ep8 ただの平凡な美少女に成り下がって

 最近何かがおかしい。思えば、何日か前に分裂する怪人を倒したあの日から妙だった。あの時は単なる相性の問題で俺の攻撃が通用してないのかと思ったが、ここんところ同じような状況が続いてる。『加速』を使っても怪人を振り切れないし、『強化』を使っても一撃で倒せない。『硬化』を使ってるのにダメージが通ってきたり、とにかく今までに比べて怪人が強すぎる。

 そのくせ、ワンコの攻撃ではあっさりと倒せるんだ。それもまた妙な話だった。ワンコはあまり『加速』が得意なわけじゃない。だから、俺の『加速』についてこれるほどの怪人相手にワンコの攻撃を当てるのは至難の技だ。そのはずなのに、ワンコが怪人たちに苦戦してる様子はない。

 まさか、俺が弱くなったのか……? いや、そんなはずはない。ありえるわけがない。原作にだって、オーラの力が弱まるような描写はなかった。加齢と共に少しずつ衰えはするみたいだけど、それはもっとずっと先の話のはずで、むしろ今の俺の年齢ならオーラの力はまだまだ成長するはず。

 だとすれば、ワンコが俺に迫るほど強くなったと考えるのが自然だろう。あいつには才能がある。いずれ俺に並び立つほどのユーザーになるとは思っていたが、まさかここまで成長が早いとは。相性の問題もあるだろうが、うかうかしてると追い抜かれるか? いや、流石にそれはないだろう。とにかく、俺が弱くなったんじゃない。ワンコが強くなったんだ。


 俺は最強だ。選ばれた人間だ。この世界は俺のためにあって、俺は一番特別な存在。

 そんな俺が弱体化するなんて、道理が通ってない。絶対に何かの間違いだ。


「ブハハハハハ! 逃げろ逃げろブヒィ! 俺様の強さに恐れおののくブヒィ!!」


 そんなことを考えながら、都会に出て俺の可愛さを引き立てる流行の洋服でも買おうとしていた土曜日のお昼ごろ。田舎の中でもギリギリ栄えてると言えなくもない駅前に、何の前触れもなく二足歩行の豚型怪人が空から落ちて来た。


 怪人が着地したのは客待ちをしていたタクシーの上で、車両はその重さに耐えきれず歪な形で押しつぶされ、次の瞬間爆発した。

 唐突な出来事に全く反応できなかった。タクシードライバーは流石に死んでしまっただろう。あまりにも運が悪い。もしもほんの少しでも違う場所で停まっていたら、その命が奪われるよりも早く助け出せたはずだったのに。


 怪人は燃え盛る炎と立ち上る煙の中から何事もなかったかのように姿を現し、癇に障る高笑いをあげながら近くにあった車を持ち上げて逃げ惑うモブどもに投げ付けた。


 これ以上やらせるわけがない。

 投擲された自動車に『加速』で追いついた俺は、それを受け止めてゆっくりと地面に降ろす。投げられた衝撃で中の人は気を失ってるみたいだ。さっさと片付けて救急車を呼ぶべきだろう。


「おいブサイク豚野郎! 最強のユーザー大空きらら様が相手になってやる!!」

「ブヒィ!? だれがブサイクブヒィ!? ぶっ殺してやるブヒィ!!」


 頭の悪そうな豚怪人を挑発して注意をひきつける。ここ最近のことを考えるとワンコの到着を待つべきだったかもしれない。しかしそうするとモブどもの被害は広がる一方だし、何より最強の俺が怪人如きに恐れをなしたと思われるのは癪だ。

 ワンコが来るまでどれくらいかかるかはわからないが、ちょうど良い。ここらで今一度証明してやる。俺が世界最強のユーザーだってことを。

 そして後悔させてやる。俺が居る場所にのこのこと出現したことを。





 鈍重そうな見た目に反してそれなりに素早い豚怪人の一撃を、ギリギリのところで回避してカウンターをお見舞いする。

 こいつの等級がどの程度なのかはわからない。だけど俺にとって、怪人なんてどの等級でも相手にならない雑魚だ。本来ならそのカウンターの一撃で跡形もなく消し飛んでいるはず。それなのに、怪人は痛そうに表情を歪めるだけで明確な有効打になっているようには見えない。


 この攻防はすでに二桁を超える回数繰り返されているが、豚怪人の動きに陰りは見えない。向こうの攻撃が俺に当たることはないが、こちらの攻撃も大したダメージになっていない。こういうのを千日手、というんだっけか?


「ちょこまか鬱陶しいブヒィ!」


 豚は大して頭は良くなさそうで技術もない。

 怒りに任せて繰り出された大振りのパンチは地面を砕くが、そこに俺はいない。

 見え見えの軌道を掻い潜り懐に潜り込んだ俺は、怪人の鳩尾を全力で殴りつける。


「ブヒィ!? いてぇブヒィ!! 昼飯のとんかつ吐きそうブヒィ!」


 共食いかよ、なんてツッコミを入れる暇もない。こんな野良の怪人ですら俺の動きについてきやがる。本当に嫌になるな。基本的に俺が本気を出せば、カブトムシの時みたいに相手は何をされてるかもわからずに死ぬはずなんだ。だというのに、この豚野郎はほぼ互角。こんな頭の悪い弱そうな怪人が、あのカブトムシよりも強いなんて信じられない。ここのところいつもこの調子だ。原作に出てこなかっただけで、カブトムシよりも強い怪人は珍しくもなかったってのか? そんなことがありえるのか?


