第19話
「我が名は魔将セオドロス。人の王国を滅ぼし、復讐を遂げる者なり!」
彼がそう叫んだ瞬間、墓地全体に赤黒い魔力の波が走り抜けた。すると、地面を突き破って無数のゾンビたちが這い出してきた。さらに、虚空から半透明の青白い人影――幽霊の群れが出現した。
セオドロスが語りかけてきた。
「……最後の警告です、ディオス様。どうか娘たちを連れて、安全なところに隠れてくだされ。すぐに衛兵隊や王国軍がやってくるでしょう、流れ矢で傷つかぬように……」
私は彼に剣を向けた。
「こちらからも最後の警告だ。かくなる上は無抵抗で死ね。王国軍に手を出す前なら大逆罪には問われまい。娘たちの連座は避けられるだろう」
「……残念です」
もうどうあってもセオドロスは救えない。家族への愛と世界への憎悪で狂ってしまったこの男は、救えない。だが人間が魔族……それも魔将となる事例など聞いたこともないが、それが今は唯一の救いに思えた。人としてのセオドロスはもういない。ここにいるのはただの魔将で、私の討伐対象でしかない。そう思うことが出来る。
「同感だよ。同感だったよ、魔将セオドロス」
ゾンビたちが一斉に動き出した。30体どころではない、100を越していそうだが――この程度の数で良かった、というのが正直な感想だ。1000を越していたら、流石に厳しい。私とヘルマンは次々とゾンビたちを斬り飛ばしてゆく。だが、私たちよりも猛烈な勢いでゾンビを始末している女がいた。グラシアである。
「お前がエッボの仇かぁぁぁぁッ!! 魔将だかなんだか知らねェーが、ぶッ殺してやらァ!!」
彼女はゾンビを大剣の一振りでなぎ倒し、猛然とセオドロスに迫っていった――つまり、彼女と一緒にいたマリーは。
「ヘルマン!」
「あいよぉ!」
光の矢で孤軍奮闘していたマリー、その背後に迫っていたゾンビを、駆けつけたヘルマンが斬り倒した。
「ヘルマンはそのままマリーの護衛を!」
叫びながら、私はゾンビを始末しつつセオドロスへとじりじりと迫った。だがセオドロスはグラシアに注目し、指を振った。すると、それまで浮遊しているだけだった幽霊たちがグラシアへと殺到した。
「ぬあああああ! 邪魔くさい!!」
鉄は魔力を弾く。よって怨念を核にした魔力塊である幽霊は、鉄剣で斬れば倒せる。だが幽霊は物理法則に囚われず、四方八方、さらには上からも襲ってくる。地面はやや魔力が濃いので、通り抜けられないようだが……それでも厄介な敵だ。ゾンビと幽霊の群れに襲われたグラシアは、手傷ひとつ負ってはいないものの防戦一方を強いられ、セオドロスからどんどん引き離されていった。
「グラシア。その勇名は我ら賤民でも知っておる。危険ゆえ、真っ先に死んで貰おう」
「ざっけんなァァァァッ!! ちっくしょう、身体がなまってやがる! この程度の数でえッ!!」
グラシアがどんどん引き離されてゆく。だがその時、マリーの凛とした声が響いた。
「アルテミスよ。かの者らに猟犬の
瞬間、私とヘルマン、それにグラシアの身体が柔らかな光に包まれた。見る間にグラシアの動きが良くなった。ヘルマンも「おっ、身体が軽い」と言いながらゾンビを斬り倒してゆく。
――だが私は違った。神聖魔術の光は、私の身体から発せられた紫電に打ち砕かれ、霧散してしまった。
「マリー、お気持ちはありがたいが、こちらは神罰を喰らっている身でね。私には神聖魔術をかけないで良い」
「ッ……ごめんなさい、結界を張る準備をするわね」
襲いかかってくるゾンビたちをさばきながら、状況を再確認する。幽霊とゾンビの大半はグラシアに集中している。神聖魔法の助力で持ち直したグラシアに対し、セオドロスはさらに幽霊とゾンビをけしかけた。
「いやマリー、必要ない」
「え?」
「こちらが手薄になったからな! 術者を直接落とす!」
幽霊が襲ってこないとわかったぶん、私は大胆に動ける。最小限の動きでゾンビの攻撃を避け、避けざまに頭を斬り飛ばしながら、セオドロスに急速に接近してゆく。
セオドロスは私を見据えると、右手の平を向けてきた。魔術が来ると直感した。果たして、魔術の矢が飛んできた。
「おっとぉ……!」
初撃は回避。だが次弾が襲ってくる。これも回避。さらに次弾が……回避、回避、回避。終わりが見えない。もう10発は回避しているはずだ。人間なら5発程度の連射で魔力切れを起こすというのに。これと同時並行でゾンビの操作まで行っているのだから、凄まじい魔力量だ。
「これが魔族か!」
「魔将である」
セオドロスは左手の平もこちらに向けた。魔術の矢が連続で飛来してくる!
