第29話 少年隊VS冒険者

ドライアダリス共和国東部、黒ポプラ森と呼ばれるアイゲイロス領。

黒ポプラにもたれかかり、さんざめく葉擦れと木漏れ日に浴しながら、いつものように本を読んでいたノピー。

ふと空を眺めて夢想した。

この刻印術で誰かとお話できる日が来るといいなと。


開かれたページには、「相互思念送受魔法陣」という題名が付されていた。

難解な文章と共にとある図案がいくつも示されており、それらを塗りつぶすほどの書き込みがなされている。


その熱心さは題名にまで手をつけるほどで、太文字の題名に2本の横線が引かれ、あれやこれやと平易な題名への変更が試みられた跡があった。

何度も何度も、書いては横線を書き、ついに行き着いた題名は……。


秘匿会話セクレトコンバル


※※※


ガッと壁に手が掛かり、冒険者が勢いよく飛び出す。


「……誰もいない?」


だがそこには、ちりひとつなかった。



『っぶねー。つーかお前が引っ張るからだろ!』


『君が独り占めしようとするからだッ!ほら見ろ、やっぱり楽しいじゃないか!』


『成功した!成功したんだ!やった!魔法陣なしの思念会話はあるけれど、近くにいないと使えないという欠点があるから、それを補うために魔法陣での思念会話が発展したわけだけど、それにも弱点があって魔法陣がなければやっぱり会話はできない。じゃあその弱点を補うにはどうしたらいいのか考えたら、連鎖魔法陣を応用したらいいと思ったんだ。今僕たちが持ってる魔法陣は、なんていうか子どもの魔法陣で、親となる魔法陣は家に置いてある。何故かと言うと親の魔法陣は魔力を覚えるための刻印を施してあるから持ち歩く必要がないんだ。これで子どもの魔法陣がなくても、遠く離れていても思念で会話ができるってわけさ。これには長らく研究されていた多連鎖――』


『うるせえぇぇぇぇぇぇぇぇッ!』


アスドーラとジャックが喧嘩しているのを良いことに、ノピーは『秘匿会話セクレトコンバル』の自慢を始めた。どうせ聞いてないだろうと思ったらしいが、ジャックに思いっきりキレられて少しだけしょんぼりする。


