第47話 命の重みと友だち

「エリーゼ、本当にごめんよ」


「……早急に、発表するしかないですね。情報が広まる前に」


「……本当にごめんなさい」


しょんぼりするアスドーラは、真摯に謝罪を繰り返していた。

隣りにいるジャックとパノラは、ついでにやって来たわけではない。

一応、アスドーラのために弁明をしつつ、件の交渉のために赴いたのだ。


「……はい。謝罪までいただき、ありがたいです」


「ごめんなさい」


アスドーラ、いや、元首の手前「ありがたい」と口にしているが、声色と表情はその真逆。

勘弁してくれと叫んでいた。


「……では、デラベルク殿。お話を伺いますので、おかけください」


「失礼します」


きちんと話を分かり合える者同士が対座したことで、アスドーラは用済みとなる。

このまま、全部放り投げて去るのは忍びないが、ラハールでやることが山積している。

アスドーラはしおらしく会釈をして、王城から転移した。


転移した先は、学校で一番高い建物である、時計塔の上だ。

掴まるものがなく不安定で、バランスを取らないと滑り落ちそうだ。

屋根の頂点で、上手くバランスを取りながら辺りを見回す。


雲のように流れるそれらが、どこへ向かっているのか。

予想通り、王都であった。


しかも鮮明に証明陣まで見える。


ラハールの町から王都まで、馬車に揺られて2時間程度。

その距離があっても、はっきりと見えるだけの大きさがあるということだ。


刻印術を無効化する方法は既に知っている。


後はやるのみだッ!


転移コンコルタ



ラハール王国、王都王城謁見の間。

内務官からの報告を聞き届けた国王は、ニヤリと笑った。


計画は順調に進み、最終目標に必要な資源の確保は完了した。

巷で倒れ伏す亜人たちを、幾人かの人間が看護しているようだが、おおむね見捨てるか触れずにいるらしい。


亜人保護、亜人差別禁止。

そんなものは、まやかしだ。

人の心に巣食う憎悪が、そう簡単に消えてたまるものか。


だが少しだけ不安が残る。

御使いを自称するガキを殺した、という報告が上がってこないのだ。

騎士からの定時報告では、鋭意捜索中とのことであるが……。

アバールス家の騎士共はまったく役に立たんな。

金満家だが吝嗇家でも有名で、恐らく騎士への投資を怠っているのだろう。

だからこそ、少し金貨を見せてやれば、喜んで協力してくれるのだが。


王は片肘をついて頬杖をした。


この計画が果たされた暁には、どうしてやろうか。

散々威張り散らしてきた、ミッテン統一連合とドライアダリス共和国を招待して、互いに競争させてやろう。

きっと、ラハール王国を取り込むため、皿には山盛りの果実を乗せあってくれるはずだ。


いやノース王国の国力を削ぐために、2国と組むのもいい。

いやむしろ、それがいい。

三国でもって、経済制裁でも課してやろう。

間諜を送り込んで内部から崩壊させるのもいい。


アスドーラとかいう、得体の知れんガキを差し向けた罪、必ず報いを受けさせる。


「ふっ」


捕らぬゴブリンの腰蓑算用をしながら、笑みを浮かべた王は、自室へ戻ろうと立ち上がり、固まった。


「……ッお、お前は」


はくはくとぎこちなく口走ったお前とは、眼前の少年のことだ。


まん丸な目、黒い髪。どこにでもいそうな子どもであり、ぼんやりと腑抜けた顔をする少年。


ズァァォォ!


