第15話 入学式

「……いつも早いなあ」


目を覚ましたアスドーラは、隣の二段ベッドを見て呟いた。

赤髪の少年も一緒に泊まっていたが、結局仲良くなることはなかった。どうやら彼は、ひとりで集中するのが好きらしく、アスドーラが話しかけると、ムスッとした顔で睨みつけるので、まともな交流は皆無であった。


大した荷物も……というか荷物はないので、さっさと下へおりてお婆さんへとご挨拶をする。


「おはようございますッ!今までありがとうございました!」


「はいよ。アンタまだ働いてんのかい?」


「はい!」


「続けるのかい?」


「はい!働かないと分からないこともあるので」


「なんだい、ガキんちょが偉そうに。最近の若いもんは口が達者だね」


「お婆さんも若いですよ!」


「ほーれ言ったそばから。何も出ないよ」


「何もいりません!それじゃあ行ってきます!」


「ふっ。達者でね」


宿から出て、学校まで走る準備を整えたアスドーラは、ふと視線を上げてみる。


【保身亭】


大きな看板には、何やら書かれている。

きっとこの宿の名前だが、アスドーラは読めない。

今まで気にもしなかったこの宿の名前が、何故かすごく気になった。


聞けばすぐに答えてくれるだろう。

でもそれじゃあ、味気ない。


学んでから、また来ようじゃない。

この看板を見に。


アスドーラは看板に親指を立てて、走り出した。

地面に穴を開けないように。



道中は人を避けながら走ったので、いつもより時間がかかった。

こんなに人がいるのは何故だろう?

