第50話 四竜の邂逅

時は少し遡り、三つの場所でそれぞれ同じ現象が起きた。


南域にある【竜神ドラゴデウス】の拠点。

東域にあるドワーフの国プリミオ王国王城。

西域魔族領にある邸宅。


三柱が住まうその場所から、唐突に瘴気が溢れ、ドラゴンが飛び立つ。


彼らは本能に突き動かされていた。


アレは危険だ。

アレは世界に破滅をもたらす。

アレは消す。

消す消す消す。


世界に齎される危機が、本能を呼び覚ます。

世界の創世者へ、警鐘を鳴らす。


世界が改変される。

世界の根底が崩れる。

摂理が真理が、破壊される。


人が人の世を守るのと同じく、ドラゴンもこの世界を守る。


何人もドラゴンへ挑まぬように、何人も世界は挑戦してはいけない。


忘れてはいけない。

この世界はドラゴンのものである。


ドラゴンが創りし世界を、変えようとしてはいけない。


それはドラゴンの逆鱗に触れる行為なのだから。


※※※


ノピーたちは中庭にいた。


駄々をこねるパノラをソーチャルに無理矢理預けて、三人は校門を出る。


見慣れたはずのその場所は、誰も知らない混沌であった。


アスドーラが通ったであろう直下からは、人々の息吹が消えていた。


住み慣れた家も、通い慣れた店も、何もかもが崩れ、暗闇が光すらも奪う。

倒れ伏した人々へ、瓦礫が降り注ぐ。

あてもなく地面を這いずる人は、血と涙を流し事切れた。


ノピーたちは、今出てきたばかりの校舎を一瞥し、つくづく実感する。


友だちだけは傷つけまいとする、アスドーラの想いを。


「で、何か策があんだろ?」


「ない」


「は?」


「そんなのないよ。とにかくアスドーラ君の近くに行って呼びかけてみようかなって思っただけだよ」


「……やっぱ戻るか」


もちろん冗談であるが、引き返せるのなら引き返したいというのが本心だった。

カッコつけて学校から出てきたというのに、まさかの無策。

ドラゴンをどうにかしようということ自体無謀だというのに、無策で挑むとは……一周回って逆に妙案とさえ思えた。


「好きだから戻ってきてって、伝えるのがいいと思うの。そしたら思い出してくれるかなって。どうノピー君?」


「ジャックも何か考えてよ。僕にばかり頼らないでさ」


「はあ?おめえが、そういう係だろうが。俺は武闘派なんだよ」


「2人共なんで無視するの?」


2人は目を伏せた。

もう、なんて言っていいのか。


「絶対にアスドーラは、そういう目で見ていない」とハッキリ言ってやりたい気持ちをぐっと堪え、言葉も感情も全部飲み込んだ結果が、一旦無視だった。

それなのにわざわざ、追撃をかましてくる辺りに、ネネのマジさが垣間見えた。

だから思わず目を伏せたのだが……そんな暇もそんな余裕もない。


バカげた話に付き合って、三人もろとも死にましたじゃあ、アスドーラに言い訳のしようがない。


ノピーは意を決した。


「ネネさん。あの――」


「あのさあ、2人共しっかりしてよ」


「ぇぇ」


ネネはキレていた。

バカな女だ、と思っている男どもに、ブチギレていた。

普通の頭を持っているなら、こんな状況で、のろけ話をするはずがない。

ちょっと考えれば分かることなのに……。


大きくため息をついて、諭すように思いついた策を語り始めた。


「今はただのアースドラゴンだけど、アスドーラに戻ってもらうには、私たちがちゃんと想いを伝えないといけないと思うんだ。

私たちにはアスドーラが必要だって、ちゃんと伝えないと戻ってこられないじゃん。だって気まずいでしょ?こんなんになっちゃってるんだし」


ネネは辺りを見回し、アスドーラが破壊した残骸に苦笑した。


「気まずいって。それだけが理由で戻れないわけじゃねえだろ。あの光の柱が――」


「私たちはできることをやる。そうでしょ?」


「……」


男二人は、黙ってしまう。

ネネの言葉には、どこかで聞いたおとぎ話のような、嘘臭さが漂っていたからだ。

夢でもみてるのか、ロマンチックも大概にしろと、いくらでも文句は言えたが、口にはできなかった。


嘘臭さはあるものの、自分たちができる精一杯のこと、である気がしたからだ。

これ以上のことを、例えば光の柱を壊すなんて、おそらく無理だ。

アースドラゴンと戦い、消耗させて意識を取り戻させるなんてのもまた無理だ。


アスドーラが町を破壊して、気まずくて戻れない。そんなのはただのこじつけだ。

でも、途方もない大魔法だとか、世界の創世者と戦うだとかよりは、ずっと解決できそうではある。


できないことばかりだが、唯一自分たちにもできそうで、確かに効果がありそうな提案。

それがネネの言う、想いを伝えることのような気がした。


