ep5 美少女接待を要求する!

 少年漫画というのは得てして戦闘力がインフレしていくものだ。新しい必殺技を覚えたり、試練に挑んで凄まじい力を手に入れたりな。「User」においてもそのセオリーはあてはまり、主人公くんやその一派は困難に立ち向かうたびに修行してオーラの正しい使い方を習得したり、新しい技を覚えて強くなっていった。ただ、そうしたパワーアップは命がけであることが非常に多く、いくら俺が特別であるとは言っても主人公補正を受けていなければとても真似できないものばかりだった。

 まだ俺が最強に至る前、幼少期からオーラの訓練を初めて順調に強さを増していた頃、俺はどうにかしてもっとお手軽で劇的に強くなれないものかと悩んでいた。そんな中でとある一つの技術を思い出した。それは作中で獣のオーラと呼ばれる、自身のオーラの質を変化させるものだ。


 そもそもオーラとは何なのか。作中においては生命に宿る未知の力と説明されるだけで細かい原理は何もわかっておらず、それは現実となったこの世界でも同じこと。多分作者がそこまで深く考えていなかったのだと思われる。ただ、オーラはよくわからない未知の力だが、その使い方は広く知れ渡っている。人類は古来よりオーラをエネルギーとして不思議な能力を操ることで食物連鎖の頂点に立っていた、というのは近年の研究で明らかになっているそうだ。


 オーラをエネルギーに使用することができる能力は、大別して三種類ある。

 一つは、肉体の性能を高める『強化』や、身体に纏ったオーラを物質化する『硬化』、自身のオーラを弾丸として発射する『射撃』などの、向き不向きこそあれどユーザーであれば誰でも使用できる基本能力。

 二つは、射撃によって撃ちだした弾丸が着弾と共に大爆発を起こす『爆裂』や、他者にオーラを分け与え傷を癒す『治癒』、認識を歪めるオーラを纏って身を隠す『潜伏』などの、適性のあるユーザーのみが使用できる適性能力。

 三つは、極少人数のユーザーだけが扱える分類不可の千差万別な特別な力、固有能力。例としてあげるのであれば、オーラを炎に変える『焔』のユーザーや、毒性のあるオーラをまき散らす『毒霧』などが有名だ。


 基本的にほとんどのユーザーは基本能力と適正能力から自分に合ったものを習熟し、組み合わせて戦っている。俺で言うなら、基本能力の『強化』と『硬化』、それから適正能力の『加速』しか使ってない。固有能力持ちでもそれが必ず戦闘向きとは限らず、ワンコなんかはオーラを匂いとして嗅ぎ取る『嗅覚』を持ってるが、隠れてる敵を見つけ出すならまだしも正面切っての戦闘で利用できるものでもないため、普段は『強化』と『射撃』と『爆裂』をメインにしている。


 とまあそんな感じでオーラというのは言ってしまえば燃料なわけだが、では獣のオーラとは何なのかという話に戻すと、その名の通り獣が使ってるオーラを指している。

 前述した通り、オーラとは生命に宿る未知の力、すなわち人間の専売特許ではないということを意味する。オーラを扱えるユーザーの割合や、その扱いの技術については人類が他の種を圧倒しているらしいが、極まれに、突然変異のように異常なまでに強力なオーラを持つ獣が生まれることがある。そしてその獣は人間の持つオーラと比べて、保有する量は少ないが質は高いのだとか。

 量はまあまだわからなくもないが、オーラの質ってなんだよと漫画を読んでいる時は思ったものだ。ただ、実際に獣のオーラを習得してみるとその言葉の意味がわかった。元々自分が使っていた人のオーラに比べて、獣のオーラによって使う能力は天と地ほどに性能の差があるのだ。


 俺が最強の力を手にすることが出来たのは、俺自身の才能も勿論あるがこの獣のオーラを習得できたことも要因の一つだと言える。原作では野生児染みた仲間が使ってた技で、結局主人公には習得できなかったので分類的には適正能力が近いんだろう。そもそも一般的には知られていない技術だし、習得にはただでさえ数の少ないオーラを使う獣を複数狩る必要があるから、向き不向き以前の問題もあるわけだが。しかもこれ、どうも不可逆っぽいし。獣のオーラを使えるようになったというよりは、そもそも俺のオーラが獣のオーラに変わったというべきか。そう考えると技術じゃなく変異なのかもしれない。

