第41話
――変態だ。
オイゲンに案内された訓練所で、「新兵」たちの訓練風景を見た私はそう思った。
エルフは12歳頃から師匠について訓練を始め、100歳頃に師匠に合格を貰って初めて「一人前」と見做される文化らしいが……これは合格ラインをどこに設定しているんだろう。
「もう四半
「はい!」
300歳越えだろうか、人間目線では70代後半くらいに見える老エルフがそう叱りつけると、若いエルフが次の矢を
「変態だ……」
思わずそう呟くと、オイゲンが苦笑した。
「人間だとどの程度の精度で満足されるのです?」
「この距離なら、単なる立射で10cmくらいのズレは許容される。ジャンプ射法は……考えたこともない。やはりあれか、樹上を跳び回りながら撃つための訓練なのか?」
「それもありますが、平地で走って逃げながら撃つ訓練も兼ねています。走っているとどうしても運足で体軸がブレるでしょう? だから跳ぶのです」
「あー、跳んでいる間は必然、脚が止まって安定するものな。なるほどHAHAHA」
――理屈はわかる。わかるが、我々人間の尺度だと「それ習得するのに何年かかるの……?」と遠い目になってしまう。まあ10年もかければ立射と同じ精度――つまり10cmのズレを許容する――は出せるようになるかもしれない。だが3mmのズレで怒られるようなレベルに達するには、一体何十年かかるのか想像もつかない。
「しかし実際問題として、3mm……失礼、四半
「王国度量衡で大丈夫ですよ」
「ありがとう、次からはそちらを使わせてもらう……話を戻すと、正直そこまでの精度を要求する意味がわからない」
「もちろん実戦想定ですよ。鎧の隙間を撃ち抜くにはその精度でなければ
「……突撃してくる敵は、当然走っているから身体は常に動き続けているよな?」
確かに兜のスリットは数ミリの幅があるし、腕の内側や脇、内腿などは甲冑に覆われていないか鎖帷子程度で済ませていることが多い。確かに理論的には矢が刺さりうるし、狙うことも可能だろう。相手が動いていなければ、だが。
しかしオイゲンは小首をかしげる。
「ええ、ですから『次の段階』では動く的を撃つ練習をします。今はまだ、静止している的で充分な精度を出す段階ですね」
「……そっかぁ……」
――的が動くなら、動く的を狙う練習をすれば良いじゃないか。そう言っているのだ。
練習、練習、練習。どうにもエルフたちは、不可能を可能にする方法として「練習」という至極単純な解決法をとっているらしい。実際88年も訓練、練習すれば不可能も可能になろう――その間に人間は死ぬが! これは長命種ならではだな……。
ともあれ「鎧の隙間を徹せ」と言われたなら、人間なら「とりあえず下手な弓兵でも数を揃えて、弾幕を張る」という解決法をとるところである。相手が動くなら、どう動いても絶対に1本は当たるよう矢の雨を降らせれば良い、というわけである。
……数を、揃える? 自分の思考と、眼の前の風景が不一致を起こしたような感覚がわきおこった。
「……」
練習風景を見てみれば、1人の若エルフに対して1人の老エルフがつきっきりで教えている。若エルフも老エルフも男女が入り混じっている。それが40組ほど。
……これは、おかしくないか?
「ときにオイゲン殿、新兵はここに居るのが全員か?」
「いいえ。道中で会った者たちのように、新兵でも70歳以上の年長組は交代で哨戒任務や食料調達任務につきますので、ここに居るのは全体の半分ほどですね」
ということは新兵の総数は80人ほどか。
「若者は男女の別や親の貴賤に関わらず、全員兵役につくのか?」
「はい」
「……。もう1つだけ聞かせてくれ、弓の師匠というのは新兵1人に対して必ず1人つくのか? 1人の師匠が幾人もの新兵を鍛えるのではなく?」
「……少なくとも私の世代は、1人の師匠が2~3人の新兵を教えていましたね」
「そうか。すまないな、物知らずで」
「とんでもありません」
それきり、暫くの間どちらも言葉を紡げなかった。
――オイゲンの世代、すなわち200歳越えの世代は、1人の師匠すなわち老エルフが、複数の若エルフを教えていた。だが今は1対1である。これが意味するところはつまり、直近200年の間に若いエルフが激減したということだ。
人間社会では、老人1人に対して5~6人の若者がいる、開拓途上の農村などでは若者が10人を超えることもある――というのが「普通」だ。ここイルヴィシュのように、若者と老人が1対1で存在するというのは、異常なのだ。
――イルヴィシュは、少なくとも私が知っている限りでは、直近200年で大きな戦争に参加したのは1度きりだ――すなわち『大反乱』。神官と姦通したアレクシアレスに対して、諸侯・諸都市・諸集落が連鎖的に反旗を
アレクシアレスが軍神と見紛うばかりの連戦連勝で平定したが、当然ながら対する
おそらくはイルヴィシュもとてつもない数の戦死者を出した――それも軍役に適した世代、すなわちこれから子を産み育てる世代が大打撃を受けたのではないか?
年齢的に、オイゲンも『大反乱』において戦場に居たのかもしれない。人間に対して、特に王族に対して思うところが何かあってもおかしくない。だが新兵たちを眩しそうに見つめる彼の横顔からは、いまいち感情が読み取れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます