第25話 世界最強の大根役者
王城を去る二人を、追う者はいなかった。
護衛騎士たちも、幸い怪我は酷くなく、一行は早々に王都から出ていく。
アスドーラは、夜に染まった景色を眺めながら心配に思っていたことを尋ねた。
「明日から学校に行っても大丈夫かなあ?」
国王にも言った通り、アスドーラに国同士のことは理解し難い。
そもそも人について知らないことがいっぱいあるのだから。
だからこそ、アスドーラのすべてとも言える学校に行っても問題ないかが不安だった。
「……ええ、問題はないでしょう。深夜にはノース王国から正式な書簡を送る手はずとなっておりまする。そこで釘を刺しておきまするが、まあ、あれだけのことをされて、手を出そうとは考えますまい」
「良かったあ。友だちがいるんだ。だからどうしても学校は行かなきゃいけないんだあ」
「左様でございまするか」
「うん。ノピーっていってねえ――」
サイスは、ニコニコと笑みを浮かべ相槌を打つ。
その眼差しは、信奉する神に向けるそれとは似ても似つかない。
たどたどしくも、一生懸命に思い出を語る幼子。
そのそばで何も言わず聞き役に徹する、おじいさんのような眼差しであった。
空が白み始めた頃、長らく揺れた馬車は動きを止めた。
サイスは真っ先に馬車から降りる。
「到着でする。アスドーラ様」
「おいしょぉぉ!ありがとうねえサイスさん!」
「フォフォフォ。勿体なきお言葉、感謝致しまする」
「みんなもありがとうねッ!気をつけて帰ってねえ!」
ランタンの火を消していた騎士たちは、アスドーラの言葉に背筋を正し、深く頭を下げた。
門扉が開き、足取り軽く校舎へと歩いていく少年。
その背を見つめる、四竜教大祭司サイスと護衛騎士たち。
世界の北端に鎮座し、北域の支配者や大地の神とも呼ばれるアースドラゴン。
その小さな背中が見えなくなるまで、彼らは動かなかった。
アスドーラが中庭へ抜けた頃、騎士たちは帰り支度の続きを始める。
ランタンの火を消し、乾いていた喉を潤し、緊張で凝り固まった体を伸ばして、気合を入れ直した。
「参りましょう、大祭司様」
「……うむ」
名残惜しそうに馬車に乗り込むと、車列は進み出す。
車内のランタンからも火が消え、外からぼんやりとと明かりが差し込む。
流れ行く景色を眺めていたサイスは、誰もいない隣の座席に手を当て、目を閉じた。
残っていた温もりを手のひらに感じ、唇を震わせて。
「人の業をお許しくだされ。優しきアスドーラ様」
中庭を抜けると、ザクソン先生と校長が待ち構えていた。
気を重くしながらも、てくてくと二人のもとへ歩いていく。
すると校長は神妙な面持ちでアスドーラの手を握った。
「この度のこと、申し訳なかったねアスドーラ君。亜人差別を必ずなくすと、この私が責任を持って誓う。だから、安心して学校生活を送ってくれたまえ」
どうやらキチンと話が伝わっていたらしく、アスドーラは優しく微笑んだ。
「ありがとうございますッ!どうぞよろしくお願いしますッ校長先生!」
「うむうむ」
これからも学校生活を送れる。
そしてノピーが怖い思いをせずに済む。
全てに安堵していたアスドーラであったが、不機嫌そうにしているザクソン先生だけが、ちょっとだけ気がかりであった。
「ノピー君は、経過観察のため救護室で寝ている。明日会えるから安心したまえ」
校長とザクソン先生は、わざわざ寮の部屋までアスドーラを送り届けると、手を振って去っていった。
アスドーラはそっとノブに手をかけて、ゆっくりと扉を開ける。
深夜とも早朝ともつかない時間で、恐らく眠っているであろうジャックに気を使ったつもりであった。
部屋に入ると、積み上げられた本が目に入った。ノピーの本を誰かが直してくれたらしい。
誰かと言っても、部屋には一人しかいないが。
ジャックは意外といい奴かもと関心しながら、アスドーラはそーっと歩く。
自分のベッドまであと少しというところで、間接照明が点いた。
「……あ」
振り返ると、険しい表情のジャックがベッドから飛び降りていた。
また怒らせたか!?