その小さな体からは、信じられないほどの魔力を吐き出し、謁見の間を蹂躙する。


「……ッぐ、はあ、はあ。貴様」


瘴気とも呼ばれるそれは、みるみると体を蝕んだ。

魔力とは思えない重量感と圧迫感に膝をつき、体の中から急速に魔力が放出させられる。

これは体の反射であって、達人でなければ止めようがない。

外界からの危険な魔力を、体内に決して侵入させまいとする防衛機能が、魔力を空っぽにした。


ガシャン――。


「ぉぇぇ」


まず倒れたのは、騎士であった。

空っぽの器に注ぎ込まれる、原始の魔力。

溶け込んだ怒りが、騎士の生命へ告げた。


静かな終わりを。


「……はぁ、はぁはぁ、止め、おぇぇえ」


ズオオォォ。


国王が命乞いを始めようとした途端、魔力が少年へと収束し、拡散した。


まるで、怒りを知らしめるように。

ラハール王国全土へと……。

いや、北域諸国全土へと魔力が伝播した。


そして少年は、国王へと告げた。


「魔法陣はどこ?」




ラハール国王は、自分の過ちに気づき呆然としていた。

駆けつけた騎士、内務官、使用人たちを全員下がらせ、石段を下りていく。


「すごいねえ。随分と下まで掘ったんだねえ」


「……」


背後からの言葉に、答える気力もなかった。

魔力を全て吐き出し、目の前がぐるぐると回っている。

それでも壁伝いにゆっくりと、確実に歩を進めた。


殺される。

殺されてしまう。

我が国民が、我が国が、北の国々が、世界が。

消えてしまう。


少年の怒りを肌で感じ、少年の憤怒を臓物で感じた。

己のやってしまった事を、悔いても遅い。


まさか、ドラゴンだとは知らなかったと言い訳をしても遅いのだ。

世界が滅んでしまった後では、クソの役にも立たない戯言だ。


辿り着いたのは、王城最深にある地下指揮所だった。

王都まで攻め込まれた際の、緊急避難所であり指揮所でもあるこの場所に、魔法陣を設置していた。


震える手で錠前を外し中へ入る。


「へ、陛下。先程の――」


宰相の言葉を手でもって制した。

その王を見てすべてを察する。

中に隠れていた政府高官や一部貴族の面々は、口を噤み道を譲った。


王と、その背後にいる少年へ。


地下指揮所は王城の真下にあり、王城よりも広く設計されている。

この国の統治機構が、緊急避難的に一時的だとしてもここへ集約するのだから、それだけの部屋や設備を整えなければならず、とても広大になった。


王はふらふらしながら歩き続ける。


部屋の扉が開いて娼婦が出てきたり、どこからともなく酒の香りが漂ってきたり、笑い声や嬌声が聞こえてきてもどうでも良かった。

本来ならば処するはずの、それらは取るに足らないこと。

むしろ今、謳歌しろと勧めて回りたい気分だった。


この国が終わるかもしれないから。


歩き続けて数分、騎士が堅く警備する一室の前に来た。

合図をすると、騎士の視線が胡乱げに少年へ向けられたが、すぐに扉は開かれた。


「ふーむ、これかあ」


部屋に入るや少年は、顎に手を当てて魔法陣の周囲を歩き回る。

王は早く終われと願っていた。

何がどうなろうと構わないから、もう終わらせてくれと。


すると少年は、王へと質問する。


「なんでこんなことしたの?」


王は静かに瞬きをすると、包み隠さず語りだした。


「力が必要だったのです。三国を跳ね除ける力が」


「ふーん。今のままでも良かったんじゃないの?頑張ったんでしょ?その、政治とか外国との交渉とかさ」


「内政、外交、経済。心を砕き力を尽くしました。ですが……貴方が、貴方様が現れてしまったのです。

いかに恐ろしいか分かりますかアースドラゴン様。

攻めてくるはずのないノース王国が突然貴方様を寄越し、そして進軍までチラつかせたのです。

