第43話 おやすみ

「明日は何時に出発なの?」


「……朝の10時。来れないよね?」


「うーむ。そこはなんとかしてみせる!」


「うん……待ってるね!ちゃんと来てよ?」


「任せとけい!」


「フフフ。なにそれー」


ネネの家の前に到着し、名残惜しくも別れの時間がやって来た。

笑い合っていたふたりの間にも、徐々に静けさ広がる。


「……じゃあ、明日。必ず来てね?」


「……うん、絶対に行くよ」


明日が最後。

互いに互いが手を離すのを待ったが、刻々と時が過ぎていくばかり。


「ネネ、ほら。チュー、チュー」


アスドーラはふざけてみた。

そうすれば、笑って離してくれるだろうと思ったからだ。


「――ッ」


しかしその目論見は外れる。


ネネは今、とても素直であった。

アスドーラに感化されて、素直で正直にいたから想いを伝えられた。


どうしても離れたくない。

その強い想いもまた、素直に正直に態度に表れていた。


お互いに離れ得ぬまま、家の前で佇む。

はたから見ればバカげた後ろ姿である。

割り切って前へ進むという大人の余裕さえあれば、きっと上手く別れられただろう。

まだ未熟なネネと、未熟なアスドーラには無理な話であった。


「お家の人心配するよ?」


「後で怒られるからいいもん」


「うーん。このままじゃネネが干からびるよ」


「アスドーラが何とかしてくれるでしょ?」


「うーん」


どうしたらいいものか。

悩んでいると、扉が開いた。

ニコリと微笑みながら、ネネのおじとおばが手招きしている。


「……嫌だ」


ネネは目に涙を溜めていた。

だだをこねる彼女を見るのも、アスドーラにとってはまた、初めてだった。


「ネネ?アスドーラ君が困ってるわよ?」


「困ってないよ!」


「ちゃんとお顔を見てごらん?本当に困ってない?」


うるうるする瞳がアスドーラに向けられて、どうしたらいいのか分からず、ゆっくり視線を逸らしてしまう。


ネネのおばは策士であった。


「嫌だ!アスドーラも嫌でしょ!」


「ネネ……明日必ず行くから」


「嫌だ!一緒に居たいもん!ノピーばっかりズルい!なんで毎日来てくれなかったの!嫌だ嫌だぁぁぁ!」


とうとう泣き出してしまったネネは、アスドーラに抱きつき離れようとしない。


困ってネネのおばに視線を向けると、苦笑しながら家から出てきた。


そしてネネの耳元に近づき、小さな声でささやく。


「子どもっぽいわよネネ。色気のある女の人にアスドーラ君が取られちゃうかもよ?」


「アスドーラはネネが好きだもん!」


「他にも好きな人ができるかも。わがままな子どもより、余裕のある大人のお姉さんの方が好きになるかもなあー」


「……そんなこと、ないもん。ないよね?」


アスドーラ、究極の選択であった。

おばさんの視線には妙な圧力があった。言わんとしていることはつまり、協力しろ。

ネネの方はといえば、言わずもがな。信頼に満ちた、真っ直ぐな視線だった。


「ぇぇぇ」


答えられない。

小さく呻いていると、見かねておじさんが参戦した。


「もう終わりだ。お父さんに言っちゃうぞ?男の子とチューしてたって」


「……し、してないもん!」


「アスドーラ君の口、妙に赤い気がするけどなー」


「……うっ、これはその」


「早くおいで。明日も会えるんだろう?それに今生の別れってわけじゃないんだ。笑ってさよならをしたらいい。分かったね?」


「……うん」


獣人はやはり怪力だった。

スッと腕が解かれたあと、アスドーラの体はふわふわするような感覚があった。


ひとりその余韻に浸ってるそばで、ネネは名残惜しそうにお家へと入っていった。


「バイバイ!明日は必ず来てよ!絶対だからね!」


「うんッ!もち……ん?あ、これ」


暗がりでよく見えなかったが、床には1枚の紙が落ちていた。

拾い上げてみると、何やら文字が書かれていて、魔法陣が刻印されている。


「あっ、登録証!ありがとうアスドーラ!これがないと出国できないんだー」


「危ないとこだったねえ。それじゃ、明日必ず行くから!バイバイ!」


「バイバイ!」


パタリと扉が閉じた後、急にやって来る寂しさには、やはり辛いものがあった。

いよいよ明日、お別れだ。


ため息をつき、名残惜しそうに扉を見た後、アスドーラは寮へと転移した。


※※※


ラハール国王は、嘆いていた。

竜の御使いなどという紛い物に威圧され、屈服したことを。

そして、王族が殺害されたというのに、断罪できずにいる自国の無力さを。


「アバズレめッ!」


沈鬱な広間に怒号が広がる。

