第24話 ノース王国対ラハール王国

「救護室、魔闘場、そして今。3度もこのバカげた文章を読めば、犯人を推測するのは容易い。そうだろうアスドーラ」


「……はい」


「どんな魔法で正体を隠しているのか知らんが、貴様がステルコスたちを誘拐したのは明明白白だ。どこへ連れ去った?ノース王国か?」


「……その件は、近々解決すると思います」


「ほう?どうしてそう言える」


「……うーん」


「貴様は何も分かっていないようだ。ラハール王国がこの件をどう見ているのかを」


そう言って少しばかりの歴史と、直近の政治を語りだした。


「ラハール王国は3つの国に囲まれてる。

北はノース王国、西から南はミッテン統一連合、東には亜人同盟の盟主であるドライアダリス共和国。

どの国もラハール王国より広大な土地を持ち、特に軍事で大きく秀でている、鼎立関係にある。

ミッテン統一連合に関しては、南西部に領土を構える魔族、いわゆる魔人と戦争をしており、同盟相手を常に探しているのが現状であり、隣国であるラハールには何度も声が掛かった。

しかし同盟に参加した場合、亜人同盟の盟主であるドライアダリス共和国は必ず反発する。

理由は、分かるな?」


ギルドの受付嬢が言っていたことを思い出せば、言わんとしていることは想像できた。


人の真似をしている魔物――。


人間から見れば、異形とも思える亜人たちは魔人と変わらない存在だと考えられているのだろう。

それはつまり、亜人は魔人たちと同じく人間の敵であると、安易な結論に至る。


ラハール王国がもしも、ミッテン統一連合と同盟を組んだ場合、その版図は亜人同盟の盟主であるドライアダリス共和国と接することになり、一触即発の事態を招くと。

だからドライアダリス共和国は、ラハール王国がミッテン統一連合と同盟を結ぶことを望んでいない。


ザクソン先生の言いたいことを汲んだアスドーラは頷いてみせた。


「だからラハール王国は、どの国にも与してこなかった。それはこれからも恐らく変わらない。

だがしかし、ノース王国より身分隠した少年が入学し、ラハール王国の王族を誘拐したとなれば話は大きく変わってくる。

ミッテン統一連合かドライアダリス共和国の陰謀なのか、はたまた、北域の神たるアースドラゴンの住処を守護する、絶対不可侵の国ノース王国がとち狂ったか。

このいずれにしても、ラハール王国は態度を変えるだろう。必ずや誰かと手を組み、必ずやこの地から戦争が始まってしまう。

それを踏まえて聞こう。

ステルコスたちをどこへやった」


エリーゼが描いていた未来とは、まったく違う未来を危惧するザクソン先生の言葉に、アスドーラは少しだけ動揺した。


彼の言葉だけを聞けば、確かに戦争が起きそうだ。

アスドーラだって、人同士が無意味に争い、命が散るのは望まない。


だからエリーゼの提案に乗ることを決めたのだ。己に知識がないと知っているから、彼女たちに全て任せたのだ。


「必ずこの件は終わります。でも今日じゃありませんザクソン先生」


ザクソン主任は目を細め、深くため息をついた。


「……まあいい。騎士団が尋問をするだろうからな」


だいぶお疲れのようで、目元をぎゅっとつまみながらフラフラと立ち上がると、公開処刑場という名の職員室を後にしようとした。

すると、1枚の便箋がヒュッと空を切りザクソン主任の前でポトリと落ちた。


「ん?」


それを拾い上げて中を改めた途端、ザクソン先生はギロリとアスドーラを睨みつけた。


「お前は一体なんなのだ」


そう言うや苛立たしげに踵を返し、アスドーラの首根っこをひっ捕まえて、ズルズルと職員室から引きずり出した。


「ノース王国の使者が貴様を迎えに来たと書いてある。しかも今から王との謁見があるとまで」


早っ。

アスドーラは思った。

急かしたけど、まさか今日だとは。

エリーゼの優秀さに、内心で親指を立てた。


「……とにかく校門前に行け。馬車が待っているはずだ」


「はいッ!行ってきますッ!」


「……ああ」


相変わらずのねっとりした視線で見送られたアスドーラは、ダッシュで校門前へ向かう。

するとそこでは、煌々とした灯りがいくつも揺れていた。

灯されたランタンに照らし出される、いくつもの人影。


「こんにちはー」


アスドーラが門越しに挨拶をすると、ハッとした騎士が馬車の扉を叩いた。


ガチャリ。


中から出てきたのは、見知らぬ男の人だった。

先のとんがった帽子と長い白髭が特徴的で、腰を曲げながら、よたよたとアスドーラに近づくと、ぐぐっと顔を近づける。


「お初にお目に掛かりまする。サイスと申しまする。此度の件につきまして、女王陛下より全権を賜わり参上した次第でする。ささ、馬車へお乗りなされ」


ギギッー!