「よくもやってくれたブヒィ!!」


 俺が思案しているのを隙と判断したのか、学習能力のない豚が今までと同じように大きく腕を振りかぶって直線軌道で迫る。

 何度やっても無駄なことだ。確かにこの豚野郎はタフで、それなりに素早いみたいだけど、総合的な強さでは俺に及ばない。この前の分裂怪人と同じで、ワンコの到着を待てば勝てる相手だろう。


 チッ、まさか俺が、世界最強のユーザーであるこの大空きらら様が他人の助けに期待する日が来るなんてな。クソッたれな気分だぜ。


 信じられないし信じたくないが、近ごろ怪人のレベルがあがってきているようだ。なにせこの俺様が苦戦するレベルの怪人がポンポン湧いて出やがる。原作ではそこまでインフレしてなかったはずだが、バタフライエフェクトってやつか? その割に他の地域で手に負えないような怪人が頻発してるような話は聞かないが……、まあいい。この戦いが終わったら修行のやり直しだ。


 そんな、これからの予定を頭の片隅で組み立てながら、余裕を持って豚怪人の殴打を回避しようとした俺の足から、唐突に力が抜けた。


 全身に鉛をくくりつけられたかのように身体が重くなり、重なる筈のなかったパンチの軌道と俺の身体が重なってしまった。避けられない。思考は間に合っても身体が追いつかない。


 理屈で判断するよりも早く、直観的に理解する。

 『強化』『硬化』『加速』の全てが、解除された。


「なぁ!? ――お゛ぉ゛うぇ゛っ!」


 衝撃


 柔らかい自身の腹にスイカよりも大きな握りこぶしがめり込む感覚が、やけにゆっくりと感じられる。


 咄嗟の出来事に混乱したのはほんの一瞬のこと。


 腹部に走る激痛、投げ出された身体が地面を転がる感覚、せり上がる嘔吐感、それらがいっぺんに俺を襲い、何かを考える余裕もなく、俺はうつ伏せの状態で何とか上半身だけを腕で支え起こし胃の中身を地面にぶちまけていた。


 痛い痛い痛い痛い!?

 腹が、腹がぁぁぁ!?


「げえ゛っ、お゛え゛ぇ゛ぇ゛っ……はぁっ……はぁっ」


 何が、何が起きた!?

 どうして俺が、最強の俺がこんな!?


「汚いブヒ、ねぇ!」

「お゛っ――」


 出す物もなくなってわずかに息が整いはじめたところで、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべた豚が近づいてきて俺の腹を蹴り上げた。

 さっきのパンチに比べれば本当に軽く小突くような強さのそれも、今の俺にとっては拷問のように感じられるほどの激痛だった。

 抵抗も出来ず転がされた俺は、焼けるような痛みに腹を抱えて縮こまることしか出来ない。全身が痛みに支配されて、戦うだとか、この豚を倒すだとか、そんなことを考える余裕は少しもない。


 久しく忘れていた感情。

 最強の力を手にして以来一度として感じたことのなかったそれは、恐怖。


「ひぃっ……!」


 苦しむ俺の姿を楽しみように、ゆっくりと豚が迫る。

 その姿に、自分が出したとは思えない、思いたくないほど情けない悲鳴が漏れた。

 動かなければ、逃げなければとわかっていても、痛みと恐怖で身体が竦み上がって動かない。


「ブヒヒィ、弱すぎブヒィ」

「ひっ、あ――、かはっ――」


 ごつごつとした太く大きな手が俺に向かって伸ばされ、情けない悲鳴を上げて身をよじるが逃げることなど不可能だった。

 異臭を放つ豚の手は俺の白く細い喉を掴み、吊るし上げるように身体を持ち上げた。手に加えられた力は徐々に強くなっていき、最初は腹部の痛みの方に意識の大部分を持っていかれていたが、首を絞められて呼吸が出来なくなり始めてからは腹の痛みなど意識の外に追いやられた。


「カヒュ――」


 死ぬ……!

 死んでしまう!

 死にたくない!!


 恐怖か、あるいは窒息による生理的反応か、目尻に涙が浮かび頬を濡らす。

 抵抗するように足をじたばたと動かし、喉を掴む腕を引きはがそうとするが、びくともしない。


 早く、オーラを……! 『強化』を……!


 いつもなら息をするように自然に使えるはずの力が、使えない。

 何でも良いから発動してくれと恐怖に支配された思考で、藁に縋るように『硬化』や『加速』、普段は使わない『射撃』まで発動を試みるが、全てが不発。まるでオーラの力を失ってしまったかのように何も出来なかった。


 その瞬間、最強のユーザーである『俺』は死んだ。

 オーラを使えない俺は、世界で一番特別な存在なんかじゃない。

 ただの平凡な美少女に成り下がってしまった。


「――――」 


 誰か……

 たす……け、て……


「ブヒヒヒヒィ! よく見たら結構可愛いブヒィ! 良いこと思いついたブヒィ! お前、オデのお嫁さんにしてやるブヒィ! 弱っちいから守ってやるブヒ! 子作りするブヒィ!」


 意識はほとんど失われていて、豚が何を言っているのかなんてまるで届かなかった。

 ただ、掴まれてる喉と殴られたお腹に薄気味悪い奇妙な感覚とわけのわからない熱さが走り、それがひたすらに不快だった。

 そして、そんな不快感すらも徐々にわからなくなっていき、太股にぬるま湯のような何かが流れ落ちるのを感じながら、俺の意識は暗闇に閉ざされた。


 最後に霞んでいく視界に映ったワンコの姿が現実のものだったのか、助けを求める俺が見た幻だったのか、俺にはわからなかった。

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