第16話 魔法科の初授業
「ん?耳長と魔人がいるのかよこのクラスは。どうりで臭えと思ったぜ」
教室に入るや第一声にそう言ったのは、ぽっこりお腹の男だった。ふたりの取り巻きを連れていて、いかにも金持ちと言わんばかりに、香水の匂いをプンプンさせている。
太い指には銀色の指輪を嵌めていて、今にも血が止まりそうな張り具合だ。
魔人という言葉が耳に入り、アスドーラは眉をひそめた。
つい昨日、魔人という言葉で揉めた後だから当然だ。
ニヤリと気味悪く笑みを浮かべる、球体のような男。その視線を辿ると熊人の少年がいた。
教室後方の席で居心地悪そうに俯いている。
コイツとは友だちにならない。
即断したアスドーラは、昨日のように褒められることを期待して、椅子を引いた。
すると、隣から腕を掴まれる。
「……ダメだよ」
ノピーが止めたのだ。
それも、困惑した表情で。
「座ってて、お願いだから」
今までノピーが懇願したことはなかった。
知識もあり分別もあるノピーが、まさか止めるとは思わなかった。
立ち上がり掛けたアスドーラは、必死なノピーの様子に違和感を覚える。
すると、真ん丸な男がアスドーラたちのやり取りにに気づき、すかさず声を上げた。
「なんだ?文句でもあるのか耳長?」
男の視線が向けられたのは、ノピーであった。
そこでアスドーラは得心する。
獣人に対する蔑称が魔人であるように、耳長はエルフに対するものであると。
本当にどうしようもない人間だ。
やはり懲らしめるべきだ。
アイツは要らない人間だし。
そう思ったのもつかの間、ひとりの少女が立ち上がった。
「ステルコス様でねが!こらあ、でえれえこった。おっ母に自慢せんと」
ルーラルが輝いた目でむっちり男を見つめながら、吸い寄せられるように近づいていく。
「んあ?なんだお前。田舎臭い下民だな」
「すまねえだ。握手してけろ」
「どっかいけ!変な病気があったらどうする!シッシッ!」
「頼むだよー。王族様に会えるなんて、奇跡だもんでさあ、頼むだよ」
「変なやつしかいないのかこのクラスは。公爵にクレームを入れてやる。シッシッ」
ステルコスと呼ばれたボールは、ルーラルを避けるようにして窓際の席へと移動した。
その光景を見ていたアスドーラは、ノピーが必死に止める理由に気づく。
王族――。
チラリとノピーを見やると、心底困った表情でボソリと言った。
「……弱ったな。やってけるかなあ」
教室内に乱反射するささやき声は、どれもこれも王族であるステルコスに怯えるのもばかり。
関わりたくない、巻き込まれたくない。
ひとつとして、亜人を庇うものはなかった。
それから数分後、クラスは満席となった。
すると、頃合いを見計らったように足音が近づく。
カツカツカツ。
ゴホッ!
