第40話

 天然の要害だなこれは、と思った。


 案内されながら歩くこと30分ほど、私はずっとその道程を観察していた。必要以上にくねくねと曲がる道は、その側面を木々に遮られていて見通しが悪い。ショートカットしようとして木々の間をまっすぐ抜けていこうとすれば……


「ちなみに、側面には罠や落とし穴も完備していると考えても良いのだろうか?」


 そう問うてみれば、オイゲンは肩をすくめて「森は狩場でもありますれば、猟師がそれらを仕掛けるのは人間と同じですよ」と答えるだけだった。程度の問題についてはノータッチ。まあ王国と主従関係にあるとはいえ、そこまで教えてくれる道理はないか。バルトルードに視線をやれば、


「今のは私に聞くまでもないのでは?」と。


「ま、それもそうだな」


 主人に対して嘘はつけない。されど真実は教えたくない。であれば沈黙やはぐらかしというのは、エルフならぬ人間社会でも有効な選択肢だ。


 道の側面に罠や落とし穴は存在していると考えて良いだろう。おそらくはえげつない量で。でなければ、高所の利があるにせよエルフ兵がわざわざ樹上を移動する意味がわからない。登ることや降りること、そして「飛び移る」ことは移動方法としては非効率なのだから。


 ともあれ、藪を払いながら罠をくぐり抜けていくのは大変な労力だし、それも樹上を移動するエルフに撃たれながらとあれば、相応の損害は覚悟しなければなるまい。


 かといって道なりに行けば――この曲がりくねった道、多少のアップダウンとは別に、全体として見れば上り坂になっている。歩兵はじわじわと体力を削られることだろう。攻め手として見れば、実に嫌な立地である。


 ――そんなことを考えていると、急に視界が開けてきた。


「おお……」


 思わず感嘆の息が漏れる。鬱蒼と林立していた木々はなりを潜め、かなり間隔をあけて間伐され、大きく育った木々が並ぶ。その根本に、石やレンガで造られた家々が立ち並んでいる。


 それに加え、ツリーハウスとでも呼べば良いのだろうか、枝の上に立てられた小屋なんてものもあるし、うろに窓がはめ込まれている木もある! そしてそれらは縄梯子はしごや吊橋であちこちに接続され、道を形成している。規模は小さいが、立体的な都市のように見える。これがエルフの集落か!


 オイゲンが振り向き、典雅な仕草で腰を折った。


「ようこそ、我らが故郷『イルヴィシュ』へ」


「見事な建築だ」


「お褒めにあずかり光栄です。……さて、差し支えなければこちらの方で皆様の宿を手配したく思いますが、如何なさいますか?」


「助かる、頼もう」


「承知致しました。それと、儀礼に則ればディオス様や幹部の方々は晩餐ばんさんにご招待するのが筋かと思うのですが……」


 そこまで言って、オイゲンは視線を1本の木に移した――集落の北端にある、大きな木だ。…… 一瞬目を疑ったが、ゆうに樹高100mはあるんじゃないか、あの木?


「今は元老院の開催期間でして、お偉方は全員それに駆り出されております。これが問題なのですが、元老院の開催期間中、執政官と元老はあの木……議院から出ることを禁じられているのです。ですので……」


 オイゲンは口ごもる。だが何を言わんとするかはわかる。400年生きる種族の会議が、人間と同じ速度で進むとは到底思えない。


「ああ、急に訪問した我々が悪いのだ、我々のことは気にしないで良い。もとより内政を邪魔するつもりは毛ほどもない」


「恐縮です」


 とはいえ、可能ならばここで弓兵を徴募したいので、筋として執政官には一言言質を取っておきたいところではある。ほんのちょっとだけ、アプローチをかけてみるか。


 圧力と取られないよう、慎重に言葉を選ぶ。


「『酒宴の席に預かれるなら光栄ではあるが、寿命が尽きると思ったら招待の有無に関わらず暇乞いすることを、どうか許して欲しい』……とだけ伝えておいてくれ」


 オイゲンは一瞬きょとんとしていたが、やがて噴き出したように笑い始めた。初めて見る、彼の屈託ない笑顔だった。


「なるほど、なるほど! 確かにお伝えしましょう!」


 そう言ってオイゲンは大木……元老院議場へと向かっていった。しばらく待つと、オイゲンが数人の若いエルフたちがやって来て、兵たちを宿へと案内してくれた。といっても常設の宿屋は無いそうなので、各家に分散して泊めてくれるそうだ。


 兵たちに乱暴狼藉の禁止と、飲食には適切に金銭を支払うことを厳命し、私も案内された家へと向かった。


 それは木の根本に造られた、レンガ造りの家だった。エルフの高身長にあわせて――という以上に、天上も高く間取りも広い家だ。


「ここは名士の家なのだろうか?」とオイゲンに尋ねてみれば、「執政官殿のご自宅です」と返ってくる。これだけでも、最低限の歓待が既になされていることがわかった。


 人間への嫌悪感が如何程のものかは知らないが、少なくとも礼を通すつもりはあるらしい。内心でほっと胸を撫で下ろす。


 荷解きが終わった頃、オイゲンが声をかけてきた。


「執政官殿より言伝を賜っております」


「聞こう」


「申し上げます。『貴公の寿命が今夜まで続き、その後も末永く四季を巡ることを、切に願う』とのことです」


「はは……つまり、今夜には酒宴にご招待頂けると取って良いのかな?」


「ええ。と言っても場所は元老院議院になりますが。どうにも会議は3日どころか1週間かけても終わらない見込みだそうで、それならいっそ会期中に院にお招きしてしまおう、ということのようです」


「それは……迷惑をかけてしまったかな?」


「いえ、むしろ元老の方々は嬉々としているようですよ」


「ふむ?」


「『元老院の会期中は議院から出ることを禁ず』という掟はそもそも、エルフの会議が往々にして長くなりすぎることから定められたものなのです。我々とて家が恋しいですからね、早く我が家に帰るために早く議論を終わらせよう、ということです」


「なんとも長命種らしいことだな……」


「まあ、それでも既に2週間続いているのですけどね。元老の方々も会議に辟易し始めた頃合いだ、ということでしょう」


「酒宴はその息抜きになる、ということか」


「恐れながら、はい」


「大変結構、むしろ元老の方々には同情申し上げるよ」


「ふふ……さて、エルフの弓術見学がご所望でしたね? 集落の外れで新兵たちの訓練が行われております、ご覧になりますか?」


「勿論!」


 かくして、私はついにエルフ弓術をお目にかかる機会を得たのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る