「チイッ……」
流石に両手から繰り出される連射は、避けきれない。回避先に矢が飛んでくるからだ。鎧を着込んでいれば、こんな攻撃無視できるのだが……無いものねだりをしても仕方ない。
意を決し、右手の剣を振る――硬質な音が連続で鳴り響いた。飛来した魔術の矢を、全て剣で弾き飛ばしたのだ。これにはセオドロスが驚愕した。
「なんっ……」
「治癒魔法が効かない私にとって一番怖いのは、弾幕射撃だ。一発でも避け損ねたら致命傷になりかねないからな」
魔術の矢の連射を、右手の剣で弾き続ける。秒間3発程度だろうか? 弓兵1個中隊に狙われたほうが余程辛い。
「対策は簡単だ。全て弾けば良い。随分と練習したものだよ」
「ば、化け物か!?」
「これだけ魔術を連発しても魔力切れを起こさない化け物に言われると、少し感動するな」
「ほざけ!」
弾幕の間を縫って、ゾンビの群れが襲いかかってきた。私は左手で片手半剣を引き抜き、ゾンビの頭を次々と斬り飛ばした。右手で魔術の矢を弾きながらだ。
「多数に囲まれるのも、やはり負傷率が高くなるから怖い。だから両手で全員いなせるように練習した」
「ぬうううううっ」
マリーが「いや、おかしいって」と言ったが、ヘルマンはゾンビの相手をしつつ、流れてきた魔術の矢を剣で弾きながら「訓練すりゃ誰でも出来るよ。俺はあそこまでは無理だけど」とぼやいた。
セオドロスは舌打ちひとつ、魔術の矢の連射をやめた。無駄だと悟ったのだろう。
だが次の瞬間、セオドロスの身体から魔力の波が生じ、墓地一帯を駆け抜けた。すると新たなゾンビ――肉の殆どが腐乱している――と幽霊の群れが出現した。数は……500は越している。
「即席ゆえ、質は悪いが。さてディオス王子、どんなに強くとも、肉の身体を持っている以上は体力に限りがあるはずですな」
「……セオドロス、一応聞いておこう。この墓地に運び込まれる死体の数は1日平均でどれくらいだね?」
「10は下りませんな」
死体がどれくらいで全ての肉が腐り落ち、ゾンビとして使役不可能になるのかは知らないが、たぶん1ヶ月程度ではそうならないのだろうなと予測がつく。数ヶ月ぶんの死体を、魔将の馬鹿げた魔力で全てゾンビ化されたら……。
「……マリー!! 大変申し訳ないが、念の為急いで結界張ってくれ!!」
「わ、わかったわ! 5分頂戴!」
マリーが祈祷を始める。
次々と幽霊とゾンビが襲ってくる。全てをいなし、斬り飛ばしながら、深呼吸する。自分の心音を確認……このペースだと、5分もたせるだけなら出来る、と思った。マリーの結界が完成すれば、このゾンビと幽霊たちは消え失せるだろう。だがその時、セオドロス本体と戦う体力が私に残っているかは疑問だった。
あとのことは衛兵隊や王国軍に任せれば良い? ――否。これは、私が決着をつけねばならない。相手が魔将だから? 5人の魔将を討伐すれば帰還できるから?
