ep10 圧倒的な強さの美少女
嫌な夢を見ていた。
この最強のユーザーである大空きらら様が、何の間違いか怪人に負けてしまうのだ。
夢ってのは目が覚めるまで夢だとわからないもので、それがどんなに現実味のないものであっても夢の中では違和感を覚えないんだ。だけど、いざ目が覚めてから夢の内容を思い返すと、本当に馬鹿馬鹿しい、ありえない夢だったって思って、夢で良かったってホッとする。
「そうだ、夢だ。夢に決まってる。夢だったに、決まって……」
見覚えのないレイアウトの部屋で目覚めた俺は、視界に映る情報からそれが何となく病室何だろうってことはわかった。自分が入院したことはないが、転生した時に部屋自体は見たことがある。一般人の部屋にはないであろう機器なんかがベッドに備え付けられてるし、少なくとも誰かの家にお泊りしたってことはなさそうだ。
ここがどこなのかを気にする片手間に『強化』や『加速』を発動して、安堵する。使えなくなってなんかいない。やっぱりあの豚に負けたのは夢だったに違いない。どうして俺が病室なんかで寝ているのかはわからないが、大丈夫。俺は世界で一番特別だから。最強のユーザーだから。何か問題が起きたんだとしても俺なら何とでも出来る。
身を起こして辺りを確認しようとして、ふと気が付いた。
ワンコが俺の手を握りながら、ベッドの脇で椅子に座って眠っていた。
なにやってんだコイツ。
「おい、ワンコ。起きろっ、ワンコ!」
「ん……、ぇ、あ、先輩……。目が覚めたんですね……、良かった……」
軽く声をかけ肩を揺すり、さらに頭を小突きながら少し大きな声を出すと、ワンコはようやく目を覚まして眠そうに眼をこすりながら呟くように言った。
カーテンの隙間から差し込む日の光から考えれば今は日中のはずだが、徹夜でもしてたのか?
「俺は何でこんなとこに居るんだ? 何があった? 俺には全然覚えがないぞ?」
「……本当ですか? 本当に、何も覚えてないんですか?」
「ああ。怪人に負ける夢は見たけどさ、まさかそんなことありえるわけないしな。俺が怪人に負けるなんて、そんなこと……」
「それは……、夢じゃありません。先輩も本当はわかってるんですよね? 先輩は豚の怪人に負けたんです」
「……ありえねぇ。ありえないんだよ、そんなこと!! だって俺は能力を使えてる!! 強化も! 加速も! 硬化も! ちゃんと全部使えるんだ!! 能力が使えなくなって負けたなんて! そんなの夢に決まってる!! 俺はユーザーだぞ!? 世界最強のユーザーなんだ!! 負けるわけない! 俺が負けるわけないなんだ!!」
伏し目がちに、気まずそうに言ったワンコに対して、俺は怒声をあげた。そんなことはありえないのだと何度も否定した。自分に、そしてこの世界に言い聞かせるように。
「先輩、落ち着いてください。病院ですから、少し静かに……」
「っ、ざっけんなよ……! なんでお前はそんなに落ち着いてられるんだよ! もしあれが夢じゃないなら! 全部現実だって言うなら! 俺が! この大空きらら様が勝てないような怪人が野放しになってんだぞ!? 落ち着いてる場合じゃ――」
そうだ、あんなに強い怪人を放置したらとんでもない被害が
「俺が倒しました」
「――は?」
「先輩が負けた豚の怪人は俺が倒しました。だから、落ち着いてください」
「ば、バカ言うな。そりゃお前は確かに強くなってるけどな、あの豚は俺でも歯が立たないような怪人だったんだ。そんな簡単に倒せるわけが……」
「簡単でしたよ」
やめろ
「本当に、とるに足らない雑魚でした。俺も不思議だったんです。どうして先輩があんな雑魚に負けたのか。でも、わかりました」
「嘘だ……、ありえない……、そんなはずない……」
それ以上は言うな
「能力が使えなくなったんですね? だから負けた。どんなに強いユーザーだって、オーラが使えなければ鉄等級の怪人にだって勝てやしない」
「違う!! 俺は最強のユーザーだ!!」
能力だって、使えるんだ
「だったら、抵抗してみてくださいよ」
「うわっ!? な、なんだよ! おい! はなせよ! ひっ!?」
唐突に、ワンコがそう言って俺の両手首を押さえてベッドの上に押し倒し覆いかぶさった。いつかの時みたいなおふざけや忠告ではなく、平坦な声に真顔で、鼻の先がくっつきそうなほどの距離にワンコの顔が近づき、燃えるように真っ赤な瞳で心の奥底まで見透かす様に見つめられて、少し怖い。
俺はあの時のように、咄嗟に『強化』を使って押し返そうと力を込める。ワンコも『強化』を使っているだろうが、お互いにそれを使えばどうなるかなんて結果はすでに出ている。俺が最強のユーザーだってことを今一度刻み込んでやるためにも、覆いかぶさるワンコの身体を全力で跳ね返そうとした。
だけど、動かない。どれだけ力を込めても、息を止めて顔が赤くなるほど、身体がプルプルと震えるほど全力を出しても、俺の手首を押さえつけるワンコの腕が動かない。
「お前、いつの間にこんなに強く……!?」
「俺の強さはそんな大きく変わってないですよ。俺が強くなったんじゃなくて、先輩が弱くなったんです」
「そんな……、そんなの、嘘だ……」
「少し前から様子が変だとは思ってたんです。まさか、先輩が弱体化してるなんて思ってませんでしたけど。でも、これでわかりましたよね? 一先ず怪人のことは心配しなくて大丈夫です。
それより先輩の方こそ痛いところとかないですか? お医者さんが言うには命に関わるような怪我はないってことでしたけど」
どうあがいてもワンコに力負けするということを理解した俺が、諦めるように力を抜くとワンコはベッドの上から降りて椅子に座りなおした。
問いかけてくるワンコの表情は本当に心配そうで、さっきの妙な雰囲気は何のつもりだったんだと言いたくなる。ワンコがそういうことをしてくるわけないって信じてはいるけど、押さえつけられて引きはがせないってわかった時は本当に少しだけ怖かったんだぞ。
「……お前に握られたとこが痛い」
「それはしょうがないじゃないですか。言葉だけじゃ先輩も納得できないでしょうから」
身を起こしてから、仕返しとばかりに手首をさすってジト目で睨みつけてやると、ワンコは申し訳なさそうな顔をしながらも開き直りやがった。この野郎……!
