第42話

 しばらくすると、訓練が休憩に入った。若エルフたちは汗を拭い、老エルフたちは腰が痛いだの膝が痛いだの言いながら切り株に腰掛ける――そこに、オイゲンが声をかけた。


「皆、紹介したいお方がいます。こちらに集まって」


 エルフたちがなんだなんだと集まってくる。


「こちら、我らが王国を統べる者、アレクシアレス王が長子、ディオス王子です」


 アレクシアレス王。ディオス王子。その言葉を聞いた途端、エルフたちの視線が鋭いものになった。若エルフたちはあからさまに憮然とした表情をしている。老エルフたちは流石に年の功と言うべきか、顔の皺をわずかに深めるだけだったが、秘めたる思いは言わずもがな伝わる。


 ……若いエルフなら敵愾心も少なかろうと楽観視していたのは、完全に間違いだったな。人口バランスが狂うほど同族が殺されれば、敵愾心はどの世代にとっても消しきれぬものになろう。弓兵募集は絶望的と考えてよい。


「――隊を休めるべく――王子はエルフの弓術に――視察して頂きました」


 だが奇妙な点がある。私への視線だけでなく、弁舌を垂れているオイゲンに対する視線だ。若エルフたちがオイゲンに向ける視線は、到底友好的と言えるものではないのだ。そういえば道中で隠れていた若エルフたちも、オイゲンに奇妙な視線を向けていたが……どういうことだろう?


「……王子?」


「ん、んん? ああすまない、あまりに凄まじい技量を思い出して、呆然としていた!」


 考え込んでいる間に、オイゲンは何か喋っていたようだが、すっかり聞き逃してしまった。急いで取り繕うと、オイゲンが破顔した。


「ははは、感想など賜れば新兵たちの励みになろうかと思ったのですが、今ので十分ですね。王族を驚嘆させたとあれば、誉れも高いというもの」


「ああ、本当に言葉を失うばかりだったよ。人間の弓兵では、いかな熟練者でもこの域に達することはあるまい」


 フォローを入れてくれたオイゲンに目礼しつつ若エルフたちに笑顔を向ければ、彼らも実に儀礼的な笑みを浮かべて一礼した――1人の少女を除いて。


 せいぜい12歳、贔屓目に見て14歳前後に見えるそのエルフの少女は、勝ち気な笑みを浮かべて一歩歩み出た。


「我らの技が高貴な眼を楽しませたとあれば誇りも満たされるというもの。……ですけど王子、貴方様が我らの技に興味を抱かれたように、我らも人間の技に興味を持っているのよ」


「……ふむ?」


 オイゲンが「エディ」とたしなめるが、少女はオイゲンを一瞬睨みつけ、私に向き直った。


「我らはこれほどの技を持っていながら、人間に負け続けたのです。そちらの技に興味を持つのも道理でなくて? もちろん、ですけど」


「エディ」


 嗜めるオイゲンの声色には怒気が籠もっていたが、やはりエディと呼ばれた少女はぐっと睨み返すだけだ。


 ――ああこれ、もしかして喧嘩売られているのかな? そう思った。


 人間がエルフに勝てたのは、人口の差、伝統無視の戦法などいくつか理由があるが……ようは「そういう手段を取らないと勝てない」=「ほかの技術はからっきし」だと言っているのだろうか? 「あるのなら」とはそういう意味か? それとも考えすぎか? かるーく、確認してみよう。


「お嬢さん、一応確認したいことがあるのだが」


「エーディトよ。エディとお呼びになって。あと多分あなたより40は年上ね」


 成人しても幼く見えるタイプの人間もいるが、エルフだとこういうことになるのだなぁ、と妙な感慨を抱きながら、小さく頷く。


「それは失礼した。さて、我々の技に興味があるとのことだが……それは個人武技が見たい、という意味でよろしいかな?」


「ええ、見るに値するものがあるのなら、ですけど」


 うん。喧嘩売ってるな。


 なるほど種族としての怨嗟があるのは理解しよう。もしかしたら彼女も、親をアレクシアレスに殺されたのやもしれぬ。その責をアレクシアレスの息子である私にぶつけたくなる気持ちも、理解はしよう。


