中編


 窓際に座っていると、日々、いろいろな音が聞こえてきます。

 我が校は高台に位置していますので、大通りからも遠く、おかげで車の音はほぼ聞こえません。線路が近くを通っているので、時折ゴーという音がする程度。

 あとは、校庭でおこなわれている体育の号令や、競技に従事する生徒たちの声ぐらいです。放課後になれば、部活動の音へ変わります。これもなかなかオツなものです。

 ですが今は授業中。

 英語教師が発する呪文のような響きは、睡眠導入効果がありますね。

 ゆらぎ、というやつでしょうか。


 わたしの前では、殿村くんが寝ています。

 さきほど申し上げましたが、今は授業中です。

 でも、豪快にイビキをかいて寝ていらっしゃいます。

 よいのでしょうか?



 殿村とのむらたくみくんは、転校生です。

 義務教育期間であれば、ままあることでしょうけれど、高校生になっての転校なんて、あるのですね。これまた、おうちの都合でしょうか。

 大変ですね。おつかれさまです。


 とかく転校生なる存在は、人目を引くものと相場は決まっています。

 かくいう彼も、なかなかに鮮烈なデビューを飾りました。

 眉目秀麗な殿村くんは、それは女子に囲まれまして、一部男子らの舌打ちをほしいままにしました。

 かの蜂谷帝国も彼を国民として迎え入れようとしたのですが、「興味ないんで」とすげなくお断りしたものですから、反帝国派の男子からは英雄視されました。

 女王蜂――おっと、蜂谷さんをこころよくおもっていない女子のハートも鷲づかんだようで、告白タイムが連続しました。あかねさす放課後の教室、というやつです。

 ロマンチックです。

 少女漫画の世界です。

 告白場所を選んだ女子は、わかっていますね。


 だというのに、お断りしてしまうのですから、殿村くんはクールガイです。

 え? なぜわたしが知っているのかですか?

 それはですね、彼女たちがわたしがいることに気づかず、はじめてしまうからですよ。

 わたしだってできればご遠慮願いたいところです。

 恋に目が眩んだ彼女らは、わたしのような影のうすい『おひとりさま』なぞ、目に入っていないのです。

 ですから、わたしにできることといえば、机の下に埋まってこっそり静かに、ひたすら貝になることでした。


 ここは海。

 水平線に夕陽がしずむ、砂浜です。

 波に攫われて流れてきた貝が、わたしです。

 波打ち際、水にさらされ角も取れ、すっかり丸くなりました。

 さくら色の、きれいな貝を希望します。

 静かに、静かに。


 けれど殿村くんだけは、わたしに気づいていたようです。

 わたしがそのことを知ったのは、三度目の告白のあとでした。




「覗き?」

「ちがいますっ」


 あわてて頭をふりました。手だってぶんぶん振ります。

 否定です。否定ったら否定なのです。

 すると殿村くんは、そのクールガイな表情を崩し、笑ったのです。

 それはまるで雪解けでした。

 私のこころに春が到来です。


「ヘンな奴だな」


 ……そうかも、しれません。




 それ以来、わたしは殿村くんとはおはなしをするようになったのです。

 殿村くんときたら、休憩時間に船出しないのです。どこの島に行ってもきっと歓迎されるはずなのに、いつだって自分の島に――椅子に座っています。

 窓を背に室内を眺めながら、まるで独り言のように、わたしにはなしかけてくるのです。殿村くんも、いまでは立派なロンリーウルフです。


 ヘンな奴だとわたしに言いますが、殿村くんだってじゅうぶんに変わっているとおもうのです。

 わたしはたぶん普通なのです。

 ヘンになるのは、殿村くんのせいなのです。

 彼と接するときだけ、わたしはおかしくなってしまうのですから。



 そもそも、おなじ『おひとりさま』でも、わたしと殿村くんは違う種類の『おひとりさま』だとおもいます。

 わたしは、みんなにとって空気のような存在ですが、殿村くんはそうではないのです。とっても頭がいいですし、運動神経だってバツグンらしいです。体育は男女別におこなうので、実際に見たことはありませんけど、運動部から勧誘されているのですから、有望株なのでしょう。


 先輩や同級生からの誘いもすげなくお断りする殿村くんは、お断りマスターです。

 なにもかもをお断りしてしまう彼を、わたしはひそかにそう呼んでいますが、なんだか哀しいことだともおもいます。

 わたしは年季の入った『おひとりさま』ですが、殿村くんはそうではないのですから。

 他の方々と楽しくおはなしをしたり、お出かけしたりするべきなのです。どうしてわたしにかまうのでしょう。

 なんだか、苦しくなるのです。


 日を追うごとに、わたしは苦しくなりました。ぜんぶ、殿村くんのせいです。グーグー寝ている背中をぺちんとやりたくなりますが、そんなことはできません。

 なので、ただ、じっと、彼の背中を見つめました。

 教室の一番うしろというのは、よいものです。こうして見つめていても、さとられることがないのですから。

 ふと、殿村くんの背中が震えました。

 わずかに肩を跳ねさせて、ぐるりとうしろを振り返ります。


「呪った?」

「まさか」


 なんて失礼なことをいうのでしょう。

 呪ってなんていませんよ。ただ、ちょっとだけ、振り返ってくれないかしら、なんてことを考えたりしたかもしれませんけど。

 殿村くんが振り返ったものですから、そのお隣の席にいた男子もわたしのほうを見ました。

 おもわず、顔をそらせます。

 いません、いません。

 わたしはここにはいませんよー。


「……あほ」


 ぼそりと呟いた殿村くんが、どんな顔をしていたのか。

 うつむいて貝になっていたわたしは、知りません。

 呆れたような、けれど突き放した声色ではなく、どちらかといえば――、そうですね、哀しい、というような。そんな色をした声でした。


 殿村くんは、わたしを『脱おひとりさま』させたいのでしょうか。

 わたしは、今のままでもいいのです。

 むしろ、今がいいのです。

 殿村くんとおはなしできる、今が心地よいのです。

 顔をあげないわたしに、殿村くんがいいました。


「今夜、教室で待ってる」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る