ep6 天使のような美少女

 固有能力、それはユーザーの中でも一部の者だけが持つ先天的な才能。言わばそれは、運命に選ばれた特別な存在であることの証明。だから当然、世界で一番特別な存在であるこの俺が、固有能力を持たないなんてことはありえない。

 だが、固有能力は必ずしも戦闘向きであるとは限らない。身近な例としてワンコの特殊嗅覚があるように、この俺自身が持つ能力もまた、自分の戦いに活かせるものではない。


 『天使の口づけ』。口づけをした相手に自分のオーラを分け与えるっていうクソの役にも立たないゴミ能力。それが俺の固有能力だ。渡せるオーラの量は口づけする場所によって変化し、手の甲より頬、頬より口、みたいな感じで増えていく。どうせ使わないというのに無駄に凝った能力なのが苛立たしい。俺が天使のような美少女って称えてるところくらいしか褒めるとこがない。

 まあ、もしもこの能力の持ち主が俺じゃなかったら多少は使い道もあったかもしれないけど、俺には無理だ。口づけすることのハードルとかじゃなくて、俺のオーラを渡すって言うのが無理っていうか危険過ぎる。

 俺のオーラを渡したら、多分相手のオーラも一時的に獣のオーラに変化してしまう。獣のオーラによる暴走は一番最初がとくに強烈だから、ぶっつけ本番で使えるようなものじゃない。かといって、いつか使うかもしれないからと常日頃から恋人でもない相手とちゅっちゅするなんてありえない。

 だからこの能力は俺にとってないのと同じようなものなのだ。


 もっとも、そもそも俺は固有能力を持っていることをほとんど誰にも言っていないし、固有能力持ちであることを知っている数少ない人間にも本来の能力とは全く異なる説明をしているのだが……、まあそれは今はどうでもいい。


 この固有能力の有無というのはユーザーの強さに大きくかかわる要素であり、日本でダイヤモンドクラスのライセンスを持つ7人は全員戦闘向き、あるいは戦闘に応用できる固有能力を持っている。それはつまり、固有能力がなければダイヤモンドクラスに認定されることなどありえないほどに、固有能力を持っているユーザーとそうでないユーザーの実力には差があるということだ。


 そんな固有能力だが、人類にとっては嬉しくないことに怪人側にも似たような力を使う個体が存在する。そもそも怪人とて元は生物であり、あの異常な力はオーラによる影響であることは間違いないはずで、ならば当然固有能力を持っている個体が居てもおかしくはない。

 そして往々にして、ユーザーと同様に怪人もまた、固有能力を持っている個体と言うのは強力なのだ。「User」に登場した怪人は序盤こそ何の能力もない怪人が多かったが、中盤以降は固有能力持ちのバーゲンセール状態。ユーザーにとっては一部の特別な存在だけが使える能力であるにもかかわらず、作中描写だけを見ると怪人は能力持ちの方が多数派なんじゃないかと思えてしまうほどだ。

 もちろん、描写されていないだけで実際には固有能力なんて持ってない怪人の方が多かったんだろうが。


「グギャァアアァァー!」

「ガアアアァアアアー!」

「ギャァァァァー!」


 実際、こうして能力持ちの怪人と対面するのも久しぶりだしな。


 ここに至るまでの経緯を説明すると、放課後の帰り道、友達が部活で汗を流したり文化的な活動を行っているなかで、俺は一人で駅までの道を歩いていた。

 俺と同じく部活もバイトもやっていない暇人であるワンコを連れ歩くことも考えなかったわけではないが、それはなんだか俺が寂しくてワンコに構って欲しいみたいで癪だからやめた。それに、ちょっかいをかけに行って友達の一人もいないのかと憐みの目を向けられたらブチ切れる自身がある。今日はたまたま一人なだけで、友達の一人や二人は俺にだっている。

 そんなわけで、JK特有の尻までずり落ちたリュックに右手はクレープ左手はシャレオツフラペチーノを持ってお一人様を満喫しながら帰っていた。天気はあまりよくないが、両手が塞がっているのでどうか雨は降りませんようにと内心で祈りながら甘味を堪能しつつの帰路だったのだが、糖分を摂取して幸せ気分な俺を邪魔するように汚らしく不愉快な雄叫びが響いた。