『……いや、悪い。いや、あまりにもごちゃごちゃうるさくてな。あー、いやスゴイ刻印術だよな。もしかして初めて使ったのか?』


『え?あ、うん。改良して初めて使ったから、上手くいく確証はなかったけど、やった!』


『……見かけによらず大胆だな』


ジャックは呆れ顔だった。

冒険者が近づき絶体絶命の最中、ノピーが手渡した紙切れによって、思念での会話が可能になった。

ジャックはすかさず、転移するようアスドーラに伝え『転移コンコルタ』が発動。

一軒向かいの民家の陰に隠れ仰せたのだ。


『この後はどうする?』


アスドーラはニマニマしながら、ふたりの顔を覗き込む。


『……マジで来んのかよ』


ジャックの質問に、二人は間髪入れず答えた。


『絶対に行く!』

『うん!』


はあ、と小さくため息を溢すと、ジャックはホテル横にある空間を指さした。


『裏口まで続いてる。バレないように通るしかない』


『……どうやるの?魔法があるなら隠さずに教えてよ!』


『隠してねえよ!うっせえな。隠してねえけど、かなり難しいぞ?やれんのか?』


『おうッ!』


アスドーラは元気よく答えるが、ノピーの反応は芳しくない。


『……おー』


『うぉい。無理なのか?だったら――』


帰れと言いかけるジャックであったが、すかさずアスドーラが割り込んだ。


『ノピーは刻印術が上手いんだ!大丈夫だよ!そうだよねノピー』


ノピーは軽く頷いた。

そして冷静に、目的達成のロードマップを作り始めていた。


『……姿を隠して、におい、魔力、音まで隠すとなれば、ジャック君が使う魔法は『隠伏アディルタテイーオ』だよね?』


『んああ、よく分かったな』


『さっき言いかけてたからね。その魔法は口頭術と言えど、魔力の消費が大きい上に、かなりの練習を必要とするから、僕にはできない』


ふたりは黙ったまま、ノピーの言葉を待つ。

頷いたからには、何か策があるのだと分かっていたからだ。


『でも、刻印術と口頭術を併用すれば、僕の少ない魔力でも大丈夫……だと思うんだよなあ』


『なっ、そこはお前、バシッ!と言い切れよ』


『大丈ォォォ夫!ノピーならできる!』


親指を立ててニカッと笑うアスドーラを見て、ノピーの表情も幾分か和らぐ。


『うん。できるよ。ちょっと待っててね』


そう言うと、ポケットからメモ帳を取り出して、小さくなった鉛筆で魔法陣を描き始めた。

その様子にジャックは、ポカンと口が開き、心の声が漏れてしまう。


『嘘だろ。即席かよ』


するとアスドーラの親指が、ジャック顔の前に飛び出す。


『ふんっ!大丈夫だって!』


『……そうかよ』



一方その頃、民家の陰を探る者がいた。


確かに聞こえた、倒れる音とくぐもった声。

この場所にいたはずなのに。

冒険者の男は、屈んで目を凝らし、さっと敷石を撫でた。


指にまとわりつく細かな土。


中央区の路面は全て整備されており、剥き出しの地面があるのは、3区の一部と2区以降だけ。

つまりここには、中央区出身者以外の誰かがいたことになる。


セントラルグランドホテルは、王家御用達の高級ホテルであり、貴族や格のある商人しか泊まることができない。


何故ここに、土がある。


訝しげに指をこすりながら、ふっと息を吹きかけた。


答えは明白。

確かに居たのだ。

ここに人が。


冒険者は民家の陰から出て、辺りを見回す。


「いましたかー?」


ボーイが声を掛けるが、男は無言で目を細めた。


すると、全身から魔力が溢れだし、霧のように広がってゆく。

静かに薄く、それでいて使い込まれた錬磨の魔力がじわりじわりと周囲を埋め尽くした。


民家の陰もホテルの入口も、さらにもう一本先にある民家まで、スゥッと伸びた触手に手応えが。


その瞬間、男の表情は険しくなる。

民家の先を睨みながら、腰に括り付けてあった鞘からナイフを引き抜いた。


「なかなかの大物だな」


ポツリと呟き、後に残ったのは、バキバキに踏み抜かれた敷石の残骸だった。




真っ先に気取ったのはジャックだった。


『操魔術!?ヤバい!バレたぞッ!』


次に影を目撃したのはアスドーラだった。


『……ッ!ノピー!』


メモ帳に目を落としていたノピーは、頭の中の警告でようやく気づく。

バッと顔を上げてアスドーラの顔を見た瞬間、首元にヒンヤリとした物を押し付けられた。


「動くな、殺すぞ」