そして時期の悪いことに、ミッテン統一連合は不穏な動きを見せ、亜人同盟は亜人をとにかく受け入れろとせっついてくる。

我々の現有する知識や力では、もうどうにもならなかったのです」


「……そっかあ。これは君の、努力した結果なんだねえ」


その言葉を聞いた王の心には、少しの自惚れが芽生えた。

自身の努力、自身の辣腕、自身の血筋。

王である自分がこれだけ身を粉にしてきたのは、国のため。

そして人間のためなのだ。

分かってくれた。

きっとドラゴンも、分かってくれた。


少しだけ希望を垣間見てしまった。


「そ、そうなのです。私は――」


「でも間違ってるよねえ。特に、僕の友だちに手を出すのはさ」


王は絶望した。

光を垣間見たた分、とても暗い絶望であった。


「2回目だよ。王族が、僕の友だちを殺そうとしたのは」


「……も、申し訳、ありません」


「うん。許さないよ。ところでさあ、その力ってなんなの?この魔法陣で魔力とか集めて、どんな力を持とうとしたの?」


「……」


「聞いてる?」


国のために尽くし、民のために尽くした。

誰よりも国を愛し民を愛し、人生を捧げた。

それなのに許されないと。

亜人が、たかだか数千匹死んだだけだ。

人間はそれで救われるというのに、どうして誹りを受けるのか。


決して私利私欲ではない。

怨恨でもない。


亜人を有効に利用して何が悪い。

その分、この国で人として生かしてやったというのに。


きっと、語り継がれるであろう。

ドラゴンの不興を買った愚王と。



それならばいっそのこと、滅べばいいのだ。


「おーい。王様!」


王は叫んだ。


「近衛ッ!反逆者を捕らえよッ!」


走り込んで来た騎士は、王を守らんと少年との間に割り込んだ。


部屋は、続々と集まる騎士で埋め尽くされ、少年は包囲される。


「……本気なの?王様」


勝てないのは、百も承知であった。

勝ちたいのではない。


もうどうでも良かったのだ。


「……ッなにを」


王は、肉の盾を演じる騎士の腰元に手をかけ、蹴り飛ばした。


その手に握られるのは、よく研がれた剣。


狼狽する騎士たちをよそに、冷たい刃を首筋に当てる。


「お前が姿を現さなければ、皆、健やかであったろう。恨むぞ神よ」


首筋を深く埋没させていた刃は、王の言葉と共に肉を裂いた。

道を失った血液は、王の失意を表すように噴出し、石床を怨念で染め上げた。


「……陛下ッ!だ、誰か治癒を」

「触れるなッ!たとえ治癒でも、魔法を向けてはならん!」

「で、ではどうすれは」

「すぐに医者を連れてくるのだ!」


少年は暫く、王を眺めていた。

溢れる血液の中で横たわり、ただ悲しそうに死んでいく王を。


そして医者が駆けつけた時には、騎士の死体が部屋中に転がり、床に描かれた魔法陣は両断されていた。


※※※


アスドーラはノース王国へ転移した。


「……うぉッ。びっくりした」


「終わったよ」


「殺したんだな?」


「え?ううん。自分で首を切って死んだよ」


「そうなのか。やべえ魔力が飛んできたから、てっきり殺したのかと。まあ、死んだんだから、なんでもいいか」


ラハール国王との最期まで、全てを語った。


ジャックもエリーゼも、険しい表情で頷いていたのは、これからの大仕事があるからだろう。

王が死んだ。

そして、その部屋にいたはずの少年は消えた。

どのみち殺すつもりだったから、なんと言われようと構わないが、事実とは異なった風聞が立つだろう。

少年が王を殺したと。


「アスドーラ様。ジャック殿から概要を伺いましたが、進めて構いませんか?」


「うん。僕にはよく分からなかったから、エリーゼに任せるよ」


「……理解していただかないと、ちょっと困るんですが」