「みんなアスドーラが必要でしょ?」


「……必要ってか、ツレだからな。居たほうがいいだろ」


「そうだね。アスドーラ君がいない将来は、あんまり想像できないかな」


「じゃあ、決まりだね。告白しに行こうッ!」


というわけで、少年少女たちはアスドーラへと告白しに行くことになった。

一見バカげているし、本人たちもバカみたいだと思っている。


告白してドラゴンが止まるなら、みんなやったはずだ。かつての災厄だって止まったはず。


圧倒的な瀬戸際、目の前に迫る死。

それらを乗り越えたいと思うのは、あのドラゴンが友だちだから。

ただそれだけだ。

だから彼らは、バカげた案を成就させる方法を探した。


「近くに行くと瘴気で死ぬ。デカい声で叫んでも届くわけねえ。あ、もしかして拡声の魔道具持ってるか?」


ふたりは首を振った。


うーんと唸りながら、三人は道なき道を行く。

瓦礫を乗り越え、死体を横切り、火を避けて、泣き叫ぶ人に頭を下げて。

彼らの体はボロボロだった。

それでもとにかく、王都方面へと歩き続けた。


「ああアレは……いや無理か」


「何よ。ちゃんと言わないと分からないよ?」


「なんだおめえは。母親か!」


「……どっからどう見ても違うでしょ。ノピー、この人バカなんだね」


「……コイツ、マジでうぜぇ。女じゃなかったらぶっ飛ばしてるわ」


「あー。もしかして私のこと好きなんでしょ?だからツンツンしてるんだー。でもむーりー。私はアスドーラしか見てないもんねー」


「……あ、殺す。コイツマジコロス」


「かかってきなさいよ。私、結構強いよ?」


いっつも喧嘩してるなーと思いながら、全部聞き流していたノピー。

アスドーラとジャックのやり取りを聞いているかのようで、少しだけほっこりしていた。


寮でも喧嘩、ホテルでも喧嘩。どこでも構わず喧嘩ばかり。

それだけ仲が良いとも言えるのだが……。


「あっ!あああっ!」


ノピーは叫んだ。


アスドーラに語りかける、良い方法があることに、ようやく気づいたのだ。

アスドーラがいつものアスドーラではなく、アースドラゴンだからとビビっていたが、魔法は誰にでも等しく魔法である……はず。


三人でよく使っていた、アレがあるではないか。


「どうしたのノピー」


「何か思いついたの?」


「うんッ!僕の魔法が役に立つかも!」


※※※


幽々としたかつての空を、アースドラゴンは滑翔していた。


ラハールの町から王都までは馬車で2時間程度。

しかし亜空間を跨ぐアースドラゴンは、たったの数分で王都へ辿り着く。


閉ざされた門扉の前では、騎士が数名ポツンと佇み、周辺を騎馬が闊歩していた。

王城はまさに厳戒態勢であったが、ドラゴンにとっては、なんの脅威にもなり得ない。


唐突に消えた日の光に動揺し、空で羽ばたく何かに怯え、立ち込める瘴気に意識が混濁するは必然。

ドラゴンに立ち向かえる騎士など、この世のどこにもいない。


アースドラゴンは、光の柱を見つめたあと、その光源である王城をひと睨みした。


ミシリ――。


王城の壁面にはひびが入り、ドラゴンの羽ばたきで脆く崩れる。

粉塵は王都中へと波のように広がった。

瘴気を織り交ぜた粉塵が全てを巻き込み、豪華で広大な家々は軒並み崩れ去る。


王都は一瞬で塵となり、アースドラゴンの直下は人の生を奪う瘴気の溜まり場となった。


バサリバサリ――。


ぼうっと眼下を眺めていたアースドラゴンは、咆哮する。


だが消えない。

本能が。


アースドラゴンは、滲み出る魔力を勢いよく吸い込み、バクんと噛み千切った。

そして、眩耀げんようする魔力の波動が放射された。


ゴゴゴゴッ!


その光の後には、深く大きく抉れた大地と、例の光の柱が残されていた。


アースドラゴンの一撃でもってしても、この光の柱は止められなかったのだ。



ドラゴンは怒る。

既に死に絶えた、ラハール王国重鎮たちが残したこの光の柱が、世界の脅威だと感じているからだ。


彼らは、世界の絶対不変に手を触れてしまった。


ドラゴンすらも屠ると言われる、勇者と言う存在を召喚しようとしたのだ。

世界の理を捻じ曲げ、運命すらも改変し、最強の上に立ちうる存在を、喚び出そうとしていた。


それは世界が許さない。

世界を創りしドラゴンが許さない。


何人も、世界を滅ぼしてはならないのだ。


もしもその禁忌に触れるのならば、覚悟せねばならない。

逆鱗に触れることと同義であると。



アースドラゴンは、大地に満ちる瘴気を光の柱へと集めた。

魔力と魂で構築される、召喚の生贄をここで断ち、勇者の出現を止めるため。


ズァァアァァァア!


