第23話 連行と尋問

「ところで、なんで手を握ってるの?」


「……あっ、ごめん」


「それにさあ、ここって救護室?ずいぶん綺麗な部屋だね。見たことないけど、貴族のお家みたいだよ」


「……ノピー、おやすみ」


「え?」


アスドーラは魔法でノピーを眠らせた。

治療して謝って、それ以降の展開を全く考えていなかったため、頭の良いノピーには早々に眠っていただいた。

どうやって来たのかだとか、誰が治しただとか、そもそも何日眠っていただとか、色々と疑問が浮かびそうで厄介だからだ。


さてここで、どうしようかと悩みむアスドーラ。

ノピーを学校へ連れてって、ただいまー、とはいかない。

ステルコスたちも殺してしまったので、その言い訳だとか後始末も考えなきゃいけない。


しかし、そもそも常識がないので、それっぽい言い訳を作ることができない。

王族や貴族に関わると、碌なことはないと言われ続けたけれど、実際にどうなるのかも知らない。


結局何も知らないので、手の打ちようがない。

アスドーラは行き詰まった。

けれど妙案を思いつく。



「エリーゼ、どうしたら良いかな?」


会議室には、張り詰めた空気が漂っていた。

アスドーラを上座に据えて、難しい顔をするのは、ノース王国の重鎮たち。


寝巻きだったロホスも、いつの間にか正装になっている。


ちなみに只今の時間は、皆が寝静まる深夜である。


「まずノピーさんの件ですが、夢ということに致しまして、上手く纏めるというのはいかがですかな?」


すると反論。


「アスドーラ様が折角結ばれた友誼が無に帰すであろう」


あーと落胆の声が響く。


次はロホスから提案が上がる。


「正直に明かしましょう。ノース王国へ連れて行き治療したと。

手紙を送り、迎えに来てもらったとでも言えばいいでしょう。場所は病院、迎えがすぐに来た理由だけは言わずにいれば、貴族か金持ちだと勘違いしてくれるはず」


「分かった、それが良いね」


アスドーラはロホスの案に賛同した。

するとロホスは険しい表情をみせる。


「残るは、奴らですか。

王族の血を引く者を殺したともなれば、ラハール王国が黙ってはいないでしょう」


「だったら、とやかく言う人たちを全員殺してしまおうかなあ」


ううっと誰もが、苦い顔をした。


身分なんか関係ないし、本当に唾棄すべき概念だと思ってるアスドーラにしてみれば、王族とか貴族とかは好ましくない存在だ。


エリーゼのように、誰だって王様になれるんだから、身分の頂点に君臨できるような、希少性も凄みもないでしょ、とさえ思っている。


ノース王国重鎮たちが軒並み口を噤む中、女王だけが、アスドーラの言の危険性を伝えた。


「……仮に者たちを殺した場合、間違いなくその中には現国王とその親族、さらには政府関係者、並びに貴族が含まれるでしょう。

そうなると、まず間違いなく戦争が起きます。

隣国が攻め入り、街は支配され、また別の国が干渉し、他国同士の戦争がラハールの地で起こります。

もしかしたら権力を求めて内戦が起きるのかもしれません。

まず間違いなく、大勢の人間が死にます。

無辜の命が散るのです

それでも、皆殺しにされますか?」


「うーん、じゃあどうしたらいいの?

僕がラハールから文句を言われるのって、酷くないかい?

王族だからって悪さしてたのはステルコスだしさあ、学校だってまともに対応してくれなかったんだよ?」


「お気持ちはお察しします」


「んーと、なんだろうなあ」


アスドーラは顎に手を当てて、何かを探すように視線を彷徨わせた

それから少しして、見つけた言葉を吐き出す。


「普通に学校生活が送れればいいんだ。変なしがらみもなく、みんな楽しく生きてるところで、友だちを作りたいってだけなんだよ。だからどうしようかなあ。王族を殺したら、戦争で学校どころじゃなくなりそうだもんねえ」