突如として現れた冒険者の男は、ノピーの頭を背後から固定し、首元にナイフを当てた。


「目的は」


端的な質問には、誤魔化す余地がない。

答えではなく言い訳をしようものなら、ナイフを引いて喉を裂くと、立ち居振る舞いが物語る。


勝てない――。


ジャックは直感し、降伏と恭順の意を示すつもりで口を開いたが、遅かった。


ふっと、視界の端を横切るその影は、素早く移動したアスドーラであった。


「友だちに触れるな」


太い両腕をがしりと掴み、ギロリと男を睨みつける。

一刻も早くノピーから危険を排除したい。

そんな思いで手に力を込め、強情な腕を引き剥がそうとした。


「……なんて力だ。お前は獣人か?」


しかし男は歴戦の猛者であった。

アスドーラの力に驚くものの、後ずさることはない。

一瞬で平静を取り戻し、己の有利を再認識する。


人質を取り、赤髪の子どもに戦闘の意思はない。

つまり目の前の子どもだけを相手にすればいい。

楽勝だ、と。


その余裕は、経験に裏打ちされた確かなものであった。

数々の護衛任務をこなし、幾度も戦い幾人もの仲間を失った彼に、敗北の未来は見えなかった。


男は広がりきった魔力を一瞬で手繰り寄せ、目の前の少年へとぶつける。


僅か1秒の出来事。


ゴロゴロと転がるアスドーラを見て、勝利への確信を深めた。


「次はないぞ。目的を言え」


アスドーラは立ち上がる。


ジャックは、吹き飛ばされたアスドーラと男とを交互に見ていた。


そしてノピーは、小刻みに首を震わせる。


暫く睨み合う中、男は違和感を覚えた。

少年たちが、互いに視線を交わす様を見て、何かが引っ掛かった。


怯えによって、仲間に降伏を促すことはよくあることだ。

少年たちも単に「手を出すな」と、視線でもって意思を伝え合っているのだろう、と思っていた。


そうすれば、誰も殺されずに済む。

それどころか、無抵抗であったことが、交渉に有利に働くかもしれない。

そんな希望的な観測を抱くことまである。


だからコイツも、震えながら首を振っているのだろう。

手を出さないでと。


……何故だ。


……おかしい。


僅かだが赤髪に闘志が戻っている?


俺は見誤ったのか!?



その考えは、至極明察であった。



転移コンコルタ


アスドーラは転移の呪文を唱えた。


「転移だとッ!?」


冒険者の勘は、背後に対して警告を鳴らす。

人における絶対的な死角。

転移の魔法によって、そこに入りこまれたら……。


冒険者はノピーを手放した。

すぐさまナイフを逆手に持ち変え振り返る。


わざわざ近づくということは、近接戦を望むパワータイプということ。

ナイフを掴むあの握力も相まって、冒険者の思考は完全固まっていた。


アスドーラを視界に捉えた頃には、完璧な防御の構えをとっていた。

全力で来るであろう初撃を、徹底的防ぐ態勢だ。


失神せよテネコーペ


「……マジ、か」


だが、すべては無に帰す。

アスドーラが失神の魔法を使ったことにより、男は膝から崩れ落ちたのだ。


もしもの時のため、ノピーの前で壁となっていたジャックは、唖然としながら男のもとへ歩き出す。


白目を剥いて倒れる男を見下ろし、首元に手を伸ばす。

服の下をまさぐり、隠れていたプレートを引っ張り出した。


金色のプレート――。

彫られていたのはAの文字だった。


つまり、この男はA級の冒険者であるということだ。


要人警護、強力な魔物の討伐、傭兵までこなす冒険者たちの中でも、選りすぐりの戦闘力を持つA級を倒したのだ。


『ほらね!だから効くって言ったじゃん!』


アスドーラを見つめ、ジャックは何も言うことができなかった。


言うことはできないけれど、只今ノピー特製の『秘匿会話セクレトコンバル』の真っ最中だ。


心の中の声はしっかりとアスドーラに届いた。


『何なんだよコイツは』


『んえ?僕に言ってる?なにー?また文句ですかー?本当に文句ばっかりだよねジャックはさあ』


『……こんなバカが強いとか、嘘だろ』


『はああ?失礼しちゃうなあ本当。降伏しようぜとか言って、ビビってたクセにさあ』


『うるせえ!相手はA級だぞ?あの判断は絶対に間違ってなかった!』


『はいはい。どうせジャックは『失神せよテネコーペ』も使えないもんねー』


『使えるわッ!効かねえから止めようって言っただけだ!