咳とともに教室へ入ってきたのは、げっそりと顔色の悪い先生だった。
「おはようございます。魔法科8組のみな、ぞぁんッ!」
止まらない咳を抑え込んで挨拶をしたが、最後までもたなかったらしい。
「うぉっへおんッ!いや失礼。担任のコッホです。これからよろしくね」
青白い顔色と目元のクマが近づきがたい印象を与えるが、優しい笑顔と声色で、生徒の心象はわりかし好意的であった。
「さて、まずは自己紹介!と言いたいところだけど、予定が盛り沢山です。自己紹介はお互いにしてもらってと――」
よっぽど予定が立て込んでいるのか、自己紹介を雑にぶん投げると、ローブのポケットから小さな玉を取り出した。
「早速ですが、コレは
グニグニと指に力を入れて、見かけによらない弾力を披露した。
「さて皆さんには、
魔力を流すと属性に応じた色で光りますので、驚かないでくださいね。
では……始めようか」
先生が視線を向けたのは、赤髪の少年だった。
「はい」
赤髪の少年は立ち上がり先生のもとヘ。
「名前は?」
「ジャックです」
「はい、じゃあどうぞ」
先生はそう言うと、教卓に置いていた、硬そうな表紙の冊子をめくって何やら書き込む。
赤髪のジャックは、その間に透明の球体へ手を近づけた。
すると、球体の中心部で色の渦がぐるりと回り始め、ピカッと強い光を放った。
「ん?ゴホッ、おお!基本属性全てですか。これは見事!スゴイですね」
そう言った後、ぐんぐん大きくなる球体。
元は指でつまめるぐらいの大きさだったというのに、今では教卓に我が物顔で鎮座して、先生の顔を隠してしまうほど大きくなった。
「……魔力も多いですね。うーんジャック君、魔法科を選んで大正解ですよ。才能がある!」
それでもお構い無しに、ジャックを褒め称え、両肩をガシッと掴む。
「一緒に頑張ろうね!ゴホッ」
ジャックは一瞬だけ、先生の手を睨みつけたが、すぐに表情を落ち着かせた。
「……はい。よろしくお願いします」
「では次の人、こちらへどうぞ」
ジャックの後ろの席の生徒へ手招きをした。
それからは、流れ作業のようにどんどん能力を測定していった。
基本的に属性はひとつだけで、3人に1人ぐらいは複数の属性を持っている者もいたが、ジャックのような4属性持ち、すなわち基本属性を全て持つ者はいなかった。
「じゃあ次の人どうぞ」
次に測定するのは、田舎訛りの強いルーラルであった。
彼女は自分の名前を先生に告げて、
すると白みの強い光が輝いた。
初めての色で、生徒たちの中から小さな歓声が上がる。
「ゴホッ、失礼。光属性ですね。魔力量は普通だけど、対極属性を持っている者は少ないから、重宝されると思うよ。お医者さんは光属性を持ってる人が多いですね」
対極属性という謎のワードについて解説はなく、次々と測定されていき、続いてアスドーラの番。
「次の人ー」
「はいッ!アスドーラですッ!」
「はーい、じゃあ魔力を流してみてください」
元気よく名乗って、透明の球体に魔力を流してみる。
つい最近宿の前の通りを直した時に、自分の「少し」が、一般的な「少し」とかけ離れていたことに気づいたので、今日は本当に「少し」だけ、ちょびっとを意識して流した。
……。
変化なし。
「どうぞ魔力を流してください。大丈夫、緊張しなくていいですよ」
「はいッ!」
意気やよし。
アスドーラは魔力をちょびっと流す。
……。
変化なし。
先生は怪訝な表情を浮かべる。
「……試験で魔法は使いましたよね?」
「はいッ!」
ノピーに口頭式を教えてもらい、魔法を使った。
魔法陣へ魔力を流して刻印術を発動させた。
たしかに魔法は使ったから、返答に誤りはない。
するとコッホは何度か頷き、顎に手を当てた、
「……ほう。その年で」と呟くと軽く咳払いして、もう一度魔力を流すよう言った。
アスドーラは、深呼吸をしてもう一度魔力を流す。
だが、
コッホ先生は、アスドーラと
ひとり納得した様子で言った。
「……透明は見たことがないなあ。スゴイねアスドーラ君」
透明?
そんな事があるのか?