人の魔力と魂が、握りつぶされる。

アースドラゴンの強大な魔力によって、光は容易く断絶された。


だが……。


「おいーッス。やってるかい!弟よ!」


「……何かを召喚しようと。ふーむ、ヤバいのを召喚しようとしたんですか。キモいですねー人間は」


ドラゴンの前に、2つの影が現れた。


「怒ってんねえ、弟!でもよ、何でもかんでも壊しちゃあ、ダメだぜ?魔法を止める手がかりが消えっちまうだろう?」


アースドラゴンの鼻先をバシバシとと叩き、ガハハと笑う男。

真っ赤な瞳、真っ赤な髪、赤き魔力が迸るその男は、南域の支配者、火焔かえん神ボルケーノドラゴンであった。


「前にもありましたよね。会うたびにいつも怒ってるお兄ちゃんは好かないです」


幼子のような容姿の彼女は、アースドラゴンの眉間に座っていた。

澄んだ水のような色を、全身に貼り付けた少女こそ、東域の支配者、凍寒とうかん神ブリザードドラゴンであった。


アースドラゴンが2人を認識するや、ギロリととある方向を睨みつける。

光の柱が立ち上っていた、王城跡地である。


「ッんだよ!久々の再会だってのによお。お前らもやれってか?」


「なんで喋らないんでしょう?引きこもりすぎて、言葉を忘れちゃったんですか?」


跡地からは、押さえつけられた光が拮抗していた。

強大な魔力に抗い、天へ向かおうとしていたが、アースドラゴンの力には太刀打ちできない様子。

だが完全に止まったわけではない。

アースドラゴンの魔力が、途切れる瞬間を今か今かと狙っているようだった。


アースドラゴンはもう一度、王城跡地を睨みつけた。


すると観念したと言いたげに手をひらひらさせて、ボルケーノドラゴンは、アースドラゴンの視線を辿った。


「ほれ。お前の出番だぞ」


「……仕方ないですね。お兄ちゃんはポンコツだから、私の考えを言ってあげましょう。

更地にしても魔法は消えず、お兄ちゃんの魔力でも止まらないならば、もう止められないです」


「んあー。したらよお、魔法は放置して亜空間で殺すか?召喚っつったら、亜空間経由してこっちへ来んだろ?」


「そんな面倒嫌ですよ。亜空間の向こうに行って殺してきます。一人じゃ辛いので開けといてくれます?お兄ちゃん♪」


「……けっ。面倒なだけだろうが。ったくよ、兄使いの荒い妹だぜ」


召喚とは、魔法行使者が指定した任意の場所へ、生物を喚び出す魔法である。指定半径はおおよそ五メートル以内とされており、それ以上離れると魔法は発動しない。


生物とは、動物、魔物、人、一部の植物を指し、亜空間を経由して、指定地点へ喚び出すことができる。


一般的に召喚される生物は、この世界に存在しているはずだが、これまでの歴史を振り返ると、空想上の神獣、奇妙な言語を話す人間、そして勇者を召喚してきた事実がある。

実はそれらは、この世界には存在していないが、異世界と呼ばれる別の世界の生物が召喚されただけであった。


つまり、異世界と亜空間、そしてこの世界は、魔法によって繋ぐことができ、生物を召喚する事もできる。


ちなみに、かつて召喚された勇者は、あまりにも弱く、平和抗議デモなる単独の抗議行進を行い、騎士に切られて死んだ。


ブリザードドラゴンが言う亜空間の向こうとは、すなわち異世界であり、魔法の痕跡を辿って殺しに行くと言っているわけである。


だが異世界へ行くのは容易ではない。

たとえドラゴンであっても、なんの標もなしには辿り着けない場所である。

そう、標なしには。

今回は、人間の魔法により分かりやすい道標がある。


ブリザードドラゴンは、この標を頼りに異世界へ赴こうとしているわけである。


「んじゃあ、やるか」


瘴気がぶくぶくと溢れ出す。

ボルケーノドラゴンは、虚空に手を伸ばすと、硬い扉をこじ開けるように指をかけた。


すると、思いもよらぬ事が起きる。

三柱のドラゴンですら、予想だにしない魔法が、頭の中に声をもたらしたのだ。


『アスドーラ君!』

『バカドーラ!』

『アスドーラ!』


ボルケーノ、ブリザードの両名は、互いに顔を見合わせた。


あり得ない事が、今起きていたから。


「……誰だ?思念で俺たちに、いやアスドーラって誰だ」


「……知りませんよ。本当になんで」


ドラゴンが無から創り出したこの世界で、ドラゴンよりも強い生物がいないのは、至極当たり前のこと。

ドラゴンが創った、この世界のどんな自然現象も、ドラゴンを傷つけることができないのもまた、至極当たり前のこと。


なぜドラゴンが世界最強なのか。

それはドラゴンがこの世界を創ったからである。


つまり、ドラゴンに魔法は効かない。

つまり、ドラゴンに剣は効かない。

つまり、ドラゴンには何もできない。


この世界の全ての基底である。


ただし、例外もある。


それはドラゴンの望みである。


ドラゴンが望むのなら、全てが覆る。


魔法も剣も通用するし、首を断ち心臓を止めることだってできるだろう。

死ぬことだけはないが、ドラゴンは人と対等になることができる。


――ドラゴンが望めば。


『これからも一緒に、魔法を勉強しよう。文字だって教える!まだ読めない文字があるでしょう?

それから、その、刻印術を自慢させてよ。またいつもみたいに、スゴイって褒めてほしいんだ!

そらからさ、アスドーラ君があの時、教室へ引っ張ってくれなかったら、もう行かなかったと思う。

せっかく、学校に戻ってきたのに。

僕は……アスドーラ君がいてくれたから、あの教室に入れたんだよ。

だから、戻ってきてよアスドーラ君ッ!