でもまあ、ワンコの荒療治っつーか、唐突な行動のお陰で少し気持ちが落ち着いたのは確かだ。それに、俺自身が弱くなったんだってことも、わからせられた。
実際のところ、ワンコが急激に俺に迫るほど強くなったわけじゃないなんてことは、薄々わかってはいたんだ。ただ、認められなかった。この俺が、世界で一番特別な存在である大空きららが、最強のユーザーではなくなってしまうということが。特別ではなくなってしまうということが。
認めたくない。だけど、認めるしかない。
「で、でもまあ、少年漫画にはこういう展開もあるよな! 一回弱体化してから凄い修行をして、さらにパワーアップするみたいなさ! そうだ、今はちょっと弱くなってても、大丈夫、すぐに強くなる。ああそうさ、大丈夫だ」
「……それは――」
「それは難しいと言わざるを得ないね、本当に残念だけれど」
年下で後輩のワンコに、露骨に落ち込んでいるようなところを見せたくなくて声を震わせながら空元気でそう言った俺に対して、いつの間にか病室に居た白衣を着た壮年の男性が心底残念だと言いたげに深いため息を吐きながら答えた。誰だこいつ。
「先生、先輩はついさっき目を覚ましたばかりなんです。その話はまだ……」
「だけど先延ばしにすれば良いってもんじゃない。本人も自分の状態は早く知りたいだろうしね。ああ、失礼したね。私は君の診察を担当した医者で、掛井というものだ。ノックはしたんだが返事がなかったんで勝手に入らせて貰ったよ。それにしても残念で残念で仕方がないよ、大空きららくん。次期ダイヤモンドクラスのトップとなり得た圧倒的な強さの美少女ユーザー。そんな君のユーザー生命が、こんな形で絶たれてしまうなんて、ほんっとうに残念だ」
「は、はぁ? な、なんなんだよ、あんた……?」
自己紹介もされたし、格好を見れば医者何だろうってことはわかるが、身振り手振りを交えて抑揚を付けながら大袈裟に語る様子は一般的にイメージされる医者の姿とかけ離れていた。
何よりこいつ、俺のユーザー生命が絶たれた、なんて言いやがった。ふざけやがって。そりゃあ弱くなっちまったことは俺だって残念だけど、それならまた強くなればいい話だ。そうさ、俺だって最初から強かったわけじゃない。原作知識にない弱体化なんて現象に焦って取り乱したしナイーブになってしまったが、ここからまた這いあがってやる!
