第48話 ラハール王国前夜

ラハール王国には、王位継承権を持つ者が4人いた。

一人、現国王の弟。

二人、現国王の甥。

三人、現国王の叔父。

四人、前王の落とし子。


第四位王位継承権を持つステルコスは死亡。

よって、王位継承権者は3名に絞られた。


ステルコスの死が判明した後、ラハール国王はとある計画の実行を決断した。

ラハール王国に、強大な力をもたらす計画である。


これは、国王が即位して間もなく策定された、長期の計画であった。

綿密かつ周到に準備され、国内の法律や貴族の合意を得た上で着実に進められ、そして実行に至った。


それだけ長期の時間を要し、相当の資源を注ぎ込んだ計画には、当然ながら、いくつもの予備計画が設けられていた。


「今止めれば、亜人同盟の不興を買うぞ。中断はできぬッ!」

「予備の計画に移行せねばな」


王城の地下指揮所では、大臣、貴族連中が顔を見合わせていた。

計画の第一段階である魔力と魂の貯留は、アスドーラという少年により中断されたが、第二段階実行の規定値はとっくに満たしていたため、特段の問題はなかった。


問題なのは、計画の中心であり頂点である王が死亡したことだ。


「魔力と魂の保管は……王位継承権者か」

「回収の時刻は10時45分であったが、どうなっている?」

王甥おうせい殿下が引き渡しを拒否しております」

「やはり、か」


第一位王位継承権者である、王弟殿下には魔力を貯留するための魔石が預けられ、無事に回収がかなった。


一方、魂を貯留する賢者の宝笏サーピャルシェプトルムを管理していたのは、亡き王弟の子、王甥おうせい殿下である。


この王甥おうせいは、厄介であった。


第二位王位継承権者の王甥おうせい殿下は、権力志向が強く国王存命であっても派閥づくりに奔走していた。

名家デラベルク家は、その歯牙にかかった良い見本である。

国王には子がおらず、王位継承者も少ないため、王甥おうせいを大目に見るきらいがあり、それが増長を招いていたのだが、ここぞというと大一番で打って出た。


「王の名をもってしても渡さぬか」

「王を出せと申しております」

「……くっ。勘付かれたか」


アスドーラという少年が発した、威嚇とも取れるあの魔力。

あれが、王甥おうせいを昂らせたのだ。


「いかがするか。2つ揃わねば……」

「致し方ない。王甥おうせいに主導させるぞ」

「なにッ!?正気か?」

「頓挫させるよりはマシだろう」


幸いにも王甥おうせいの暗愚ぶりは、誰もが知るところ。

派閥を作ろうとはしているが、大きく成長しない原因だ。

やりたい放題してきたツケだ。

こればかりは、野放しにしてきた王の功罪とも言える。


奴は王になどなれない。

してはいけないと、指揮所に集う面々は意を決していた。


「全てが終わった暁には、消すか」

「……デラベルク家には、世話になったからな」

「うむ。王甥おうせいに伝えよ。望みを聞く故、賢者の宝笏サーピャルシェプトルムを持参し登城せよとな」


王不在につき、予備の計画が実行された。

それは指揮権の移譲である。

計画中枢で常に王を支えてきた者たちによる合議体が、今後の計画を差配することになる。


「11時。第二段階を実行する」


※※※


世界の南部には、国境を跨ぐ火山帯がある。

もともとは、火山帯の尾根を国境にして、諸国がしのぎを削っていたが、とある男の登場により一変した。


南域の支配者、火焔かえん神ボルケーノドラゴンである。


かつて南域の二大国が、諸国を巻き込んでの大戦争を行っていた。

そんなとある日。

大国同士の境である山の頂上に、ボルケーノドラゴンが姿を現し、休眠中の山を噴火させたのだ。


その被害は、戦争被害による損害の比にならず、数多の死者を出し、数多の文明、数多の文化を滅ぼした。


戦争どころではなくなった諸国は、直ちに休戦し、即日会談を行った。

ボルケーノドラゴンを鎮めるには、どうしたらいいのか。

会談はいつしか会議となり、あらゆる国から指揮者を募り三日三晩対策を練った。

そして得た結論は、謝罪であった。


これまでの戦争には一切干渉せず、ただ沈黙を続けて来たボルケーノドラゴンが、突如としてやって来た理由が分からなかった。

だから、謝罪するしかなかった。

そして、何が気に食わないのか。何が欲しいのか。

上手いこと要望を引き出すしかないだろうと、そう考えた。


ボルケーノドラゴンが座すその山へと、使節団は登った。

金を注ぎ込み、冒険者まで雇入れ、魔法を駆使し、汗水を流して登った。

噴火直後の火山であるから火勢や凄まじく、幾人もの人が死んだ。

ドラゴンの濃い魔力が瘴気となり、幾人もの人が死んだ。

それもすべて、使節団の重要人物である諸国の王を守るため。