でなきゃ学校は辞める!』


思念とは、想いである。

想いが魔力を伝い魔法となって、相手へ届く。


いつしか、思念という言葉は魔法の術としか見られなくなった。

利便や効率を求めるようになり、本来の意味が形骸化していった。


『……あー、なんていうのか、まあバカだからしゃーないけどよ。何してんだお前は。

ラハールが終わっちまったよバカ。

いや、バカなのは王都の奴らなんだけどな。

うーん、はあ。

……二度と言わねえから、絶対に忘れるなよバカ。

お前がいねえと張り合いがねえから、さっさと戻れや。ぶっ飛ばしてやるからよ!』


言葉にならぬ想いは、思念となって伝えられる。

嘘も真もない、純な想いが心へと届けられる。

それが思念という魔法の本質である。


『アスドーラに助けてもらった日。ただの人間じゃないことはすぐに分かったよ。

傷がすぐに治ったし、人を簡単に眠らせてたし。最初は魔族かなって思ったけど、種族なんてどうでもよかったんだ。

ドラゴンだとしても、アスドーラがアスドーラのままでいてくれれば、それでいいんだ。

だって好きなんだもん。

どんな姿でも戻って来てくれれば、私はとっても嬉しい。

だからお願い。戻ってきて』


少年少女の言葉には、想いが込められていた。

いくら取り繕っても、いくら飾り立てても隠しきれない、純真な想いが。


「……もしかしてアースドラゴンに?」


「……そう言えば、書簡が来たとか言ってましたね。ノース王国がノース竜皇国に変わり、元首をアースドラゴンにすると。嘘かと思ってましたけど、友だちまで作ってましたか」


