Mystery End 変化

「……あ、お疲れー」

『うん、お疲れー』



 あの日から数日が経った頃、俺は仕事帰りに響奇と通話をしていた。恋人同士となった後も俺達は時々ギクシャクしてしまったが、どうにか関係は継続出来ていて、この通話もより繋がりを深めたいと思って俺から提案したものだ。


 そして他愛もない話をした後、俺は意を決して響奇に話すことにした。



「あのさ」

『あん?』

「俺、実は向かってるところがあるんだ」

『え、どこ?』

「あの写真があったところ」



 電話の向こうで響奇が息を飲む。あれから度々響奇とはあの日の話をしていて、カラオケで記念に撮っていたツーショットに人の顔らしきものが写っていたという衝撃の事実を教えられたりもしたが、写真の確認をしに行くのまでは響奇も予想していなかったのだろう。



『マジで行くの?』

「うん。なんかさ、行かないといけない気がするんだ」

『呼ばれてる、みたいな?』

「そうなのかも」



 響奇曰く、あの写真に写っていた顔についてはストーカー的なもので、撮ったのもストーカーか何かであり、強い恨みのようなものが顔として写りこんだのではないかという。害があるものではないようだが、ここ数日写真の事を思い出さなかったのに今日になってずっと気になっていたのはやはり妙だ。



「……まあ、あれから雨も降ったり風だって吹いたりしてたから、流石にどっか行ってると思うけどな」

『無かったら無かったで怖いけどね』

「……まあ、たしかに」



 それならそれで小説のネタにでもしてしまおう。そんな軽い気持ちで俺は歩き、盛岡城跡公園まで来た。そして通話を続けながら明るい道を歩き、例の場所まで近づいた時、響奇が気配を感じたというトイレが目に入ってきた。



「そういえばさ、通話しながらでも気配って感じるのかな?」

『いや、感じないかな』

「そっか。じゃあ通話しながら写真は撮れるかな?」

『写真? あー、撮れるよ。私もよくやるし』

「そういえば撮るといえば、カラオケの時にもこっそり撮ったりしてたな」

『ナンノコトカナー』



 響奇がすっとぼける。カラオケの際、響奇は歌声をこっそり録音したり俺が歌う姿を動画で撮ったりしていた。彼女曰く、結構バレないものらしい。実際、俺も言われてから気づいてはいた。


 そしてそんな会話をしながら俺は例の場所に到着した。明るい分、色々と見回す事も出来、数日前の出来事がまるで昨日の事のように思い出された。



「っと、浸ってる場合じゃない。写真写真っと……」



 写真があるのは柵の向こう。何故なら、響奇が手を離した時にそっちに落ちてしまったからだ。なので、柵の向こうを色々見ていたが、やはり飛んでいってしまったのか中々見つからなかった。



「うーん、やっぱりないなあ」

『ない?』

「うん、ぜんぜ──」



 響奇の言葉に答えていたその時だった。



「わ、わわっ!?」



 突然頭の左側に何かの感触があり、バサバサッという音が聞こえて俺は大きな声で驚いてしまった。



「び、ビックリしたあ……」

『ふ、ふふふ……!』

「いやまあ面白かったならいいけどさ。結構怖かったからな?」

『ご、ごめんごめん。てか、何あったの?』

「え? 聞こえなかったのか? バサバサッみたいな音」

『んーん、まったく。強いて言えば、糸が切れるようなプツッみたいな音の後に無言、そして夜守の悲鳴だったよ?』



 その瞬間、背筋が凍る。ここに来る前、蝉の鳴き声は通話しながらでも聞こえていたようだった。けれど、とても大きな音だったのにそれが届いてない上に別の音が聞こえるという事があるのかと思って恐怖を感じたのだ。



