デートと祭りと写真と

九戸政景

Love End 想い

「……よし、そろそろ向かっとくか」



 カラッとした暑さで汗が流れる夏の日、俺は携帯電話の画面を見ながら呟く。8月の初め、俺こと入賀いりが夜守やもりはある人と待ち合わせをしていた。


 待ち合わせの相手は遊霊坂ゆれざか響奇ひびき。変わった名前に思うだろうが、これは女性作家である彼女の活動名だ。やがみという名前で活動する俺と彼女は同じWebサイトで活動し、同じチャットでも話す作家同士で、嬉しいことに彼女が俺の作品を気に入って色々読んでくれた事でそのお礼として彼女をモデルにしたキャラを登場させた作品を書いてもいいかと打診したことがきっかけで、個人でも繋がって今回の待ち合わせにも繋がった。



「さんさ踊りの開始時間は……午後6時か。カラオケに行きたいとも言ってたし、その辺も計算しながら動くかな。他にも興味を引きそうなものをあらかじめ下調べしておいたし」



 待ち合わせの時間はおよそ午前11時。食事の時間も含めてもカラオケだけでは少し物足りないので、同じ作家同士というのもあって本屋を二つほど下調べしておいたのだ。因みに、彼女が前に欲しいと言っていた本も探したのだが、本棚にはなかった。なので、何か気になった本があったらそれを買うという手段に切り替えることにしていた。



「……それにしても、ようやく会えるんだな」



 その事に俺は嬉しさを覚える。まだ送られてきた写真でしか顔は知らないし、個人的なやり取りも一ヶ月弱しか経っていない、それでも俺は彼女の事を心から好きになっていた。


 初めこそおとなしい中にも好きなものへの情熱を見せていた彼女も慣れてくると気心の知れた悪友のような絡み方もしてくれていて、俺は距離が近づいてく事に嬉しさを感じていた。そんな響奇とのやり取りの中で幾度かトラブルになったことはあるけれど、どうにか今回のオフ会、否デートまでこぎ着ける事が出来たのだ。これは男として情けない姿は見せられない。



「まずは待ち合わせ場所の盛岡駅西口に向かおう」



 そうして駅に向かって歩き、駅に近いところまで来た時にふとある事を思い付き、俺は響奇にメッセージを送った。



『今飲みたい物ってある?』

『カフェオレ! それかりんごジュース!』

『わかった』

『え、買ってくれるの?』

『うん。いまちょうど店の近くだったから』

『ありがとー!』



 嬉しそうなメッセージを見て俺の口元も思わず緩む。店の近くというのは強ち嘘ではない。だが、その店というのは地下道に入ってから駅の地下まで歩いたところにあるので、店の真ん前とかではないのだ。



「これくらいはかっこつけてもいいよな。よし、他にも必要そうな物を考えながら買い揃えておこう」



 俺は携帯を服の胸ポケットに入れてから地下道に入っていった。そして汗ふき用のシートや頼まれた飲み物、靴擦れの際の絆創膏などを買っていた時、俺の目の前にふとあるものが映った。



「これは……」



 それは俗に言う避妊具という奴だった。俺も男だし、これまで彼女というものもいなかったので、彼女との関係の中でそういうことをしてみたいという欲求がないわけではない。



「……けど、これは違うな。これ目的で会うわけじゃないし、無理に迫るなんて真似をしたくないから」



 俺はそのコーナーから離れて買い物を済ませた。すると、響奇からのメッセージが入り、時間的にそろそろ着くのかと思っていた時だった。



『ごめーん、バスが遅延してて。あと10分か20分から30分で着くと思う!!』



 彼女が乗ってきている高速バスを使って二時間半。それから10分から30分ともなれば彼女も疲れるだろう。けれど、そんな遠くからでも会いに来てくれて、俺の大ファンだと言ってくれるのは本当に嬉しい。むしろ遅延なんて更に楽しませるための下準備の時間だと思えばいいのだ。