クラス内もざわざわし始めるが、コッホ先生は本気で感心しているらしく、アスドーラの肩をポンポンと叩き笑顔を向けた。
「君が魔法科で良かったです」
何が何だか分からないが、一応褒められたのでアスドーラは内心喜んでいた。
けれど違和感があった。
先生が肩を叩いた時、魔力の反応があったのだ。
それはほんの僅かな魔力で、アスドーラこと世界最強のアースドラゴンですら、埃か目のかすみか、見間違いを疑ってしまうような微細なものであった。
だがしかし、その程度だ。
アスドーラにとって、人間の魔法が害を及ぼすことはないという確信があった。
何故ならば世界最強だから。
人間が誤って、ほんの僅かな魔力を流してしまったところで、どうってことはない。
それよりも褒められたことのほうが嬉しかった。
「ありがとうございますッ!一生懸命勉強しますッ!よろしくお願いしますッ!」
ピシッと親指を立ててみせると、コッホ先生はニコリと笑って、次の生徒呼んだ。
「次の人……おお、エルフ族ですか。これは期待できますね」
続いてノピーの番が回ってきた。
もともと内気なノピーである。いわれもなく先生に期待されて、表情はかなり硬い。
「エルフ族は精霊の使徒という言い伝えが残るほど、魔法に愛された種族ですからね。期待せずにはいられません」
追い打ちをかけられたノピーはもじもじして、なかなか立ち上がろうとしない。
「さあどうぞ。緊張しないで」
コッホ先生に促され、ノピーは渋々立ち上がった。
前に倣って名前を伝え、早速
すると球体は、墨を垂らしたように、一瞬で黒く光り膨張し始めたのだが、すぐに止まった。
黒い光を放つ球体は、片手で握るのにちょうど適していそうなサイズであった。
「……ゴホッゲホッ、珍しいね、エルフ族が闇属性とは。ま、まあ、対極属性を得られたのは才能だよ!」
コッホ先生自身で難易度を上げておいて、結果は微妙。
なんとか言い繕うが、かなりバツが悪そう。
クラスメイトたちは、期待した分失望も大きかったようで、何やらコソコソとささやきあっている。
一番の被害者ノピーは、唇をギュッと結び自席で俯むいていた。
その後、能力測定はつつがなく終わり、10分の休憩時間を挟んで、初の授業が始まった。
科目は口頭術、先生は担任のコッホ先生だ。
「1日目から大変だと思うけど、頑張りましょうね」
軽い挨拶を終えると、コッホ先生は黒板に向かって、コツコツと書き始めた。
「口頭術を教える前に、まずは魔法について大まかに説明します。
魔法とは、魔力を用いたあらゆる事象を指しますが、まあこのあたりは上級生になって勉強すればいいでしょう。
それよりも大事なのが、属性です。
既に知っている人もいるかもしれませんが、属性は全部で6つあり、火、土、水、風、闇、光に分かれます。
火、土、水、風を基本属性、または4属性と呼び、日常生活で頻繁に使う魔法は、だいたいこの属性に分類されます。人間の多くが基本属性の魔力を備えているのは、昔から頻繁に基本属性を使用してきた名残だと言われていますね。
ゴホッ失礼。人間ではなく人種の多くが、でした。
次に、闇と光の属性は対極属性と呼ばれています。魔法を仕事で使う人は、対極属性の魔法を使用することが多いようですね。例えば冒険者ですとか、聖職者、魔法研究者、医者などです。
ここで疑問を――」
「はいッ!」
黒板に図を描きながら説明していたコッホ先生。
生徒へ振り返り、まだまだ説明が続きそうであったが、遮った者がいた。
「なんでしょう?アスドーラ君」
「僕は風魔法が使えますし、治癒魔法も使えます!しゅうの……あ、えーと、土魔法も使えます!なんでですか?」
「……えーと、要するにこういうことかな?自分の持ってない属性の魔法をどうして使えたのか?」
「はいッ!」
コッホ先生の異常な推理力は見事に真価を発揮したようだ。
アスドーラは、ふと疑問に思ったのだ。
ノピーが闇属性であったにも関わらず、風の魔法を使えたのは何故だろうと。
「いい質問ですね。まさに今言おうとしていたところですよ。
アスドーラ君と同じ疑問を持った人もいるでしょう。自分の属性とは違う魔法を使ったことがあるけど何故使えたのかと。属性ってなんのためにあるのか?と。
質問に答えるならば、魔力属性とは色です。
皆さん想像してみてください。赤色、茶色、青色、緑色の4色で色塗りをしてくださいと言われたら、均等に全ての色を使うことができますか?
ほとんどの人が、好きな色を多く使いませんか?
