第27話 ずーっと一緒にいたい

寮へ戻り、アスドーラは悩んでいた。


「ネネと遊ぶ時間を増やすには、どうしたらいいかなあ」


切実であった。

入学してからというもの、ネネとは一度も会えていなかった。

自身がネネを傷つけてしまったことが大きな原因であることは間違いない。

だからキチンと謝罪して、仲直りをした。


そして今日遊んでみて、やはりなと実感したことがある。


短いのだ。

学校が終わってから、暗くなるまでの時間。

これだけではどうにも消化不良であった。

さらに言えば、働く時間にどうやって都合をつけるのか、それも問題であった。

現場作業は暗くなるまでなので、しっかり働くと遊ぶ時間がなくなる。

仕事を辞めるか考えたこともあるが、アスドーラはその選択肢をいち早く潰した。

人が苦しめられる、見えない鎖こそお金であり、その感覚だけは鈍らせてはならないと直感的に判断したからだ。


となると、仕事の時間を減らすしかなくなるわけで。


学校が終わり、仕事を終えて遊んで……やはり短い。


「どうしたの?」


ベッドで横になりながら唸っていると、上段からノピーが覗き込む。


「どうしたらネネと遊ぶ時間を増やせるかなあ」


「……仕事を辞めるか、学校を辞めるか、ネネさんが学校に入るか、だけど。ネネさんはいつまでいるか分からないんだよね?」


「うーん、そうなんだよねえ。仕事は辞めたくないし、学校もなあ」


ノピーがいるこの学校を辞めるのはあり得ない。

それにまだ、友だちは2人しかいないのだ。

友だちを作るために学校へ入学したというのに、たった2人だけで辞めてしまっては勿体ない。


「うーむ。難しい問題だよねえ」


「確かにそうだね」


両立しなさそうな2つの関係を、パズルのピースのように移動させて、両立させようとあれこれ思案しながら、夜は更けていった。


薄くまぶたを閉じて脳みそをキュルキュル回転させていたら、ぼやっと明かりがついた。


「……ん?あ」


「……おはよう。トイレかい?」


「……違えよ」


体を起こして首を回しているジャックと目があった。

いつもこんな朝早く起きて何をしているのだろう。

疑問をぶつける暇もなく、彼はそそくさと着替えて部屋を出ていった。


「うーむ、なんにも思いつかないなあ」


また脳みそをフル回転させてみるが、どうやら空転気味の様子。

ついに妙案が浮かぶことはなく、朝の会に向かう頃にはノピーの護衛に意識を削がれて、難問に取り組む余裕はなくなっていた。



「ゴッフォォッ!みなさんおはようございます」


「おはようございます」


8時半、朝の会が始まる。

連絡事項が毎朝あるわけではないので、ここ数日は挨拶と出席確認と健康に気をつけましょう!だけのお決まりの流れになっていた。


「はい。今日は連絡事項が一点あります」


だが今日は何かあるらしい。

他の生徒は、眠気と戦いながらぼーっと聞いているが、アスドーラは食い入るようにコッホ先生を見つめる。


「知っている者もいるかもしれませんが、ラハール王国は本日から、亜人の受け入れを強化することになりました。

かつて亜人の入国制限が撤廃された日、たくさんの人が雪崩込んで、それは混乱が大きかったのを覚えています。

ですから、無用なトラブルに巻き込まれないためにも、国境街道には近づかないこと。そもそも町から出ないようにしましょうね。いじょほっふぁっ!失礼、以上が学校からの連絡です。次はクラスへの連絡です」


