第17話
彼なのか? 何故、そんなことを? ぐるぐると巡る思考は、グラシアの声で中断させられた。彼女はマリーを、ほとんど睨みつけていた。
「なあ神官さんよ。つまり誰かがエッボを殺して、死霊術を仕込んだってことだよな?」
「殺されたのか、事故死なのかはわからないわ……でもその後、悪意をもって死霊術をかけたのは確実ね」
「許せねえよ……アタシの……アタシのエッボに……! なぁ神官さん、犯人探しすんだろ? アタシも連れて行ってくれ。下手人をこの手でぶち殺さねえと気が済まねえよ……!」
「受け入れるわ。これは荒事なしで解決しそうもないし、優秀な前衛が必要ね」
「よしきた。ちょっと待ってろ、装備整えてくらぁ」
グラシアは駆け出し、家に帰っていった。
まずい。まずい。まずい。
コトが露見すれば、グラシアを雇うどころの話ではなくなる。確実に私は恨まれるだろうし、エッボが実は生きていることもバレる。いずれにせよ死霊術を施した犯人は、誰に捕まろうとも死は免れぬだろうが――犯人は何人いるのかも問題だ。セオドロスだけか? リタとリナは? あるいはリタとリナの犯行か?
それに、私の名声も地に落ちる――くそっ、こんな時にも保身か、私は!
「ふーっ……」
息を整えながら、冷静になろうと務める。
まず、ゾンビ化させられたのはエッボの死体だと誰もが思っているし、エッボは夜のうちに川に落ちて死んだと思われている。別人の死体だということは、私かヘルマン、あるいはセオドロス一家が喋らない限りは露見しないだろう。つまり、即座にセオドロス一家が疑われることはない。私も安全だ。
このまま放っておけば、マリーとグラシアは犯人探しに奔走するだろう。その過程でゾンビや幽霊との戦闘が発生するかもしれない。これが問題だ。グラシアがゾンビや幽霊程度に負けるとも思えぬが、仮に彼女がいない時にマリーや……一般人が襲われたら?
多分、死ぬだろう。いや、既に先ほど野次馬の1人が死んだではないか!
見過ごすのは……ダメだ。
肚は、決まった。
「……マリー。話がある」
「なに? そろそろ衛兵も集まってくるでしょうし、事情を説明しないといけないんだけど」
「犯人に心当たりがある」
「は……?」
訝しむマリーの手を取り、路地裏に連れ込んだ。再び集まってきた野次馬たちから十分に距離が取れたのを確認し、私は全てをマリーに話した。
グラシアを雇うためにエッボの存在が障害になっていたこと。エッボがグラシアの奴隷にされていたこと。エッボの死を装おうとして、セオドロスの手を借りたこと。
マリーの顔は、訝しみから哀れみ、哀れみから恥じらい、恥じらいから怒りへと変遷していった。話し終えた瞬間、マリーの平手が私の頬を打った。
「ばっっっっかじゃないの!? 不道徳の極みだわ!」
半ば殺気すら籠もった瞳で私を睨み上げるマリーに、私は思わずたじろいでしまった。たじろいだ? この私が? それに、今の平手打ちにしても避けることは造作もなかったはずだ。だが不思議と身体が動かなかった。自分の心身の反応に、私はひどく動揺した。両手の平をマリーに見せ、落ち着つくように促すが、実際落ち着つかせようとしているのは私自身のような気がしてきた。
「きみが怒る理由はわかるし、私も心から反省している。だが最初に1つだけ言わせてくれ、殴るのはやめてくれ、本当に」
「そりゃ嫌でしょうね、誰だって殴られたくない! でも殴られない理由があるかしら!?」
「あるとも! 裁判で聞いただろう、平民にナメられた王族が取るべき行動は!」
「大通りに引きずり出して、拷問して罪状を吐かせて、ぶち殺す、でしょ? はん、王族も大変ね! そうしないのは誠意の証明だとでも言いたいわけ?」
違う、違う、違うのだ! そんなつもりで言ったのでは……ああくそ、どう考えても今の私の言葉は、そうとられても仕方がないな! 私は一体どうしたいというのだ!?