機を見計らったように門扉が開き、アスドーラはサイスの乗っていた馬車へと乗り込んだ。

四方にはガラス窓が付いていて、辺りを見回してみる。

横には騎士、前にも後ろにも騎乗した騎士がいて、遠くの方まで灯り点々と続いていた。

しかも装いを見るに、この国の騎士ではなくノース王国の騎士のようだ。


手回しの良さに感嘆していると、車列は少しずつ動き出す。


「ほぉぉお」


アスドーラにとっては、二度目の馬車である。

一度目は枷をつけられて、景色を見る事もできなかったが……。


「ふぉっふぉ。楽しいですかな?」


そう尋ねたサイスは、とても嬉しそうであった。

もちろんアスドーラも。


「うん!楽しいねえ」


ふかふかの座席や、透明のガラスから見えるランタンの灯り、そして闇夜に大勢で移動するワクワクに魅了されていた。



馬車に揺られること2時間。

見える景色が黒一色で、アスドーラもさすがに飽きていた頃。

興味は隣にいるお爺さんに向けられた。


「サイスさんは、何をしてる人なんです?」


「四竜教という宗教の支部がノース王国にございまして、そこで大祭司なるものをしておりまする」


「ほえー。四竜教ってなんです?」


「世界の端におわす貴方様方を信仰しておりまする」


「ふーん。え?僕も?」


「はい」


「今日初めて会ったのに、僕たちを信仰してるんです?」


「はい」


「変ですねえ」


「フォッフォ。左様でございますか」


微妙な空気のまま馬車は王城へと入った。

ノース王国よりも小さな城だが、段々と広がる城下街には火が灯っており、夜であっても活気があるようだ。


城内は松明が所々に置かれていて、外よりも随分と明るくなった。


「止まれ!」


遠くのほうで男の野太い声がした。

それから数秒後、馬車は進み出すが、周囲の騎士は十名ほどになり、ほとんどの騎士は置いていかれてしまう。

何事かとキョロキョロするアスドーラに、サイスは笑顔を浮かべながら説明してくれた。


「数十名からなる他国の騎士を、王の喉元まで近づけることはないでしょうな」


「ふーん。まあそうだよねえ。今から喧嘩するんだもんねえ」


「ふぉっふぉ。喧嘩とは物騒でするな。交渉でするよ」


そうしてさらに数分後、開け放たれたエントランス前に横付けされて、アスドーラたちは馬車から降りる。

すると中からやって来たのは、いかにも貴族らしいキラキラした御仁だった。


「このような夜分にようこそ。ノース王国使節殿。さぞお疲れでしょうなあ。ささ、お上がりください」


中に入ると至る所がピカピカキラキラで、アスドーラが目に違和感を覚えてしまうほどだった。

目に優しくない王城とは裏腹に、サイスの服装はとても質素であった。

紺色のとんがり帽子と、紺色のポンチョを羽織り、下から着ているのはアスドーラと変わらない平民の一般的な服装だった。


女王から使節を命じられるぐらいだから、それなりに権力を持っているはず。

だけど服装は、とても平凡で威厳も感じられない。

アスドーラが出会ったことのないタイプであった。


キラキラした御仁に案内されるまま、階段を上り廊下を歩いて通されたのは、王に謁見するための広間だった。


「こちらでお待ちを」


護衛の騎士たちは追い出され、広間に残されたふたりはポツンと佇む。

それから数十分待ちぼうけを食らい、アスドーラはキョロキョロし始めた。


ずっと立ったままで、近くには椅子もない。

アスドーラ自身はまったく問題なかったが、腰の曲がったサイスさんは辛くないだろうか。

少し心配しつつチラリとサイスを見ると、ニコリと微笑みながら真っ直ぐに玉座を見ているではないか。

何の変哲もない玉座なのに、まるで何かがいるように微笑みかけている。

アスドーラはちょっとビックリしたが、お爺さんの割には頑丈なんだなと感心していた。


すると突然、玉座の横にある扉が開かれた。