 それが固有能力持ちの怪人だったというわけだ。


 叫び声の発生源に目を向ければ、蟻んこを人型にしたような気持ち悪い造形の怪人が数体一塊になって群れており、天に向かって吼えながら分裂しているのが見えた。分裂はほぼ1秒で完了するようで、しかも分裂中の怪人から更に分裂した怪人が現れネズミ算式に増えていく。本来ならそれに気づいた瞬間に怪人をぶち殺して分裂を止める必要があるが、俺は少しの間両手に持った幸福を齎す至上の恵みスイーツをどうしようかと迷い動くのが遅れてしまった。この身体は前世の時と違ってやたらと糖分が美味しく感じるんだ。だからこれを放り出して戦うのは勿体ないと考えてしまったのだ。

 分裂できる数には上限があったのか、ぱっと見で数えられないくらいまで数を増やした怪人が暴れ出し、モブどもの甲高い悲鳴が大きくなったところでようやく決心の付いた俺は、至福の甘味をそっと地面に置いて地面を蹴った。


「くたばれ虫けら!」


 シャレオツフラペチーノはまだしも、一度地面に置いたクレープを食べるのは俺の衛生観念的に無理だ。だから無駄になったクレープの恨みを拳に乗せて、逃げ遅れたモブに襲い掛かろうとしている怪人を優先して蹴散らしていく。建物だの車だのを破壊しているやつは後回しだ。こんな雑魚どもを全滅させるのにさほど時間はかからない、はずだった。

 だが、実際には俺の想定と現実は大きな乖離を見せ、数分もかからないはずの戦いがすでに十分を経過しようとしていた。お祈りしたにも関わらず雨が降り始めており、硬質化したオーラを伝って地面にしずくが落ちる。


 何かがおかしい。俺は自分が圧倒的に強すぎるせいで、他の奴がどれくらい強いのか計るのが苦手だからこいつの等級まではわからない。だけど、この手の怪人は一体一体はそんなに強くないのがセオリーだ。本来なら俺の拳なり蹴りの一撃であっという間に爆発四散する程度のはず。だが、怪人の数が一向に減らない。話だけを聞けば、倒されたら即座に分裂で数を増やしていると思うやつもいるかもしれないが、それは違う。そもそも一撃で倒せてないのだ。俺の攻撃を受けた怪人は一度は吹っ飛ばされたりぶっ倒れたりするが、すぐに立ち上がってまた襲い掛かってくる。耐久性だけが異常に高いタイプなのかと思ったが、戦いが続く中で徐々に怪人どもの攻撃を避け切れなくなり攻撃を食らい始めたことで、それだけではないと判断した。


「チッ、うぜぇなぁ!」


 何がおかしいのかわからないまま、戦い続ける。


 俺の使う能力は主に『強化』『硬化』『加速』であり、この中でも特に加速はその思考速度まで加速させることから、極まった使い手は相手に行動を認識されることすらなく戦いを終わらせることが可能な恐ろしい能力だ。

 単純な自動車や野生動物のように直線的に速く動けるなどという単純なものではなく、まるで他者とは流れている時間の速さが異なるかのように行動することが出来る。わかりやすく例えるならば、常人が一秒動く間に俺は十秒動けるとでも言えば良いか。

 だからこそ、この状況の異常性は常軌を逸していた。比喩でも誇張でもなく、最強のユーザーであるこの俺が、『加速』を使っているにもかかわらず攻撃を避け切れない。相手も同等の速さで動いているとしか考えられないが、これほど強力な固有能力を持っててその上基礎的な能力まで俺に迫るなんて、原作怪人でもない野良のくせにそんなことがありえるのか?

 あるいはそういう固有能力を持っているのか。最初は分裂の固有能力持ちだと思ったが、もしかすると複数の固有能力を持っている? だがこれまで固有能力を二つ持っている怪人など一度として観測されていない。原作にだってそんな怪人はいなかった。情報が足りなすぎる。現時点ではなにも断定できない。


「いった!?」


 出来る限り袋叩きにならないよう立ち回っていたが、いつの間にか背後に近づいていた怪人に長い髪を引っ張られ思わず声を上げた。咄嗟に怪人の腕を掴み全力で握りつぶす。そのまま掴んだ怪人を振り回して距離を開けさせ、この状況を打開するため頭を動かし続ける。


 本来ならありえない異常が発生している中で、それでも冷静さを保ったまま戦闘を継続出来ているのは怪人の攻撃力がそれほど高くないからだった。避け切れずにいくつかの殴打や蹴りを受けるが、それは硬質化したオーラに阻まれたダメージとはなっていない。普段髪の毛を掴まれるなんて醜態は晒さないため少し無防備になっていたが、今はそこも硬化したオーラでまとっている。もう同じ手は食わない。