「ええ?そうなの?」


「はい。では今から説明いたします。あまり時間がないので。まず――」


エリーゼが語ったのは、ノース王国の今からの動きについてだった。


真っ先に行うのは、国の在り方を対外的に知らしめることだった。

ノース王国はノース竜皇国へと国名の変更を行い、元首をアースドラゴンとすること、並びに国家理念を書簡にて宣言する。

これは、アスドーラがうっかり漏らした件を片付けるために、何よりも早く行わなければならなかった。

世界の盟約破棄や、ドラゴンを元首とすることは、世界へと極めて大きな衝撃を与えることは明白。

もしも噂が先に広まり、その後に国としての発表が行われれば、国の面子や信頼が大きく損なわれてしまう。

だからこそ、今すぐに行う必要があった。

国同士の根回しや機密共有などを全部すっ飛ばして、計画も何もかも捨てて、やらねばならなかった。


当然ながら、悪手である。

だが、噂が広がった後の損失を考えれば、妥当な決断であった。


その後はジャックの言っていた通り、ミッテン統一連合とドライアダリス共和国へと牽制の書簡を送付する。

具体的には、ラハール王国への干渉を慎むよう求めるものだ。

いきなり武力をチラつかせることはしないが、宣言後の牽制であるから、2国は確実に武力を意識するだろう。


さらにラハール国内の火種については、アスドーラに委ねられた。

アスドーラさえいいならば、ドラゴンの名のもとに平定させる。その方が、時間も労力も少なくて済む上に、確実だ。

北域の国の端くれであるラハール王国が、従わない道理はない。

と、エリーゼもジャックも考えてのことだった、


「お分かりいただけましたか?」


「うん。分かりやすいねエリーゼの方が」


「……うるせえよ」


女王エリーゼの手前、ジャックは小声で文句を言った。


「そのようによろしくねエリーゼ。だけどラハール国内の件は、止めておこう」


「……やはり、学校があるからですか?」


「そうだねえ。まだまだ友だちを作りたいし、僕がドラゴンだってバレるのは嫌だなあ」


「畏まりました。別の方法もあるので、そちらで対応いたします。あ、そちらはですね――」


学校でジャックが説明していた方法を、それはもう分かりやすく噛み砕いて説明されたアスドーラは、しっかりと理解できた。


「補足ですが、信用できる貴族や商人は、ジャック殿に一任することになりますが、よろしいですね?」


「うん。いいよ」


「あっ!お待ち下さい!」


じゃあと言いかけたところで、エリーゼが慌てて止めた。

怪訝な表情を浮かべるアスドーラに対して、エリーゼもまったく同じ表情をした。


「アスドーラ様。これで本当に終わったのでしょうか」


「どういうこと?」


「吸い上げられた魔力や魂の行き着く先は、魔法陣ではなかったのですよね?」


「うん。地下では魔力が見えなかったからねえ」


「魔力や魂を吸い上げてまで、ラハール国王は力を求めた。私はまだ、警戒を続けるべきだと思います。その力とやらが、判明するまでは」


「うーむ、そうだねえ。一応空の様子を見て、本当に魔法が止まったか確認してみるよ」


「呼び止めてすみませんでした。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


頭を下げるエリーゼに手を振って三人は学校へと転移した。


「やっぱり魔法は止まってるねえ」


空には日が昇り、陽光がキラキラと輝いている。

ぼうっと空を眺めていたが、四方八方からの喧騒に意識を引っ張られる。


学校の中庭では、騎士たちの遺体が綺麗に片され、代わりに亜人たちが横たわっていた。

彼らを介抱すべく、慌ただしく駆け回っているのは騎士たちで、その指揮を執るのはヒゲの騎士ソーチャルであった。