精神系、強制系の魔法は相手が油断してる時か、相手が疲弊してる時以外無理だって本に書いてあったんだよ!なあノピー!』


また始まった喧嘩に、またもや巻き込まれるノピー。

だが嫌がる素振りは一切見せず、思念に乗せられた言葉は、ノピーらしいものであった。


『ありがとう二人共。助かったよ』


『ムハハハ!任せとけい!』


『……んああ、それは、おう。それよりもよ』


どうしても自分の正しさを証明したいジャック。

話しを戻してノピーに援護を求めようとしたが、ホテルから上がった声で、それどころではなくなる。


「捕まえましたかー?」


ホテルのボーイが近づいてきたのだ。


『ノピー、準備はできてるのか!?』


『……ちょ、ちょっと待って!あと少しなんだ』


『ふーむ。また眠らせちゃう?ジャックにはできないと思うから、僕がやってあげるよ』


『いちいちうるせえなお前は!』


コツコツコツ――。


「おーい!」


『アスドーラ!転移するぞ、さっきの民家の陰に!』


『ま、待って!もうできるから!』


『僕はいつでもオーケーさッ!』


コツコツ――。


『できた!』


その声を合図に、3人は魔法を発動する。


隠伏アディルタテイーオ

隠伏アディルタテイーオ!』


ジャックとアスドーラは、隠伏の魔法によって夜に溶けていく。

呼吸も衣擦れも、魔力の仄かな光もすべて、存在を隠した。


隠せルクチェラーレ


ノピーは光属性の魔法によって、姿を消した。

そして描いたばかりの魔法陣に魔力を流し込む。

音をとにおいを抹消する風の陣、魔力の光を覆い隠す闇の陣、属性同士を結ぶ魔法の輪、そして発動、終息条件が織り込まれた魔法が展開する。


「おーい……はっ?え?ど、どうしたんですか!」


倒れ伏す冒険者を見て、ボーイは半狂乱に陥った。


その光景を見届けた3人は、ホテル横の細い空間へ入っていった。


高級ホテルなだけあって、裏口までが長かった。

だが幸いにも大きなトラブルもなく、3人は思念での連携を取りながら、裏口へと辿り着く。


正面の入口とは違って、とても無機質な扉ではあったが、しっかりと警備の冒険者が立っていた。


『どうする?』


ノピーが意見を募ると、絞り出すような声が響く。


『……アスドーラ』


『ん?なに?ジャック』


『分かるだろ。やれ』


『んん?僕はバカだから分からないなあ。やれってなんだろう?ノピー分かる?』


『ぐっ……そ。失神させてくれ』


『ふーむ。仕方ないなあ』


勿体ぶるアスドーラに、ジャックの表情は引き攣りまくり、ノピーは苦笑いであった。

無事に冒険者を倒した3人は、ガチャリとノブを回し中へと踏み入った。


「ん?なによお手洗いにいくの?」


『……ッ!』


そこには、革鎧に身を包んだ女冒険者がいた。

まさかの邂逅に、3人は息を殺す。


「……アークム?ねえ、冗談はやめてちょうだいよ」


どうやら彼女は、開け放たれた扉を見て、外で眠っている冒険者がふざけていると思ったらしい。


『ど、どうしたらいいかな』


最後尾のノピーは、ドアノブを掴んだまま動けずにいた。

彼女の視点に立てば、今のところはアークムという冒険者が扉を開けているだけ。


ここでもしも、ノピーが手を離したら?


彼女には3名が認識できていないのだから、扉がひとりでに開閉したことになる。

外の冒険者がいたずらをしていると思い、扉の先を見ることだろう。


気のせいで済むはずがない。


きっと彼女の意識はこう変わる。


敵がいる――。


そうなる前に、この通路を抜けなければ。


『……ノピー、手を離したらまっすぐに走れ。いいな?』


『で、でもみんなが視えないよ』


『アスドーラは廊下の先に転移しろ。そしたら一人分間が空くから、ぶつからずに済む』


『眠らせたらダメなのかい?』


アスドーラの疑問にジャックが答える。


『ダメだ。ホテル内はバカみたいに従業員がいるから、すぐに見つかっちまう。そうなったら、客室まで辿り着けないかもしれねえ。だから、何もせずにさっさと逃げるぞ。いいな?』


『わ、分かった』

『おうッ!』


女冒険者は、先頭のジャックに迫っていた。

まだ冗談であると信じており、少しおどけながらも着実に近づいている。


『今だ!』


あと数歩で、女冒険者と接触するという寸前、ジャックの掛け声が掛かった。


ジャックは冒険者の横を駆け抜け、ノピーは手を離して走り出し、アスドーラは『転移コンコルタ』で通路の先へと飛んだ。


バタムッ!