不思議に思いつつも校門の前へ到着した。


「おはよう!」


昨日と同じところで、ノピーが手を振っている。


「おはよう!」


アスドーラも手を振り、ノピーと合流するのだが、やけに多い荷物が目につく。


「スゴイ量の荷物だねえ」


ノピーは苦笑いした。


「アスドーラ君の荷物は……収納魔法の中なの?」


「そうだよ。昨日買ったカバンと筆記用具と……あ、カバンぐらいは持っとかないといけないよねえ。すっかり忘れてた」


あくまでも、収納魔法を隠蔽するためのカバンである。カバンを収納魔法に収納するのであれば、買う必要もなかったのに。

と、アスドーラは気づいた。


「う、うん。後でこっそり取り出せばいいよ。寮生活しない人もいるから、誰も気にしないと思うよ」


寮生活者は多くないようで、ほとんどの生徒の荷物はかなり少ない。

アスドーラのように、まったく手ぶらの者はいないが。

どちらかと言えば、目立つのはノピーの方で、重たそうな荷物へチラチラ視線が飛ぶ。


「大変そうだねえ。持とうか?」


「……い、いいかな?助かるよ」


ノピーからカバンのひとつを受け取り、てくてくと歩く。


人が多いなあ。

なるほど、ご両親が来てるからかあ。

親戚総出の生徒もいるんだねえ。


キョロキョロしながらも、新たな門出特有の新鮮な空気感を楽しんでいた。


人の流れに身を任せ、ローブ姿の先生たちの誘導もあり、中庭に集められた新入生一同とアスドーラたち。


すると、とある男が生徒たちの前に現れた。

臆することなく、拡声の魔道具前に立ち、生徒たちへ一礼。

頭が日光を反射して、目潰しの如くピカッと光る。

くるんとカーブの掛かった髭をそっと撫でたかと思えば、ひとつ咳をしてニコリと笑顔で話し始めた。


「新入生諸君、おはようございます。私はラハール初等学校校長を務める――」


突然のスピーチを、ふむふむと聞いていたアスドーラだったが、ノピーが隣で呟いた。


「あの人は公爵様だよ。ラハールは学校教育に力を入れているから、歴代校長は位の高い貴族なんだ」


「ほうほう」


気品漂う身なりと、ここにいる誰よりも、堂々としている佇まい。

なるほど、貴族っていうのは、だいたい同じなんだねえ。


ノース王国で見た貴族は、もう少し派手な装いではあったが、たしかに似たような雰囲気があったことを思い出す。


「であるからして、生徒諸君には校風を学び、ラハール初等学校の生徒たる自覚と――」


それから三十分近く続く校長の演説。

生徒たちの中には、あくびをする者や「長いな」と文句を言う者まであったが、アスドーラは晴れやかな気分で校長の長ったらしい話を聞いた。

大して面白くもなかったけれど、無駄な話をここまで続けられる人間に、興味がそそられたらしい。


「ではザクソン先生、あとは頼む」


校長がそう言うと、待ってましたとばかりの大喝采。何を勘違いしたか、校長は手を挙げて降壇した。

続いて登壇したのは、試験でお馴染みのザクソン先生だった。


「学年主任を務めるザクソンだ。

一般科は魔闘場前にクラスの張り紙をしてあるから、各自確認して教室行け。

魔法科並びに技術科はクラス前に貼ってある。

教室では大人しく待機しておくこと。

以上だ。解散ッ!」


早口でまくしたてると、さっさと降壇したザクソン。

生徒たちも、生徒の後方にいた保護者たちも、ポカーンとしている。


すると慌てた様子で、兎人のラビが登壇した。


「あっ、どうもー。魔法科のラビですー。これで入学式は終了となりますので、生徒は移動してねー。いやホント、なんかすみませーん」


ということで、入学式はあっけなく終了。

ざわざわしながらも、生徒たちは後ろの保護者へ、保護者は我が子や親戚の子へ手を振り、激励の言葉が飛び交った。


「ノピーの親は来てるの?」


「……ううん。僕の里は、遠いから」


ちょっぴり淋しげな表情のノピー。

親も子もいないアスドーラだったが、ノピーの心情に共感するところがあった。


たくさんの人に囲まれているのに、元の住処に戻ったような孤独がよぎったからだ。


けれど、すぐに立ち直る。

だっていいじゃない。

これから友だちを増やすのだから。

そんな気持ちであった。


校舎へ入ると、先生の誘導で教室へ向かう。


「こっちの5クラスが魔法科と技術科の教室だから、張り紙を確認してね!」


人混みで廊下が詰まりかけていたので、アスドーラとノピーは、比較的空いている奥の教室の張り紙を見に行く。


「うーん、奥の2クラスは技術科みたいだ。隣を見てみようよ」


「うん」


廊下に面する窓に、大きな張り紙がしてあり、そこにはつらつらと名前が書かれている。

アスドーラは字が読めないので、ノピーに確認してもらうと、嬉しそうに飛び跳ねた。


「やった!アスドーラ君、一緒のクラスだよ!」


「おお!これは……運命かもしれないねえ」


できれば同じクラスがいいと思っていたアスドーラ。どうやらノピーも同じだったようで、子どもらしく喜んでいる。

ここ最近はずっと一緒にいるし、親睦も深まってきた頃合いだ。

ならば、好機では?