 ――理解はするが、こちらが腹を立てていけない道理はない。私はアレクシアレスではない。むしろ彼に迫害された者ですらある。なるほどエディが見た目通りに12か14歳の女童であるなら、許せもした。だが40も年上なら、こちらの心情も汲んで然るべきではないのか? 大人の態度として、それは如何なものかと思わざるを得ない。


 私は笑顔を貼り付ける。


「……大変結構! 集団でと言われたら攻城戦をご覧に入れることになったからな!」


 その言葉で場の空気が凍りついた。ぼかした表現ではあるが、攻城技術とはすなわち、イルヴィシュのような集落を落とす技術も含まれる――人間がエルフに対して言ったなら、それは「焼き討ち」の意味になる。


 森林で縦横無尽に機動するエルフ兵は厄介である。なら森林ごと焼いてしまおう、というのが我らが祖先の回答の1つだ。


 冶金が大好きなドワーフどもは、エルフの森に木材という燃料を求めて抗争を仕掛けたので、決して焼き討ちはしなかったらしい。だが人間は違う。確かに人間とて燃料としての木材は欲しい。だがそこが敵の根城になっているのなら、資源ごと容赦なく焼く。敵の生活基盤ごと根こそぎ焼く。焼け跡は良い畑になるのだから、占領後のことを考えればなおのこと都合が良い。そういう論法だ。


 野蛮も野蛮、蛮行の極みではあるが、技量で劣る短命種が長命種に勝つには、それくらいのことをしなければならなかったのだ。流石に魔族という共通の敵が出来た『大洪水』の時代からこの方、人間に焼かれたエルフの森は存在しないようだが――彼女らの反応を見るに、我々の蛮行は語り継がれているようだな。うん、やっぱり募兵は無理だわ。



 納得と落胆は、ロリババアに煽られたことによってすんなりと1つの結論を導き出す。「なら喧嘩を買っても問題なかろう」と。


 ――エディは口元を引きつらせていた。


「……そこまで大掛かりなものは求めていないわ」


「そうなのか? 目を楽しませるなら最適だと思ったのだが。まあよろしい、では騎馬突撃か剣術あたりをお見せするのが良いかな」


「それがご自慢なら、是非見せて頂戴」


「大変結構」


 私とエディはにっこり笑いあった。


 ――私は「こんのロリババア、喧嘩売ったからにはプライドへし折ってやる」と決心した。


「しかし単に騎馬突撃を見せても面白くなかろう、そうだな……そちらの兵に私を撃ってもらうというのはどうだろう。馬でも騎手でも、鎧のない部分に矢が当たったら突撃は失敗ということで」