「……アークム?何してるの?」


アスドーラは振り返り、女冒険者の様子を注視する。

彼女は首を傾げてドアノブに手を掛けているが、こちらには気づいていない。


よしイケる。


そう思ったのも束の間だった。


『ッ!二人共早く走って!足跡が残ってる!』


ふかふかの絨毯が、二人分の足跡をくっきりと残していたのだ。


ジャックとノピーは、速度を上げるため必死に足を回す。

アスドーラの警告を聞き、とにかくこの場を去らなければ……と。


焦っていた。


直線の廊下を駆けたジャックは、10秒も経過せず廊下の先へとたどり着いた。


しかしノピーは、途中でミスを犯してしまう。


ガチャリ――。


『……うぐっ』


ちょうど女冒険者が扉を開いた時、ノピーは廊下に倒れ込んだ。


その原因はいくつもある。

足跡が残っていると聞き、絨毯へ視線が下がった。

速度を上げるため自然と体が前傾になり、扉の音で意識は後方に削がれ、そして足がもつれてしまった。

とにかく急いていた。

すべては焦りから生まれ、すべてが失敗へと繋がった。


「ねえ、何してるの……アークムッ!」


女冒険者は、アークムが倒れていることに気づき、バッと振り返った。


『ノピー!振り返らず全力で走れ!』


ジャックの檄が飛び、ノピーは再び駆け出した。


同時に、女冒険者の不気味な言葉が響く。


「いるわね。ネズミがぁ!『詳明せよルクヴィラーレ!』」



詳明ルクヴィラーレ

魔法すなわち、魔力の存在を明らかにする魔法。

一般的に、魔力を視認する能力は個々人によって大きく変化するが、『詳明ルクヴィラーレ』によって劣後した能力を補助することができる。

その他、認識を阻害する魔法等についても、『詳明ルクヴィラーレ』により明らかにできる。

ただし魔法の種類によっては有効に発動しない可能性がある。

光属性魔法に区分され、探知魔法における、初歩的な魔法である。


口頭術入門〜優しい呪文編〜



「ネズミが一匹……足跡は2つ。まだいるんでしょ?さっさと出てきなさい!」


女冒険者の魔法が、ノピーの存在を明らかにした。だが、認識阻害系統の魔法でも上位に分類される『隠伏アディルタテイーオ』で隠れていた、アスドーラとジャックは、未だに存在が明かされていなかった。

さらにアスドーラだけは転移で移動したために、女冒険者は侵入者が二人であると勘違いをしていたのだ。


走るノピーは背後の声を聞き、ごく自然に冷静さを取り戻していた。


確かに1秒前までは焦りに焦っていた。

早くしなければ迷惑がかかると。


だからこそ、没頭する。


他のことは何も考えず、とにかく目の前の問題に腐心する。

それが焦りを消す方法であり、それが今、すべきことだから。

そう考え、女冒険者の不思議な行動を分析した。


存在を認識しているのに、どうして手を出してこないのか。

わざわざ警告までして……。


恐らく彼女は、僕と同じで考え込むタイプなんだと思う。

でなければ、速攻で魔法を使うはずだ。

もしくは遊んでいるか。

考えにくいパターンは除外するとしたら、考え込むタイプで間違いないと思う。


それならば2つ――。

彼女の警告には、どちらかの意味がある。

もしくは両方の意味が。


1つは、時間稼ぎだ。

手始めに、言葉でプレッシャーを与えた。

状況を膠着させて、視えない敵への対応策を練るためだ。

外で倒した冒険者はA級の実力者だったから、ホテル内にいる冒険者はそれ以上の実力者だろう。

実力に見合う豊富な経験則から、適当な対応法を選び抜き、瞬時に動く事が予想される。


2つは、僕らを泳がせている。

敢えて警告し、ここぞとばかりに逃げ出す先がどこなのかを見極めている。

その先に、侵入の目的や仲間の存在があるかもしれないから。

現に、僕が逃げ出している先は、アスドーラ君とジャック君がいる廊下の先。

もしも後者の思惑だった場合、僕はまんまと罠に嵌まっているわけだ。


それなら――。


敵の行動を分析し終えたノピーは、ピタリと足を止めた。


『アスドーラ君、ジャック君』


『どうしたッ!?またコケたのか?』


『あ、いや違うよ。あの冒険者は、僕を認識している』


『は!?やべえ――』


『聞いて!彼女は次に、君たちの魔法を無効化しにくる!