言い訳を考え始めたアスドーラであったが、何もかもが杞憂であった。
『“
パッパッと手を振りながら呪文が唱えられると、ふたりを四角い結界が囲み、薄い魔力の膜がふわりと結界に張り付いた。
「……こ、これは?」
見たこともない魔法に驚いていると、ジャックは事もなげに答える。
「音を遮断する結界だ。これで外の音も聞こえないし、中の音も漏れない」
まさか外がうるさくて結界を張ったわけではないだろう。アスドーラでもそのぐらいはすぐに察しがついた。
それであれば、よっぽど聞かれたくない話があるのだろうか?
ほとんど中身のある会話をしたこともないのに、いきなり?
行動の意図がまったく理解できなかったアスドーラは、いつもの通りド直球で尋ねた。
「なにがしたいの?」
するとジャックは、表情を変えずに驚くべき事を口にする。
「王を殺したのか?」
「……え?」
あまりにも脈絡がなさすぎて、アスドーラは目を瞬いた。
「王を殺したのか?そう聞いてる」
「殺すわけないじゃないか」
「……はあ、そうか」
至極当たり前の返答をしたつもりだった。
ほんの少し前までは、王族なんてみんな殺してしまおうと考えていたアスドーラだが、それがいかに大事を招くかを知ったから。
でも、どうだろう。
目の前の男は残念そうにため息をついたではないか。
珍獣に出くわしたかのように、目を真ん丸にしてジャックを見つめるアスドーラ。
その視線に、またため息をつく。
「ステルコスたちは殺ったんだろ?だから期待してたんだが、ダメだったか」
まるで王族殺しを推奨しているかのような……。
結界を張るのも頷ける。
こんな話は、誰にも聞かせられない。
「今後も殺るつもりなのか?」
「……や、やるってなんの話かなあ?僕はちょっと眠くなってきたなあ」
「ステルコス、殺ったんだろ?次は誰だ?」
「……ふ、ふあー。あー、眠くて倒れそうだなあ。お、おやすみ〜」
だいぶ無理のある演技でベッドに潜りこもうとするが、結界に阻まれる。
「嘘が下手すぎる。そんなんじゃ、いずれバレるぞ」
敵なのか味方なのか。
聞き出そうとしている割に、こちらの身を案じてくれてもいる。
そもそも王族殺しを推奨してるから、味方?
そう見せかけて情報を聞き出そうとしてる?
分からない。
どちらにしても、絶対に口を割ってはダメだ。
エリーゼと約束したから。
矯めつ眇めつアスドーラを眺めていたジャックだったが「まあいいか」とボソリ呟くと、魔法を解いた。
呆然とするアスドーラは放って、自分はそそくさとベッドへと潜り込む。
「眠いんだろ?寝ろよ」
鼻で笑いながら、アスドーラに背中を向けて、明かりを消す。
いいように振り回されたアスドーラは、なんか気に食わない。
だけど王族殺しの事を突かれたくもないし……。
ぐるぐると考えた挙げ句、口を開いた。
「ノ、ノピーの本!直してくれたんだね、ありがとう!そしておやすみッ!」
部屋に積み上げられていた本を見て、アスドーラは感謝を伝え、ご丁寧におやすみの挨拶までした。
一矢報いる気が、ただの挨拶少年になってしまった。
なんか気分が晴れないが、これ以上できることもないと悟ったアスドーラは、返事を待たずにベッドへ入る。
まったく眠くはないけど、寝たフリしないと変だからと、辻褄を合わせる気はあるらしい。
するとジャックが言った。
「ルーラルだ。アイツが泣きながら直してたぞ」
「え?ルーラルが泣き――」
「あー、眠いな〜。おやすみ」
アスドーラは悔しそうにシーツを被った。
下手くそなモノマネをされ、また笑われたのだ。
次こそ、やっつけてやる。
別に何かされた訳では無いが、手のひらの上で踊らされてるのが、どうにも癪に障ったらしい。
ジャックを悔しがらせるための方策を考えながら、翌朝が来るのを待つアスドーラであった。
