第25話

 コトの始まりは、こうだった。


 ――雷雨による3時間の足止め。行軍速度を牛車に合わせたことによる遅延。2つの要因により、もはや日が出ているうちに荘園にたどり着くことは不可能となった。


 夜に大人数で押しかけては、荘園領民たちも迷惑に思うことだろう。そう考え、西の空が朱に染まる前に、私は部隊に野営を命じた。


 歩兵たちの野営地設営はグラシアに任せたのだが、やはり流石に歴戦の傭兵なだけあり、襲撃を受けても即座に円陣を組めるよう区割りを行った、完璧な野営地を作り上げてくれた。


 今はすっかり陽も落ち、兵士たちは焚き火に当たりながら夕食を楽しんでいる……私はそれを見回っているところだ。


「やあロータル、オーラフ。何か問題はないか?」


 ベーコンをあぶっていた兵卒2人組に声をかける。兵士というのは、指揮官に名前を覚えて貰うと名誉に思うものだ――と兵法書に書いてあったので、しっかりと名前を呼んでやる。


 すると2人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頬を緩ませて頷いた。


「ええ隊長殿、お陰様で!」


「何も問題ありません!」


 私は笑って頷き返し、手を振ってすぐに立ち去る……これの繰り返しだ。


 次は……と視線を巡らせ、車座になって駄弁っている3人組を発見する。


 すると背後から、バルトルードのささやきが聞こえてきた。


「右から順に、”赤い尻の” ライムント、”壊滅的な寝相の” アキス、”尻派” タネクでございます」


「ありがとう」


 ……兵士たちの名前を覚えるのは簡単なことではない。なのでこうして、紋章官たるバルトルードの手を借りているのだ。「王国にいる500貴族家、ならびに名の知れた平民、全ての情報を貴方様にお伝え出来ます」などと豪語していたバルトルードだが、こうしてスラスラと兵士たちの名前とあだ名が出てくるあたり、記憶力は相当良いのだろう。


「……いや待て、”赤い尻の”と”尻派”? まさかと思って一応聞いておくが、彼らに男色のケは……」


「ありますよ。デキてます」


「そっかぁ」


 脳の片隅に「ライムントとタネクは同じ伍に配属しなおす」とメモしておく。恋人同士を同じ部隊に配属すると、勇敢に戦うそうだからな――まあこれも兵法書の受け売りだが。


 ライムントたちに声をかけ終え、次の集団を探して視線を巡らせていると、別の3人組が目に留まった。バルトルードが囁いてくる。


「右から順に、”横顔だけは凛々しい”フンベルト、”凄まじい耳毛の”ミミス、”高身長巨乳女が大好きな”ヘルマンでございます」


「……最後のは知ってるなぁ」


 確かにその3人組の中には、我が従士ヘルマンの姿があった。私は(半分は平民の血とはいえ)貴族であるので、どうしても兵士たちとの間には心の壁がある。ゆえにヘルマンには「同じ平民目線で、兵士たちの心を掴んでおいてくれ。つまりは駄弁って打ち解けておいてくれ」と頼んでおいたのだ。彼はちゃんと仕事をしているようだ。


 だが……どうにも様子がおかしい。


 3人は険しい顔をして座り込んでいた。とてもじゃないが友好的な雰囲気には見えない。


 おいおい早速の喧嘩けんかはよしてくれよ……と思いながら近づくと、ヘルマンがフンベルトとミミスを見渡し、重々しく口を開いた。


「……デカい胸」


 フンベルトは首を横に振り、応える。


「うっすらと骨の浮いた肩口」


 ミミスが「お前らわかってないな」とばかりに肩をすくめ、ニヤリと笑った。


「……丁寧に毛抜きされた、白い前腕」


 ヘルマンとフンベルトが「ヌウッ、やる……」とうなって股間を押さえた。


 ……こいつら一体何をしているんだろう。


「何をしているんだ?」


 思わず声に出すと、3人は揃ってこう答えた。


「「「女の身体でエロいと思う部位選手権」」」


「……そっかぁ」


 あまりのくだらなさに頭が痛くなってくるが、ヘルマンがちゃんと命じられた仕事をこなしていることはわかった。下世話な話は、男同士が距離を縮めるための最も簡単な方法だからな!


 ちらと周囲を見渡してみる……私のテントの隣にマリーのテントがあり、彼女はそこで夜の祈りを捧げていた。また、歩兵野営地から少し離れたところには、憲兵のリタとリナのテントがある。彼女たちは2人だけで食事中だ。


 バカ3人組に向き直り、声をかける。


「下世話な話は大変結構だが、隊には女性がいることも忘れるなよ?」


 するとヘルマンが自身の胸をドンと叩いた。


「わーってるよ、そのくらいの配慮は出来る男だぜ、俺は」


「そう……そうだったかな。そうだったかも」


 記憶を掘り起こそうとして、やめた。ヘルマンにも名誉というものはあるからな。


 まあともあれ、女性陣に聞こえないよう配慮してくれるなら、この程度の下世話な話は見とがめるものでもないなと思い、私は立ち去ろうとして……一瞬立ち止まり、バカ3人組に向き直った。


「……酒場の女給がゆっくりと階段を昇る。私はそれを下階から見ている……スカートのすそからちらりと顔を見せる、滑らかなくるぶし


 言い終えると同時、今度こそ立ち去る。


 背後からバカ3人組の「「「おおーっ……」」」という感嘆の声が上がった。



 ――ここまでは良かったのだ、ここまでは。

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