ホテル前でやり合った男とは違って、彼女はあれこれ思考するタイプらしいから、きっと間違いない』


『分かった!とりあえず位置を教えろ。見えねえと助けられねえよ』


ジャックの言葉には無言を貫き、ポケットから取り出したメモ帳の、とあるページを破った。


『助けなくていい!だって彼女は動けなくなるから!』


魔法陣を指に挟むと、もう片方の手を紙の後ろに当てた。


「『解明ルクプリカ』……マズッ!」


女冒険者が呪文を詠唱したと同時に、ノピーの手から魔力の奔流が放たれた。

大きな魔力は縦横無尽にうねりながら、ピンポイントで敵にぶつかる。


一方女冒険者は、その魔力が見えた瞬間に危険を感じ、次善の策を講じていた。

操魔術によって魔力の盾を作り出し、魔力の直接衝突を見事防ぎ切ったが、彼女は決して盾を捨てなかった。


あの魔力操作術は相当の手練れであると直感したからだ。

うねうねとランダムに動くことで、軌道予測をできなくした上、見事に狙い撃ちしたのだ。


たらりと冷や汗を流し、ぼんやりとした敵の輪郭を睨みつける。

ふたりの敵の内、正体を晒した目の前の敵が、最も弱いはずだと慢心していた自分に動揺していた。


初歩の探知魔法で明かせたのだ。その程度の魔法技術なら、敵ではないと油断していた。

それよりも、未だに認識できない片割れにばかり気を取られて……。


ハッとした女冒険者は盾に魔力を流し込み、さらに強固に仕上げた。


すべて計算づくだとしたら?

そもそも実力に偏りがある者同士で、警備厳重なこのホテルに忍び込もうと思うかしら。

足手まといになると分かっていて、手を組むメリットなんてない。

だとすれば……奴はわざと存在を明かした?


いやそんなことはどうでもいい。

次は何が来る!

攻撃か、逃亡か。


外で倒れていたアークムを見れば、敵が手段を問わないのは明白。

二対一の数的有利にあり、ひとりはまだ補足もされていない上に、実力は未知数。

一応『詳明ルクヴィラーレ』では明かせない魔法を使うほど、腕が立つということだけは判明しているけれど……。


間違いなく攻撃が来る!


私一人じゃ結構厳しいかもね。

仕方ない。

こうなったら応援を呼ぶしか……。


「……ぇ?」


女冒険者は目の前の光景に唖然としていた。


タタタッと魔力の塊が遠ざかっていくではないか。

絶対に攻撃してくるはずなのに、どうしてか脱兎の如く逃げ出したのだ。


……いやあり得ない。

アレは囮だ。

2人目が必ず近くにいるはずで、私を攻撃しようと待ち構えているはず。


いつ仕掛けてくる?

追いかけたら?

立ち止まり続けていたら?

魔法を解いたら?


いつだ――。



『スゴいねえ。固まってるよあのお姉さん』


『受付に行くぞ!そこでスクムの部屋を聞き出すッ!』


『……ごめんみんな。もう魔力がギリギリだよ』


3人は廊下を突っ切り、とあるフロアに飛び出す。


『ほぉぉぉお』


床も壁も鏡のように美しく、シックな雰囲気がホテルマンの所作にも現れ、行き交う人々も優雅で、ここだけがまるで別世界のようであった。


アスドーラは感動していた。

綺麗とか豪華ではあまりにも陳腐だと感じるほど、素晴らしい景色であったから。


『ノピー、魔力がギリギリってどういうことだ』


一方ジャックは、ノピーの言葉に焦っていた。

ここまで来て魔力切れを起こし、続行不可能に陥れば、寮へと帰還せざるを得ない。

それだけは避けたかった。


これだけの事をしておいて、次も同じように上手くいくとは思えなかったからだ。


『……さっきので魔力をほとんど使っちゃったんだ。たぶん5分でこの魔法も切れちゃうと思う』


『5分』


『ご、ごめん』


『……マジか』


沈鬱な雰囲気であった。

ノピーは悪くないと頭の中では理解していても、この機会だけは逃せないという強い意思が、彼を切り捨てようとしてしまう。


俺一人なら。

ノピーがいなかったら。

今からノピーだけを帰して俺とアスドーラだけで。


ぐちゃぐちゃと考え、ふたりは黙り込んでいた。


すると呑気に感動していたアスドーラが、声を上げた。


『あっ!あああっ!アイツだ!スクムがいた!』






――――作者より――――

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