『うん、わかった。ゆっくりおいで』

『ありがとう』



 そしてある程度時間も経ち、俺が盛岡駅西口に向かっていた時、彼女からまたメッセージが送られてきた。



『もうすぐ着くよ』



 待っていた時間が来る。その嬉しさを感じながら俺は改札口の反対側にある通路を通って外に出た。西口にはゲームセンターやスポーツ施設が入った建物もあるが、今回の待ち合わせにうってつけだと思ったのは免許センターや様々な会社が入っていて、広い屋上もあるマリオスという建物だ。


 俺はそこの入り口に移動し、今か今かとその時を待った。そしてついにその時が来た。



『着いたよ!』



 そのメッセージを見てから顔を上げると、一台のバスが見えた。そして彼女を見つけようとしたのだが、中々見つからない。



『あれ、どこ……?』

『大きな建物の方まで歩いて』

『……どこ?』

『花は見える?』



 そう送ると、携帯を両手で持ちながらキョロキョロしていた小柄な女性がこちらに近づいてきた。響奇だ。クリーム色のTシャツと揃いの色の指穴つきのアームカバー。斜めがけされたショルダーバッグ。薄青色のデニム生地のショートパンツからムチッとした足が覗き、少し足フェチの気がある俺は思わず目が行ってしまった。


 そうしてようやく対面出来た俺達だったが、やはり少し気恥ずかしかったからかいつものようなノリでの話し方はすぐには出来ず、彼女もはにかんだ様子を見せた。



「あはは、メガネ忘れたから見えなかったあ」



 薄くメイクがなされた顔で照れ臭そうに笑う。写真よりも何倍も可愛く、そしてエロさを感じる姿に俺は緊張する。



「あ、そうだ。頼まれてたカフェオレ、今のうちに渡しとくよ」

「あ、ありがとー」

「あと、汗かいてたらこれ使って。汗ふきシート」

「ううん、大丈夫」

「わかった」



 俺が汗ふきシートを鞄にしまっていたその時だった。



「しっかりしてる人だなあ」



 彼女からそんな言葉が漏れる。そう言ってもらえるのは嬉しいが、俺自身はそんなにしっかりしてるわけじゃない。彼女のために何が出来るだろうかと考えた結果の行動でしかないからだ。



「とりあえず駅ビルでも見てみる?」

「見る見るー。迷子になっちゃいそー」

「俺がいるから大丈夫だよ」



 そうして俺達は歩き出す。案内役として先導しながら歩くと、視界の端で時々小走りになりながらついてきてくれるのがとても愛おしく、異性とのデートというのはこういうものなのだろうかと実感していた。


 それから雑貨屋や服屋を見て、その値段に一緒に驚いたり特徴的なMの字やMAD動画等で教祖扱いされているキャラクターでお馴染みのハンバーガーチェーン店で高校生のような一時を過ごしたり、と俺達は楽しい時間を過ごした。


 その後も予め下調べをしていた本屋などに行ったのだが、彼女は作家であると同時に読書家でもあるからか色々な本の知識を持っていて、俺は素直にスゴいと言うしかなかった。そうして駅から少し離れたところにあるスーパーや映画館が入っているビルの本屋まで足を運んだ時だった。



「えっ……うそ……!」



 彼女は本棚から一冊の本を抜き出す。それは昔放送されていた刑事ドラマを最近映画化したもののノベライズだった。



「ノベライズがあるなんて知らなかった……! 映画も観れてなくて悔しいと思ってたんだぁ……!」

「よかったら買う?」

「ほんと!? ありがとう!」



 会計を済ませて響奇は満面の笑みを浮かべる。その笑顔だけでも本代以上の価値はあるので俺にとっては大満足だった。



「そういえば、かれこれさ──」



 その瞬間、キッと睨まれて、俺はしまったと思った。響奇の本名は彼此かれこれ響花きょうかというのだが、どうやら彼女は名前はともかくとして、苗字が嫌いらしい。



『だって、彼此だよ? あのことこのことじゃないんだよ、どのこと? 苗字くらい定まっててよって思わない?』



 というのはオフ会以前に聞いた彼女の言だ。それを聞いて、俺はセンスがあると感心したのだが、苗字が嫌いな事を忘れていてそれを口にしてしまった俺に対して彼女は腰に手を当てながら怒った様子を見せる。