『そんなに怖いの? 新世界の神みたいなペンネームしといて』

「神でも怖いものはあるだろ」

『そうだね。それで、写真は?』

「あ、そうだった」



 気を取り直して俺は写真を探す。すると、さっきまではまったく見つからなかったのに写真がすぐに目に入ってきた。あの日と変わらない場所、変わらない様子で。



「あった」

『あったの?』

「うん。ちょっと待って写真撮るから」



 俺は写真を拾い上げ、二つに畳まれているのを開く。そして写真に写っていた叫んでいるような顔を探していたのだが、不思議な事にそれらしいのが中々見つからなかった。



「あれ、どこだっけ……まあ、いいか。とりあえず撮影だな」



 俺は写真を四方向から撮って、また柵のところに戻した。



「撮った」

『ほんとに撮ったんだ』

「まあな。あとは……トイレも撮ってみるか」



 ついでにトイレも撮り、俺はその場を離れた。



「とりあえずみんなにも見てもらいたいからグループの方に貼るよ」

『オッケー』



 返事を聞いてから俺は携帯を操作して、グループのルームに写真を貼り始めた。



『ところでさ』

「ん?」

『今、誰かといる? それか誰か近くにいる?』

「なに言ってるんだよ。俺一人だぞ?」

『え?』



 響奇の声が疑問と恐怖の色に染まる。それに続いて俺も恐怖した。



『……え、さっき蝉の声と鈴虫の声の話をしたのは覚えてる?』

「あ、ああ……蝉の声は聞こえるけど、鈴虫の声は聞こえないのは周波数がどうのこうのかもなみたいな奴だよな?」

『うん……その時、子供みたいな声が聞こえたんだよ。遊んでる子供みたいな声……』

「……いなかった。子供なんていなかった」

『じゃあ、笑い声は?』

「な、何を言ってるんだよ……」



 俺の声が震える。響奇に聞こえていた声が俺には聞こえない。そんな事があるのだろうか。



『さっき、笑い声が聞こえたからヤバいから逃げろって言ったのね』

「……聞いてない」

『え』

「その声、聞いてない……」

『い、いやいやまたご冗談を……』

「……マジで」



 俺達は揃って恐怖する。ただでさえ、写真の件があるのに他にもあるなんて聞いていない。



『し、写真! ほら、撮ったの見ようよ!』

「そ、そうだな!」



 俺達はグループのルームに貼った写真を見始めた。何の写真なのかというメンバーからの疑問に響奇が答えていた時、俺はある写真を見て戦慄した。



「え……」



 見ていたのは二枚目に撮ったもの。白い和服のような物が上に写っていて、その袖口から血色のいい右腕が下から伸びてきた左手に掴まれているのだが、俺が戦慄したのは袖口の部分だった。



「……なかった。こんなところに、顔なんてなかった……!」



 男性のように見える小さな顔が袖口に浮き出ており、少し歪んでいるようにも見えていた。



「な、なんだよこれは……!」



 俺はすぐにグループのルームにメッセージを送る。



『この二枚目の奴、顔っぽいのある』

『え……あ、ほんとだ』

『どれ?』

『シミュラクラ現象じゃないかな?』



 シミュラクラ現象。点が三つあるとそれが顔のように見えるという現象で、心霊写真の中にはそういうのもあるだろう。だけど、これは点が三つという問題じゃない。だからこそ、怖いのだ。



「あのさ、響奇」

『あん?』

「俺が言った叫んでいるような顔、あるか?」

『ちょっと待っててー……あれ、どこだっけ?』

「見失うような大きさじゃなかったよな?」

『うん。それもそうなんだけどさ……』

「どうした?」



 俺は聞いたが、その次に聞こえてきた言葉に俺は更なる恐怖を味わうこととなった。



『こんなにさ、腕ってわかりやすかったかな?』

「ど、どういう事だ?」

『あの時は伸ばしてるのか繋いでるのかハッキリしなかったでしょ? でも、今のは繋いでるのがしっかりとわかる。これ、おかしくない?』

「あ……」



 俺はさっき感じた事を思い出す。何故俺は“繋いでる”と認識出来たのだろうか。あの日、響奇は繋いでるのか掴んでいるのかわからないと言っていたし、視える彼女が言うのだから曖昧だったはず。なのに、今はハッキリ繋いでるのがわかる。そして無くなった顔と現れた顔。



「……もしかして、“変化”してるのか?」

『そうなるだろうね』



 答える響奇の声も深刻そうだ。写真という物は普通は変わるわけがない。少し時が経って色褪せるということはあっても、内容が変化なんてするとしたらそれはもう物語の世界の出来事だ。



「じゃあ、俺が最初に見つけた顔はここに移動して、腕の写り方が鮮明になったって事か……」

『えっとね、おかしいのはそれだけじゃないの』

「というと?」

『この顔、それぞれの写真で見え方が違う。これ、おかしいよ』



 俺はさっき四枚を見比べる。響奇の言う通り、四枚の写真に例の顔は写っているのだが、ハッキリしているのもあれば薄ぼんやりとしたものもあり、少し表情も違うように見えていた。



「ヤバすぎるな、これ」

『うん。あと……』

「まだあるのか?」

『あ、こっちのはいいとして、さっきトイレの写真も撮ってくれたよね?』

「うん、そうだけど……」

『感じるんだよね、気配』



 その瞬間、あの日の響奇の言葉が思い出される。響奇はこのトイレから気配を感じると言っていて、今もデジタルの写真越しに気配を感じている。だから、このトイレにはやはりいるのだろう。



「どんな風に気配を感じる?」

『そうだね……ちょっとマークしてルームに貼るね』

「ああ、頼む」



 程なくしてトイレの写真に赤い丸が加工された物が貼られる。赤い丸は成人男性の膝下くらいの位置にあり、立っているとしても子供くらいじゃないと納得がいかない位置だった。