「ジャック様!戻りましたか。で、どうしでした?」


ジャックが頷いてみせると、ソーチャルは大きく息を吐き、心の声を漏らした。


「良かった。いやー、良かった。死なずに済んで良かった」


「死ぬほど働け。おい、呼んでるぞ」


「はっ。では失礼。アスドーラ様も、失礼致します」


ソーチャルは、亜人の看護をする制服姿の少女のもとへ駆けていった。


亜人を助けようとする者は、騎士だけではなかった。

学校の生徒、教師、とんがり帽子を被った司祭、白衣を来た医者まで。多くの人間たちは、亜人を見捨ててはいなかったのだ。


「知り合いってわけでもねえから、別に良いんだけどよ」


奇妙な切り出し方だった。

ジャックは亜人たちを見ながら、ボソボソと尋ねた。


「お前なら全員助けられるんじゃねえの?」


ドラゴンならば、いとも容易く助けられるのではないか。

神ならば、御業で人を救えるだろう。

この中庭にいる亜人ぐらい、指を鳴らせば助けられるだろう。

ジャックの言葉は、何故動かないのかと暗示していた。


「うーん……うーん?」


ジャックは、言葉には出さないが疑問に思っていたのだ。

人の命をどう捉えているかについて。


本人は否定していたが、ステルコスやその取り巻きを殺したこと。

森の広場で獣人を殺したこと。

そしてたくさんの騎士たちを、殺したこと。

王を殺そうとしたこと。


殺しは悪だと断罪したいわけではない。

ドラゴンにすれば、人なんて虫けらのようなものだろうから、殺したとしてもなんの感情も湧いてこないかもしれない。


だがアスドーラは、狂人のように無意味に殺すわけでも、正義漢を気取って悪人皆を殺すわけでもない。

友だちを傷つけられたと怒ることはあっても、必ず殺すわけでもない。


命の選別基準はどこにあるのか。


「もしかして怒ってるのかい?」


「いや。別に……」


いつもとは調子の違うジャックに気づき、アスドーラは苦笑した。


「正直に言ってごらんよ」


ジャックは観念してため息をつく。


「……お前って、人の命をどのくらい重く見てんのかなって思ったんだよ」


「難しいこと聞くねえ」


「奴隷の獣人を殺して、騎士を殺して。でも学校の亜人は助けて。友だちが特別だってことは分かるんだが、それ以外の人を、どう思ってんだ?」


ドラゴンが、人の命を選別する基準。

神が、手を差し伸べる者と命を取り上げる者の違い。

まさに核心を突く質問だった。


アスドーラは、バラバラの欠片を拾い集めていた。

言われてみれば確かに、どうして自分が殺しや救命を行っているのか。

これまでを振り返りながら、欠片を繋ぎ合わせると、自分でも見えていなかった

答えが浮かび上がる。


「なんとも思ってないのかもねえ」


「……あ?」


「世界ってさ、何もなかったんだよ?知ってた?」


「……四竜教の聖典に、確かあったと思う」


無に座す四竜は、世界を創り魔力を与えた。

破壊と再生を繰り返し、精霊は無を隠し、世界には死と生が生まれ、その狭間に生物が生まれた。

生と死を繰り返し、世界にはまろやかな魔力が循環し始め、その狭間に輝く生命が生まれた。


四竜教の経典に書かれた創世神話である。


竜から世界は生まれた。


世界の始まりからこの時まですべてを見てきたアスドーラの言葉は、本当にアースドラゴンなのだと、ジャックに実感させた。


「そしたらさ、変なのが出てきたんだ。ただの世界に変な生物が生まれて、その後、人が生まれて。あっという間に世界を支配されちゃったんだ」


「……支配って。それは」


「ああ、別にいいんだよ。だって生まれたものは仕方ないだろう?僕たちだって、いつの間にか生まれてたんだし。勝手に生きて、世界を好きなように使ってくれてよかったんだけどさあ」