「苗字で呼ぼうとしたから罰金100万円。まずはカフェオレを奢りたまえ」

「小岩井のでいいか?」

「うん」

「まあ、いいけど」

「やたっ!」



 彼女は嬉しそうに言う。その姿だけでも値千金ではあるので、見られてとても嬉しいと感じていた。そして本屋が入っているビルを出て、そろそろカラオケ店にでも行こうとしたその時だった。



「……ん」



 響奇が足を止める。彼女が見つめる先には興味を引きそうなものは何もない。



「どうかした?」

「んーん、なんでもない。そろそろカラオケ行く?」

「うん、行こうか」



 そして俺達は歩き始める。手を握りたいという気持ちはあったが、それをグッと抑え込んだ。付き合っているわけでもない彼女の手を握るのはやはりよくないと思ったからだ。たとえ、好意を向けられていたとしても。


 そうして俺達はカラオケ店に着いた後、交代交代で歌を歌い始めた。彼女の歌声はとても素晴らしく、少し男性的に聞こえる力強い歌声から繊細で綺麗な歌声まで彼女は使い分けるだけの実力があり、それをスゴイと思いながらも負けたくないという気持ちも沸き上がってきていた。そんな時だった。彼女がアクションを起こしたのは。



「っと……」

「ん?」



 お互いに五曲くらい歌い終わって、彼女は次の曲の一番を歌い終えると、おもむろに俺の左手を取った。そして何をするのだろうと思う間もなく彼女の顔が左手に近づき、そのまま手の甲にキスをした。



「……え?」



 彼女は涼しい顔でBメロに入る。そして曲が終わるまでの間、俺は手の甲に残る唇の余韻を感じながら悶々としていた。



「タバコ吸ってくるー」



 彼女はそう言うと部屋を出ていく。彼女は一日に一箱以上吸う事もあるそうで、やはり吸いたくなったのか一階にある喫煙所に向かった。


 それによって部屋には俺一人となった。そんな俺の目の前には彼女が口づけをしていった左手の甲があり、ドキドキしながらドアの向こうの人の姿や彼女の気配を確認し、それらが無いことを確認し終えた後に俺はそこに自分の唇を重ねた。



「ん……」



 唇を離した後、俺の中では間接的なキスが出来たという嬉しさとやってしまったという二つの思いがぐるぐるとしていた。俺がやった事は傍目から見れば気持ちの悪い行為なのだから。


 以前から彼女は交流の中で俺に好意のあるような素振りを見せていた。年齢イコールいない歴の俺でもそうなのだろうと感じる程のアピールであり、その事はとても嬉しかった。だからこそ、間接的なキスが出来た事は嬉しかったが、これがバレた時に嫌われてしまうのではないかという恐怖はあり、これは言わないでおこうと心に決めた。



「……でも、これが答えなんだよな」



 独り言ち、自分の想いを確信した。そしてそれに応えるのに一番いいと思える方法も同時に思い付いた。



「お待たせー」

「あ、うん」



 喫煙を終えた彼女の言葉に答え、俺達はカラオケを再開する。因みに、この後も彼女は少し性的な歌詞のある曲を歌ったり頬や耳にもキスをしてきていて、耳の奥に残ったリップ音はしばらく残響として聞こえていた。


