幕間SS アレクシアレス
『貴方様の王国は』
女の声が脳裏に響いていた。記憶だ。20年も前の。
私は「今」に目を戻す。
王宮、小広間。中央に置かれた長テーブルの上に、3人ぶんの昼食が載っていた。我が息子にして王太子、アイアスがオリーブの実をつまみながら、私――アレクシアレスに視線をよこした。
「うまくいきましたね、父上」
うまくいったというのは彼の兄、ディオスを流刑に処したことを指しているのは明白であった。アイアスの目には感謝とへつらい、そして安堵の色が浮かんでいた。
静かに頷きながら、私は内心で失望していた。アイアスの容姿は私に良く似ている。厳しい顔立ちに広い肩、隆々たる筋肉で覆われた腕は、確かに私の血を引いているのだろう。だが――恵まれた体躯以外の才能を、全てディオスに取られてしまったようだ。そう思わずにはいられなかった。
我が妃はアイアスに同調するように、満足げに頷いた。
「貴方が王としての務めを思い出してくださって、本当に嬉しく思います」
嫌味たっぷりにそう言う彼女を、私は
無理からぬことである。私が国を乱したのは事実である。この18年間はその混乱からの回復期であり、ディオスの追放はその総仕上げである。それは事実であるが。
試しに私は1つ、アイアスと妃に問いを投げかけてみる。
「民草はどう思うだろうか」
一瞬間を置いて、妃が先に口を開いた。
「率直に申し上げれば、判決はかなり横暴ですね。あの忌み子への同情が集まらないか心配です」
アイアスが
「いいえ母上、むしろ民草はより父上を恐れるでしょう。王の逆鱗に触れた者がどうなるか、卑しい者たちは胸に刻み込むことになります……そして仮に仮に、ディオスに同情が集まったとしてどうなるというのです? 一体奴に何が出来るというのでしょう」
私は内心の苦々しい思いを顔に出さぬよう努力しながら、頷いてみせる。
「何も出来まい。何も出来ないよう手を打っておいた」
ディオスの資金源を絶っておいた。せいぜい1個中隊を編成するのが関の山であろう。その兵力では王宮を占拠することすら難しい。
勿論、資金や兵力を提供する者がいれば話は別だが――18年前の大反乱の折、野心ある者は大方殺し尽くしておいたので、今からディオスを支援しようとする者がいるとすれば、それは余程の大馬鹿か、あるいは18年もの間野心を隠し続けた「本当の危険分子」だけだ。――後者はいる。絶対に。目星もつけてある。
だというのに、妃もアイアスも安堵しきって笑みを浮かべている。アイアスに至っては「仮に父上に弓を引くことがあっても、一捻りでしょう」などと言ってへつらってくる。
それは事実である。王国諸侯の過半が反乱を起こしたとしても、私は負けはしまい。18年前は実際負けなかったのだし、妃もアイアスも、そして多くの国民さえも「アレクシアレスは誰にも倒せない」と信じ込んでいる。信じ込ませたのだ。
私は自嘲に口角を釣り上げた。
「役不足も良いところだ」
その言葉を、アイアスと妃はディオスに向けたものだとでも思ったのだろう。2人は満足気に笑い、食事を再開した。
私も食事に戻り、骨付きの羊肉を手に取りながら、1人の女のことを考えた。――ユーリア。ディオスの産みの親にして、神官だった女。彼女はある日、2つの予言を下した。
その1つは、今でも鮮明に思い出せる。ユーリアの怯えた瞳、苦悩の表情、震える声までも全て。『貴方様の王国は、滅びの火に包まれます』――彼女はそう言った。
予言は、私とユーリアだけの秘密だ。誰にも知られてはならぬし、予言に対しどう対策を取ったのかも、誰にも知られてはならない。
ゆえに妃とアイアスの先ほどの反応は、私を安堵させた。誰も気づいていない。誰も気づかず、今や私の胸中にだけ留め、私が戦場で朽ちるその時まで仕舞い込んでおけば良い。これで良いのだ。――良いのだろう、ユリア?
産褥で命を落とした女に心の中でそう問いかけるが、答えが返ってくるはずもなく。肉をかじり取られ、薄桃色の筋が残るだけになった白い羊骨を、私は銀の小鉢の中に入れた。小鉢と骨がぶつかり、1回だけ小さな音を立てた。
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