「では、こういうのはいかがでしょう」


そう言ってエリーゼは、現実的な提案を滔々と語った。


「……分かったよ。こういうのは君たちが得意だと思うし、任せるねえ」


「仰せのままに。アスドーラ様」


アスドーラの了承を得たエリーゼは、誰よりも先に立ち上がり、恭しく頭を下げた。

会議室の全員も、慌てて立ち上がると同じく頭を下げた。


「じゃあ帰るよ」


エリーゼにとってはまさかの言葉だった。

なんとかアスドーラを引き止めようと、思考を回し、あれやこれやと理由を考える。


「えっ!?い、今すぐに帰らなくても、ゆっくりされてはいかがです?」


「ううん。ノピーは勉強しなきゃいけないから学校に戻るよ」


「い、いやーノース王国だって勉強を教えられる者はおりますよ?ああそうです!専属の教師をつけましょう!どうですか?これでもう少し滞在しても――」


「ダメだよ。僕だって仕事があるもん」


「仕事!?なぜです?お金が足りないのですか?」


「勉強のためだよ。まあとにかく帰るね。みんなありがとう」


「あー、アスドーラ様ッ!こういうのはいかがでしょう。あと一泊してから、馬車で我々がお送りするというのは」


執拗に残らせようとするエリーゼに、鈍感すぎるアスドーラも違和感を覚える。

目を細めてやると、エリーゼは観念したのか、ボソボソと言った。


「根回しだとか、備蓄の確認だとか、商業路の確保だとか色々と準備が必要なんです。時間が掛かるのでもう少しお待ちいただけませんか?」


「……うーん、ごめんだけど、早くしてほしいなあ。だから頑張って」


「……どう、にか致します」


「うんッ!みんなありがとうねえ!」


そう言ってアスドーラは、ノピーが眠る治療室へ向かい、さっさと寮へ転移したのだった。


「……は?」


急がなければならない。

一刻も早く元の生活に戻らねば。

どれもこれもノピーを思う、アスドーラの優しさであったが、そう思うがあまり、うっかり部屋の中に転移してしまった。


そしてベッドで横になるジャックの目が、間接照明の明かり越しにアスドーラと合った。


「……こ、こんにちは〜」


「……お、おう」


「じゃあおやすみ〜」


「ちょっと待て」


知らんぷりをして、ノピーをベッドに寝かせようとしたが、ジャックはすかさず起き上がる。


「……ステルコスたちはどうした?」


ここでアスドーラは、自身の大きな失敗に気づく。

魔闘場から転移する時、ジャックとステルコスたちは決闘の最中だった。

そこへ割り込んで、転移をしたのだ。

ジャックの目の前で。


しかもこの事実をエリーゼたちに伝えていない。

つまりなんの対策もできてない、ということだ。


「あー」


「あー?」


「あーんーとね、す、ステルコス?そ、そんな人いたかなあ?」


今にも口笛までしそうなおとぼけ顔で、アスドーラはぎこちなく視線を逸らした。


元来、アースドラゴンは嘘をつかない。

そんな性質はないが、嘘をつく必要がない生物というのは事実だ。

誰かを欺くのも、誤魔化すのも、世界最強のアースドラゴンにはもともと不要であった。

だが、友だち作りのために嘘で塗り固めてデビューしたアースドラゴン。

これまで色々と、バレてるのかバレてないのか分からない、微妙な感じで誤魔化し続けてきたが、今ここで初めて、本人が意図して明確に嘘というものをついた。


でも世界最強に嘘が下手であった。


いつも渋面のジャックでさえ、目を真ん丸にしてポカンとしている。


嘘というか……ボケをカマしてるのか?そう疑いたいけど、関係値がない分ボケとも言いづらい。であれば本気で嘘をついてるのか?いや下手くそすぎだろ。


そんな内心で、ジャックの脳内は小パニックを起こしていた。


「じや、じゃあおやすみね〜」


やたらベッドへ行きたがるので、ますます訝しむジャックであったが、意外なことを口走る。


「まあどうでもいいが、上手くやれよな」


その言葉を聞いて、全部見透かされてる気がしたアスドーラは、恐る恐る振り返ってみた。


「何をしたのかは知らんが、上手くやれ。それだけだ」


ジャックはそう言うと、枕に頭を沈めて目を閉じた。

何が何やらまったく分からないアスドーラであったが、丸く収まったならいいやと楽観的であった。


だがしかし、世の中そんなに甘くない。


何やら廊下が騒がしい。


