ep7 水面に映る姿すらマジ美少女

 一人暮らし用の1kアパートにしては少しだけ大きい風呂に足を延ばして浸かりながら、たわわに実った自分の胸にそっと触れる。自分が生まれ変わったんだってことを一番実感するのは、やっぱりこうやって自分の身体を見て、触る時だ。


 柔らかく、それでいて張りがあり瑞々しく美しい。我ながらナイスおっぱい。


 しかし女体に触れているにもかかわらず、喜びや罪悪感、羞恥心は感じない。それは、この身体が他でもない俺自身だということを意識せずとも理解しているからこそのこと。生まれた時からずっと見てきた自分の身体に、今更なにを思うことがあるだろうか。強いて言うのであれば、相変わらず美少女フェイスに勝るとも劣らない美しさ、ってところか。


 前世で男として生きて来た俺は、今生は女の身体で生まれ変わった。初めの内こそ、女として生きていくなんてと思ったこともある。だけど数年もしないうちにそんな思いは薄れていた。それが、身体に意識が順応した結果なのか、あるいは成長するにつれて輝きを増していく可愛さにあてられたからか、オーラの影響で男女の力の差なんてあっさりと覆るようになったからなのか、切っ掛けは自分でもよく覚えていない。一つ言えるのは、思い出せなくてもなんとも思わないほど、今の俺にとってはどうでもいいということ。そんなことより自分の可愛さを世に知らしめることの方がよっぽど大事だ。


 正直に言うと、そもそも性別のことで本気で悩んでた時期なんてないんだ。本当に小さい頃は性差を感じることなんてほとんどなかったし、ここが「User」の世界だと気が付いてからは性別のことなんかよりも身の安全を考えることの方が重要だった。オーラに目覚めてからはその特訓で忙しかったし、プロユーザーの資格を取る頃にはすっかり自分の可愛さに優越感を感じるようになってたからな。水面に映る姿すらマジ美少女。


 恋愛や性欲の対象にしたってあやふやで、俺自身が可愛すぎるせいでその辺の女子を見ても好きとか可愛いとか思う以前に俺の方が可愛いなと思ってしまう。ドキドキしたりムラムラしたりとか、そんなレベルにすら達していない。

 じゃあ逆に男ならどうかと言えば、別に男の肉体に興奮したり安心感を覚えたりもしない。絶対に男は無理だってほど拒否感があるわけじゃないが、積極的に良い仲になりたいとも思わない。

 別に恋愛がしたいとか、子供が欲しいとかって思ってるわけでもないから、自分の内面がどっちつかずであることを深く考えたこともないし、向き合ったこともない。


 つまり俺には悩みがない。


 なにせ俺は最強無敵にして世界一の超絶美少女、大空きらら。それこそが唯一にして絶対の真理。何も難しいことなんて考える必要はなく、ただそこにあるだけで他の何者よりも価値のある世界で一番特別な存在なのだ。





 熱い……


 またやってしまった。

 風呂に入って自分の身体や顔を見てるとついつい自分の美しさや可愛らしさに夢中になってしまう。

 内心で自画自賛をしてるうちに結構時間が経っていたようだ。それに気が付いたのは、段々と考え事をしている自分の頭がボーっとしてきたからだ。のぼせてしまったらしい。

 若干ふらついた足取りで風呂から上がり、最後にぬるめのシャワーで軽く汗を流して浴室を出る。ジメジメとした暑さの初夏とはいえ、風呂に長時間浸かっていた身体には心地いい涼しさを感じさせる。身体の芯はまだまだ熱いが、少しずつ楽になってきたような気がする。

 ぐらつく脳みそを酷使して一通り全身を拭き終わり、タオルを首にかけ乱雑に拭いただけの湿った長髪を揺らしながら、脱衣所から六畳一間の居住空間へ移動しようとフラフラとした足取りで歩みを進める。


 それにしても身体が熱い……。

 頭がクラクラする……。

 こんなことなら風呂に入る前に冷房をつけておけば良かったな……。

 ああ、服を探さないと……。

 とりあえずタオルだけ引っ張り出して風呂に入ったから着る服がない……。

 あと、それから……、

 ……頭がうまく働かねぇ


「先輩いますk――あああ!? な、なにしてるんですか!!」

「おおー、おかえりーワンコォ。――ッ!?」


 丁度脱衣所を出て部屋と部屋を結ぶ通路を歩いているところでワンコが帰宅し、凄い勢いで玄関を閉めると同時に顔を逸らした。

 のんびりと返事を返しながら、そのワンコの反応に自分が今どういう状態であるのかを思い出し、熱でフワフワしていた思考が一瞬で覚醒した。


「お、お前なぁ! ~~っ、俺も悪かったけど気をつけろよっ。シャワー借りるって言っといただろっ」


 咄嗟に脱衣所へと翻り顔だけ出してワンコを怒鳴り付けようとしたところで、流石にこれは俺にも非があることを自覚して少し文句を言うだけに留めた。くそっ、さっきとは違う意味で顔が熱いぞ。恥ずかしいなぁもう! こんなあからさまラッキースケベが現実で起きるとかあり得るのかよ! 前々から思ってたけどこの歳で一人暮らししてることと言い、ラノベ主人公みたいなやつだな!


