第37話

 翌朝。私はマリーと共に厩舎きゅうしゃに居た。


「さぁどれでも好きなのを選びたまえ、どれも良い馬だぞ」


 厩舎には6頭の馬がいる。2頭は馬車馬としてマルコ伍長に預けるが、残り4頭は私が管理するものだ。私とヘルマンの乗騎とその替え馬である。


 マリーはじとっとした目つきで私を見てきた。


「……モノで釣ろうとしてる?」


「そんなわけないだろう!」


 図星を突かれたが、努めて平静を装う。


「従軍神官殿には馬を与えると約束しただろう? 今がその時だ。私は約束を守る男だからな!」


「デリカシーも守れる男だったら良かったんだけど」


「それについては本当に悪かったって」


「……」


「……実を言うとあれは出来の悪い冗談で、本当は柔らかかったよ」


「偽証!!!!」


 マリーのショートフックが私の腹にめりこんだ。


「おごっ……じゃあどうしろと!?」


「そもそも人の胸の話をしない!」


「自分で持ち出したんだろうが!?」


「デリカシーの話しかしていない!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いながら、マリーは馬を見定めていく……やがて、1頭の白い馬の前で立ち止まった。


「あら、綺麗な毛並みね」


 マリーがおずおずと手を差し伸ばすと、白馬はその手の匂いを嗅ぎ、頭を擦り付けた。


「ふむ、そいつは割と臆病で人見知りするんだが……どうやら気に入られたみたいだな。持久力のある良い馬だぞ」


「じゃあこの子にしようかしら。銘は?」


「シュヴァイスブルート」


「よろしくね、シュヴァイスブルート」


 そう言って馬を撫でるマリーの表情からは、険が消えていた。いいぞいいぞ。


「では次はくらに敷く織物を選ぼう。うちには男物しかないからな。丁度広場でローザの隊商が露天をやっている、見に行こう。もちろん私が買うとも」


「……やっぱりモノで釣ろうとしてない??」


「そんなわけないだろう! 純粋に従軍神官殿への福利厚生だって! さぁさぁ行こう!」


 マリーの手を引き、広場へと下りてゆく。焦りが先行してつい手を掴んでしまったが、意外にも彼女は振りほどかなかった。


 2時間後、マリーはお気に召した織物を抱えてホクホク顔になっていた。なんで3つしかない織物でここまで悩めるんだろう? まあ機嫌は直ったので、これでよしとしよう。



 小作人や貧困農夫たちが志願してきた。


 もともと私が望んでいたことである、志願者全員の入隊を許可しようと思ったのだが――。


「しばし待ってくれ」


 私はそう言い残し、領主館の書斎に駆け込んだ。流石に昨日の一件は堪えたのだろう、ローザはやや疲れた顔をしていた。


「ローザ! 60人も募兵に応じてきたんだけどどうしよう!?」


「ろっ、60……」


「名士会をやっつけてしまったのがマズかったらしい」


 志願者たちは皆、口を揃えて「あの嫌味な名士たちをノしてくださってスカッとしました!」だとか「畑耕してる場合じゃねえ! 俺も名士の子弟たちをビビらせるような戦士になりてぇ!」だとか言っていた。


 自分たちを抑圧していた名士たちに無様を晒させた私たちは、貧農にとって憧れの存在になってしまったのだ。


「せいぜい30人かそこら集まれば良いかなぁと思っていたのだが……」


「60……」


 ローザは遠い目をした。


 無理もない、この荘園の人口は800人程度である。そこから子どもや高齢者を除くと、主戦力として農作業にあたっているのは400人程度――そのうち60人が抜けると言っているのだ。労働力15%減である。流石にこれは……私がローザの立場だったら「ちょっと待ってくれ」と言うだろう。ゆえにお伺いを立てに来たわけだ。


 ローザは頭の中で算盤そろばんを弾いていたのだろう、しばし遠い目をした後、咳払いをした。


「確かに募兵許可を出したのは私です」


「うん」


「ですが労働力15%減というのは、正直に言えば許容限度を超えています」


 労働力を傷つけないために私の案に乗り、無傷で反乱を鎮圧したというのに、これでは本末転倒である。


「……領主代行としては、知ってしまったら苦言を呈さざるを得ません。許可も取り消さざるを得ません、。ですが事後であれば……そうですね……後任の代官が来る頃、引き継ぎで権限が曖昧な時期ならどさくさに紛れて逃げることも出来るでしょう」


「ふむ?」


「……そして私は昨日の一件で、非常に疲れています。物忘れの1つや2つもしましょう」


 ――ああ、なるほど。私はぐるりと目を回す。


「……はて、ところで今までなんの話をしていたのだったか。忘れてしまったな」


「申し訳ありません、私もぼーっとしていて覚えておりませんね」


「そうか。お互い疲れているようだな。ゆっくり休もう」


「ええ」


「「HAHAHAHAHA!」」


 笑いながら私は書斎を出て、扉を閉めた。扉の奥から「あとは代官が悩めば良いことです……昨日私は最善を尽くしました……代官が何を言おうと知ったことではありません……そもそも最初から私に兵力をつけていれば良かったんですよお父様……」という声が聞こえた。