「畜生、そうだとも!」
「結構なことね、助命ありがとう王子様! でも遺体を辱めた不道徳は、きっと神々がお赦しにはならないでしょうね!」
「だが、他にどうすれば良かったんだ!? エッボを奴隷のままにして良かったとでも!?」
「グラシアを説得するなり、決闘で命令聞かせるなりすれば良かったじゃない! あなた強いんでしょう!?」
「それでは彼女に恨まれるだろうが! そして彼女を雇えねば、私は軍の編成もままならぬ! それともこの身ひとつで魔族領域に向かって犬死にしろとでも!?」
「それは……!」
彼女の瞳に、
「……いや、すまない。見苦しい言い訳をした。本当に。だが、全員の身を救うにはこれが最善だと思ったんだ」
マリーは刺すように私を睨みあげた。
「あの赤毛の子を犠牲にしてるけど? 遺体を辱めて良い理由なんてどこにもないわ」
「それは……正直に言おう。『2度も葬儀を執り行ってもらえるなんてお得ではないか』と自分に言い訳していた」
再びマリーの平手打ちが炸裂した。
「ほんっっっっとにバカ」
マリーの小さな体躯で放たれる平手打ちは、さほど痛いものではない。だが、彼女に睨まれ、失望されると……心に杭を打ち込まれたように、ひどく胸が痛む。
私は折れそうになる膝をつとめて奮い立たせながら、じっとマリーの青い瞳を見つめた。
「もはや申し開きのしようもない。君に協力して、償おうと思う」
「貴方のお陰で犯人の目処は立ったんだから、協力は不要よ。あとは衛兵と協力して、セオドロスを拘束するだけだもの」
「そこだよ、そこにこそ協力する余地がある……セオドロスを捕らえて全てを
「う……」
「それに、まだあの一家の誰が……誰までが犯人なのかもわからない。賤民が衛兵に囚われた場合、どうなるかはわかるな?」
「……容赦のない拷問に晒される」
「そうだ。リタやリナがそのような目に遭うのは、あまりにも居た堪れない……どうにも彼女たちが関与したとは思えないのだ。彼女たちは、『作業』から遠ざけられていたように見える」
マリーはふんと鼻を鳴らした。
「それで?」
「私は、セオドロスに幾分信頼されている。もはや逃げられぬことを説き、エッボの件は伏せつつ、自首・自白するように説得することも可能だろう。これならエッボも安全だし、リタとリナへの拷問も避けられるだろう」
「偽証させる、そう言いたいのね?」
「飾らずに言えばそうなる」
マリーは拳を握り、わなわなと震えていたが……やがてため息ひとつ、肩を落とした。
「……融通を、効かせるべきなんでしょうね。死霊術師を逮捕して、その結果なんの罪もない人たちが傷つくのは……道理にかなわない」
「理解してくれて助かる」
「ふん。……はあ、早速グラシアに嘘つかないといけないのかぁ。神官なのに……」
マリーは踵を返し、髪をわしゃわしゃとかき乱した。そして私のほうに振り向いた。
「ねえ。確かにこの件、貴方の墓荒らしが発端で解決に近づいたわけだけど」
「墓荒らしについては本当に反省しているよ。遺体をいじくろうとしたことも」
「違うわ、その件を責めてるんじゃない……不思議に思っただけよ。貴方は良心に苛まれているのに、とんでもない不道徳をしでかした。そしてそれが、事態を前に進めた……多分、良い方向に」
「運命の女神は、きっと笑い転げていることだろうな」
「それよ。貴方、神罰が下っただの忌み子だのと言われているけど……」
そこまで言って、マリーは何度か口だけ動かして言い淀み、やがて首を横に振った。
「……忘れて。
マリーはそうつぶやき、大通りのほうに戻っていった。彼女は、なんと言おうとしたのだろう? さっぱりわからなかった。ため息1つ、私はヘルマンを見やった。
「私たちも行くか」
「おう」
「……ところで1つ聞いていいかな従士殿、彼女が私に平手打ちを食らわせた時、何故止めに入らなかった?」
「あー? ……そういやなんでだろうな。なんつーかこう……止めたら止めたで、怒られる気がしたんだよな」
「そりゃマリーは怒るだろうな」
なんだ、ヘルマンもマリーに怒られるのが嫌だったのかと私は内心で安堵した。やはり彼女には聖性から来る圧力のようなものがあるのだろう……そう思ったのだが、ヘルマンの答えは意外なものであった。
「いや、お前が怒ると思ったんだよ、ディオス」
「……なんだそれは。私にぶたれて喜ぶ趣味があるとでも?」
「そういうのとは
ヘルマンはぼりぼりと頭をかいた。多分、言葉にはならないだろうなと思った。彼は感覚で生きていて、しかも言語化が下手くそだ。何故彼がそう思ったのか疑問であるが、今議論することでもないなと思い直した私は、結局それ以上追求しなかった。
ヘルマンを伴い、私も大通りに戻った。既に衛兵たちが集まり、事情聴取が始まっていた。私たちは「この場で起きたこと」だけ話し、衛兵たちと別れた。グラシアには「犯人の目星がついた」とだけ伝え、私はヘルマン、マリー、グラシアの3人を伴い、セオドロスの家に向かうことにした。
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