第3話
王宮。謁見の間は大きな石柱が立ち並ぶ壮麗なもので、梁も高く広々と感じる。空席の玉座が2つあるが、片方は不滅の神々のために空けてあり、もう片方は、単にまだそこに座すべき王が来ていないだけである。
玉座のそばには法務官が立ち、壁際に衛兵たちが控えている。彼らに見守られ……もとい監視されているのが、被告たる私とヘルマン、証人のマリー。さらに「被害者」の悪漢AとBの死体。そして悪漢側の証人たる、彼らの妻2人。
マリーは、昨日みせた高飛車な様子はどこへやら、ひどく困惑している様子であった。声をかける。
「何故いきなり国王裁判なのだ、と思っているのだろう?」
「正解よ。……ねえ、まさかあの悪漢たちが国の重鎮だった、なんてことはないわよね……?」
「だとしたら世も末だな」
「そうよね……となると」
彼女は私とヘルマンを数度見比べ、最後にヘルマンに目を留めた。
「実は王子様、だったりして?」
ヘルマンが吹き出した。
「なんで俺なんだよ。従士だって言っただろ?」
「だってほら、体格とか……」
「あー……? なるほどな。だが違うよ、隣におわすのが王子様だ」
ヘルマンに手で示された私は、小さく頷いた。
「いかにも私が国王アレクシアレスが長子、ディオスだ」
マリーは仰天したようで、口に手を当てて息を呑んだ。本当に表情が豊かな女だな、と面白がるのも束の間――彼女が吐いた次の言葉には、私も眉根が寄るのを堪えきれなかった。
「あの忌み子のディオス王子!?」
「……。まあ、神官から見ればそうなのだろうな」
「あっ……ごめ……いえ、失礼致しました……」
「構わないよ。事実でもあるのだからね」
私は国王アレクシアレスの長子である。だが
我が産みの母は、王の侍従神官であった。そして神官は、生涯純潔が求められていた――その掟を破った者には、神が大いなる罰を与える。そう信じられているし、それは事実であった。
「この身は確かに神々に呪われている。あらゆる神聖魔術を打ち消してしまうのだからね」
私の身体は、治癒や増力の魔術を受け付けない。神々の加護を受けられぬのだ。呪われているだの、忌み子だのと呼ばれる所以である。
神々はどうにも底意地が悪いらしく、禁を破った当人アレクシアレス王ではなく、その子供に呪いを与えた。こうして王は忌み子を長子として抱えることになった。それこそが彼への神罰であった、というわけだ……もっとも、その1年後に正妻が男子を産んだので、王室は安泰なのだが。
ともあれそのせいで弟が王太子となり、私は「呪われているうえに、中途半端に王位継承権を持っている」邪魔者扱いされるハメになった。
マリーはすっかり黙り込み、うつむいてしまった。私の血筋や怒りを
「気にするな、マリー。こんな生まれではあるが、小さいとはいえ荘園を貰って悠々自適に生活させてもらっているのだ。父のしたことを思えば、国民全てから恨まれても文句は言えまいよ。忌み子と
――嘘だ。それが嫌で、私は善人たらんとしてきた。誰にも後ろ指差されない人間になりたいのだ。
「……ともあれ、忌み子たるこの身が国王裁判に招かれるとは私も予想外だったな。てっきり私は王に忘れられたものと思っていたのだが。覚えていたとしても、下級裁判で適当に裁かせておけば良いだろうに」
マリーは悲痛な表情で何かを言おうとしたが、衛兵の声がそれを遮った。
「国王陛下の
全員が一斉に片膝をつき、頭を垂れた。扉が開く音に続き、1人の足音が響いてきた――その瞬間に、ずしりと空気が重くなった。もしいま上を見上げてみたのなら、天井が私たちを押しつぶそうと迫ってきているかもしれない――そんな馬鹿げた妄想を抱かずにはいられない。国王アレクシアレスとは、そういう威圧感を
「面を上げよ」
王の声――命令に従い、顔を上げる。気づけば王は玉座に腰掛けていた。眼光鋭く、いかめしい顔をした男。茶色の髪と髭には白いものが混じってはいるが、身体は未だ衰えを感じさせない――それどころか、隆々たる筋骨はヘルマンのそれを上回っている。マリーがヘルマンを王子と勘違いするのも無理はない。私は母に似たのか細身だからな。
アレクシアレス王は一同を見渡し、小さく頷いた。すると法務官が心得たとばかり、前に出た。
「ではこれより、昨晩ディオス王子とその従士ヘルマンが王都市民2名を殺害した件について、裁判を執り行います」
全員に偽証しないことを宣誓させた後、法務官は順番に尋問を始めた。私とヘルマンとマリーは、事の次第をありのままに話した。
ヘルマンはもとより弁舌が得意ではないので言葉数少なく。マリーは意気消沈しているせいか、ややたどたどしく。そして私は――アレクシアレス王が多言を好まぬことを知っているので――実に簡潔に。それぞれそのように証言した。
国王は頷きもせず、黙ってそれを聞いていた。法務官は悪漢たちの死体に目をやった。
「……では続いて被害者側の尋問に移るが。市民バカディスならびに市民アホイニクス。証言が可能なら申すがよい」
静寂。死体が喋らないのは誰にでもわかっているが、様式というのは大事なのだ。法務官は咳払いをひとつ、バカディスとアホイニクスの妻たちに視線をやった。