ハラハラと散るのは、ノース王国女王エリーゼの名が記された書簡であった。


ノース王国の圧力は、無視できないほどに重大な懸案であった。

本来のノース王国は、世界の盟約により強制的に中立国の立場を取らされてきた。

いや、その立場に甘えることができた。


アースドラゴンの住処を守り、そしてアースドラゴンの怒りを世界に知らしめる先触れの役目は、いわば前後を敵に囲まれた盾持ちのようなもの。


人からアースドラゴンの住処を守り、何かあればアースドラゴンに殺される。

それがノース王国の使命であり、その対価として絶対不可侵かつ、貿易等の優遇措置が取られてきた。


そのノース王国が、世界の盟約を破棄すると脅しをかけてきたことは、歴史上前代未聞であった。


ラハール王国は三国に囲まれているとは言え、ノース王国だけは盟約という裏付けのもと信頼できていたというのに。


これは均衡を大きく崩す事態であった。

軍事力も国土も国民も、ラハール王国の何倍も大きな国全てを仮想敵にしなければならなくなった。

しかも、正体不明の竜の御使いというおまけ付きで。


「……計画はどうなっておるのだ!?」


「はっ。亜人の入国は見積もり以上となり、刻印術も使用可能でございます」


「であるか。明日にでも実施はできるのか?」


「あ、明日でございますか!?それは……はい一応」


「はっきり答えよッ!できるのかできないのか!」


「か、可能です!」


「では明日の朝だ。9時に開始しろ」


「住民への周知は……」


「構わん。くたばるのは亜人だけなのだ。余計な手間をかけて時を浪費したくない」


「はっ」


現ラハール国王は、控えめに言っても名君である。

難しい政局を乗り切り、綱渡りの外交をこなしてきた手腕について、国内外から評価が高い。


全ては国のために。

全ては人間のために。


あくまでも彼は人間であり、あくまでもラハール王国の国王であった。


三国に囲まれ、国王が欲するのは力。

三国の干渉を許さない、圧倒的な力。


そのためならば、自身の評判など取るに足らない。

そのためならば、ラハール王国の評判が落ちぶれようと構わない。


これまで培ってきた信頼を元に、亜人を一気に招き入れたのも全てこのためだ。


亜人を生贄に、必ずラハール王国を守り抜く。


「待て」


立ち上がりかけた内務官は、静かに片膝をついた。


「アスドーラとかいうあのガキを殺せ」


「……よろしいのですか?」


「この計画の支障になる」


「必ずや!」


※※※


「おいーす」


「お帰りアスドーラ君。明日のお見送りは、何時か聞いてきた?」


「ふむ、当然だぜ。10時だぜ」


「ええっ!?授業はどうするの?」


「休むよー。ノピーも一緒に行こう」


「……いやー、それはどうしようかなあ。僕が行ったらお邪魔じゃないかなあ」


「なんで!?お邪魔じゃないよ。行こーぜー」


もはや当たり前のように転移したアスドーラであったが、ベッドからものすごい殺気を感じてハッとする。


「……う、うるせえ」


魔力酔いがまったく抜けないジャックである。

血色はいいものの、まだ辛そうだ。

今にも溶けてしまいそうなほど、全身に力が入っていない。


「大丈夫?」


「なわけねえだろ。めっちゃ気持ち悪い」


「クックック。ざまあないぜ」


「……覚えとけよバカが。元気になったらぶっ飛ばす」


言い合いをできるほどには回復しているようだ。


ふと、アスドーラは足りない存在に気づきキョロキョロと辺りを見回す。


救護室では甲斐甲斐しく世話を焼いていたのに、どこへ行ったのやら。

ジャックに尋ねようとしたら、ちょうどタイミングよく扉が開いた。


「ああ!ドーラちゃん帰ったんだねえ」


「うん帰ったよ。ただいま!」


「お帰りだねえ」


「なんか、喋り方が似てるねえ」


「だねえ」


ケラケラと笑いながら、アスドーラに抱きつくパノラ。

ちょっとびっくりしながらも、まんざらでもない様子で、アスドーラは頭を撫でた。


「……パノラ、バカのマネしたらバカになるぞ」


ベッドから苦しそうに注意するジャックであったが、パノラは聞く耳を持たない。

それもそのはずで、パノラにとってアスドーラは英雄なのだから。


ホテルでの救出劇に始まり、治療までしてくれた。

広場では生徒たちを守りながら、ものすごい活躍で、敵をやっつけた。

しかも、兄と仲が良い。


これだけ条件が揃えば、パノラがアスドーラを慕うのも頷ける。


「お兄ちゃん!ありがとうして!ドーラちゃんありがとう!はいッ!」


「……アリガト」


「ダメだよ!ちゃんと目を見てありがとう!はいッ!」