「だから言ったじゃーん、絶っっ対アスドーラが連れ去ったんですって!いやホント」


「どこへだ!?」


「いやホント、知りませんて!」


「ゴッホ、ヴォッホ」


物々しい足音がピタリと止まり、扉がスッと開け放たれた。


回復しきったノピーを抱えるアスドーラは、廊下にいる先生たちと、視線がバッチリ交錯する。


唖然として固まっている、ザクソン先生、ラビ先生、コッホ先生に向かってアスドーラは一言。


「こ、こんにちは!アスドーラです!怒らないでください!」


「……来い」


ドスが効きまくったザクソン先生の不機嫌な声に、まだ起きていたジャックも含めて、全員が怯えるのであった。



その後、アスドーラと眠りこけるノピーは、とある場所へと連行された。

とある者はその場所をこう呼ぶ。


公開処刑場と――。


「さてアスドーラ。何か弁明はあるか?」


椅子に座るアスドーラは、ザクソンと向かい合っていた。

コンコンコンコンと苛立たしげに机を叩く音が、時を刻む針の音のようで……。

ヒヤリとした緊張が、その場にいる皆の心を波立たせる。


「……べ、弁明ですかあ?い、いやー、ないですかねえ」


獲物を追いつめる、じっとりとした視線に耐えきれず、アスドーラは視線を逸らす。

だが、どこを見ても必ず誰かの視線に行き当たる。


アスドーラは今、先生たちに囲まれていた。

生徒が居なくなったため、休んでいたはずの教員まで駆り出されての捜索が行われていたからだ。

あまりにも呆気なく主犯は判明したが、まだ解決していないことがある。

どこへ生徒を連れ去り、何をしていたのか、疑問が噴出しまくって、先生たちも寝るに寝れない状況だった。


「ほう?弁明すらしないと」


ピタリと机から音が消え、ザクソンの尋問が始まった。


「どこへ行っていた?」


「……ノース王国です」


「お前の故郷だな。ノピーを連れ去った理由は」


「……治療のためです。ここで治すよりも、いいかなって」


「ふむ、ではこれに魔力を流せ」


ザクソンが手渡したのは、1枚の羊皮紙だった。

紙いっぱいに大きな魔法陣が描かれていて、かなり年季の入った代物だ。


アスドーラは言われるがまま、羊皮紙に魔力を流した。

かなり加減して、ほんの少しだけ。


すると羊皮紙に描かれた魔法陣から、ふわりと魔法陣が浮き上がる。

羊皮紙に描かれているものとは、似て非なる図柄で、ノピーが言っていた証明陣ともまた違う。


アスドーラは不思議に思いながら、ふわふわ浮かぶ魔法陣を眺めていると、向かいからチクチクする殺気のようなものを感じた。


「……ぅゎ」


アスドーラが思わず声を漏らすほど、ザクソンは深いしわを眉間に作り、殺気立った瞳で魔法陣を見ていたのだ。


「……貴様が犯人で間違いない」


ザクソンは、真っ直ぐにアスドーラを見つめながら、隣にいるコッホへと羊皮紙を手渡した。

コッホは浮かび上がる魔法陣を見て、喉が千切れそうな咳をした後、隣の先生へと羊皮紙を託す。

その先生は唖然としながら、別の先生へと羊皮紙を手渡し……先生たち全員に回された。


そして、穴が空くほどの鋭い視線が、方方から集まる。


「あの羊皮紙は、愚者の拠り所スタルトスアルチェと呼ばれるもので、魔力の持ち主を明かしてくれる。貴様の魔力属性はもちろん、種族や血統、年齢や性別、目の色や生まれた日の天気までなッ!」


アスドーラは驚愕に目を見開く。

まさか、正体がバレたのでは……と。


「なんと書かれていたか、知りたいか?」


「……は、はい」


ゴクリと生唾を飲み込み、アスドーラは小さな息を繰り返す。

初めての緊張だ。


バクバクと脈打つ心臓をよそに、ザクソンは口を開いた。


「お前らバカじゃねえの?つってもまあ、どうせ死んでるかー。

んまあでも、生きてるかもしれねえし、一応教えるとよ、見たまんまだぜ?見ても分かんねえなら、俺は何も言わねえ。てか、言えねえや。

んじゃなー」


「……え?」


アスドーラは耳を疑った。


「二度は言わん。貴様は一体なんなのだ?人間ではないのか?」


「……い、今は、人間ですよお」


「今は、か」


アスドーラへの尋問は続く。






――――作者より――――

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