第6話

 謁見の間を出ると、通用門へと伸びる長い廊下が続く。廊下の壁には、人間と王家の歴史を綴った壁画が描かれている――時系列は門から謁見の間に向かって進むので、門に向かって歩く私はそれを逆順に見ていくかたちになる。


 一枚目は、300年前に建国の王アレクサンドロスが魔王を討伐した絵。アレクサンドロスは剣を天へと突き出しており、その足元で魔王が倒れ伏している。人間、エルフ、ドワーフの兵士たちがそれを取り巻き、アレクサンドロスを神のように崇めている。


 二枚目は、東からやってきた魔族が人間やエルフ、ドワーフたちを襲っている絵だ。魔族は400年前に『大洪水』と呼ばれる大規模侵攻を始め、人類種の居住地を荒らし回り、人々を奴隷とし、喰った。


 三枚目は、人間とエルフ、ドワーフの戦いを描いたものだ。明らかに多勢の人間が、エルフやドワーフを追い立てている。エルフやドワーフは400年近い寿命をもつが、繁殖力が弱い。人口に勝る人間が、彼らから覇権を奪ったのだ。


 四枚目は、人間が浜辺に村を建設している絵。人々は船から荷を下ろし、木々を切り倒して家を立てている。その遠景で、エルフとドワーフが戦争を繰り広げている。当時彼らは大陸の覇権を賭けて戦っており、この地に流れてきた人間にかまっている暇はなかった――その間に人間は人口を増やし、三枚目の状況に繋がる。


 五枚目、最後の絵は、燃え盛るトロイヤの地から出港する人間の絵だ。財宝や奴隷を満載して故郷ギリシアへと帰るはずの船はしかし、ポセイドンの起こした嵐によって遭難してしまい――四枚目の絵に繋がる。


 私は、この五枚目の絵の前で立ち止まった。我らが先祖の『はじまり』を描いたものではあるのだが、どうにも人ごとのような気がしなかった。


 神の如き父によって進路を狂わされ、私は魔族はびこる荒野へと向かう。先祖は故地へ帰れなかったが、私はどうなるのだろうか?


 物思いにふけっている私に、声をかけてくる者がいた。


「やあ兄上。この絵が気に入ったのか?」


 王太子にして我が弟、アイアスであった。父に似た偉丈夫であるが――あの神の如き圧力はない。軽薄な男である。私は慇懃いんぎんに礼をしてやる。


「これはこれは王太子殿下、ご機嫌麗しゅう」


「ああ、大層麗しいとも。今日は、特に」


 そう言う彼の顔には、隠そうともしない侮蔑の色が浮かんでいた。


「それで、この絵だが……ああわかったぞ兄上、自分になぞらえているわけだな?」


「そうかもしれませんね」


「悲しい物語だよ。神々の怒りは時として、人には理解出来ないものだからな。それで大変な辛苦を舐める羽目になることも、また世の常なのだが」


「しかし我らは先祖は、辛苦の果てにこの輝かしい王国の礎を築いたわけです」


「兄上もそうなることを祈っておりますよ……心から。しばしのお別れです」


「ええ、またいつか」


 私たちは握手を交わした。お互いに、友好的とは言い難い握力で。私は笑顔を保ったが、アイアス王太子は頬を引きつらせた。舐めるなよ。私は細身ではあるが、貴様の何十倍も鍛錬を積んできたのだ。


 アイアス王太子の顔が赤くなってきた頃、私は彼を解放してやり、一礼して王宮を去った――帰ってきたらアイアスもぶち殺す、と心に決めながら。

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