 そこまでされたら普通の男なら我慢は出来なくなるのだろう。狭い密室に男女が二人という状況。そしてそんなアピールをされてしまったら、暗がりでキスの嵐だけではなくそれ以上の事だって考えてしまうのだろう。だけど、俺はグッと堪えた。そんな無理矢理な事をするのが性に合わないというのもあるが、やはり彼女との関係に終止符を打ちたくないというのが一番だったからだ。


 そんな誘惑と自制の時間も過ぎていき、俺達は会計を済ませると外に出た。



「楽しかったねー」

「うん」



 そんな会話をしていると、途中から強く降っていた雨も止んでおり、俺達は今回のメインイベントであるさんさ踊りのパレードを見に行く事にした。


 さんさ踊りというのは、この盛岡市で伝承されている芸能の一つだ。昔、この地で人々を苦しめていた鬼が三ツ石の神様によって退治されて、降伏の証として岩に残させた手形の周りを人々が歓喜しながら「さんさ、さんさ」と踊り囃したのが始まりなのだという。


 そんなさんさ踊りのパレードを観に行こうとしたその時、彼女の異変に気がついた。



「大丈夫?」

「ごめん、ちょっと……人酔い、したかも……」



 俯きがちになりながら立ち止まる彼女の言葉を聞いて俺は納得する。響奇は人混みが苦手らしく、その事もオフ会以前に聞いた話だったのだ。



「掴まっていいよ」

「ん、ありがと……」



 彼女は差し出した俺の右手に抱きつく。そしてまた歩き始めたのだが、俺はドキドキしていた。その理由は簡単だ。抱きついている彼女の胸が肘の辺りに当たっているのだ。


 尚、それは流石に彼女には言えない。言うのはセクハラだろうし、人酔いしている彼女にそんな事を言って変に緊張させては更に具合を悪くさせてしまうから。



「人酔いするなら……そうだ、穴場があるからそこに行こう。ちょっとした賭けにはなるけど、たぶんあそこからもパレードは見えるはず」



 自分の庭とまでは言いすぎだが、この街中は色々知っている。その知識を駆使して俺はある場所を思い付いた。



「……なんなら観れなくてもいいよ?」



 響奇は弱々しそうに言う。そんな言葉が出るくらいには弱っているようだ。俺が思い付いた場所は少し歩いたところにあるので、そこまで歩かせるのは少し申し訳なかった。



「ここから少し歩くけど大丈夫?」

「とにかく人から離れたい」

「ん、わかった。それじゃあこっち」



 腕を引くとぴったりとくっついている彼女は抵抗無くこちらに寄る。そんな彼女を愛おしく思いながら俺は人が少なくなるルートを考えながら目的地へと歩き、俺達は盛岡城跡公園に辿り着いた。


 盛岡市民の憩いの場でもあるこの盛岡城跡公園には近くにある櫻山神社に面した通りが見える場所があるので、そこならば人も少ない上にパレードも見えると踏んだのだ。



「ひゃっ!?」



 目的地まであと少しといったところで彼女が可愛い悲鳴を上げる。どうしたのかと思っていると、その視線の先には数匹の野良猫がいた。



「ああ、猫だよ。ここ、野良が多いんだ」

「猫……あ、ほんとだ」

「それにしても……ふふ、ひゃっ!? って……」

「く、暗かったんだから仕方ないでしょ!?」

「ごめんごめん」



 怒り方も可愛い彼女の姿にキュンとしながら謝った後、俺達は目的地である高台に着いた。



「人は……うん、多いな。これならパレードも観られそうだ」

「まあ、通らないとしたらあの人だかりは何って話だもんね。何のバーゲンセールやってるのかって話だよ」

「ぶはっ!」



 少し余裕が出てきた彼女の口から飛び出したセンスの塊の冗談に思わず吹き出す。そして笑い終えた後、俺は不意に周りを見回す。人が少ないのは計算通りだが、それにしても人が少ない。まるで、誰かが寄せ付けないようにしているかのように。



