6枚目

 花火大会。ぼくは何度も、それこそ小学校から中学校の間ずっと、友達と見物に出かけていた。花火大会は、川べりにある町で一番大きな公園が会場になっていました。花火大会の日には、公園の中に、二、三の出店や、休憩用のテント、そして小さなステージが作られて、思ったよりも多くの見物客でごった返しました。ただ、やっぱり商店街の祭りの時よりは出店の数も少なくて、その種類も町内会の人たちが冷やした飲み物や焼き鳥を売るテントが立っているだけだし、ぼくらにとっては、ステージでの催し物というのはとても退屈でした。打ち上がる花火も、せいぜい十数発だし、そういう視点で言えば、楽しみは少なかったように思います。それよりも、友達と一緒に祭りの場にいることこそが楽しかった。持ち寄ったロケット花火なんかを、打ち上げ花火が終わった後も、見回りの町内会の人やパトカーが来て、早く帰れと言われてもそっちのけで、ずっと飛ばし続けたりするのが楽しかったのです。


 ぼくらが川べりの道に出た時には、もう日は暮れ始めていました。ぼくらが歩いていく何もかもが、茜色に彩度を落としていて、歩いている道の上にはガードレールがの影が覆っていました。あれだけうるさかった蝉の鳴き声もいつの間にか聞こえなくなっていて、代わりに遠くから列車が線路を踏む音が響いてきていました。先輩は、手を後ろで組んで、その手にぼくのスマホを持ったまま前を歩いていました。ぼくはもう、スマホを返して欲しいとは言い出しませんでした。


 公園の入り口にある石銘板のところに、花火大会、と大きく書いてある看板が立っていました。そこから中を覗くと、テントやステージは見えるたのですが、一人二人、散歩をする人や、小さな子供たちがボールで遊んでいるばかりで、そのほかには誰もいませんでした。


 先輩は、さすがに寂しすぎない、と口を尖らせていました。看板をよく見ると、花火大会は、明後日の日付が書いてありました。ぼくは、何も気が付かずに、今日が平日であることも忘れてしまっていたのでした。不思議と疲れを感じずに、代わりに吹き出してしまいました。ぼくは、すみません、花火大会は明後日みたいですね、と先輩に教えてあげました。先輩は看板のところまで戻ってきて、そっか、今日平日じゃんね、と言って笑いました。


 それから僕らは、木の影にあるベンチに腰を下ろして、ボール遊びをしている子供達を眺めていました。やがて彼らも、誰からとなく家へ帰って行き、そうして、公園には、ぼくら以外誰もいなくなってしまいました。


 先輩は、残念だったねと、ぼくにスマホを差し出しました。ぼくはスマホを受け取りながら、いいんです、と答えました。ぼくは、スマホをリュックサックに放り込んで、飲み残していたペットボトルのお茶を取り出しました。そして先輩に、ありがとうございました、と伝えました。


 先輩は、楽しいかい、と今日何度か繰り返した質問を口にしました。楽しい、そう、確かにぼくは、楽しいと感じていました。昔を羨んだり、懐かしいとは感じずに、今こうして座っているだけでも、目を瞑りさえすれば、お祭りの屋台の喧騒が、細道のじめっとした感じや、友達の家で食べたお菓子の味も、まるで今過ごしているように感じられて、目を開ければ、そのまま続きが展開されるような気がしました。それだけでなく、もしこのまま眠ってしまったとしても、明日には友達との約束があって、ここに花火大会を見に来るのだとも思えたのです。


 ぼくは、楽しいです、と答えました。先輩は、それは、よかった、と言って、でも、と続けました。でも、ぼくがそう思えるのは今だけで、きっとそれはだんだんと薄れていってしまうのだと、先輩は言いました。それに、ぼくの問題はそのままなのだと、そう付け加えました。


 ぼくを現実に引き戻すように、どこかで蝉が一鳴きして、さっきまであった現実が、急に、遠く昔のことのように感じられました。ぼくは何も言い返せなかったし、先輩も黙ったままでした。そうしていると、さっきまで遊んでいた子供達が、彼らの親の誰かを連れて戻ってきているのが見えました。彼らは、ぼくらと反対側にある水飲み場の近くに座り込むと、どうやら持ってきていた袋から花火のパックを取り出しているようでした。日はとっくに暮れていて、公園の電灯が彼らを照らしていました。


 先輩は、ばかだなぁ君は、そのままの気持ちで居続けるための方法を、今朝試そうとしたばかりじゃないか、と言いました。ぼくは先輩を見つめました。先輩は、楽しそうな顔で、ぼくを見ていました。子供達が持ってきていた花火の中に、ロケット花火があったようで、それが笛の音と一緒に飛んでいって、小さく弾ける音がしました。

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