『この辺りかな』

「結構低いとこだよな……子供かな?」

『猫の可能性もあるかな。ほら、そこって猫多かったでしょ?』

「ああ、猫に驚いて可愛い悲鳴を上げたり黒猫に喜んで柵に前のめりになったりしたよな」

『その節はご迷惑を……って、驚いたのは暗かったからだって!』

「まあ、それはいいとして……猫の幽霊って事か?」

『かもね。因みに、囲ったところは何も視えていなよね?』

「そうだな……」



 同様の質問をルームにも響奇が投げ掛けているが、誰もその囲ったところにはなにも視えてないようだ。



『ここね、私もハッキリはしてないんだけど、視線みたいなのを感じるかな』

「こっちを見てるような感じか?」

『うん。それもジッとね……まあこれはあまり害はなさそうだし、ほっといていいかな』

「わかった。とりあえずそろそろ帰るよ」

『うん、そうした方がいいね』

「ああ」



 そして俺は盛岡城跡公園を後にした。駅の途中にあるコンビニで買い物をするためにそこへ向かっている間も響奇とは通話を繋げていたのだが、コンビニに入る直前で電話の向こうから息を飲む声が聞こえた。



『ねえ、夜守』

「なんだ?」

『さっき見つけた顔なんだけどね』

「あれ、本当に怖いよな。なんなんだろな」

『……よく見たら、笑ってる』

「……は?」



 俺はすぐに携帯で確認する。言われてみれば、たしかに笑ってるように見えた。



「これっていい笑いなのかな……?」

『どちらかと言えば、嘲笑かな』

「怖がってる俺達を嘲笑ってる的な?」

『かもしれない。ただ、本当に何もないのが不思議な感じ。この写真、少なくともいいものでは無さそうだから』

「神社の加護かな……」



 改めて俺は近所の神社の祭神様に感謝する。そして買い物を済ませて駅に向かっていた時、響奇がまた何かに気づいたような息づかいをした。



『あれ……』

「今度はどうした?」

『長い黒髪の女性が視える』

「長い……黒髪?」

『うん』



 俺はまた写真を確認する。すると、その内の一枚にたしかに物陰からこちらを窺うような長い黒髪の女性らしきモノが写っていた。



「まだいたのかよ……」

『まだというか、たぶんこの写真には三人いるよ』

「そ、そんなに……!?」

『うん。あと、トイレの写真から感じる気配なんだけど、たぶん移動した』

「移動した……」



 俺がトイレの写真を見始めると、響奇も同じように見始めたようで話を始めてくれた。



『でも、位置が上に移動しただけだよ』

「それでもこの写真も変化した事には変わりないよな。なんなんだよ、この写真達は」

『さあ、なんなんだろうね』



 いつもは安心するはずの恋人の声も少し冷たく聞こえ、夏の暑さよりも凍るような背筋の寒さを強く感じていた。そうして俺は駅に着いて、電車に乗るとたまに配信を見ているVTuberの人の配信に載せられないかと思って一番鮮明に見える写真を紹介文つきで投稿した。


 10分くらい電車に乗って、いつもより遅く家に帰ってきた後、俺は部屋着に着替えた。そして少し落ち着いてきた時、響奇からのメッセージが届いた。



『今日は怖かったね』

『そうだな』

『あのさ、実はあの日にもう一枚夜守の事をこっそり撮ってたのね』



 そのメッセージと共に一枚の写真が貼られる。それは携帯を見る俺の横顔と背景に景色が写っていたが、枝から青々とした葉っぱが映えてる辺りにまた赤い丸で囲われている箇所があった。



『あの……なんだっけ? シミュ……なんかこの後に浄水器みたいな名前がつくやつ』

『シミュラクラ現象だな』

『そう、それ。囲ったところ、よく見てみて』

「どれど……」



 ソレを見つけた瞬間に俺はゾッとした。囲われたところには三つの黒い丸があり、それが顔のように見えていた。



『こんなのまであるのか……』

『向き的に夜守を見てるからね。これも中々ヤバいかな』

『ターゲットは俺だったのかな……』

『かもね。でも、大丈夫だよ。あれから何もないでしょ?』

『まあな。だから、大丈夫だよ』



 自分に言い聞かせるようにしながらメッセージを送ると、響奇も安心したのかまた別の話を始めた。そして夕食を終え、響奇と通話をしながら声や笑い方、出してくる話題に可愛さを感じながら通話を終えた後、ふと俺は写真が気になって配信用にも送った写真を見た。



「……ひっ!」



 俺の手から携帯が落ちる。悲鳴を上げて携帯を落とした理由、それは簡単だ。



「な、なんでもっと笑ってるんだよ……!?」



 袖口の男性の顔、それは邪悪な笑みに変化していたのだった。

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デートと祭りと写真と 九戸政景 @2012712

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