日の差しこまない地下。
アスドーラは肩を揺らされて、起きたばかりのフリをする。
「……んーむにゃむにゃ。あ、おはようノピー!」
世界最強クラスの大根芝居をぶちかまし、早速ノピーの度肝を抜いた。
「おはようアスドーラ君。起きてたんだね?」
「え、あ、えとー、うんまあ」
「昨日のことなんだけどさあ、聞いてもいいかな?」
「……な、なにかな?」
スースーと寝息を立てているジャックを確認して、ノピーの質問に小声で答える。
昨日、ノース王国で打ち合わせした通りに。
「ふう、そうだったんだあ。本当にありがとうアスドーラ君。命の恩人だね」
「ううん、全然気にしないで」
「もしかして、これも?」
ノピーが指差すのは、積み上げられている本だった。
「これは、ルーラルが直したらしいよ。しかも泣きながらだって。変だよねえ」
「その話誰から聞いたの?」
「ジャックだよ」
「……そっか」
そう言うと、急に考え込むような表情を浮かべた。
自分の世界に入り込んでいて、くるくると思案している時に出る表情だ。
「どうしたの?」
「……あ、ううん。なんでもないよ。あ、あのさお腹が空いたんだけど、い、一緒に付いてきてくれないかな?」
昨日体の不調を治し、心には癒しを与えた。
だから万全!とはいかないのが、人体の不思議だ。
未だに亜人差別の影がちらつくようで、躊躇いがちにアスドーラを誘った。
「うん、もちろん」
そう言ってベッドから飛び起き、さっさと制服に着替えて、二人は食堂へと向かった。
朝ご飯の最中も、ノピーはずっと挙動不審だった。
アスドーラは「大丈夫だよ」と伝えるが、それだけで克服できるのなら苦労はしない。
ご飯を食べ終わり、ちょうどいい時間だったので教室へ向かう。
「……」
ノピーの足取りが重い。
教室が近づくにつれて、どんどん顔は青ざめるし、鉛でも背負っているかのように、汗をかきながら歩みが遅くなる。
どうしようか。
アスドーラは悩む。
一緒に休み、明日再チャレンジしてみるとか?
だがそれでいいのか?
ノピーは勉強するために学校へ来たのだ。
「亜人だからって、侮られないように生きるためには、やっぱり学が必要だと思うから。勉強は続けるよ」
そう言っていた。
「ノピー、ステルコスたちはもういないから、怖くないよ」
「……もういない?」
「あー、うーんと、もう来ない?とも思うよ。そう聞いたんだ」
「……誰から?」
「す、ステルコスからさ。こ、こうやってさ、シュッシュッって殴ってやったら、もう来ないって」
廃れた古流武道の如き、不可思議打拳が空を切る。言葉に説得力を持たせたかったようだが、あまり効果はなさそうだ。
「……や、やっぱり今日は止めておこうかな。な、なんかまだ体の調子が良くない気がするんだ」
ついに立ち止まってしまい、申し訳なさそうに俯く。
そんなノピーの腕を掴み、アスドーラはグイグイと引っ張った。
「僕が守るって言ったじゃないかノピー。負けちゃダメだ」
「い、え、ちょっとアスドーラ君」
「誰にも触らせたりしないし、誰にも文句は言わせない。だからあの気持ちを捨てないで」
「……気持ち?」
「侮られたくないっていう気持ちだよ。負けてたまるかって気持ちさ!もう二度と、怖い思いはさせないから、頑張って!ほら行こう!」
「……すぅぅ、うーぅ。うーん、頑張る、よ」
かなり無理しているのは、アスドーラでも分かっているつもりだった。
だがしかし、ここで折れてはならない。
人の一生はとても短く、とても儚いのだから。
くだらない鎖のせいで、負けてはならない。
負けさせてる場合じゃない。
ノピーは僕の友だちだから。
――――作者より――――
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