「証言は不可能な状態であるが、その身を裁判の場に運んだ誠意を賞して、その縁者たちが代理証言することを認める」
その身をここまで運んだのは妻や人夫たちなのだが、様式というのは大事なのだ……まどろっこしいが。
バカとアホの妻たちは法務官に促されるや、涙ながらに、
「王よ、我が王よ、お聞きください! 私たちは昨晩夫たちが何をしていたのか、確かな証言をすることはできません! しかし自信を持って言えることが1つあります、それは夫たちが心優しい性格で、追い剥ぎをするような人間ではないということです! 我が家は決して裕福ではありませんでしたが、それでも夫たちは毎日、それがたった1切れのパンであったとしても、必ず食べ物を持ち帰って家族を養っていたのです! 私たちを餓えさせまいとする心優しい男たちでした……昨晩だってきっと、何か食べ物を譲って貰うか恵んで貰うかするため、恥を忍んで出歩いていたに違いないのです!」
おやぁ? と思いつつ、この女たちは下手を打ったな、と私は内心ほくそ笑んだ。王は多言多弁を嫌う。有利な裁定を引き出そうとしているのだろうが、そのやり口はアレクシアレス王に対しては不適切と言わざるを得ない。実際、王は人差し指で肘掛けをコツコツと叩き始めた。
女たちはさんざん喋った後、最終的に次のように「証言」を締めた。
「――我々は夫たちの無実を信じていますが、かといって王子殿下に厳罰を求めるようなことは致しません。王子殿下が斬首や利き腕切断刑になったとしても夫たちは帰ってこないのですし、国王陛下におかれましても実子にそのような刑を命ずるのは心が痛むでしょう……ですので私どもとしては、罰金刑で心を慰める準備がございます」
まあ、そんなところだろうなと思った。証拠が不十分な殺人事件は、殺した側に罰金を課して手打ちとする場合が多い。今回の私たちのように完全な正当防衛であった場合は不本意なことになるが、捜査手段が限られているのだから仕方ない。
――だがその場合、不服を申し立てて神明裁判に臨むことも出来る。ようは「決闘してね。本当のことを言っているなら、神々が助力してくれて勝てるはずだから! 勝ったら無罪!」というシロモノだ。王が女たちの主張を受け入れるなら、私はこの神明裁判を要求する心づもりだ。
ここで王は、法務官に問うた。
「貴様はこの件、どう裁定すべきと考える。意見を述べよ」
「申し上げます、我が王。ディオス王子は正当防衛による不本意な殺人であると主張しておりますが、証言者が足りませぬ。よって証拠不十分とし、慣例に従い、大金貨8枚の罰金刑に処するのが第1案」
大金貨1枚は、1年間の食費に相当する。それが8枚ともなると……荘園の畑を幾つか売らねばならないな。呑めなくもないが、呑みたくはない。
法務官は続きを話す。
「ですが王子側の証人は神官です。彼女が偽証していることはまずあり得ないでしょう。よって正当防衛は事実と見做し、無罪とするのが第2案となります」
まあ、それが妥当だろうなと思う。ただのチンピラ一家と神官とでは、信用度が違いすぎる。
となると問題は王の心象だろうな。悪漢の妻たちは確かに多言を
王は頷き、立ち上がった。
「判決を下す――」
全員が固唾を呑んだ……だがその瞬間、扉から1人の衛兵が飛び込んできた。王が睨みつける。
「何事か」
「申し訳ありません陛下、しかし火急でお耳に入れるべき告発が入ってきまして……」
「告発だと? 申してみよ」
「はっ。えー、この裁判のことを聞きつけた市民たちが先程押しかけて参りまして。曰く『バカディスはクズだ! あいつにカネを脅し取られた!』だとか『アホイニクスはカスだ! うちの婆さんに無価値な壺を高額で売りつけた!』……などなど」
「……」
「話を聞いてみますと、バカディスとアホイニクスはどうも暴力で近隣住民多数を脅し、金品を巻き上げていたようで。そういうわけで彼らが死んだとたん、脅されていた市民たちがこれ幸いと、告発に踏み切ったようです」
なんということだ。悪漢どもは真実悪党であった。彼らの妻たちは、顔を青ざめさせていた……お前らもお前らで、よくもまああんな証言できたな。
ヘルマンがボソッと呟いた。
「こりゃ勝ったな」
「だろうなぁ……」
これで私に罰金刑でも下そうものなら、王は市民の信頼を失うだろうな。
王は告発を報告した衛兵をねぎらった後、バカディスとアホイニクスの妻たちを睨みつけた。
「衛兵。この女どもを捕らえ、拷問にかけて余罪を吐かせよ」
衛兵たちが悪党の妻たちの両脇を抱え、地下牢の薄暗い拷問部屋にぶち込むべく引きずっていった。
「アアーッ! 美しくも残虐なる王都裏路地の女王と呼ばれた私たちがこんなところで!」という絶叫が聞こえたが、扉が閉じると、謁見の間に静寂が戻ってきた。
視線が自然と王に集まる……誰もが「なら、ディオス王子は無罪でしょう?」と目で訴えていた。
王はため息ひとつ、私を睨みつけた。獅子に睨まれたような気持ちになるが……無罪にせざるを得ないだろう、という安心感に頬がほころぶ。果たして王は、よく響く声で判決を告げた。
「判決を下す。――王子ディオスを流刑に処す」
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