 かくして60人の新兵が我が隊に加わった。



 アンデルセン商会の代官が来るまでの間、我が隊は荘園に駐屯することになった。といってもあと2日程度で来るらしいので、実に短い滞在である。


 今は郊外で訓練を実施しているところだ。――私を含む幹部たちは、訓練風景を横目に見ながら今後の方針を話し合っていた。


「これで歩兵卒が78名になり、グラシアと8名の伍長それぞれに8~9人ずつ兵をつけられるようになった。歩兵隊としての雛形は最低限出来上がったわけだ」


 一同がうんうんと頷く。ちなみに、下士官代表としてマルコ伍長にも出席して貰っていた。他の伍長たちは兵卒の訓練にあたっている。


「だがこれは本当に最低限だ。我々には現在、補助兵科が足りない。具体的には騎兵と弓兵だな。欲を言えば魔術兵も欲しいが……ともあれ、どれを最優先で集めるべきか、意見を聞きたい」


 最初にグラシアが手をあげた。


「やっぱアタシは騎兵が欲しいスね。偵察や側面警戒はやっぱ騎兵が一番っしょ。あと何より、戦いに勝っても騎兵がいなきゃ敵を撃滅できねッスから」


 これは大いに頷けた。脚の速い騎兵は、偵察から側面警戒、そして追撃にと使い所が多い。


 現状、我が隊で騎兵として活動できるのは私とヘルマンだけだ。グラシアとマリーも乗騎を持っているが、それはあくまでも士官としての見栄や体力温存のためだ。この2人は乗馬戦闘が出来るほどの騎乗技術はないそうだ。そして私とヘルマンは総指揮官とその護衛であるし、騎兵として活動するわけにもいかない。独立して動かせる騎兵は、欲しい。


 ここでマルコ伍長が反論した。


「私は弓兵を優先すべきと考えます」


「理由は?」


「……理由もなにもディオス様、今回弓兵を最大限活用したのは貴方様じゃないですか。たった1人の弓兵を側面高所に配置するだけで、相手歩兵の士気はガタ落ちするんですよ」


「そういえばそうだったな……」


「私が警戒しているのは、敵に弓兵がいる時のことです。現状、こちらで弓を扱えるのはディオス様とヘルマン殿だけでしょう? 敵弓兵と撃ち合って、撃退するには人数が足りますまい」


 グラシアが反論する。


「弓矢なんて剣で弾けばよくねぇ? 敵弓兵なんて無視だよ無視」


 そうだよね――と頷こうとしたが、マルコ伍長は頭がおかしい奴を見る目でグラシアを見た。


「誰もが矢を弾ける超人じゃないんですよ??」


「エェ……?」


 エェ……? 練習すれば誰でも出来ると思うが。なあヘルマン、と視線を送ると彼も小首をかしげていた。


 マルコ伍長は「こいつら頭がおかしいのでは?」とでも言わんばかりの顔をしたあと、咳払いをしてからマリーを見た。


「ときに、矢避けの加護は使えますか?」


「勿論使えるけど、そんなに便利なものじゃないわよ。即席で発動できるのはせいぜい『そよ風が吹いてちょっと矢が逸れる』程度。魔法陣描いてやるものなら余程の強弓以外は弾けるけど、効果範囲は魔法陣の中だけよ」


 つまり魔法陣の中から動けなくなる、と。これは使い勝手が悪いな……。


「となるとまともに射撃戦が出来るだけの弓兵を揃えるか、騎兵に敵弓兵を処理させるかだが……どちらも高くつくんだよなぁ……」


 騎兵はそもそも馬の維持費からして高いし、それに乗って戦える人材となると歩兵と同じ給与では雇えない。


 そして弓兵はというと、やはり弓を扱える人材は希少なので給与が高くなるし、矢も高い。5分も撃たせていれば金貨が吹っ飛ぶ。それを「まともな射撃戦が出来る人数」だけ揃えるとなると……アンデルセン商会の支援が必須だ。今は王都に近すぎて支援を得られそうにないが、かといって東部辺境に至るまでの道のりを無為に過ごしたくはない。


 ここで、ふと妙案を思いついた。


「……弓兵については質で勝負できないか? ようは敵弓兵を狙撃して、一方的に排除できれば良いのだ」


 マルコ伍長がじとっとした目で見てきた。


「そんな人材がいれば誰だって雇いたいですよ」


「そんな人材を山程抱えている奴らがいるじゃないか。エルフだよ」


 エルフ。森に住まう人々。狩猟採取民族。400年近い寿命をもつ彼らは、その生涯をかけて弓の技を磨くのだという。


「ひとまずごく少数人数だけエルフを雇い、後々弓兵を増員する時は彼らを指揮官にすえる、というのはどうだろう」


「雇えますかねぇ? 高慢ちきな奴らですよ?」


「そこはちと問題だが、まあ試してみる価値はあると思う」


 私は地図を広げ、王都の北を指さした。


「王都から5日ほどの距離にエルフの集落がある、ひとまず行って感触を確かめてみよう。どうだろう、行くだけならタダだろう。な?」


「まあ止めはしませんが……やけに前のめりですね?」


「……実を言えば、エルフの弓の業前をこの目で見てみたいのだ。なんでも2mm単位で狙いをつけられるとか、途中で矢の軌道を曲げられるとか、1秒で3射できるとか。本当かどうか確かめてみたい」


 ヘルマンがマルコ伍長たちに「知ってたか? こいつ武芸オタクなんだよ」と囁いた。


「失礼な奴め。王族たるもの全ての武芸に通じていなくてどうするというのだ、私はそういう意味で……」


「はいはいわかったから……」


 私より強弓を扱えるヘルマンに「やれやれ」みたいな顔されるとムカつくな!


 ともあれ、こうして次の目的地が決まった。エルフの集落である。エルフの超絶技工弓術を見に行くぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る