第43話
ヘルマンを探すついで、イルヴィシュの街並みを観察する。日中ゆえ表に出て仕事をしているエルフたちの姿が目に入るが――どうにも年齢層が高い。人間なら60代以上に見える人たちがほとんどだ。木工をしている老エルフ。鍛冶をしている老エルフ。レンガを干している老エルフ……彼らを補助している者たちもいるが、それは「子ども」だ。10歳前後に見える幼エルフたちが
老年に差し掛かった親方がいて、丁稚がいる。これは人間社会でも同じ構図だが、イルヴィシュには中堅層をなす20代から50代――彼らの実年齢にして100歳から300歳だろうか――の職人の姿が極端に少ない。
「バルトルード。イルヴィシュの人口は?」
「伝え聞く限りでは、1000人程度とのこと」
オイゲンの話と合わせて考えれば、人口1000人に対して12歳から100歳の人口が80人ということになるか。
「人口バランスが狂っている……」
「私もまさかここまでとは思っておりませんでした」
納税記録など見られたなら、人頭税から人口を把握出来たのだろうが、生憎と私は12歳で王宮を追い出されて荘園に放り込まれたので、それらの記録を見ている暇がなかったのだ。
これは本当に弓兵募集は絶望的だな。感情的にもエルフ側が許さないだろうし、人口的にも兵役適齢層を引き抜いて良い状況ではない。
そんなことを考えながら歩き回っていると、やがてぶらぶらと歩いているヘルマンを見つけた。
「ああヘルマン、ここに居たか。散歩か?」
「ああ。娼館探しがてら歩いてたんだが、全然無いなここ」
私が右拳を握り込むと、ヘルマンはおどけてみせた。
「冗談だよ!」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ! ……それはともかくだ、休暇中にすまないが1件仕事を頼みたい」
――事と次第を話すと、ヘルマンは露骨に嫌そうな顔をした。
「酒場は見つけたからよ、これから1杯ひっかけに行こうと思ってたのに……」
「そう言うな、代わりに元老院主宰の酒宴には連れて行くから」
「固っ苦しい席は嫌だよ」
「……。考えてみたまえ、これは規模は小さいが
脳内が色欲で染まりきったヘルマンを甘言で吊ってみる。種族感情的にエルフたちが人間に恋することはあるまいが、という付言は伏せておきながら。
だがヘルマンの顔は渋いままだ。
「どうした、お前らしくないな」
「正直エルフは好みじゃない」
「身長は高いじゃないか」
「胸だよ胸! 奴ら縦に引き伸ばしたみてぇにほっそりしててよ、胸が全然無いんだよ!」
「……」
まあ確かにエルフ女が胸囲に乏しいのは否定しない。というか女性に限らずだが、エルフは肉付きが悪いのだ。ヘルマンの好みからは外れているか。
「よろしい。そういうことなら、こんなのはどうだろう。騎馬突撃を成功させ、模擬戦でも勝ったなら、次に
「マ?」
ヘルマンの目が輝く。
「マジだ」
「いくらまで使っていいの?」
「
これは一般的な娼館で要求されるサービス料のおよそ10倍に匹敵する。
「高級娼婦を呼ぶもよし、中級を複数侍らせるもよし、安娼館なら3日3晩貸し切れるかもしれないな」
「乗った」
「ヨシ!」
ヘルマンの脳内が色欲で染まっていて良かった。彼は準備のため、いそいそと宿に帰っていった。
バルトルードが困惑したような視線を向けてくる。
「……大変失礼ですが、王族の傍に置く従士としてあれはよろしいので……?」
「傍系王族に充てがわれる人材なぞあんなものだよ。まあ品性はともかく、実力は本物だし、良い友人ではある」
「そうであれば良いのですが」
「……何が言いたい?」
「いつか問題が起きなければよいな、と」
「安心しろ、奴が起こした色恋沙汰の問題解決には慣れている」
もう起きていたかー、とバルトルードは天を仰いだ。イルヴィシュの空は木々に覆われて薄暗いが。
◆
ヘルマンの後を追い、彼の準備を手伝っていると、オイゲンがやってきた。
「開催日時が決まりました。性急で申し訳ありませんが、2時間後でお願いしたく」
「それはまた随分と急だな。日を改めると思っていたが」
「……エディが譲らず」
「ああ……」
あのじゃじゃ馬ロリババア、よほどせっかちというか直情的な人物のようだな。オイゲンの苦労が忍ばれるが、そのロリババアに煽られ喧嘩を買ってしまった私も後ろめたさを感じざるを得ない。
「……1つ提案があるのだが。あのロ……じゃじゃ馬がほくそ笑むのは腹立たしいが、ここは大人としての振る舞いを見せつけてやらないか?」
「ふむ?」
「ほら、私もオイゲン殿も、種族間の
「それは勿論」
「であるならばこの勝負、『1勝1敗』にするのが丸いと思わないか?」
オイゲンはしばし黙考したあと、にやりと笑った。
「なるほど名案です。それならお互いの種族の面子が立つ。では騎馬突撃と剣術、どちらをお取りになりますか?」
「騎馬突撃を、と言いたいところだが……正直、そちらの弓術を見てみたい気持ちが強い。確認だが、突撃してくる騎士の鎧の隙間を撃ち抜けるのだよな?」
「勿論でございます」
「であるならば、それは是非見てみたい」
「承知致しました。では騎馬突撃の勝負はこちらが頂きますので、剣術勝負はそちらに譲りましょう」
オイゲンは自信たっぷりにそう言った。本当に「やれる」と確信しているのだ。
「一応言っておくが、ヘルマンは剣で矢を弾けるぞ?」
「おや、アレクシアレス王や東部諸侯と同じ
「……ここでその名が出てくるということは」
オイゲンは肩をすくめるだけだったが、彼は『大反乱』の前線にいたと見てよいのではないか? あるいはエルフ側の戦士が『大反乱』の生き残りか、だ。だが気まずい雰囲気になるのを避けるためか、オイゲンが言葉を続ける様子はない。
ならば私も掘り返す必要もない。起きてしまった喧嘩を丸くおさめるのが目的だからだ。
「……よろしい、楽しみにしておくよ。まあそれはともかく、万が一ということもあり得る。騎馬突撃の勝負の行方を見て、剣術勝負の勝敗を調整する、ということにしよう。念の為にね」
「仰せのままに」
優雅に一礼して去ってゆくオイゲンを見送った後、私はヘルマンに向き直った。
「楽しみだなヘルマン! 奴ら、本当に馬上の騎士を射抜けると思っているようだぞ!」
「そうだな、おっぱいがいっぱいだ」
「……」
ヘルマンの頭の中はもう、次の逗留先での娼館でいっぱいのようだった。
「今の話は聞いていたよな?」
「いっぱい聞いてた」
「………………」
私はヘルマンが鎧を着込むのを手伝ってやりながら、交わされた八百長の約束についてこんこんと説明を始めた。大丈夫かなこいつ。
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