第6話 ラハール初等学校入学選抜試験

「字が読めないのか?」


「はい。何も分かりませんッ!」


「一応聞くが、人間族以外の言語で読み書きできるものはあるか?」


「ありませんッ!」


「目は見えるな?」


「目はとても良いですッ!」


「……貴様、何をしに来たのだ」


しかめっ面の男は、呆れていた。


試験に無学で挑む者は何人も見てきたし、鉛筆を忘れたり武器を忘れたりする者もごまんと見てきた。


しかしこんな奴は前代未聞だ。


手ぶらで、字が読めなくて、遅刻ギリギリに来て、元気だけは良い。


こんなバカ、見たことがない。


「試験を受けに来ました!入学希望です!」


「……試験とは直接関係しない受付を、私が代筆するとしてだ。筆記試験はどうするつもりなのだ?鉛筆は貸し出さんぞ。見たところ武器もないようだが、実技試験が模擬戦闘だった場合お前は素手で戦うのか?」


「そうです、ね。はい!何とかして受かりたいと思います!よろしくお願いします!」


こんなにも清々しいバカは、見たことがない。

まあ、どうせ落ちるだろう。


だが、何故だ?

気になってしまう。


たぶん、バカすぎるせいだろうな。


「名前をもう一度言え」


「アスドーラです!」


ノース王国で、事前に決めておいた個人情報の設定が役に立った。

しかめっ面男の質問にポンポン答えるアスドーラ。


「ふむ。最後の質問だ。学校を卒業した後、お前は何をする?まあ、これは飛ばしても別に構わんのだが――」


「僕は全種族の友だちを作りたいので、旅に出ようと思います!」


「友だ……まあいい。えー、要するに冒険者でいいか?いや、冒険者でいいな?旅に出るのであれば、冒険者だな?」


「えーと、たぶんはいッ!」


「よしどっか行け!」


「はい!ありがとうございました!」


こうしてアスドーラは、無事受付を終えたのであった。




ラハール初等学校は、世界的にも屈指の敷地面積を誇り、校舎も機能的で現代的な造りになっている。

校門と校舎の間に広がる空間は修練場と呼ばれ、総勢約2,400名の学生たちが一堂に会す余裕があるほどである。

修練場を抜け、校舎同士を繋ぐ渡り廊下の下を潜ると、これまた広い中庭があり、重厚で堅牢な造りの校舎を目の当たりにするだろう。


ざわざわと落ち着きのない人群れは、今後お世話になるであろう校舎の雄々しさに、目を輝かせている。


それは、世界最強のアースドラゴンも同じであった。


「こりゃあ、壮観だねえ」


ノース王国の王城にも負けないほど、首を仰け反らせてしまう背の高さ。

頑丈そうで重たそうな分厚い壁。だけれども城郭のような武骨さはなく、洗練された新しさがある。

ため息を漏らしながら、人間の技術力を再認識していたら、ピョンと黒い影が校舎の上に現れた。


それも複数の影が。


「傾聴ッ!」


雷鳴のような号令に、アスドーラを含む入学希望者たちはビクリと震え、声の主を認めた。

それは受付を担当していた、しかめっ面男だった。

彼は、図抜けて高い時計台の前で、ふわふわと浮きながら入学希望者を見下ろしている。


「現時刻より、ラハール初等学校入学選抜試験を実施する!」


ついに始まった入学試験。

ゴクリと生唾を飲み込む者や、余裕綽々に笑顔を浮かべる者まである。


「試験官の指示には必ず従うように。また如何なる不正行為も我々を欺けないと知れ!」


終始高圧的なしかめっ面男は、気味悪くニヤリと笑い、入学希望者の誰かを指差した。

すると、目にも止まらぬ速さで影が移動したかと思えば、誰かが声を上げた。

その影は、校舎の上にいるローブ姿の者だった。


「えっ!な、なんだよ」


何やら揉めているらしい。

ちょうど、あの男が指差した場所で。


「魔道具の使用はれっきとした不正行為である。貴様は失格だ。ただちに退場せよ」


時計台の前から失格を突きつけたしかめっ面の男は、黒いローブの試験官が失格者を連行する様を眺めて、ふっと笑みを浮かべる。


「それでは第一次試験を始めるッ!」


すると、唐突に試験開始を宣言した。

入学希望者たちは、まさかといった様子でざわざわと困惑の様相を呈した。

だが、入学希望者の心の準備など、彼には関係のないことである。


障壁テネディーレ


続いて魔法が展開された。

それは、中庭を覆うほどの巨大な魔法障壁である。

いきなり試験開始を言い渡され、さらには魔法まで発動されては、入学希望者たちの混乱も加速してしまう。


「魔法障壁だと?何がしたいんだよ」

「ど、どこに障壁を?」

「いきなり魔法かよ。どうやって防げばいいんだ!」


一部の受験者たちは、キョロキョロと辺りを見回し、どうしたらいいのか、何がしたいのかと困惑していた。


じわりじわりと、上空の障壁が受験者たちの頭上に迫っていることなど知らずに。


一方では、全く異なる反応をした受験者もいた。


障壁テネディーレ

守護せよルクディウム

「逃げーべ。こら無理だァ」


上空に展開された障壁を認識し、即座に魔法で自身を守ったり、迫りくる障壁の範囲外となる場所まで走り身を隠したりと、明らかに魔法に慣れた様子であった。


時計台の前で佇む男は、眼下の様子を暫く観察したいた。

自身の発動した魔法が、受験者たちに近づく光景を。