頂上へ赴き南域から死を遠ざけるために、必要な犠牲であった。

その犠牲の数、数千人とも言われている。


そしてボルケーノドラゴンを眼前にした諸国の王は、平伏し謝罪した。


我々はもういい。

だからせめて、無辜なる民に慈悲をと懇願した。


疲れ切った王たちは、交渉など忘れていたのだ。

山を登るだけで数千の命が散り、平伏するただ中にも護衛たちが死んでいく。

瘴気で気が触れ、発狂したとある王はドラゴンの鉤爪の間に飛び込み、山の火に燃えた。


もう彼らは限界であった。


平伏する王たちには目もくれなかったボルケーノドラゴンは、噴火口の真上で突然小くなり、男性の人間へと姿を変えた。


そして、ふわりと王たちの前へ着地すると、一言言った。


「俺が守ってやる」


そうして、ボルケーノドラゴンの意のままに国境は書き換えられ、彼は南域の庇護者となった。


※※※


世界東端には、生物が生存できない氷の大地が広がっていた。

足元ですら白く濁る吹雪は、東域の国々へと冷気を吹き掛ける。



世界の端には竜が住み、そして亜人たちはその脅威から遠ざかるため世界の中央へと進出した。

だがある時、南北から挟み込むようにして、人間がやって来た。

彼らもまた同じ理由で中央を目指していた。

亜人たちは奮戦したが、東西へと分断される。


人間よりも先に生まれたがため慢心し、さらには協調や団結を怠った結果である。


多くの亜人は、生きるに難いかたい東へと追いやられ、魔族のみが何とか西に留まった。


これが、亜人と呼ばれる種族が、東域に集中している理由である。


寒さに凍え、幾人もの亜人が死に、そして争いは続いた。

少しでも中央へ、少しでも暖かい場所へと必死に争い、多くの血が流れた。

そこで立ち上がったのが、獣人である。

亜人の中では比較的寒さに強く、それでいて頑健な体を持っている彼らは、真っ先に戦争から離脱し、内政に注力した。

凍った土地を溶かし、凍った動物を食べ、凍った希望に火を灯した。


そしてある日、エルフとドワーフは、戦争を終えた。

不毛な争いに終止符を打ったのは他でもない。

獣人たちの弛まぬ努力を垣間見たからだった。


最も中央よりに国を興したエルフたちは、まず木を植えた。

得意の魔法を駆使して、氷漬けの大地から緑を芽吹かせ、そして作物を育てる。


もっとも東寄りに国を興したドワーフは、土地を燃やし暖を取った。

氷を溶かすよりも、体を温めることに注力し、とにかく体を動かした。

武器や防具を溶かしては、氷を削り氷を割り、大地に眠る鉱物を掘った。

かつての敵であるエルフや獣人たちへ、鉱物を売り、食べ物を得て、また暖を取る。


やがて亜人たちは、寒く厳しい土地で生き延びるため、協力することを覚えた。

次第にそれは強固な結びつきとなり、互いに互いを敬うようになった頃。


突然、戦争が始まった。

きっかけはドワーフであった。


理由の分からぬまま戦い、そして突如として終りを迎える。


「……飽きたから終わろ。手は出さないでね?」


首輪を嵌めたドワーフを従えた少女が、エルフと獣人の長へとそう言った。


彼女こそ、東域の支配者、凍寒とうかん神ブリザードドラゴンであった。


※※※


風吹きすさぶ西の地に、麗しき女性があった。

千変万化の秘術を持ち、数多の男を籠絡したという女こそ、西域の支配者、風雨ふうう神ハリケーンドラゴンでる。


彼女は、多くの生物と交じり、多くの生物と恋をした。

老若男女、種族の垣根なく、人であるかも厭わない。

生物を惑わす妖艶な女性は、四柱の中でもっとも早くから、世界を謳歌していた。


彼女はいつか、愛を知った。

相手の心に深く在りたいと思うようになった。


暴風のような愛憎が、二人を打ちのめした日。

雨に打たれ肩を抱き合い、しっとりと心を濡らした日。

重ねた心の分だけ、深く互いを傷つけ、深く互いに刻み込まれた。


愛はある種の、毒である。

彼女は悟っていたけれど、抜け出せなかったのだ。


愛で焼け爛れた心は、愛でしか癒せない。

互いに心を貪り合い、肉体まで千切り合う。


そんな彼女たちを襲ったのは、摂理であった。


生物は死ぬ。

人は死ぬ。

彼は死ぬ。


誰よりも分かっていたのに、彼女は見ないふりをしてきた。

だが訪れてしまったのだ。


最愛の人を失った彼女の激情は、人々を蹂躙する。

彼以外いらない彼女にとって、人々は目障りな羽虫だった。

憔悴しきった彼女を慰めんと、魔族の長は供物を供えた。


彼に似た誰か。

彼の匂いのする誰か。

彼の形の誰か。

彼の……。


すべて紛い物であった。

分かっていたけれど縋らずにはいられず、アバズレのように縋る自己を嫌悪し、そして鏖殺した。


荒んだ日々を繰り返していたある日、族長は言った。