まず出てきたのは騎士で、その後にはボサボサで白髪混じりの男が出てきた。

真っ赤なマントをなびかせて、なんだか面倒くさそうに玉座へ腰掛けた。


「で?こんな夜分に何用かね使節殿」


国王はサイスを見ることもせず、肘掛けに体を預けて頬杖をついている。


「此度はお目通り頂き――」


「ああっ!そういうのはよせ」


国王は鬱陶しそうに手を振りながら、本題をせっつく。

サイスは軽く頭を下げて、本題を述べた。


「先刻我が国のさるお方が、ラハール初等学校へご入学されるため、必要な保護扶助を与えられるよう要請する書簡をお送りいたしました」


ここでようやく、国王はサイスに視線を合わせた。


「……であるな」


「しかしながら、貴国より保護ないし扶助は得られず、あまつさえ降りかかる万難を排しながら、さるお方は辛く帰国いたしました」


「……持って回った言い方をするでない。要件を言うのだ」


「さるお方とは、北端の神たるアースドラゴン様の御使様にございまする」


「……なに?」


国王は目を瞬き、身を乗り出してアスドーラを凝視する。


「その者が御使であると言いたいのか?」


「はい」


「ふむ。続きを話すがよい」


国王は少しだけ呆れたように笑ったが、玉座に背を預けて話を聞き続けた。


「降りかかる万難とはすなわち、御使様の御学友が差別に遭われ、死に至る寸前まで追い詰められたことでする。

ましてやその主犯が帰国の王族だと聞き及んでいまする。

だからといってノース王国は、事を構える気などございません。たとえ御使い様を蔑ろにされたとて、でございまする」


「……で?」


「ですので貴国も、要らぬ嫌疑を御使いへ掛けられませぬよう、強く求める次第でございまする」


「ふむ。暫し待て」


そう言うと国王は、側で直立する騎士に耳打ちをした。

するとその騎士は、扉の奥へ一度消えて、次に戻ってきた時には1枚の紙切れを国王に手渡した。


「……アスドーラか。うむ、ステルコスが行方不明と。なるほどな」


国王は紙切れを騎士へ手渡すと、身を乗り出して言った。


「ステルコスを拐ったのは、御使いとやらで間違いないそうだ。嫌疑などではない。十分な証拠があった上で其奴は断罪されるのだ。手を出すなとでも言いたいのであろうが、この国で好き勝手は許さんぞ」


「これは余談でございまするが、ノース王国騎士団が総動員され国境周辺に待機しておりまする。そして本日、国家総動員令が発布されました」


「……一応聞こうか。何故だ」


「国の方針が大きく変わったからでする」


「世界の盟約がある。脅しにもならん」


「ドラゴン様のおわす世界の端を守護し、何人の侵入も阻む。まかり間違って逆鱗に触れ、世界が終わってしまわぬために。そのため、世界の端に面する国は、絶対不可侵の了解を各国から得たのでするな」


「であるから――」


「であるから、我々は世界の盟約を破棄する用意を整えておりまする。貴国が逆鱗に触れた故」


国王は、チラリとアスドーラを見た。

サイスの言葉を集約すれば、アスドーラが御使いであるとの言が真実だということになる。

だがしかし何千年と続く歴史の中で、この世に使なる人間が現れたことはない。


国王にすればまったくもって信じ難い話ではあったが、ノース王国の騎士団動員や国家総動員令の発布が行われた上に、盟約を破棄すると言うのであれば事態は急を要する。


今の今まで、互いに不可侵の中立関係であったはずなのに、唐突に、敵対国の威勢をみせたのだから。


「……ステルコスはどこへやった。あやつが戻りさえすれば、なかったことにしてもよい」


「一切関知しておりません。御使い様もこの件とは関わりがないのでする」


「ということにしたいのは分かっている。腹を割って話せ、どこへやった」


「恐縮ですが存じ上げません」


「……使節殿の言はこうか?