「私は君の大ファンでね。ファンクラブにだって入っているほどさ。強さと美しさを兼ね備えた君の戦いぶりときたらもう! 始めて君の戦いを見た時は興奮で夜も眠れなかったくらいさ」
「先生、その話は初耳なんですが……?」
「つーか本題に入れよ! ユーザー生命が絶たれたってどういうことだよ!」
普段ならファンクラブの会員という俺の奴隷とも言い換えられる連中には多少愛想を振りまいてやることもあるが、今はそんな余裕はない。俺は声を荒げて掛井とかいう医者に話の続きを促した。
「失敬、生の推しを見て少し興奮してしまった。本題だけれど、大空きららくん、君はある病気を患っている可能性が高い。オーラ不全という言葉に聞き覚えはあるかな?」
「……いや、ないな」
「無理もない。国内でもこれまでこの病気が確認されているのは僅か2例、国外でもそう多くはないからね。むしろ知っている人の方が少ないだろうさ。いわゆる奇病というやつだけれど、直接命に関わる様なものでもないから話題性も低い」
だから、原作には出てこなかったのか。
オーラ不全なんて言葉は作中で一度も登場しなかった。それは物語に直接影響するような要素ではなかったからだろう。そもそもこんな病気の設定があったのかだってわかったものじゃない。
そりゃそうだ。原作に出てこない怪人だっているし、それに殺される一般人だっている。原作に出てこなかった病気があったって何もおかしくはない。
だけどまさか、自分がそんな病気にかかるなんて思っていなかった。何があっても自分だけは大丈夫だと、根拠もなく思っていた。
「それで、結局それになるとどうなるってんだよ!?」
「名前の通り、と言いたいところだけど少し違う。この病気にかかると、自身のオーラを精密に扱うことが出来なくなるんだ。簡単に言うなら、オーラを使う『手』が不器用になる、というところかな。オーラ自体がなくなるわけじゃないけれど、その恩恵はほとんど失われる。昔の医学ではそれをオーラが不活性化したと捉えていたみたいだけれど、近年の研究でオーラの操作に影響を与えているんだということがわかってね。ユーザーならさっきの説明でよくわかっただろうけれど、より一般人向けに言うと、能力が使えなくなるってことさ」
「で、でも! 俺は今も能力を使えてる! さっきだって出力は落ちてたけど使えないわけじゃなかった!」
俺はちゃんと能力を使えてる。
そうだ、使えてるんだ。能力が使えなくなるだなんて、そんな病気なわけない。
もし、もしもそんな病気に罹ってしまってたら、修行がどうだとかそんなレベルの話じゃない。俺は、ユーザーじゃなくなってしまう。
嫌だ
それだけは嫌だ
絶対に嫌だ!!
「今はまだ、ということだろうね。症状が進めばいずれ全く能力を使えなくなる。末期まで進行してから回復した事例は、今のところ0だ。手術や薬で治るものでもない、不治の病というやつさ。直近で能力を使おうとしても使えなかったことはあるかな?」
「……っ」
掛井の問いかけを受けて、咄嗟に豚怪人の攻撃を避けようとした時のことと、首を絞められ暴れた時のことが頭によぎる。確かに俺はあの時、何の能力も使うことが出来なかった。オーラを使い切っただとかそんな感覚じゃなかった。普段は大して意識しなくても出来る、歩いたり物を掴んだりといった行動が、とても難しく、ぎこちない動きになったかのようだった。
それはまさに、オーラを掬い上げ能力へと昇華する特別な『手』が不器用になったという表現と一致していた。
心臓がバクバクと激しく鼓動する。
信じられない、信じたくない可能性に眩暈がする。
「それが今回ということで間違いなさそうだね。進行の過程で症状には波があるとされているが、恐らくすでに末期に片足を突っ込んでいる状況だ。悪いことは言わないから、今日をもってユーザーを引退することをお勧めするよ」
「まだちゃんと検査したわけでもないんだろ!? だったらちゃんと診てくれよ!! もしかしたら違うかもしれないだろ!?」
たとえそんな病気があって!
それに罹ると能力が使えなくなるんだとしても!
俺が本当にそうなったかなんてまだわからないはずだ!
「私の知る限り老化以外にオーラの力が弱まるなんて聞いたことはないけれど、君がそれを望むのなら、もちろん私に出来る限りのことをすると約束しよう。とはいえ、そうすぐに出来るものでもないからしばらくは安静にしてると良い。首のあざとお腹の内出血はオーラの影響で治ってるみたいだし、怪人に付けられたそれも日常生活を送る上では問題なさそうだからね。時間経過で消えるだろうさ」
掛井は自らの首と腹を人差し指でとんとんと叩きながらそう言って部屋を出て行った。
最後に何か言っていたのはまるで気にならなかった。俺の思考を埋め尽くしていたのは、希望的な観測と、絶望的な不安。掛井が知らないだけで……、ちょっとだけオーラが弱まるだとか、一時的に能力が使えなくなるだとか、そういう病気だってあるかもしれない。……だけど、本当に掛井の言う病気なのかもしれない。むしろその可能性の方が高いんだろう。そうしたら俺はもう、ユーザーじゃない。
「先に聞いてたのか、ワンコ」
ワンコは掛井の話を聞いても顔色一つ変えなかった。
そして話が終わった今も、まるで最初から全て知っていたかのように落ち着いている。
この話は俺だけの問題じゃない。俺たちチームの問題だっていうのに、ワンコは至って冷静で……。
「……はい」
ドンと強くベッドを殴りつける。
ワンコは何も悪くない。けれどこのままでは当たり散らしてしまいそうだ。どうして俺だけが、お前は良いよな、新しいチームを組めばいいんだから、俺を捨てるのか、なんて言葉が今にも飛び出しそうで、嫌になる。
ユーザーの力を失うかもしれないってのに、それに加えてそんなみじめな姿は見せたくなかった。
「帰れ」
「でも、」
「頼む……、こんなことでお前と決別したくない」
「……わかりました」
俯いたまま、ワンコを一瞥もせずに絞り出す様にそういうと、ワンコは少しの間を開けてからそう答え出て行った。
個人用にしては広い病室の中で、俺は一人になった。
「うっ……ぐずっ……なんで、なんでだよぉ……」
泣きつかれて眠りに落ちるまでの間、俺は枕に顔を押し付け声を殺して涙を流し続けていた。
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