「蘇りの秘術を行いましょう。それには貴方様のお力が必要です」


世界最強の魔法で、彼の肉体は死んだ日から変わっていなかった。

綺麗なままの彼を、蘇らせる事が出来るのならばと、彼女は承諾した。


それが世界の災厄を招いた原因であった。


数億の命が犠牲となり、結局彼は戻らなかった。


死者を生者とする魔法などないというのに、彼女の曇った眼は、族長の嘘を見抜けなかった。


そして彼女の手に残ったのは、無残に傷つけられた彼の遺体と、猛烈な恨みだけであった。


初心なドラゴンが、災厄の凶源であるドラゴンが、全てを奪った。

そう思いこまなければ彼女は、彼のいたこの世界を滅ぼしていただろう。

自身が創り上げ、そして彼との思い出が詰まったこの世界を。


だから彼女は、怨讐の念を胸いっぱいに溜め込み、息を殺していた。

奴にきっと報いを受けさせると、彼に約束して。


※※※


北域の支配者、大地だいち神アースドラゴン。

もっとも謎に包まれるドラゴンである。

人の世界に姿を見せたのは、二千年前の災厄のみ。

それ以前と以後は、北の果てにある死の岩床にいた事が、ノース王国によって報告されている。


ボルケーノドラゴンと親しいと豪語する女性は、こう言った。


「一番扱いづらいのがハリケーンドラゴンで、一番こだわりが強いのがブリザードドラゴン。一番カッコいいのが俺様で、一番恐いのがアースドラゴンだと言ってたわよ」


とあるドワーフは、首を擦りながら言った。


「気が合うのはお兄ちゃん。一番優しくしてくれるのはお兄ちゃん。と言ってましたね。長兄がボルケーノ様で、次兄がアース様だそうです。ちなみに、お兄ちゃんがどっちを指すのかは知りませんよ」


とある魔族は、腐臭を漂わせながら言った。


「……アースドラゴン様を恨んでいらっしゃる。世界が滅ばないよう祈るしかない」


※※※


王城には、ラハール王国の重鎮たちが揃い踏みしていた。


そこで居丈高に踏ん反り返る、王甥おうせい賢者の宝笏サーピャルシェプトルムを片手に、口端を吊り上げていた。


「良いな?お前たちは俺に付くのだ」


王甥おうせいは、計画についてほとんど知らされておらず、この宝笏ほうしゃくを何に使うのかすら知らなかった。


だが重要な物であることは、愚かな王甥おうせいにも分かった。

巷で倒れる亜人や、奇妙に光り輝いていた笏の石が、すべて関連しているはずだと思い込むには、十分すぎる理由である。

さらに、背筋を凍らせるようなあの魔力も相まって、彼はここまで大きく打って出ることになった。


眼前の者たちは、この賢者の宝笏サーピャルシェプトルムを、何よりも欲している。

そして自身は王の座が欲しい。


彼の中では、釣り合いの取れた交換条件のつもりであった。

だからこそ、こんなにも杜撰な思いつきで、王城までやって来たわけである。


「……はあ、それは構いませぬが。護衛は如何したのです?」


「護衛?いるではないか」


王甥おうせいが指さしたのは、重鎮たちの側に侍る騎士であった。

こういう場では、不動を貫く騎士であるが、さすがに動揺が隠せない。


「……こ、この者は」


「ああっ!どうでもいいわ!俺に付くのか付かないのか!どっちだ!」


「……はい。貴方様に忠義を誓います」


「よぉぉし。フッハハハ。おい!これをもて」


高らかに笑うと、動揺したままの騎士を呼びつけ、賢者の宝笏サーピャルシェプトルムを手渡した。


こんなにもすんなりいくとは……。

まさかの展開に、重鎮たちは警戒を強める。

ここまで愚かなはずはない。きっと、何か裏がある。


「では、約束したからな!さらばだ」


「……はい」


王甥おうせいは、スタスタと去る。

重鎮たちは暫く無言のまま、時を過ごした。

何かが起きるか、どうなのか。


時は10時58分。

結局何も起きず。


「……じゅ、準備を。召喚の儀を始めるぞ」


「……は、はい」


こんなにもバカな王族がいたのか。

重鎮たちは、動揺と悲哀の中、第二段階を整えた。


そして時は11時。


勇者を召喚せよフォルティスコンヴォカーレ


重鎮たちは円を描くように立ち並び、呪文を唱えた。

それは古代からある魔法。

ドラゴンすらも屠ると伝説がある、勇者を召喚する魔法であった。


「……っぐ」


とある男の手に握られていた魔石が砕け、魔力が溢れる。


「……来るぞッ!決して円を乱すなッ!」


とある男の手に握られていた賢者の宝笏サーピャルシェプトルムが、強く光る。


円の中央に魔力と魂が吸い込まれ、光の柱が天を突いた。


ゴォォォォォ!


そして、訪れる。



逆鱗に触れた報いが――。






――――作者より――――

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