「あれ……? これ、なんだろ……?」



 彼女が爪先で何かを示す。そこには雨に濡れて丸まっている一枚の紙があった。拾い上げた彼女が開くと、それは写真のようなものだった。



「写真……?」

「でも、なんでこんなところに──」



 その瞬間、彼女は弾かれたように写真から手を離す。拒否反応を起こしたように。



「大丈夫?」

「……あれ、何だろいまの……?」



 彼女にもわからないらしい。手から離れ、地面に吸い込まれるようにして落ちた写真には青い背景と叫んでいる白い顔の男のようなものが写っていて、その異様さに俺は恐怖した。


 これまで霊というものを視たことはない。ただ、そんな俺でもこれは異常だと思えるような写真。それがこれだった。



「これ、“手”だな……」

「え?」

「繋いでるのか掴んでいるのかわからないけど……」

「え……て、手?」



 もう一度拾い上げて冷静に眺める彼女の言葉に疑問を抱く。霊視鑑定の真似事をしているという響奇には俺には視えない何かが見えているのだろうか。



「んー……うわっ!」



 彼女はまた弾かれたように写真を離す。どうやら余程のものらしい。



「嫌な感じは別にしないけどなあ」

「……響奇、ちょっとこっちに来てくれないか?」

「ん?」

「いま、手って言ってたけど、こっちから見ると顔みたいなのが見えるんだよ」

「顔?」



 手招かれた彼女が別角度から写真を見る。



「……あー、ほんとだー。すごいねー」

「え、えー……?」



 ぱちぱちと拍手をしながらのんびりと感嘆の声を上げる彼女の姿は能天気その物だった。心配性だと言われるかもしれないが、今すぐにでもここを離れた方がいいと俺は感じていた。週五くらいでお参りをする近所の神社の加護でも与えられているのだろうか。不思議とそんな気がしたのだ。


 そうしてどうしたもんかと思っていたその時だった。



「あっ、黒猫!」

「え……ちょっ!」



 腰の辺りまでしかない柵に彼女は身を乗り出し、俺はすぐにその前に腕を伸ばす。彼女は落ちなかったが、危ない事には変わりないので俺は安心しながらため息をつく。



「びっくりした……危ないから止めてくれ……」

「あはは、ごめんごめん。黒猫が可愛くて」



 指差す先にはたしかに黒猫がいる。ここにいる野良の一匹なのだろう。



「まあ、可愛いのは可愛いか」



 響奇には負けるけど。そんな言葉を飲み込んでいた時、彼女の視線は別の方に向いた。



「ところで、あの建物はなに?」

「ん?」



 彼女が指差したのは公衆トイレだった。この盛岡城跡公園には公衆トイレが幾つかあり、ここじゃないところには幽霊が出るという話を聞いた事がある。



「あれは公衆トイレ、そういえばここのトイレではないところは出るって聞いたな」

「え、“ここ”じゃなくて?」

「……は?」



 思わず背筋が冷える。彼女の言葉通りなら、ここにはいるという事になるのだ。



「うん、ここじゃないけど……何かいるのか?」

「いるというか……気配、かな?」

「気配……」



 異様な写真と人の気配のない暗がり、そして人ではなさそうなモノの気配。恐怖を感じるには十分すぎるのだが、俺は不思議とワクワクしていた。


 そうして響奇も回復し、少しずつ人の姿も見え始めた頃、俺達は少し移動する事にした。



「はあー……ようやく心霊的な体験出来てなんか嬉しかったなあ」

「これまではなかったんだ?」

「うん。近所の神社には般若の幽霊が二人出るらし──」

「……ねえ?」

「ん?」

「その話、“前にも”した?」

「……え」



 記憶を探ったがそんな事はなかった。



「いや、ないはず……」

「私も話した内容とかメモ取ってるんだけど、それに書いた記憶はない。でも、夜守の声で聞いた記憶はあるんだよ」

「……デジャビュ?」

「……それか夢で聞いたのかもね」



 重なるオカルト現象にわくわくはしていたが、こんなに重なるものかと不思議には思っていた。だが、いまの俺達には解決出来るものでもない。



「まあ、いくか」

「そうだね」



 頷きあった俺達は軽くコンビニで買い物をしてからパレードを近くまで観に行き、駅まで戻ってから夕食を済ませた。そして楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろ俺が電車に乗らないといけない時間になった。