「おいおい聞いてねえよ、んなことよお。南の奴らは揃ってポンスケか?まあでも、いいじゃあねえのよ。我が弟が、ついに家から出たんだ」


「それは確かに良いことです。でも、この思念はキモいです。なーんで、人が思念なんか送ってきてんだ馬鹿野郎!ってお兄ちゃん言いたげですよね」


「よー分かったな。その通りなんで、殺してこよーっと」


亜空間から手を離し、ボルケーノドラゴンが向きを変えた瞬間だった。


「手を出したら、許さないよ」


アースドラゴンの意識が覚醒した。

その巨躯はみるみる小さくなり、いつものアスドーラへと変貌を遂げる。


「……冗談だって。んな怒んなよー」


バツが悪そうに頭を掻くと、アスドーラの肩をパンパンと叩く。


「でもよお、うぜえから止めさせてくんね?気持ち悪いんだわ」


思念は大変便利ではあるが、気味悪がる者もいる。

頭の中は心のままに、そして自由に自分と対話できる空間だ。

その中に他人の声が混じるのだから、嫌がる者がいても不思議ではない。


特にドラゴンは、ドラゴン同士での思念以外を聞いたことがなかった。

必要としたこともないし、それをする意味を見出だせなかったからだ。


人は言葉を操る。

魔物や動物は態度で示す。


だから要らない、というわけではない。


44億年もの間、ドラゴンの声だけを聞いてきたその空間に、人ごときが入るのを嫌っているからだ。


人と多く交わってきたあのハリケーンドラゴンですら、生物に思念を許したことはなかった。


ある種の禁を、アスドーラは破ったのだ。


「……なんで2人にも聞こえてるの?」


だがわざとではない。

皆が嫌がるなら、アスドーラも思念は使わなかった。

そもそもアスドーラが、思念について多くを知らなかったが故の事故であるとも言える。


「そりゃあ、俺らだからだろう?言っちまえば四つ子なんだからよお」


「ああうん。そうじゃなくてさ……ああ、魔力かあ」


「かあじゃねえよ。おめえが思念を許すからこうなってんだ。ここは大人しくやめさせろっての」


この件に関しては、アスドーラに非はない。

無知であったことを非とするならば、断罪は容易いが、今回はノピーの『秘匿会話セクレトコンバル』がスゴすぎただけである。


『ノピー?ネネ、ジャック。聞こえてるよ。みんなありがとうねえ』


『アスドーラ君!』

『おお。効果あったか』

『アスドーラ!早くこっちおいで!』


申し訳なさそうにチラリと見やると、ボルケーノとブリザードの両名は、鬱陶しそうにしかめっ面をしていた。


『本当に嬉しいんだけどさ、僕の兄妹が怒ってるんだ。思念は止めてもらってもいいかな?ごめんよ、僕は嬉しいよ?本当だよ?』


『おいおいマジかよ。肝っ玉の小せえドラゴンもいたもんだなあ』

『はっ!ダメだよ!聞こえてるって言ってたじゃないか!ご、ごごごごめんなさい!お許しを!』

『……兄妹なんだあ。今度挨拶したいなあ』


ブチブチと血管数本を切りながら、辺り構わず瘴気をぶちまけたボルケーノ。そんな彼をブリザードが煽り散らす。

ざまあないねだの、肝っ玉小せえバカだの、女たらしのクソボケだの。ジャックの言葉におまけをつけまくって、ボルケーノの周囲で踊っていた。


