第21話

 雨が強くなってくる中、私はセオドロスを大通りへと連れてきた。野次馬たちが悲鳴を上げるが、無視。セオドロスを大通りの真ん中に立たせる――丁度そこに、王国軍主力がやってきた。100人超、中隊規模だ。彼らはセオドロスの姿を見るや即座に武器を構えたが、流石に統制が取れている、恐慌に陥って襲いかかってくることはなかった。


 指揮官らしき男が前に出てきた。といっても10m近くは距離を取ったままだが。


「ディオス様……ですな? こちらの魔族は……?」


 私はそれには答えず、セオドロスの膝の裏を蹴り飛ばし、彼を跪かせた。そして、なんの前置きもなく彼の左腕を斬り飛ばした。リタとリナが息を呑んだ音が聞こえた。セオドロスが苦悶する。


「ぐううッ!?」


「偽証すれば四肢をもぐ。と言っても、もはや両の脚しか残っておらんがな。さあ名乗れ、下郎」


 セオドロスは弱々しく……否、私の意図を理解したのか、徐々に声に力を込めて答えた。


「私は刑吏のセオドロス……魔王様から力と魔将の位格を授かった者である。私は魔将、セオドロスである!」


 最後のほうは、ほとんど叫ぶような大声であった。


 兵士や野次馬たちにどよめきが走る。それが収まるのを待ち、私は質問を続ける。


「貴様の罪を吐け」


「私は死霊術を用い、ゾンビや幽霊たちに市民を襲撃させようとした」


不埒ふらちな奴め。何故そのようなことをした!」


「全ては復讐のため! 私を、私たちをさげすんだ全ての市民を殺すためだ!」


無辜むこの民を殺して良い理由にはならんな」


 そう言うと、野次馬たちが「そうだそうだ!」と言いながらセオドロスに石を投げつけてきた。だが私はそれらを全て剣で弾き飛ばし、野次馬たちを睨みつけた。


「これは私の捕虜である。此奴に襲われた私が逆襲し、打ち負かしたものだ。ひと太刀も加勢しなかった者が、此奴に石を投げることは許さん」


 本気の殺意を込め、野次馬たちを睨みつける。幾人かが顔を青くして悲鳴をあげ、その他多数は黙り込んだ。


「……話を戻す。貴様、此度の仕儀で協力者はいたのか?」


「おらぬ! 私1人でやったことだ!」


 私は無言でセオドロスの右脚を切断した。


「ぐッあああああ!?」


「嘘を吐くな。貴様に2人の娘がいることは知っているのだぞ。彼女たちも計画に協力したのだろう?」


 リタとリナを見やる。彼女らは涙を流し、黙り込んでいた。セオドロスが憤慨したように吠えた。


「……私を誰だと思っている、人間の力なぞ借りるものか! 娘だと? 確かにいたが、折を見て喰ってやるつもりであったわ! 下等な人間なぞ、食われることでしか魔族の力にはなれぬでな!」


 セオドロスの左脚を切断。苦悶の呻きを上げる彼を、両脚の切断面だけで立たせる。リタとリナの様子は……私には、もはや見る勇気がなかった。


 剣を大上段に構える。


「最後の機会を与えよう。3つ数えるうちに協力者を吐かねば、首を斬り落とす」


「……」


「3……2……」


 ひどく、憂鬱な気分だった。魔将を討ち、英雄になるのはさぞ心地良いことだろうと思っていた。だが現実は……これだ。愛ゆえに狂ってしまった男を、殺す。きっと魔将になぞならなければセオドロスも境遇を受け入れ、絶望したまま……せめてリタとリナだけは幸せになるよう彼女たちを私に預けて送り出し、王都で孤独に生を終えただろう。


 だが、そうはならなかった。だから、こうするしかないのだ。せめてリタとリナだけでも生かすには。


「1」


 瞬間、僅かにセオドロスの口が動いた。


「ありがとう」


 私にだけ聞こえるような、小さな声であった。


 柄を握る手に力を込め、横薙ぎに剣を振り抜く。重い音を立て、セオドロスの首が地面に落ちた。瞬間、右目に埋め込まれていた宝玉が、砂のように崩れ去った。


 声が震えそうになるのを必死に抑え込みながら、私は王国軍の指揮官を睨んだ。


「この件は市裁判所と国王裁判所、どちらで裁かれる?」


「それは……まず衛兵が調査し、それから……」


「――予が裁く」


 太い、威厳のある声が響いてきた。国王軍が一斉に道を開けた、その中を1人の男が馬に乗って歩いてくる――アレクシアレス王であった。


 彼はセオドロスの死体を一瞥すると、面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「無駄な大声のせいで道中全て聴こえておったわ。ふん、下手人は殺したのか」