「ほうほう」


今日は連絡がてんこ盛りだ。

唯一アスドーラだけが、授業並みの集中力で先生の話に耳を傾ける。


「ゴホンッ。なんと明日は、初めての課外授業があります!」


「おおお!」


パチパチ。

先生のキメ顔に応えて、アスドーラが拍手をすると、ぼーっとしていた生徒たちもつられて手を叩き出す。


「ハイハイ落ち着いてね。ゴッホッ。そこでみなさんには、3から4名の班を作ってもらいます。朝の会が終わるまでに決めてくださいねー」


先生の言葉で、ぼーっとしていたはずの生徒たちに血が巡り始める。

カッと見開いた眼を忙しなくさせて、そわそわし始めた。


一方アスドーラは、いつものように助けを求める。


「ノピー、誰がいいかなあ?」


「あ、え、あ。も、もももし良かったらぼ、僕と」


「ああうん。ノピーと僕と、それから誰がいいかなあ?」


「……ぉぉし」


「ん?オス?男がいいの?」


「あ、ううん。えーと、そうだなあ」


二人は振り返る。


「ちょうど4人じゃん」

「こっちおいでよー、人数足りないんだ」

「そっちは2人でこっちも2人だから、どうかな?」


友だち同士で固まったり、浮いている人を引き入れて人数を調整したり、仲良くなりたい人に交渉したり。

すでに班は固まりつつあった。


見回してみるが、困ってるような人もいないし……。


「オラを班に入れてけろ」


ひょっこりと現れたのは、そばかすがあどけないルーラルだった。

アスドーラには断る理由がない。むしろここで仲良くなれば、新たな友だちを作る大きなチャンスであった。


チラッ。


だがノピーが嫌がるなら、お断りするつもりであった。

お伺いを立てるつもりでノピーに視線を送ると、なんとも言い表し難い微妙な表情を浮かべていた。

怒ってるのか泣きそうなのか、どちらともつかないなんとも微妙な顔をしていて、アスドーラは返答に困る。


「頼むだよアスドーラ。オラ、どこの班にも入れてもらえねんだ」


「あ、えーとねえ。それは――」


「いいよ。よろしくねルーラル」


アスドーラがモゴモゴしてると、ノピーが許可を出してくれた。

いつもの穏やかな表情で手を差し出したので、さっきのは見間違いかもなと思ってしまうほどだった。


「……よ、よろしくだ」


「うん。よろしく」


逆にルーラルの方が照れくさそうに握手をしてる。

アスドーラは笑顔を浮かべて頷いた。

これはもしかしたら、ノピーにも春がきたのでは?とか思いながら。


「さて、まだ班が決まってない人は手を挙げて」


次の授業の時間が近づき、コッホ先生が介入することになった。

ほとんどの生徒はちゃんとグループを作れているようだ。

アスドーラの班も3人確保しているので、このまま終了かと思いきや、先生が提案した。


「君はそっち、貴方はそっち。うんそう。で、ジャック君はこっちの班に入ろう。はい!これでオッケーだね。では朝の会を終わります」


そう言って先生は去っていた。

余っていた人は強制的に班を決められて、無事に班決めは終わった。


「……なんでお前なんだ」


「……僕も思ったよ。奇遇だねえ」


ジャックはアスドーラを睨み、アスドーラは唇を尖らせてジャックを睨み返す。

宿に泊まったら同部屋にジャック。寮にもジャック、教室にもジャック、班にもジャック。これだけの共通点が揃っているのに、未だに友だちではないことを不思議に思うアスドーラであった。



「お疲れ様ですッ!」


「おお!昨日はサボりか?」


学校が終わり、私服に着替えて現場へ向かったアスドーラ。

作業は順調そのもので、本日は屋根をかける段に進んでいた。


「アスドーラ!今日は高所作業だから、補助やれ!」


「はいッ!」


トンテンカンと獣人たちが高所作業をする中、アスドーラは降ってくる指示に従ってちょこまかと補助に専念した。


「あともうちょいだ!アスドーラ頼むぜ!人が少ねえからよ!」


「……はぁぁあい!」


今日は早上がりして、ネネと遊びに行こうと思っていたが、いつもの癖で返事をしてしまった。

僅かな葛藤のせいで、変な返事になってしまったが、今更訂正することはしない。

順調な作業に水を差すのも憚られるし、人が足りないと言うのだ。

今日ぐらいはと、アスドーラは走り回った。


「いやー疲れたな」


仕事が終わりギルドへ向かう。

学校はどうだ?とか彼女はいるのか?という獣人たちの質問に答えながら、中央区から3区へと入りギルドが目前に迫った。


すると見覚えのある容姿が、ギルドの前でキョロキョロと辺りを見回している。


「あっ!ネネッ!」


「……アスドーラ」


そこに居たのはネネだった。

しかし様子が変だ。

いつもなら手を振ってくれるのに、今は大事そうに何かを握りしめていて、表情には影がさしていた。


「あらー?彼女かなーアスドーラ!俺にもいないってのに、ごベッ」

「黙ってろ」


犬人が茶化そうとしたところ、猫人が肘打ちで黙らせた。


「んじゃあ、俺らは先行ってるからよ。明日な」


バロムが気を利かせてくれて、獣人たちとギルドへ入っていった。

そうして残された二人の間には、少しばかりの緊張感が漂う。


「ネネ?どうしたの?」


こんなに暗いネネを見るのは、人拐いでの一件以来だった。

昨日の事もあって不安だったが、口が重いネネの言葉を待った。


「……アスドーラに伝えることがあって。歩きながらでもいい?」


「……あ、うん。もう暗くなるもんね」


暗くなるまでには家に帰らないといけないのに、ネネはわざわざ待ってくれていたようだ。

ふたりは2区へと歩きだす。

そして不安が募っていく。

自分に何かを伝えるために、こんな時間まで待っていたのだ。

こんなに辛そうな顔をして。


聞きたいような聞きたくないような。


仕事終わりの雑踏に紛れ、トボトボと歩いていると、ネネが切り出す。


「……手紙が来たんだ。お父さんから」


「う、うん。それは良かったじゃない。なんて書いてあったの?」


「帰ってきてって」


「ええッ!?」


周囲の人たちが驚き振り向く。

それほどの大きな声を上げてしまった。


「……もしかしたら戦争になるかもしれないから、早めに帰りなさいって」


「戦争?」


「うん。詳しいことは分かんないけど、ラハールは危ないんだって」


アスドーラは、ザクソン先生が言っていたことを思い出した。


三国に囲まれたラハール王国は、不安定な情勢の上で生き残っている。


北のノース王国。


西から南に接するミッテン統一連合。


東のドライアダリス共和国。


ラハール王国は、どちらにも与せず、どちらにも敵対せずに立ち回ってきたと言っていた。


そんな中もしも、バランスの取り方を誤れば、ラハール王国には戦火が広がる。


でも難は去ったはず。

ラハール国王は、ステルコスの件を水に流してくれたし、亜人についても態度を改めてくれている。


じゃあそれ以外の原因があるのか?