『あのー、本当怒ってるから、ごめんよ。こっちが片付いたら戻るねえ。みんなありがとう!』


『う、うん。ごめんなさいドラゴン様!』

『……ふんっ』

『アスドーラの彼女です。今度ご挨拶に伺います』


ドゴォォォォン!


「クソうぜえな。お前はよぉ!」


ボルケーノの拳がブリザードの顔をかすめ、魔力の塊が地面を抉った。

執拗な煽りのせいで、許せるものもだんだん許せなくなってくる心理はままあるが、ドラゴンのそれは次元が違う。


彼らにしてみれば、これはただの兄妹喧嘩。ハッキリ言って戯れである。

だが地形や気候まで変えてしまうほどの、猛威であることに違いはない。


「あのー、ごめんよ。そんなに怒らないでよ。みんな良い人なんだよ」


「ああ!おめえじゃねえよ。人でもねえ、コイツがうぜえんだわ。久しぶりに会ってみりゃ、煽り散らしやがってよぉおお?ドワーフ共を殺してやっか?おお?」


「ふーん。どうぞ~。私は南の方で遊ぶからー」


苦笑いで佇むアスドーラ。

逃げ惑うブリザードを追いかけるボルケーノ。


三柱は忘れていた。

勇者召喚が続いていることを。

そして、召喚が完了しそうなことを。


まだ一柱が来ていないことを。


「彼女できたんだぁ。よかったわねぇ。可愛い可愛いアスドーラちゃん」


「……ゴフッ」


アスドーラが血を吐いた瞬間、北域全土には瘴気が広がった。

途轍もない怨念を孕み、暴風のような情念を湛えた、どす黒い瘴気であった。


グチャッ――。


抜き取った心臓に熱いキスをすると、振り返ろうとしたアスドーラの頭部へ息を吹きかけた。


ズチャッ――。


首のない体が落ちてゆく。

小さな小さな少年の体は、まっさらな大地にべチャリと張り付いた。


「げっ。ハリケーン」

「うわー。ババア来ましたか」


戯れていたふたりは、その女性を見て顔を引き攣らせた。

すすッと距離を取り、惨たらしい彼女の行為を傍観していた。


脈打つ心臓を強く握りしめ、流れ出る血液を体に塗りたくり、そして妖艶に咀嚼したのだ。

ゴクリと喉を鳴らして、赤く染まった指を舐ると、顔をしかめる二人へ笑みを浮かべた。


「ねえ?お仕事、頑張ってきて?」


彼女が指さしたのは、細く途切れ途切れになった光の柱だった。

二人は、あっと言葉を漏らしブンブンと頭を振る。


「よぉし!二人で片付けような!妹よ!」

「うんッ!お兄ちゃん頑張ろうね♪」


その切り替えの早さは、世界最強であった。

亜空間を開くや、二人仲良く飛び込んで、さっさと異世界の誰かを探しに行った。


まるで、血濡れた彼女から逃げるように。



彼女は、眼下でグチグチと音を立てる少年を、愛おしそうに見つめていた。

優しい母のように、艶めかしい女のように。

舌なめずりをして、元通りになるのを、待ち遠しそうに眺めていた。

そして、アスドーラが立ち上がった時。


彼女は言った。


「ぐちゃぐちゃにしてあげるわ。アスドーラちゃん」






――――作者より――――

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