「え……、あ、はい。すいません……」


 俺の言葉を受けて、ワンコは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔で何とも気のない返事をしてきた。ワンコから向けられる視線には大きな困惑が含まれているのが感じられた。


「美少女の湯上り全裸を見といて何だその反応は! 偶然だから俺は悪くないってか! ちょっとは悪びれろこの変態!」


 一度は我慢したがワンコのあまりの反応の薄さに少しだけムッときてやっぱり怒鳴りつけることにした。

 ラノベ主人公ならラノベ主人公らしくラッキースケベに遭遇したら謝れ!


「……いっつも頭悪そうな色仕掛けとかやってるくせに、裸を見られるのは駄目なんですか?」

「アホかお前! このバカ犬! それとこれとは全然違うだろうが!!」


 どこの世界に何の心構えもなくいきなり裸見られて動じないJKがいるんだよ! 最初っから大人の階段登るつもりだったならともかく、どんだけ親しくても裸見られたら恥ずかしいのは当たり前だろ!

 そりゃあ俺は最強美少女だし? 見られて恥ずかしいような醜い身体じゃないけど? それとこれとは意味合いが違うだろ! 恥ずかしいにも色々と種類があるだろうが!

 この変態ワンコがよぉ、ちょっと胸チラすんのとかわざと胸押し付けんのと意図せずマッパを見られるのが同じわけねえだろうがよぉ。


「バーカバーカ! 本当なら警察沙汰だかんな! ちゃんと反省しろよ! 変態ワンコ!」

「先輩がちゃんと真っ当な価値観を持ってたのは素直に嬉しいですけど、それはそれとしてそこまで言われるのは釈然としません……」


 ぶつぶつと何やら文句を言っているワンコに着替えを要求し、腕だけ脱衣所に突っ込んで渡されたジャージを身に着ける。俺のジャージをワンコが持っているはずもなく、当然渡されたのはワンコのものであるため、丈が合わずブカブカだ。ズボンの方は紐をきつく縛って裾をまくればなんとかなったが、上の方は袖をまくってもダボダボ感が凄い。いや、ここはむしろ袖を余らせて彼シャツならぬ彼ジャージ風にした方が萌ポイントが高いか。萌袖ってやつだ。ブラが乾いてないので少しだけ擦れて痛いが、そこはまあ仕方ない。要我慢。

 脱衣所を出る前に元々着ていた肌着類を全て洗濯機に突っ込んでおく。洗濯ネットも持てないなんて生活力の低いワンコだ。


「お待たせワンコくん☆ えへへ、似合う?」


 制服を脱いで部屋着に着替えてる最中のワンコにウインクしてからくるりと一回転。最後に腕を前に出して余った袖を強調する。どうよこの湯上り萌袖美少女の破壊力は。


「はいはい似合ってますよ。着替えるからちょっと部屋の外で待っててください」

「え、やだ。男なんだから一々恥ずかしがるなよ」

「男女逆でもセクハラは成立しますからね」

「わーったわーった。後ろ向いてりゃ良いんだろ」


 ったく、最近のワンコはすぐにセクハラがどうこう言いやがって。冗談の通じないやつだ。こっちだって別に本気で野郎の裸を見たいなんざ思ってねえっての。けっ。


「あっ、つーかお湯抜いてないから風呂入って来いよ。さっき出たばっかだからまだ温かいぞ。着替えはその後で良いだろ」

「シャワー浴びてたにしては出るのが遅いと思いましたけど湯舟に浸かってたんですか……。わかりましたよ。適当に時間潰しといてください」

「洗濯機に下着とか入れたから一緒に回しといてくれ。あと干すのも任せる」

「……先輩がそれでいいなら別に構いませんけど年頃の女性としてどうなんですか。そういうの」

「別に今に始まったことじゃねぇだろ」


 ワンコの家に泊まったり風呂を借りたり遊びに来たりするのは何もこれが初めてじゃない。さすがに今回みたいな裸で鉢合わせるってことは今までなかったが、着替えを借りたり飯を作って貰ったり洗濯して貰ったりってのはもう片手で数えられないくらいあったことだ。自慢じゃないが俺には女子力がないんでね。今更一緒に洗うななんて父親嫌いのJKみたいなことを言うつもりはない。