「はい。私に……王族に歯向かったので、大通りに引きずり出し、拷問して罪状をつまびらかにした上で、ぶち殺しました」


「……大変結構。して、こやつがこの場で吐いた以外の情報は?」


 セオドロスの家で聞いた話、戦闘中の話などをかいつまんで伝えた。


「……人が魔族、それも魔将になるなど聞いたこともない。それに、魔王から力と位階を授かったとはな」


「ですが事実のようです。数百のゾンビと幽霊を操りつつ、雨のごとく魔法を放ってきました。並の魔族ではありますまい……魔将とは皆、こうなのでしょうか?」


 アレクシアレスは答えなかった。それもそのはず、彼は魔将を見たことがない……それどころか、魔族領域に踏み込んだことすらないのだ。彼の治世は内乱で始まり、それからはずっと戦災からの復興に励んでいるのだ。魔族領域への遠征なぞ企てるカネはない。


 追撃してやる。


「魔将と名乗ってはおりましたが、元は人のようですし、これは……魔将討伐と認められるのでしょうか?」


 その場に居た全員が、アレクシアレスに注目した。彼は一瞬だけ眉根をひそめた。


「……認める」


「ありがたき幸せ」


 慇懃いんぎんに礼をしてやったが、アレクシアレスは私を無視して王国軍や衛兵隊に指示を飛ばしはじめた。


「下手人死亡とし、一先ず本件は落着とする。だが協力者や累犯者がおらぬか、綿密に調査せよ。王国全土でだ! 詳細な指示は追って通達する!」


 指示を受けた者たちが散ってゆく。アレクシアレスは馬首を巡らせ、王城へ帰ろうとした。それを呼び止める。


「父上、下手人の娘らについてですが。かの魔将の計画には関与していなかったようですが、これは大逆罪です。かと」


「……ふむ」


「それに、私も幾ばくかの戦利品が欲しいところですが、賤民どもから奪えるものなぞ、その生命くらいしかありません。よって、彼女らを我が奴隷としてもよろしいでしょうか?」


 王国には既に正式な奴隷制はない。我々の祖先がこの地に流れ着いた時、身分の別け隔てなく協力し、時には血を混ぜてでも人口を維持する必要があったがゆえ、奴隷はほとんど解放されたのだ。今はリタやリナのような、『純粋な奴隷の子孫』としての被差別民がいるだけだ。


 それを逆行させる。王の一声で、奴隷を再生産する。成るか成らぬか――息を呑む間に、アレクシアレスはつまらなそうにリタとリナを一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。


「許可する」


 そう言ったきり、アレクシアレスは帰っていった。


 ――成った。内心で安堵しつつ、私はリタとリナを剣で指しながら、兵士や群衆たちに呼びかける。


「聞いたか者共、今この瞬間からこの者どもはである! 何人たりとも、私の許可なくこの者どもを傷つけることは許さん! ……わかったか。わかったなら散れ!」


 群衆たちは渋々と帰っていった。リタとリナを睨みつけていく者も多い。……大きな犯罪があったとき、下手人や連座の対象となった者は晒し者にされる事が多い。そうした者に石を投げつけるのは、市民たちのささやかな娯楽なのだ。


 だが今回、私はそれを許さなかった。リタとリナを守るには、こうするしかなかったのだ。


 マリーに目をやる。既にヘルマンから離れ、1人で立っていた。幾分辛そうではあったが。


「ご苦労だったな。1人で帰れるか?」


「王族にエスコートを頼むほど参ってはいないわ」


「そうか」


「……ねえ。祈祷の最中も、少しは目を開けて戦況を見ていたのよ。……その……守ってくれた、のよね? 命を賭けて」


「結果的に、助かったがね」


「……お礼を言わせて。ありがとう、ディオス王子」


 髪は雨で濡れそぼり、神官服は墓場の土で汚れているというのに、その微笑みはどうしようもなく美しかった。


「礼には及ばん。そういう血筋だ」


「えっ?」


 きょとんとする彼女から視線を逸らし、グラシアを見る。


「きみもご苦労だった。獲物を譲ってもらった礼はしよう」


 グラシアは赤面し、視線を彷徨さまよわせた。


「い、いや、アタシこそ……礼なんて……う……うう……うわーん!」


 彼女は両手で顔を覆い、逃げるように去っていってしまった。「ごめんよエッボ!」という叫びを残して。


「……凄まじく嫌な予感がする」


「しおらしいグラシアも……エロいな……」というヘルマンを無視し、私はリタとリナに目をやった。


「……私はもう疲れた。宿に帰るぞ、ついてこい」


 奴隷に拒否権などない。リタとリナはすすり泣きながら、小さく頷いた。


 暗澹あんたんたる気持ちで、私は宿に向けて歩きだした。後ろから、リタとリナの小さな声が響いてきた。「ありがとうございます」と。


 私は一瞬立ち止まり、振り返りかけて……再び歩き始めた。私たちの足音と雨音だけが、静かに響き続けた。

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