その多く使う色が、あなたの属性です。他の属性よりも上手く魔法を扱える、特別な属性というわけです。
ですので、他の属性魔法であっても使えないことはありませんので、ご安心ください。
こうなってくると、人種の魔力属性はどのようにして決定されているのか、気になる人もいるでしょう。残念ですがこの辺りは上級生になって学びます。
理解できましたか?アスドーラ君」
「はいッ!説明が上手です!」
「ハハハハ、バフォッケボッ!失礼。いや、褒められたのは初めてですよ。ありがとうございます」
初質問に初回答。
それから魔法の知識まで。
これが学校生活、これが授業。
アスドーラは胸を躍らせて、食い入るような眼差しで先生を見つめる。
「えーと、退屈なお話はここまでにして、魔法を実際に見せましょう」
そう言うとコッホ先生は教壇をおりて、生徒がよく見える位置まで出る。
「魔法には、3つの術理があります。まずは操魔術です」
コッホ先生は黒板の方を向いて、何かを掴むような動作をした。
すると黒板の粉受けに置いてあった
「読んで字の如く、魔力を操ることで魔法を発現させる方法ですね。
こうして文字を書いたりするのは、上級生にならなければ難しいでしょうが、皆さんは意図せずに操魔術の基本を使っていたりします。
それが属性変換です」
黒板に何かの図式を描き続けながら、くるり生徒の方を向くと、手のひらを上に向けた。
『
ボウッと手のひらには火が灯る。
「口頭術を使った魔法は、口頭式または呪文と呼ばれる定型文を唱え、強制的に魔力の属性を切り替えます。つまり皆さんは、操魔術を使えると言ってもいいでしょうね。
しかしどうでしょう。魔法科に来たからにはもっと難しい魔法を使いたいですよね?」
アスドーラは、ぶんぶんと首を縦に振る。
「そんな人は口頭術を勉強して、練習しましょう。何故ならば、知識さえあれば扱うことが容易だからです」
コッホ先生は手のひらに灯る火を見つめて呪文を唱えた。
『
ゴォォと燃え盛る火柱が、コッホ先生の手のひらから立ち昇る。
「そして殘念ですが、魔法科で人気のない科目が刻印術です。なんせ覚えることが多いですからね。
でも魅力はあるんです。
最も汎用性が高く、操魔術に次いで自由度が高く、そしてなにより魔力の多寡に左右されない。少ない魔力であっても使いこなせれば最強と言っても過言ではない、操魔術と並び昔から使われてきた術理です」
コッホ先生は、ローブのポケットから正方形の紙を1枚取り出した。
そこに描かれていたのは魔法陣。
その紙を火柱に近づけると、炎に巻かれて焦げた紙片が天井からパラリと降る。
すると、火柱昇る手のひらに小さな魔法陣が浮かび上がり、真っ赤な炎が紫から青へと色を変えた。
強く燃えるだけの火柱は、次第に形も変えて、一輪の薔薇に変わる。
「とまあ、ここまでが入門編ですかね。どうでしたか?やる気が出てきました?」
そう言って、手のひらから青い薔薇が消えると、生徒たちから拍手が上がった。
コッホ先生は照れくさそうにハニカミながら、お辞儀をした。
「ありがドゥォッホン!失礼。ありがとう」
拍手は止み、生徒たちは待ち切れないといった様子で、先生を見つめる。
だがコッホ先生は、少し申し訳なさそうにした。
「ごめんね、ひとつだけ言い忘れていました。皆さんがこれから魔法を学ぶにあたって、重要な言葉です」
コッホ先生は、ひとつ咳き込み、喉のいがらっぽさを吐き出した。
「何故魔法を研究し学びそして極めるのか。そう質問されたのは、最も偉大な魔法使いとして名高いヘカテーです。
彼女曰く、それは真の魔法に辿り着くためである。
真の魔法とは即ち、術理による方法とはかけ離れた、真髄によって発現する魔法を指しています。
簡単に言うと、想像したことがそのままできるってことだね。
実際、無詠唱の魔法を使うと、真の魔法のように見えるけれど、あくまでも呪文を詠唱しないだけで、頭の中では口頭式に囚われてたりする。
そうではなくて、想像を得た魔力が魔法となる、これこそが真の魔法で、君たち魔法使いが求める最終地点でもあるんだ」
生徒たちには少しばかり難しい話だったのか、魔法を見せた時のような芳しい反応はなかった。
アスドーラとジャックのふたりを除いて。
「ほぉお」
「……なるほど」
教科書的な説明を終えたコッホ先生は、パチンと手を叩いて言った。
「さあ、魔法の時間だよ」
――――作者より――――
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