――それもあるが、否。国王軍とセオドロスが交戦する前であれば、大逆罪には問われまい。リナとリタの連座だけは避けられる可能性がある――罪なき者が傷つくことは、避けられる。
まだ国王軍は来ない。この戦闘を嗅ぎつけ、出動してくるまでの時間はわからない。それに、保険としてマリーには結界を準備してもらっているが、彼女が魂を削るのも居た堪れない。
私がやれば、セオドロス以外全員を救える。ならば――。
「……やるか」
腹に力を込める。集中。ゾンビや幽霊の群れの動きを読む。セオドロスまでの、僅かな隙間が見えた。
「ひゅっ」
短く息を吐き、突進。噛みついてくるゾンビの首を飛ばし、幽霊の腕を避け、反撃で斬りつけながら、疾駆する。
「届いた、ぞ!」
「ぬうっ!?」
私は一息でセオドロスの足元に到達した。右手の剣戟――何かに弾かれる。
セオドロスの右手には、鞭が握られていた。それは倒れたゾンビたちの脊柱で編んだ、骨の鞭。即席で作り上げたのか!
「趣味が悪いな!」
「ほざけ!」
不規則に襲いかかってくる鞭の攻撃を、右手の剣でいなす。魔力で編まれた鞭は、鉄剣に当たると脆く砕ける。だが壊れた先から骨片が飛来し、鞭を再形成する。本当に魔将の魔力量というのはふざけているな、無尽蔵なのか?
「チイッ……」
私の側面や背後からは、絶え間なくゾンビや幽霊が襲いかかってくる。これを左手でいなしながら消耗戦をやるのは厳しい――が、魔術の矢の連射をいなし続けるよりは、鞭の相手のほうが楽だ。なんせ1秒に2発しか飛んでこないのだから! 数瞬、手が空く!
「それ」
鞭を弾いた瞬間、魔術盤に魔力を通す。右手の人差し指から、炎の矢が飛び出す。セオドロスの顔面に向かって。
「ッ」
左手でガードされる。爆発。外皮にダメージが通ったとは思えないが、視界は塞いだ。私は即座にセオドロスの右側面――目玉の代わりに宝玉が埋まっており、視野がないであろう方――に回り込んだ。左手の片手半剣を振り上げ、振り下ろす。
「見えていないと思うてかッ!!」
セオドロスは鞭を持った右腕を大きく振るう。鞭の先端がしなり、こちらに向かってくる。
「見えているだろうさ」
ゾンビと視界を共有出来るのだろう? お前が教えてくれたのだから、知っているとも。
瞬間、私は〈爆炎〉を発動した。私の片手半剣の裏刃に対して。
鉄は魔力を弾く。裏を返せば、魔力も鉄を弾くのだ。爆発で加速された剣は、骨の鞭が私の身を打つ前に、セオドロスの右腕を斬り飛ばした!
「――だが、速度を見誤ったな!」
「おおおおおおッ!?」
セオドロスは左手に鞭を再形成し、出鱈目に振り回しながら後退してゆく。追撃しようとして――私は咄嗟に足を止めた。首筋に寒いものが走る。
瞬間。後退したセオドロスの右目、宝玉から、赤黒い光線が射出された。それは私の右手の剣、その切っ先に命中した。
「ん!?」
剣が、切っ先からみるみる白く変色していった。嫌な予感がする。
私は剣を放り投げた――宙を舞う間に、剣は真っ白になった。そして地面に突き刺さるや、植物の根が這うようにして、周辺の土を数十センチは白変させた。
セオドロスの唸るような声が響いてきた。
「<塩化の呪い>よ……あまり使いたくはなかったが」
塩化。剣や土が白くなったのは、塩になったからだというのか。
「呪い……!? とんでもないな……」
鉄は魔力を弾く。あの光線はその基本原理すら無視し、剣を塩化させた。だがセオドロスは心なしか苦しげにしていた。それは右腕を斬り飛ばされた痛痒によるものだけではあるまい。<塩化の呪い>は、あまり数は撃てまいと憶測する。
片手半剣を両手で握り直しながら、周囲をさっと見渡す――幽霊やゾンビたちの半分ほどが、てんで無秩序に、様々な方向へと走り出した。おそらく、セオドロスの制御を離れたのだろう。制御する魔力すら惜しんでいる? これは好機――だが。
<塩化の呪い>は、鉄にすら効果があるようだ。剣で弾くことは出来ないということだ。つまり避け損ねたら最後、塩の像になって死ぬ。正直、射程圏内に留まるのは正気の沙汰ではないと思う。
セオドロスが唸る。
「片目では狙いがつけづらい……だが今ので感覚は掴んだ。次は、外さぬ」
そう言う彼の左目は、しっかりと私を見据えていた。じっとりと汗が額を濡らす。
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