第9話

 1時間後、私は募集を切り上げた。カウンターに黒銀貨を出す。


「マスター、葡萄酒を。濃いめで」


「承知」


 運ばれてきた葡萄酒を一息に飲み干し、盃をカウンターに叩きつける。


「何故集まらん!」


 ヘルマンがまあまあ、と私の肩を叩いた。


「1人集まったじゃねえか。な?」


 ヘルマンの視線の先、1人の男が頷いた。彼は首から吊った太鼓をどどん、と叩いた。


「いかにも、この吟遊詩人バルトルード、世界の果てまでお供しますとも!」


 バルトルードはドンドコドンドンドン、と太鼓を鳴らした。やかましい。


「吟遊詩人だけでどうしろと言うのだ一体!?」


 確かに、軍隊に吟遊詩人は欠かせない。兵士たちに娯楽を提供する者であるし、何より、戦場では鼓笛こてき手として行軍のリズムを取る。彼らがいなければ歩調を合わせての攻撃前進もままならぬし、突撃歌パイアーンがなければ士気も振るわぬ。


「確かにお前の太鼓の腕は素晴らしいよ、だがそれに合わせて歩く兵士が居なければ何の意味もない!」


「笛も出来ますよ」


 バルトルードは腰帯に差した横笛を取り出し、ピーピーと吹き始めた。やかましい。


「そういう問題ではない!」


「そうとは。……そうだ、私めは紋章官としても活躍できますよ!」


「ほぉう?」


 紋章官。その名の通り紋章の専門家で、紋章から部隊や指揮官を割り出す者だ。


「王国にいる500貴族家、ならびに名の知れた平民、全ての情報を貴方様にお伝え出来ます。貴方様の外交活動は安泰間違いなしでございます」


「外交材料になる軍事力がなくて困っているのだ!」


「しかし、人が集まらないのは仕方ありませんよ旦那様。というのも、誰もが魔族領域に入ることを承知していますからね」


「バルトルード。この店にいる誰もがその話を知っているのは、何故だっけな?」


「吟遊詩人は噂を伝える者なれば」


 バルトルードは、おひねりで稼いだ小銭をカウンターに置き、エールを注文した。


 この男、私の裁判結果が広場で公示されるや、早速それを歌にして吹聴して回ったらしい。まあここまでは良い、いずれ知れ渡ることだからな。だがバルトルードは魔族の恐怖をさんざんに煽り立て、あたかも私が自殺しに行くような調子で歌ったそうだ。


 バルトルードはエールで口を潤した後、「まあ」と言葉を続けた。


「なんらかの手段で、皆の恐怖を取り払わねばなりますまい」


「お前の拭いとして、腰抜けどものを叩けということか?」


 募集に応じなかった傭兵たちの視線が、ぎろりと私に向いた。バルトルードは慌てたように手を振った。


「御冗談! ……いえ、遠からずそういうことですが。真面目に忠言致しますが、問題はこの場には今、『誰からも尊敬される戦士』がいないことです」


「ふむ? つまり、『彼が行くなら安心だ』と思えるような人物が居ない、と?」


「その通りでございます! 誰か1人でも名の売れた戦士を抱き込めれば、状況はコロリと変わることでございましょう」


「ならその名の売れた戦士とやらを教えてくれ、紋章官殿」


「……それがですねぇ。そういった良い戦士たちは先日、大きな隊商に雇われて出払っておりまして」


 私はカウンターに突っ伏した。そういうことならいっそ、王都での募集は諦めて地方都市を回るしかないか……などと思っていると、バルトルードは「しかし」と話を続けた。


「1人だけ、名うての……いえ、王都最強の戦士が残っております」


 カウンターからガバッと顔を上げる。


「教えてくれ」


「ですがその、彼女は現在、引退気味というか……」


「彼女? 女傭兵なのか」


 女性であっても魔法が使えれば男と同等以上に戦えるので、女傭兵はそこまで珍しい存在ではない。


「ええ、グラシアは女です。ですが……」


 バルトルードは、他の傭兵たちのほうに向き直った。


「おぅい皆、自分はグラシアより強いと言い切れる者は居るか!?」


 酒場がしんと静まり返った。


「……3人がかりでなら勝てる、と思う者は!?」


 ややざわついたが、誰も手を上げない。


「では5人がかり、うち2人は弓手なら!?」


 やはり誰も手を上げない。それどころか、「弓手が100人居ても無理だよ、だってアイツ矢を叩き落とすんだもん……」などという声が聴こえてきた。


 バルトルードが私たちに向き直る。


「彼女の強さはおわかり頂けましたでしょうか?」


「まあ、なんとなく」


 ヘルマンが肩をすくめた。


「矢を叩き落とすくらい、俺やディオスだって出来るよ。いまいちわからん」


 バルトルードの顔がひきつる。


「それは……いや、貴方様がたも大分……かなりお強いのですね……? ですがグラシアも劣ってはおりますまい、なんせヘルマン様よりも背丈が高く」


「なにっ」とヘルマンが勢いよく立ち上がった。


「男3人がかりでも動かせぬ岩をも持ち上げ」


「そんなことはどうでもいい! 歳と胸は!」


「27歳、大変に豊満です」


「なんてこった!」


 ヘルマンがぐいと私の肩を掴んだ。


「ディオス。口説きに行こう」


「親友。傭兵としてだよな?」


「口説きに、行こう」


「……。バルトルード、そのグラシアとやらを口説き落とせば、ここに居る傭兵どもは皆着いてくると断言出来るか?」


 バルトルードは肩をすくめた。


「彼女が行くのに我は行かぬ、などという者は本物の腰抜けでしょうなぁ。英雄、いや英雌の尾ひれにすらなれないと申すのですから」


 酒場を見渡してみれば、バルトルードを睨む者が半分。もう半分は、「やれるものならやってみろ」とばかりに私に嘲笑を向けていた。


「よろしい、やってみる価値はあるようだ。彼女の居場所を教えてくれ」


「ご案内致しましょう」


 こうして、私たちは女傭兵グラシアのもとを訪ねることになった。

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