ステルコスが御使いアスドーラの友人に何かしらの酷いことをした。その際、ラハール王国は何もしなかった。

そして時を同じくして、ステルコスは行方知れずとなり、証拠十分な容疑者として御使いアスドーラが処罰されようとしているわけだが、これらは要らぬ嫌疑であると。

お前たちは、御使いアスドーラを守らなかったラハール王国へ、軍を差し向け盟約の破棄をチラつかせるほど、腸が煮えくり返っている。

だが要らぬ嫌疑を晴らし学校へこれまで通り通わせれば、すべて水に流す。

と言いたいのだな?」


「はい」


「ふざけたことを抜かすな!王族を拐っておいて、何もなかったことにしろと?こんなバカな話があるわけがないだろうッ!」


「左様でございまするか」


「たかが亜人如きで余計なことをしおって。あんなもの捨て置け!ステルコスを必ず連れてくるのだ。そうすればなかったことにしてやる!」


「ですから我々は――」


ステルコスをどうしても回収したい国王と、ステルコスは知らないの一点張りをするサイスの議論は平均線を辿りかけた。


すると今まで黙っていたアスドーラが口を開く。


「友だちのために怒るのは当たり前じゃないの?」


「……口を開くな。邪魔だ」


「嫌だね。そもそもステルコスがノピーや亜人に優しくしていれば、こんなことは起きなかったんだ」


「使節殿。話を続けたいのなら、其奴を下がらせろ。話にならん」


そう言われたサイスは、ニコリと笑ったまま断言した。


「無礼千万ですぞ王よ。口を慎みなされ」


「……話は終わりだ。王族を誘拐した罪は必ず償わせる。ヤツを捕らえろッ!」


ドタドタとどこからともなくやって来る騎士たちに、アスドーラとサイスは囲まれた。

けれど、そんなことよりも、アスドーラには言いたいことがあった。


「ノピーは友だちだ。亜人如きとか、あんなものとか、そんな言い方は許さない」


アスドーラは怒っていた。

友だちを貶し、友だちの命を軽んじる王に。


「これが御使いとは笑わせる。四竜教もノース王国も落ちぶれたな」


開け放たれた扉から護衛騎士たちも雪崩込んでくる。

どんどん現れるラハール側の騎士へ怒号を飛ばし、剣戟を繰り広げながら。


エリーゼの提案では、ノース王国が矢面に立ち、交渉によってこの件を鎮めるはずだった……のだが、アスドーラが割り込んだことで、すべてが頓挫する。

少しの後悔はあったし、色々と手を回してくれたエリーゼたちに申し訳なさもあった。


けれどアスドーラは確信していた。

友だちを貶され黙り込むよりも、ずっとマシだと。

この選択に間違いはないと。


「アスドーラ様」


にじり寄る騎士たちをよそに、サイスが声を掛ける。


「お力をお使いなされ」


「え、でも、大丈夫なの?」


「加減はしていただきたいでするが」


相変わらずニコリと笑うサイスを見て、アスドーラは頷いた。


世界最強のアースドラゴンに掛かれば、この程度の人数を片付けることなど、造作もない。


少しの時ではなく、一瞬で。


「早く捕らえよッ!」


国王が発破をかけると、騎士たちは足を速めた。

スッと誰かの手が伸びて、アスドーラの首根っこに指が掛かりそうになる。


その時だった。


ぶわりと広がる、原始の魔力。

世界創生の時から存在する、人では想像もしえない魔力が、広間を覆う。


その魔力に触れた者たちは、たちまちに倒れていく。


ドサリドサリと倒れていき、魔力が消え失せる頃には、国王とサイス、そしてアスドーラだけが瞼を開けていた。


「……な、なにをした」


国王は狼狽していた。

騎士が倒れ込んだこともそうだが、肌で感じた魔力に恐れ慄いていた。


「眠らせただけだよ」


あっけらかん言い放つアスドーラに、国王は初めて畏怖を抱く。


まさか、本当に?


一瞬の出来事であったが、国王は内心、葛藤していた。

あり得ない。

あり得ないはずなのに、目に映る事実が固定観念を否定している。


「ステルコスとあの取り巻きたちは僕が殺した。改心してくれそうもなかったからねえ。

でも君は分かってくれるね?

君はおバカさんじゃないと思うから、僕は正直に言うよ。

亜人だからとか、国王だからとか、そういうことで人を虐げるなら、僕は君を殺すから」


「……」


国王の顔は青ざめていた。

ポカンと口を開けて、アスドーラの宣言に何も言い返さなかった。


おバカさんじゃないと思う。

アスドーラがそう言ったのは、彼が怯えているからだ。

ノース王国前王のように、身分に囚われ相手が誰かも分からないような、愚かな人ではないと感じていた。


「国同士のことはよく分からないけど、分かってもらえたと、エリーゼには伝えておくよ。それでいいね?」


アスドーラが尋ねると、国王は握りしめていた拳を緩めた。


「……承知した。一切合切」


「国王陛下、我々はこれにて失礼致しまする。良きお話し合いができたことに感謝致しまする」


サイスとアスドーラが広間を後にして、残されたのは、眠りこける騎士と震える国王だけ。


暫く呆然としていた王だったが、騎士が続々と意識を取り戻した頃には、決意を固めていた。


「滅ぶ前に、事を起こさねば」






――――作者より――――

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