「うん」


「僕の想像と違ったんだ。もっとこの世界で楽しく生きてると思ったのにさ、なんでか辛そうにしてる人がいたんだ。

それも身分とかいうよく分からない理由で。その後も色々見たねえ。金やら種族やらで、くだらないことをする人をさ。バカみたいだよねえ」


ノース王国での出来事である。

女王エリーゼが即位する前。

前国王の即位式に現れたアスドーラは、あの日初めて世界を垣間見た。


まず驚いたのは、人が死ぬという事実だった。

そして次には、その愚かさに驚いた。

簡単に人の命を奪う王族という存在に驚いた。


ドラゴンが創ったこの世界で、想像だにしない世界が広がっていた。


「それが、なんだか許せなかったんだあ。彼らの好き勝手は、僕の想像と違ったからさ」


「……この騎士たちも、奴隷刻印で無理矢理動かされてた獣人たちも、想像と違ったから?」


「ううん。なんていうか……殺すのがイケないとは思ってないんだ僕は。でも殺してやりたいとも思ってない。

僕の創った世界が好きならば、勝手にしたらいい。好きに生きたらいい、楽しく生きたらいい。

短い時間を精一杯生きたらいい。

それができないなら、この世界にいなくていいし、それをできなくしている、人が作った常識もいらないって、思ってるかなあ」


これまでの話を聞いたジャックは、アスドーラについて少しだけ理解できた。


やはり彼は、ドラゴンである。


生物と人を一律で扱う姿勢は、まさにドラゴンのあるべき姿なのかもしれない。だが言い換えれば、虫けらだと思っているとも言える。

それは世界を創り、最強であるがゆえの業なのだろう。倫理や道徳といった人間の尺度では、到底推し量れないし、量るべきでない。

殺すこと助けることに、意味を見出そうとしている事自体、誤りなのだ。

いわば運のようなものなのだから。


でも、一つ言えることがある。

アスドーラは、とても優しくとても厳しい。

ある意味人に期待しているのだ。

楽しく生き、幸せに生き、時間を無駄にせず、この世界を使ってくれと。

彼は心底願っている。


それらはとても陳腐な言葉だ。

いつしか読んだ本に、いつしか出会った大人に言われた気がする。

だがドラゴンに言われると、全然違う重みを感じた。


勝手に生きればいい。

好きなように好きなことをして、そして死ぬ。


この世界は王のものでも、貴族のものでも、人や生物のものでもない。

ドラゴンの創った、ドラゴンの箱庭だ。

そのドラゴンが、勝手にしろというのだ。

反論できるはずもない。


「昨日は特にムカついたなあ。奴隷刻印なんて酷いよねえ。貧乏ってだけで貶められるのも酷いし、許せなかったよ。何様だって話じゃん?」


「……プッ。まあな。お前様に言わせりゃあ、何様だってなるわな」


「同族同士仲良くしてさ、他の種族とも仲良くして、みんな仲良く暮せばいいじゃん。それなのに、バカみたいだよねえ。正直昨日は、人を滅ぼそうかと思っちゃったよ」


「……マジかよ」


「あっ大丈夫だよッ!友だちは例外!」


友だち――。


人を滅ぼす。そう考えるのは、理想とは違っているからだろう。

人はドラゴンの関知しないところで生まれて、そして勝手に生きているのだから、たとえ滅ぼしても勝手に生まれてくる。

そう信じている?いや、そうなのだろう。


人々の命よりも、やはり理想が大切なのだろう。


そうだとしても、友だちは助ける。

友だちは殺さない。


人の命よりも理想は重く、理想よりも友だちの命は重い。


本当にそうなのだろうか。

ドラゴンが、友だちをそこまで思うのか。


ただの友だちが、理想よりも大切と思っているのか?


「なんでだ?なんで友だちにこだわる。俺たちも滅ぼして、また一からやり直すってのも有りじゃねえのか?」


まさかと思い、ジャックは質問した。

きっと自惚れなのだ。

特別だと知れて嬉しくもあったが、思い上がりであると、戒めて欲しかった。

心を許せる、本当の友だちになる前に。


「ヤだよ。どうしてもって言うならいいけどさ、ヤだよ」


「なんで?」


「世界を創った時も、僕の意思だった。友だちを選んだのも僕の意思。僕が選んだ友だちを、どうして殺すのさ。それに……」


「それに?」


「またひとりは嫌だよ。あんなにつまらない時間は、もう過ごしたくない」


ジャックにもアスドーラと同じく、一つの理想があった。

友だちとは、冗談を飛ばし合える者。

友だちとは、背中を預けられる者。

友だちとは、助け合える者。

そして、互いに笑い合える者。


家族とも違う、特別な人だ。

血の繋がりもなく、誰かに強要されたわけでもなく、自分で選んだ人。


だからアスドーラが、友だちを特別だと思う気持ちはよく分かったし、心底嬉しかった。


「……プルプルの精神だな。本当にドラゴンかよ」


「ええ?」


「プルプルドラゴンがいいな。うん、お前今日から改名しちまえよ。ほら、ノース王国と一緒によお。ちょうどタイミングいいだろ?」


「……プル、プルプルドラゴン!?なんか、可愛いねえ」


「アホ!なに気に入ってんだよ」


「悪くないと思うけどなあ。プルプルドラゴン。ねえ?パノラ?」


ずっと黙っていたパノラは、大人な会話が終わってニコリと笑う。


「だねえ。プルプル可愛いねえ」






――――作者より――――

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