばれジィ、男をみせろ」

「行きなさいレイファン! 15年早いけどいい男には唾をつけときなさい」

 ――何言ってんだバカ親共!

「ああっ」


 家族の違う2人の親の奇妙な声援。

 そして、ジィハンの抵抗はむなしく、何もできないままレイファンにがっちりホールドされて服も体もべちょべちょのよだれまみれにされてしまった。



 とても平和な気の紛らわしになったが、その頃に家の外が騒がしくなる。


「なんだか外が騒がしいですね」


 最初に外の様子に気が付いたのはユイランだった。それからシンハンが立ち上がり、窓から外の様子を伺う。


「なんだか集落の入り口に人が集まっているみたいです。すいませんがジィを見ていてください」

「はい先生、お気をつけて」

「ああ~」


 シンハンがジィコの家を出て、その背中にジィハンが手を振って見送る。

 本当の意味は「父さん助けて」であるがそんな事は通じず、娘を溺れそうな愛情で守るユイランと、自分をおもちゃ認定したユイファンに組み敷かれたまま、ジィハンはアウェーの中に置いてかれた。

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