「……それは随分とそちらが不利でなくて?」


「そうは思わないが?」


「……ならそれで構いませんけど。剣術は?」


「単純に模擬戦でよかろうよ」


「了解」


 話はまとまった。だが慌てた様子でオイゲンが割り込んできた。


「しょ、少々お待ち下さい王子。一応確認ですが、騎馬突撃にせよ模擬戦にせよ、実演なさるのは貴隊のどなたで……?」


「もちろん私だが?」


 オイゲンが凍りついた。当然だろうに何を凍りついているのだ、喧嘩を売られたのは私なのだから、買うのは私に決まっているだろうに。


 だがオイゲンは我に返ったように頭を振った。


「な、なりません。万が一御身に何かあった場合は」


「確かに私は王族ではあるが、同時に流刑に処された身でもあるし、アレクシアレスは怒らないと思うよ」


「そっ、そういう問題ではなく……! ッ、こういった催しを行うには、元老院にはかる必要がございます。どうか裁可をお待ち頂ければと……!」


「エェ……でも元老院の会議、かなり日数がかかるのだろう? それとも最優先で議論してくれるのか?」


「善処! 善処して頂きます!」


 ここでエディが「そもそもそんなルールないでしょ」と言い出した。


「だそうだが?」


「…………」


 オイゲンが物凄い形相でエディを睨みつけるが、エディは腕を組んで勝ち誇ったような顔をするだけだ。


 ここで、バルトルードがやってきた。


「殿下、探しましたよ。通訳を置いていくとは、本当に武術マニアというか……あのぅ、これは一体?」


 この場の剣呑な雰囲気に気づいたバルトルードがそう尋ねてくるので、事情を説明してやる。


「――外交問題!!」


 彼はそう叫び、私の肩を激しく揺さぶった。


「大問題ですよ!! 即刻やめましょう、ね!?」


「だが売られた喧嘩は買わねばなるまいよ。末席とはいえ王族がナメられたのだぞ」


「いやいやいや、実際に聞いていないからわかりかねますが、エルフ的な表現で、婉曲的にでしょう!? もう少し段階を踏んでですねぇ……!」


 食い下がるバルトルードの肩を、オイゲンが優しく掴んでどけた。


「……エディの無礼をお許しください、王子。実のところ、彼女は執政官の孫娘でして……そのぅ……」


「大変なじゃじゃ馬に見えるな」


「はい、お恥ずかしい限りで。しかしこれは……明確にこちらの瑕疵かしではありますが、外交問題に発展しかねません。それは貴方様も望むところではないでしょう?」


 バルトルードもうんうんと頷いた。


 ……。冷静に考えてみれば、確かに勝手にイルヴィシュとの関係を悪化させるのはマズい気がしてきた。アレクシアレスにどう言いがかりをつけられるかわからない。


「かといって公衆の面前でああ言われては、タダでは引けまいよ」


「思い出して頂きたい、エディは決して貴方様を侮辱するようなことは申しておりません。貴方様ではなく、人間の技を侮っただけ……そう……あくまで人間という種族を侮辱したに過ぎないのです」


 それはそれで大問題なのだが。こちらは人間の王国を統べる血筋なのだから。


「そこで、ここは王族対エルフではなく、あくまで人間対エルフという構図にしませんか?」


「ふむ? つまり?」


「少なくとも模擬戦に関しては、双方から戦士を1名ずつ出して行うというのは如何でしょう。もちろんその戦士をディオス様とするのはナシで。さらに言えば騎馬突撃もディオス様が実演なさるのはナシです」


「…………」


 感情面を除けば、落とし所として正しい気はする。結局のところ、私が出張らなければさほど大きな問題にならないのだ、この件は。大変にむかっ腹が立つが。


「よろしい」


 オイゲンとバルトルードがホッと胸を撫で下ろした。


 うーむ、ついロリババアに煽られてカッとしてしまったが、オイゲンを困らせたのはなんだか悪い気がしてきたな。彼とて思うところはあるだろうに、ここまでかなり友好的に接していてくれたのだ。今もそうだ、必死に仲を取り持ってくれている。


「……これは先に言っておくべきだと思うので言うが、正直なところオイゲン殿、貴方にはその……申し訳なく思っている。今更なことではあるが、苦労をかけてすまない」


「……。こちらのじゃじゃ馬にも、それくらいの思いやりがあれば良かったのですが」


 彼はそう言い残し、エディの説得に取り掛かった。


 その光景を見ながら、私は考えていた。


 我が隊で騎馬突撃が出来て、なおかつ剣術にも優れる人材というのは少ない。士官連中を見てみれば、グラシアは徒士での戦闘能力こそ高いが、剣術を以て戦うというよりは力任せに戦うタイプだし、何より馬には乗れるが騎兵としては戦えない。マリーは色々な意味で論外。下士官連中も歩兵としてしか戦えないし、その戦闘能力はグラシア未満である。


 となると、条件を満たす戦士候補は1人しかいない。


「じゃ、こちらの戦士に声をかけてくる。詳細は追って知らせてくれたまえ」


 私はそう言い残して、住居が立ち並ぶ区画に戻った。――ヘルマンを探しに。

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