 そんなことはワンコだって百も承知であり、ワンコの性根に染みついたお小言がポロっと漏れただけだったのだろう。実際、それ以上は特に何も言わないで風呂場に行ったみたいだからな。


 さて、男の入浴と言うのは案外短いもので、早ければ10分程度で出てくる奴もいる。前世の俺とかな。あの頃と比べると随分ちゃんと入るようになったもんだ。これも性別が変わった影響なんかねぇ。まあそれは今はどうでも良いとして、ワンコは大体20~30分程度で出てくるから、それまではやりたい放題ということになる。もっとも、本人が居たら出来ないが本人が居なければ出来ることなんてそう多くはない。今日はゲームじゃなくて映画の気分だからセッティングも必要ないし、久々にエロ本でも探すか。


 まずは定番のベッドの下。収納スペースとなっており色々しまわれているみたいだが、その中に本と思わしき物はない。流石にこんな定番のポイントに隠しはしないか。

 続いて本棚。お堅い参考書の間とか、本と本棚の隙間とか、隠せそうな場所を見てみるがこちらも特に見当たらない。

 あとは、クローゼットとかか? ……クローゼットを漁ってるところを見られたら変態扱いされそうだしここは止めておくか。俺は清楚枠の美少女だからな。


 それ以外にも、部屋中隠し物が出来そうな場所を探してみたのだが結局見つけることは出来ずにタイムリミットを迎えてしまった。ワンコが風呂から戻って来たのだ。

 いつ探してもワンコの部屋にはエロ本とかAVがないんだよなぁ。さっきの反応からして女体に興味がないってことはないだろうけど、隠すのが上手いのかなんなのか。


「大人しくしてましたか?」

「人をやんちゃ坊主みたいに言うんじゃねえ。大人しくエロ本探してたけど見つかんなかったわ。どこに隠してんだ? あ、もしかして電子書籍派?」

「はぁ、前々から何度も言ってますけど女の子がそういうことを口にするもんじゃないですよ」

「あ~、ワンコくんいけないんだ~。そういうの、男女差別って言うんだよ~? おっくれてるー! ツイフェミにチクっちゃうぞ~」

「真面目な話してるんですから茶化さないで下さい。いつかほんとに痛い目見ますよ」

「え~、痛い目って何~? きららわかんな~い。こ~んなことしたら、どうなっちゃうのかな~?」


 ジャージのジッパーを少しだけおろして谷間が見えるようにしてから、少しかがんで上目遣いをし、両腕は胸を強調するように前に出して手を膝に着く。必殺おっぱい峡谷だ。更に挑発的な言葉を投げかけてワンコを煽る。おらおらさっきみたいに顔を真っ赤にして俺を楽しませろ。

 うだうだ言ってるがどうせワンコに何かする気なんてない。こいつは無理矢理何かするようなやつじゃないからな。そういうのは相手をちゃんと見極めてやってるから問題ないっつーの。


「……こういうことですよ」

「いたっ!」


 どうせいつもみたいに澄ました顔でお説教を続けると思っていたワンコが、おもむろに俺に近づいて肩を掴み壁に押し付けた。少しだけ掴まれた肩が痛い。

 常日頃からオーラを使ってるわけじゃないというのと、ワンコから俺を害そうとする気配が感じられなかったからその瞬間だけは力負けしたが、すぐに身体能力を強化してワンコを引きはがす。さらに強引に身体を入れ替えて、逆に壁ドンしてやった。身長が足りてないから背伸びする形になってしまい少しだけ不格好だ。


 こいつ……、わざとだな。本気で襲うつもりだったわけじゃなく、俺をビビらせようとしやがった。ふてえ野郎だ。でも、残念。結局は俺が正しいことを証明することになったな。


「ほら、俺の方が強い」


 ドヤ顔で勝ち誇りながらそれだけ言ってワンコの両腕を開放してやる。別に、お互い本気でやりあうつもりはないんだ。


「気を付ける必要なんてないだろ?」


 オーラを使った俺は男にだって力負けしない。ワンコは心配しすぎなんだよ。ま、それがこいつのいいところでもあるから本気で文句があるわけじゃないけどな。こいつは人一倍優しくて、だからこそこんなに口うるさく注意してくるんだ。ったく、お前は俺のオカンかって話だ。


「……でも、一瞬は俺の方が上でしたから。油断は禁物だと思いますけど」


 上目づかいでじっとワンコを見つめながら勝ち誇る俺に対して、ワンコはふてくされたように顔を背けて苦し紛れにそう言った。人のことを言えた義理じゃないが、お前はお前で諦めの悪い奴だな。

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