「……あ、りがとう、な、アスドーラ。助かった」


見た目はいかついし、人を寄せ付けない雰囲気は健在だ。

でもなんだかんだで、律儀なところがジャックの良いところ。

そしてパノラにはめっぽう弱い。


ジャックは照れながらも感謝を伝えた。


そうすると、調子に乗るのがお決まりである。


「ふむふむ。ジャックよ、良い心がけだぞ。次からはもっと大きな声でありがとうを言うようにッ!」


「ゆーようにッ!」


「……く、くそが」


色々とあった1日で、疲労はみな等しく閾値を超えていた。

アスドーラだけは、精神的な疲労であるが。


パノラのあくびが、ノピーに移り、ジャックに移り、そして自分もやらなきゃと思ったアスドーラの下手くそなあくびもどきで、連鎖は完了。


クスクスと笑いながら、ベッドに潜り込む。


アスドーラは、天板を眺めて今日を振り返った。

コッホやルーラルの裏切り、奴隷となった獣人たちの運命、そしてドラゴンという正体を明かした。


目まぐるしく感情が揺れ動く日だった。


人の世の不条理に打ちのめされ、人の優しさに救われ、人が好きなのだと気づいた。

できることなら、不条理を断ち切りたいとも思えた。

その手助けしてくれる心強い仲間もできて、他のドラゴンたちも世事に没頭していることを知れた。


ノピーは頼れるいい奴で、ネネは素敵な女の子だと遅ればせながらも気付かされた。

2人の新しい一面も見れて、嬉しかった。


ジャックは……ゲロに埋もれて死にそうになっていた。

なんか今日は使えなかったなあ。

張り合いがある面白い奴だ。


「ジャァァァァアック!」


「ふェッ!?」

「ギャッ!」

「……はあはあ、死ぬかと思った。いきなり叫ぶなバカ」


全員の顰蹙を買ったのは言うまでもない。


だが当の本人は、ニヤけていた。

ジャックが期待通りの反応をしてくれたことに、心のなかでは拍手喝采であった。


「ジャック!」


「……頼むから寝かせてくれ。マジで頼むわバカ」


「もうツレだよねえ?」


「ああ、そうじゃね?」


「おやすみ」


「ちっ。それだけで……はあ」


ツッコむ気力も失せていたのか、ジャックはため息で挨拶を返した。


アスドーラは、満足げであった。

友だちが3人。

パノラを含めて4人。

ルーラルとは、仲良くなれればいいなーと思うから5人。


これからどんな楽しいことが待っているのだろう。

友だちと何をして遊ぼう。

まずは明日、ネネとお別れだ。

寂しいけれど……。


「あ!」


「アスドーラ君。ちょっとしつこいよ」


「ごめんよ。でもさあ、僕ってドラゴンじゃない?姿が何にでも変えられるんだけどさ、ネネの国に転移して獣人に姿を変えたら、捕まらずに遊べるよねえ?」


「……事前に打ち合わせはした方がいいと思うよ。じゃないと誰だか分からないと思うし」


「そうだねえ。うん、それがいいねえ」


アスドーラにしては、機転の効いた名案であった。

ネネ、ノピーにはドラゴンであることを明かしている。もう力を隠す必要がないのだ。

だから思う存分に力を使って、ネネに会いに行こう!明日、どんな獣人に姿を変えるか打ち合わせもしよう!


そう意気込んでいたら、急に真顔になる。


気づいてしまったのだ。


「……ドラゴン?」


ジャックに言ってなかったことを。


「お前ドラゴンなの?」


「あー、うん。アースドラゴンです」


「だからか」


ジャックには、思い当たる節がいくつもあった。

バカみたいに転移することや、精神・強制系魔法の効きが良すぎること、異常な怪力とタフさ、魔法技術の飲み込みの早さ。

これら全部、ドラゴンだからで説明がつく。

それが逆に怪しくも映った。


まさかあのドラゴンが、こんなにボロを出すものか?

こんなに腑抜けたツラで、バカ丸出しなのか?


ドラゴンを神と崇める宗教もあるぐらい、ドラゴンは畏怖されている存在だ。

ジャックのこの内心を口に出そうものなら、最悪リンチされて殺されるレベルの悪口である。


「んまあ、ドラゴンも大したことねえな。バカだし」


軽く言っちゃったけど、普通に処刑ものである。


「……バカバカうるさいッ!」


「おやすみ」


「ドーラちゃんドラゴンなのー?お空飛びたーい」


「みんなお願いだよ。眠りたいよぉ」


結局全員でわちゃわちゃ騒いで、就寝したのは夜の0時。

見回りをしていたザクソンが、今日の功績を称えて見逃したことは、知る由もない。






――――作者より――――

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