「それじゃあ今日のところはここまでだね」

「うん」



 改札口で向かい合い、解散のムードが漂った時、俺は意を決して行動に出た。



「でも、その前に……」

「え?」



 俺は響奇に近づいて、右手のアームカバーを軽くめくる。そして腕にそのまま唇を押し当てた。



「あ……」

「……それじゃあ」



 そして俺はすぐに改札を通り走り出す。時間が迫っていたのもあったが、“恋慕”の気持ちがこもったキスをしたという事実がやはり気恥ずかしくなったのだ。そうして電車に乗ったが、顔の熱が引く事はなく、それどころか心臓の鼓動が速くなっていった。



「……しちゃった、なあ」



 手の甲への間接キス以上の嬉しさとやってしまったという気持ちで感情はグチャグチャになっており、電池切れになった携帯を帰宅後に見るのが少し怖いほどだった。


 電車に揺られて最寄りの駅に着き、夏の熱とはまた違った恋の微熱を感じながら家に帰った後、俺は携帯を充電しながら鞄の中身を少し出していた。



「……あ」



 思わずそんな声が出る。コンビニに寄った際に彼女が帰りながら食べると言っていたブドウ味のグミを渡し忘れていたのだ。



「……最後の最後でかっこわるいなあ、俺」



 情けなさを感じながらもそれを伝えるために俺は多少充電が終わった携帯を手に取る。そして電源を入れてトークアプリを起動させると、すぐに送ったであろう彼女からのメッセージが来ていた。



『ばか』

『でも嬉しかった』

「響奇……」



 嫌われていなかった。その事実に嬉しさを感じながら俺は携帯のキーボードを叩く。



『いま帰った』

『うん』

『ところでさ』

『うん?』

『グミ、渡し忘れてた』

『あ……』



 その少ない文字数からも伝わる彼女の残念そうな顔。申し訳なさを感じながら俺は再びキーボードを叩く。



『ごめん』



 すると、彼女から予想していなかった返事が来た。



『付き合ってくれないと許さない』

『こちらこそ付き合ってください』



 すぐに俺が返事を送ると、彼女からも返事がすぐに送られてきた。



『それじゃあ今日から恋人だね。改めてよろしく』

『うん、よろしく』



 心から好きな彼女との交際。それは人生の中で一番の幸せだと断言できた。そしてその幸せを噛み締めていた時、彼女からまたメッセージが送られてきた。



『ねえ、いつものみんなにも言ってみない?』

『あ、いいけど……どんな風に言おうか』

『そうだね……何かいいアイデアない?』



 彼女から頼られ、俺は一つのアイデアを思い付いた。



『それなら、クイズ形式はどうかな?』

『クイズ?』

『うん、ちょっと待ってて』



 俺は個人のトークルームから俺達が参加しているグループのルームに入った。



『みんな、お疲れ』

『おかえりー』

『オフ会、どうでした?』

『楽しかったです?』



 起きていたメンバーからメッセージが送られてくる中、俺はクスッと笑ってからメッセージを送った。



『問題です。俺が帰り際に響奇にした事はなんでしょう?』

『そういうやり方?』



 響奇のメッセージの後に起きていたメンバーが次々に自分の予想を送ってくる。



『んー……じゃあ、四択にしようか』



 四択にして俺は改めてクイズを出す。そして数分経ってからそのクイズの答えを教えた後、ルームはとても盛り上がり、俺は幸せを感じながら静かだけど賑やかで楽しい夜を過ごした。

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