 そもそもスピードこそ俺に付いてこれているが、怪人から繰り出される攻撃は素人そのもの。囲まれてさえいなければ異様な耐久とスピードを持つこの怪人が相手でも一方的に嬲り殺しに出来たはずだ。つくづく、分裂が完了する前に仕留めきれなかったことが悔やまれる。


 怪人を殴り飛ばし、蹴り倒し、攻撃を防ぎ、受け流し、さばききれず殴られる。一種の膠着状態が発生している中で、その爆音は唐突に轟いた。俺を囲んでいた怪人の一角が小規模な爆発に巻き込まれて爆散していく。さきほどまでの耐久力が嘘のように、あっさりと数体の怪人が仕留められていた。


「先輩! 大丈夫ですか!?」

「おせぇぞワンコ! よくやった!」


 声がするよりも早く爆発が発生した地点の少し先に目を向ければ、そこには頼れる生意気な後輩が心配そうな顔をして立っていた。ワンコの助けがなくてもいずれは勝てただろうが、面倒な泥仕合をやらなくてもよくなったのは助かった。

 スピードはともかく、耐久力については相性の問題だったんだろう。基本的に俺の攻撃手段は打撃だが、この怪人は打撃に対する高い耐性を持っていたに違いない。ワンコの『爆裂』は範囲こそ俺の攻撃性能を大きく上回るが、単純な威力だけで言えば俺の方が上だからな。


「ギシャアアアア!!」


 ワンコの登場によって生き残りの怪人の大部分がワンコに殺到しようとするが、素早いバックステップで後退しながらマシンガンのようにオーラの弾丸を放つワンコの前に、次々とその数を減らしていく。追加で分裂する様子がないのは、分裂の最大数が決まっていたからではなく、分裂回数が限界だったからか?


 俺とワンコはバディとして活動しているが、基本的に俺が前衛として怪人を瞬殺することが多くワンコの強さは俺以上に知られていない。中には俺の腰巾着の寄生野郎だなんて思っている輩もいるらしい。だがそもそもこいつはライセンスを取りたての中坊の頃から一人で戦っていたんだ。それを、その強さを認めて俺がスカウトした。そんなワンコが弱いはずがあるわけないだろう。結局、ワンコに殺到した怪人は、指一本ワンコに触れることかなわず撃ち抜かれ爆死していった。


 その一方で、俺の方もだいぶ楽になった。囲まれていた時は一体一体に時間をかけられなかった為仕留めることが出来なかったが、包囲の密度が下がったことで確実に一体ずつ潰せるようになった。一度転がして全力で体重を込めて脳天を踏み潰してやれば、いくら打撃に強くてもお終いだ。


 ほぼワンコの手柄によって全ての怪人を討伐したところで、ようやく俺は自分の身体がずぶ濡れになっていることに気が付いた。雨は大分強くなってきており、いくら初夏とは言っても流石に身体が冷える。

 気が抜けて硬化を解いてしまったのかもしれない。本来硬化したオーラで全身を保護していれば雨に濡れることなんてないんだが……。


「せ、先輩! 服が!」

「あ? あー……。キャー! ワンコくんのエッチ!」


 怪人討伐を終えて俺に話しかけようと近づいて来たワンコが、頬を赤くして素早く顔を逸らしたことで俺はブラが透けていることに気が付いた。ワンコのお陰で助かったのは事実だし、ちょっとくらいラブコメ的サービスをしてやるかと思い、わざとらしく胸元を隠し顔を赤らめて甲高い声をあげる。


「馬鹿な事言ってる場合じゃないでしょう! 着替えとかないんですか!?」

「ジャージは学校だから取りに戻ればあるけど……、めんどいな。シャワー借りるわ。公安はワンコに任せた」

「ちょ、先輩!?」



 着替えは学校にあるが、シャワーなんて気の利いた設備はない。合鍵は持ってるし、ワンコの家の風呂を勝手に使わせてもらうとしよう。着替えもワンコのを借りればいいだろう。自分の服を着てブカブカ状態の美少女が見れるとか、ワンコは本当に幸運な男だな。


 ワンコはまだ何か言いたいことがあったみたいだが、濡れた服が張り付いて気持ち悪いから早く着替えたい。そんな気持ちもあって、俺はワンコの言葉を無視して走り去った。

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