受験者に魔法が触れるまで残り数十秒。

すると、男はニヤリと笑い口を開く。


「魔法障壁に触れれば、一時的な魔力酔いを起こすだろう。対処することを強く勧める」


それを聞いて慌てたのは、魔法障壁がどこにあるのかも分からない受験者たちだ。

「どこに……って上か!」


周囲の受験者たちが空を見上げる姿を見て、ハッと気づいたらしい。

だが……。

「対処ってどうすりゃいいんだよ……」


対処法を知らなかった。

例え魔法を認識できても、対処法を知らなければ意味がない。


例え対処法を知っていても、誤りがあれば意味がない。


「……うぷっ。これは魔力酔い?守護の魔法を掛けたのに……うおぇぇぇ」


障壁が受験者の首元まで降りた頃、バタバタと倒れる者や嘔吐する者が続出した。

それでも容赦なく障壁は降りていき、確実に受験者たちを選別していく。

じわりじわりと魔力酔いの影響が現れ、障壁が地面につく頃には、受験者の四分の一程度が倒れ伏していた。


「魔力酔いをした者はただちに退場せよ!」


そう言われて、納得できない者もいただろう。

けれど魔力酔いは、かなりキツイと言われている。馬車酔いや二日酔いと症状こそ似ているが、残念ながら治癒魔法は効かないし、薬剤も効かない。そして自身の魔法も安定しなくなる。

考えられる対処法は、休むこと。

障壁の影響が消えるまで、横になって眠るしか対処法がないのだ。


「クソッ、また来年かよ」

「……悔しい」


渋々といった様子で、中庭をあとにする受験者たち。

自力で動けない者もいるようで、校舎の上に佇む影が次々と降り立ち、中庭から引きずり出している。


一つ間違えれば私も、ああやって退場していくんだ。半ば同情のような目で、彼らの背を追いかける中に世界最強はいた。


「……運が良かったようだな。あのバカは」


時計台から、アスドーラを視認した男は、意外そうに小さく呟く。


とうのアスドーラはといえば、結構焦っていた。


さっきの魔法障壁が何かすら分からず、とりあえず甘んじて受けてみたは良いものの、周りでは倒れる者がいたり倒れない者がいたりで、どっちの反応が正解なのかも分かっていなかった。

痛くも痒くもないので、演技で倒れるのも何か違うと思い突っ立っていたら、どうやら切り抜けたらしいことを知り、今に至るわけである。


さっきのは何だったんだろうなあ。

魔法の盾で押し潰す気かと思ったけど、別に何も感じなかったし。

魔力酔いってなんだろ。毒の魔法かなあ?なかなか厳しいねえ、入学試験。

うかうかしてられないや。気合を入れなおさないとね。

と、ボケーっと考えていた。


「難しい試験ですねえ」


「……あっ、うん。そうだね」


気合を入れなおした直後、隣で一緒に頑張っていたエルフ君に声を掛けた。

「境遇を同じくする者は、友だちになりやすいです。積極的に声を掛けましょう」

第一回友だち作り会議の提案は、しっかりと活きていた。


「僕はアスドーラです。お名前は?」


「えとー、えっーと、ノピーだよ」


「次の試験も頑張りましょう!ノピーさん」


「……う、うん。頑張ろー」


どぎまぎするノピーの反応を見て、アスドーラは慎重にいこうと画策する。

ノース王国女王のエリーゼによれば「押しが強すぎても嫌われます。相手の反応を見て、押し引きは丁寧に判断してください」らしいから。


「残った者は次の試験場へ移動する!こちらへ進め!」


魔力酔いした者が大方捌けたところで、次の指示がくだった。


指さしたのは、受験者たちの正面にある校舎の入り口だった。

計4枚の扉が開放されており、数多い受験者を受け入れるには、やや小さな規模である。


喜びに浸る時間は僅かであった。

彼らは言われるがまま進む。

すると前列にいた者が違和感を覚えた。


「壁……?」


小さな違和感であった。

何かの手違いだろうか?それとももう少ししたら進めるのだろうか。

どちらにしても暫くすれば進めるだろう。

そのぐらいの、違和感。


しかし後方の受験者は前の状況がよく見えず、どんどん前へ進む。

最後尾にいるアスドーラからは、前方からの不穏な声も聞こえなければ、人垣のせいで扉すら見えていない。


次第に扉前でどん詰まりになる人の群れ。

小さな違和感は、いつの間にか大きな危機感に変わり始めていた。


「壁だ!魔法で壁ができて……うぐっ」

「待って押さないで!」

「早く行けよ!」


前へ後ろへ、体を捩りながら隙間を作ろうと藻掻く前方の受験者たち。


しかし無情にも、試験官の指示に従い前へ前へと進む後方の受験者。


その光景を試験官たちは校舎の上で、じっと見つめていた。


「残り5分!」


時計台から響く、カウントダウン。

受験者たちは、ようやく気づいた。


試験の内容は告げられず、しかもまだ、試験官の誰一人として試験の終わりを告げてはいない。


「……し、し試験は、まだ続いてるんだ」


時計台を見つめるノピーがボソリと呟き、アスドーラも試験官の背後にある針を見つめた。


カチリ。


「1分経過。残り4分だ」






――――作者より――――

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