アスドーラは、すぐに思い出した。


今日、先生が言っていたじゃないか。


亜人の受け入れを強化したと。


「あ、亜人の受け入れ?」


「……うん?どうしたの?」


「バランスが崩れるのかも」


魔人と亜人の区別を一切しないミッテン統一連合は、ラハールの行動をどう見るか。

ドライアダリス共和国を盟主とする亜人同盟へ迎合していると映らないか?


ネネのお父さんが言う、危ないとはこのことだろう。

ラハール王国の行動が、三国の均衡を崩すかもしれない。

一度崩れてしまえば、ラハール王国は……。


アスドーラは絶句した。

ラハールの行動は、誰かを傷つけるものではない。

むしろ良い行動を取っただけなのに、何故こうなってしまうのだろうか。


まさか自分のせいなのか。


自分のせいで、ネネと離れ離れになってしまうのか。


「……帰りたくないな」


考え込むアスドーラの隣で、ボソリとネネが呟いた。


ギュッと握られた手を、アスドーラも自然と握り返す。


「どこに帰るの?」


「エルフの国よりももっと奥にある、ベスティア王国ってところ。獣人の国なんだ」


「遠い?」


「うん。とっても」


「僕、転移の魔法が使えるんだけど、会いに行ったらだめかなあ」


「……国境を通らないと捕まっちゃうよ」


どうしたらいいんだろう。

昨日から考えていたけど、ネネと遊ぶ時間を増やす方法は思い浮かばなかった。

そのぐらいも解決できないのに、ネネと離れなくて済む方法を思いつくだろうか。


ノピーだったらいい案を思いつくかもしれない。

エリーゼだったら、ロホスだったら……。


どうしてこんなことに。

国王に強く言い過ぎたから?亜人を保護するのは良いことなのに、どうして。


側に居てくれれば、絶対に何があっても守り切る自信がある。

だからネネには、帰らないでほしい。


でも、そんなことしたら……ダメなんだよなあ。

あの時学んだじゃないか。


相手の気持も考えないと。


家族に会いたいだろうし……こうして僕に伝えてくれたのも、ちゃんとお別れするためだろうし。


二人は無言のまま歩き続けた。

もうすぐそこには、ネネの家がある。

正確には、ネネのおじさんとおばさんの家だ。

帰るべき場所は、他にある。


このまま手を離さずにいておきたい。

全然遊び足りない。

ノピーと3人でもっと楽しい時間を過ごしたかった。

もっと一緒に居たいのに。


夜空が広がり、キラキラと星が輝く。

月を見上げながら、家の前にふたりは座りこんだ。


本当は分かっている。

もう家に入らないと怒られると。

けれど、お互いに手を離そうとはしなかった。


「いつ出るの?」


「2日後かな。前みたいに拐われないように、高い馬車に乗るんだ」


「じゃあ、明日も会える?」


「遅くまではダメだけど、うん」


「明日も必ず遊ぼうね!学校終わったらすぐ行く!」


「うん、絶対ね」


「……バイバイ」


「バイバイ」


頑張って笑顔を浮かべて、頑張って手を離した。

何度も振り返って手を振った。


友だちになれば、ずーっと一緒だと漠然と思ってた。

こんなに名残惜しい別れがあるのなら、もっと慎重に友だちを選んでいただろうに。


アスドーラはトボトボと歩いていた。

星空を見上げていたはずなのに、視界に広がるのは黒い地面。

歩けども歩けども、代わり映えのしない景色が続き、何かが変わる気配もなかった。


寒々しく心が荒ぶ。

けれど解決のしようもない。

このまま無気力に歩き続けて、寮に辿り着くのだろうか。


とうとう足が止まり、アスドーラは歩くことさえままならない。


力には自信がある。

重たい石を担いで移動できるぐらいに。

でも足が進まない。


どうしたら僕は、この胸に空いた穴を塞ぐことができるのだろう。


「少年。大丈夫かな?」


俯いていたアスドーラの前に、ランタンの明かりを反射した足が飛び込んできた。


「……ん?君は昨日の」


重たい頭を持ち上げると、そこに居たのは騎士だった。

昨日、登録証を見せろとせっついてきた、ヒゲの騎士だ。


「また体調が悪いとでも言うのかな?ん?」


騎士は冗談めかして言った。

けれどすぐに態度を改めた。


黙りこくるアスドーラの顔を、心配そうに覗き込む。


「……どうした?本当に体調が悪いのか?」


するとアスドーラは、縋るように言った。


「どうしたらいいか分からないんです。助けてくれますか?」






――――作者より――――

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