そう思ったアスドーラは、意を決して開口する。


「……ノピー!」


「おい、確認したならさっさと退いてくれ。後ろがつっかえてる」


間が悪く、水をさされたアスドーラ。

ムッとして声の主をみやると、そこにいたのは宿で同部屋だった赤髪であった。


「……なんだよ」


「い、行こうかアスドーラ君」


まったく、気の利かない人間だよ。

アスドーラは、理不尽な怒りを少しだけ覚えつつ、教室へ入った。


「……ふぉぉお」


まず目に飛び込むのは、ズラリと並べられた机と椅子。文房具店で見た商品棚のように、それぞれの間隔が一定に丁寧に並べられていて、どこに座ろうか迷ってしまう。


次に大きな黒板と教壇に目を奪われた。

なるほど、ここに先生が立って教鞭を執るのか。

黒板に字を書くのは……アレかあ。書いてみたいなあ。


「ア、アスドーラ君、どこに座る?」


「……一番前に座ろうよ!」


「うん!じゃ、じゃあ僕は隣に座るね」


これで先生の話がよく聞けるし、気になったことがあればすぐに質問できる。

いやあ、ワクワクするなあ。


「あ、荷物置いてくるね」


「うん、あ!これも置かないと」


立ち上がったノピーに続き、アスドーラも教室の後ろへ向かう。


ちらほらと張り紙を確認した生徒が座り始めていて、これから一緒に勉強するのだと思うと、居てもたってもいられなかった。


「こんにちは!アスドーラです!」

「うわっ、おお、うん。よろしく」


「こんにちは!アスドーラです!」

「……あ、うん」


座った者には片っ端から声を掛けまくるが、どうにも反応が芳しくない。

だがしかし、これも友だち作りにおける試練だ。

鼻息荒く、次のターゲットへ声を掛けた。


「こんにちは!アスドーラです!」


「……ああ、おめえ、試験で見ただよ。アスドーラっつーんか。おらはルーラル、よろすくなぁ」


「……あ、うん。よろ、すく」


そばかすがあどけない少女は、ほいっと手を差し出した。

初めて聞いた訛りに度肝を抜かれアスドーラだったが、嬉しい反応が返ってきたので、ニコリと笑ってみせた。


満足したアスドーラは、ポカンとしているノピーのもとへ駆け寄る。


「……も、もう、終わった?」


「うん!もしかしてここに入れるの?」


「そうだよ。これひとつが、個人の荷物置き場なんだ」


教室の後ろにある荷物置き場。

正方形の穴がポコポコ空いた棚で、そのうちひとつだけしか使えないというが、ノピーの荷物を入れるにはかなり小さい。

怪訝な表情を浮かべたアスドーラを見て、ノピーは「見てて」と言う。


背負っていたカバンを両手で持つと、勢いをつけて放り投げた。


スポンッ!


どんどん放り投げると、ポンポン吸い込まれる。

正方形の穴より大きな荷物だって吸い込まれるから、アスドーラは驚きだ。


「実はね、棚の上に魔法陣があって、収納魔法でたくさん収納してくれるんだ。面白い使い方だよね」


ほうほうと頷くアスドーラは、屈んで覗いてみる。

するとたしかに、天板に魔法陣が張り付いていた。


「それ、お願いしてもいい?」


「うん!任せてよ」


アスドーラは、手に持っていたノピーの荷物を、棚へ近づける。

途端に重みがなくなって、パッと手を離すとスポンッと吸い込まれた。


「……ほお」


手を握ったり開いたりして、吸い込まれる瞬間の感触に感動する。


自分だって収納魔法を使えるということを忘れて、それがまるで生まれて始めて見た魔法かのように、心底感動していた。



席に戻ったふたりは、続々と入室する生徒たちを眺めていた。


するとアスドーラが声を上げる。


「あ!」


その視線の先にいたのは、例の赤髪の少年であった。

眉に鼻に耳に唇にピアスをつけていて、しかも三白眼。なかなかにとっつきにくい見た目の彼が、アスドーラと同じクラスらしい。


しかも教室に入るや否や、出入り口から一番近い席にすかさず腰掛けた。

まさにアスドーラの隣である。


宿では同部屋で、クラスも同じ。しかも席は隣。

さっきは間が悪くて、少しだけムッとしたアスドーラであったが、これだけの条件が揃えば話しかけるのは必然。


「こんに――」


アスドーラが口を開いた途端、赤髪の少年はバッと手をかざした。

まるで言葉を跳ね除ける壁のように。


「宿でも言ったろ、うるさいって。話しかけるな」


「……ヒドイ」


たしかに声を掛けた。

挨拶をしたら睨みつけられて、黙れと言われた。

だから控えめな挨拶でとどめて、積極的な交流は控えていた。

けれどそれは、宿限定の話だ。

学校という場所においては、無効なはず。


アスドーラの中では、そんな理屈があったのだが、当然通用するはずもない。


「黙れ」


キッと睨まれ、アスドーラは撃沈。

味方であるはずのノピーは、赤髪の少年のいかつさに怯えきっていた。


結局その日は、赤髪の少年と仲良くなることはなかった。






――――作者より――――

最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。

作者の励みになりますので、♡いいね、コメント(ふきだしマーク)をいただけると助かります。

お手数だとは思いますが、☆マークもついでにポチッとしていただけると、本当に嬉しいです!

(目次ページ下辺りにあります。アプリ版はレビュータブにあります)

よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る