3枚目

 いつもの駅に行って、いつもと同じ方向の電車に乗りました。もうこの時間になると構内にもホームにも学生はぼくら以外に誰もいなくて、乗り込んだ電車の乗客もいつも乗っている時間の電車よりぐっと減っていて、ほとんどが多分大学生ぐらいから、ちょっと遅めに出勤しているような大人ばかりでした。やはり、学生の影はちっとも見えませんでした。


 ちょうど、隣り合って二席空いていたので、ぼくと先輩がそこに座りました。電車が何駅か進んだ頃、ぼくはスマホを取り出しました。経路アプリをつかって乗り換え駅と電車を調べようとしたのです。待ち受け画面が目に入ると、学校の電話番号と母親からの電話番号からそれぞれ電話がかかってきたことを示すポップアップが表示されていたのに気がつきました。スマホをただ眺めているだけのぼくを見て、先輩は、はいはい、ぼっしゅーと行ってぼくの手からスマホを取り上げて、電源を切ってしまいました。ぼくは、それじゃどんなふうに乗り換えたらいいかわからなくなると抗議しましたが、先輩は、行き先が決まってるならいいじゃない、どうやったって着くよ。それより余計なこと考えないで楽しもうよ、と言います。


 それから、いつも降りる学校付近の駅に近づいた時、反射的にぼくは立ち上がってしまいそうになったのですが、先輩は、今日はちがうぜ、といってぼくのシャツの裾を引っ張って席に戻しました。この駅は他の路線との接続駅で、どちらかというとこの時間は僕らが乗っている路線から、もう一方の路線へ乗り換える人が多いので、もうここまで来ると、乗客はぼくらと、多分終点の先の田舎の方に行くのだろう人たちが数名乗っているだけで、閑散としてしまっていました。


 電車の戸が閉まって動き出した時、この期を見て、ぼくは、どうしてXXXのことを知っていたんですか、と先輩に聞きました。先輩は、どうしてだと思う、と答えてくれませんでしたが、ぼくが質問を質問で返さないでくださいと言って、さらに詰め寄ると、まあ信じないだろうけどね。その制服◼️◼️◼️◼️(所属学園名 黒塗り)のでしょ、超進学校の。そこって県外から傭兵みたいに集めてきているみたいだけど、大体、馴染めなくなるんだよね、そこの子。まあ、君みたいになるのは珍しいけどさ。それで、あとは勘と当て推量。答えになっていない解答でした。ぼくが県外から来たのは当てているけど、昔のことまでどうしてわかるのでしょうか。しかしそれきり、ぼくも先輩もお互いに話しかけたりはしなかったから、ぼくらは座席の後ろの窓から、外を流れていく背の低いビルとか、その合間に時折出てくる小さな緑地公園の緑を眺めているようでした。


 それから、何回か電車を乗り換えました。田舎の方に行くに従って、次の電車が出発するまで時間がかかったり、そもそも電車がまだ来ていなかったりすることが増えていきました。そんなときは、ホームの冷房が効いた待合室でだらだら待ったりしていました。目的地近くから、二つ前の駅での乗り換えの時だったでしょうか、ぼくが新しい飲み物を二つ買って待合室に戻ってくると、先輩はベンチからずり落ちた感じで座っていました。一つを、確かレモネードとかそういうのだった気がします、先輩に渡すと、先輩は、ありがとうと言ってキャップを開け始めました。ぼくは隣に座って、何をするでもなくさっき買った缶コーヒーを握っていて、何か話しかけないとななんて思っていました。これまで一時間以上一緒に電車に乗っていたけれど、その間は、どこの駅で乗り換えるとか、あとどれぐらい時間がかかるとか、一言二言、そういう事務的なことしか交わさなかったから、この電車の待ち時間がとても居心地が悪い感じがしたからです。とは言っても、ぼくは日頃から、同年代の雑談することはできなかったし、気の利いた話題を振ったりすることは難しかったのです。それが女の子となれば、どうしていいのかわかりませんでした。そこで、思い出したのが、先輩に盗られたままだったスマホです。コンビニで取り上げられて、そのままにしていたことに気がつきました。しかし、スマホを返してくださいと言って、それからどうするのだろうか、そんなことを考えて、ベンチで体を屈めていました。そんなぼくの気持ちを察してか、先輩が先に口を開きました。


 なんかあるんなら言ってごらんよ、先輩が聞いておいてあげよう。あとスマホ。マナーにしてるけど着信がウザいね。そう言って足を組むと、その上に肘をついて顎を乗せて、ぼくを覗き込んできました。いちいち芝居っぽい、大袈裟に動く人だな、とぼんやり思いました。先輩はペットボトルの飲み口を指で挟んでぷらぷらさせていましたが、それでもぼくが黙っていると、まあ、いきなり話せって言ったって、難しいだろうけどさ、とため息をついて、またベンチの座面に腰を乗せるように座りました。そして、不貞腐れるように、君の今とか未来とかが変わったりはしないし、私が変えてあげることもできないけどね、と独り言のように言いました。


 あの、と先輩に言ってしまったあと、話してしまおうという気持ちと、そんなことしてどうなるという気持ちが、ぼくの喉のあたりで突っかかって、言葉が出てきませんでした。そうして、ようやく出てきたのは、どうして止めたんですか、というよくわからない問いでした。先輩は、まっていました、とばかりに、そういうことを聞くってことは、君はやっぱり死のうとしてたってことだね、と顔を綻ばせました。ぼくは、そう、ですねと途切れ途切れに相槌を打って、もう、いいかなって思って、と続けました。すぐに、だからだよ、と先輩が言います。君が、なんとなぁく死のうとしたからだよ、言わなかったっけ。もしかしてわたしが、死んだらダメだとか、なんとかなるとか、そういうことを言い出し始めるって思ってるわけ。ぼくは頷きました。ばかだなぁ、君は。わたしが何か言ったって、君が思い悩んでることがパッと解決するわけじゃないでしょ。もし私に君を洗脳するような力があったとして、君が明日から何にも思い悩むようなことがなくなったとしても、君の外にある問題はそのまんま放置されるだけなんだから、そんな無責任なことしないよ。私はただ、君に、いい死に方ってのを教えてあげたいだけだよ。


 なんですか、いい死に方って、そうぼくが尋ねると、先輩ははにかんで、それを、今から教えに行こうとしているんじゃないか、と言って立ち上がりました。ちょうど、アナウンスが鳴って、線路の向こうから乗り継ぎの電車がホームに入ってくるところでした。

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