 ちなみにこの獣のオーラ、ここまでの説明を聞けば習得する難易度こそ高いが覚えてしまえばメリットばかりのように思えるが、デメリットも存在する。それは、その人間の本質が獣に近づく、つまり欲望に素直になるということだ。

 特に習得したてはやばかった。食う寝るヤルという生物の基本的な欲求のことしか考えられず、一か月以上山の中で暴れ回って肉を食らって疲れたら眠り目覚めたら自分を慰め腹が減ったらまた肉を求めて暴れるというサイクルを繰り返していた。あの時もしも誰かと遭遇してたら物理的にも性的にも襲ってた可能性がある。本当に危なかった。

 作中で出て来た獣のオーラを使う仲間が野生児っぽかったのも、オーラの影響によるものなのだろう。俺には文明人として生きて来た記憶と尊厳があったから何とか戻ってくることが出来たが、前世の記憶もなく、幼少期から獣のオーラに変質してたら俺も野生で生きていたかもしれない。


 長々とオーラについて語ったが、結局何が言いたかったかのといえば、俺が調子に乗って何かやらかしてもそれは俺が悪いのではなくオーラが悪いということだ。


「だから自分は悪くないと」

「当たり前だろ。そもそも美少女のやらかしなんざ笑って許すのが男の甲斐性ってもんだ」


 カブトムシ事件の翌日、昨日ワンコが怒ってたのは有耶無耶になったんじゃないかと思ってた俺だったのだが、今朝方呼び出しの電話を受けてワンコの家を訪れていた。用件はやっぱり昨日の話の続きだったらしい。折角昨日戦いが終わった後もお説教される前に自宅に逃げ帰ったというのに、しつこい男だ。


「今更先輩が調子に乗りまくってることにどうこう言うつもりはないですけど、女の子なんですからそういう意識はちゃんと持って下さいって言ってるんです。わざと胸を押し付けるなんて言語道断です。鈴木さんだって男なんですから、何かあってからじゃ遅いんですよ?」

「あーわかったわかった、俺がわるぅございましたよーっと」


 勝手知ったるワンコの家ということもあり、俺は口うるさいお小言ワンコのお説教を聞き流しつつテレビゲームを引っ張り出してコードを繋ぐ。ワンコの家には今時珍しいレトロゲームがある。最新のゲームも良いがたまにはこういうのも良いもんだ。


「ワンコは2Pな。リモコンと卵出たら俺のだから取るなよ」

「……しょうがないですね。次から気を付けて下さいよ」

「わーかったって! お前がうるさいから今日はスカートじゃねーだろ」


 コントローラーを押し付けつつ、ベッドに腰掛けていたワンコを押しのけてぐでっとうつ伏せに寝そべる。今日は大きめのパーカーに短パンで、長い髪は後ろに一まとめにしたラフな格好だからいつものようにスカートがめくれてパンツが丸見えになることもない。ワンコがうだうだうるせえから仕方なく要望に応えてやったのだ。俺ってば最強で美少女でそのうえ優しい後輩思いの先輩だなんて、どれだけできた人間なんだろうか。自分で自分が恐ろしくなっちまうぜ。


 にしても……。くんくん


「ちょっと先輩。いつも言ってますけど露骨に匂い嗅ぐのやめてくださいよ。恥ずかしいんですよ」

「あー、なんかな……。んー何とも言えない、落ち着く匂い……」


 別に女の子みたいな甘い匂いってわけじゃないんだが、どうにも安心するというか、嗅ぎ心地が良いというか……。勿論、イカ臭いとかそんなことはないんだが……。

 やべぇ……、ゲームしようと思ってたのに眠くなってきた……。ちょうど暖かい日差しも入ってきて、ここで昼寝したら最高に気持ちいいに違いない……。


 胸が苦しくならないよう寝返りをうち、態勢を仰向けにして瞼を閉じる。


「わりぃ……、夜になったら起こして……」

「ちょ、本気ですか先輩」


 もう話しかけるな……、眠い……







 ――……ん……い


 んぅ……、うるさいな……


 ――せん……いっ


 ねむいんだよ……、静かに……


「先輩!」

「ハッ!」


 身体を揺すられる感覚と声変りが終わったにしては少しだけ高い男の声で目が覚めた。寝ぼけ眼で周囲を見渡せば、いつもの起床風景とは異なるレイアウトが目に入る。ああ、でもこれはこれで見慣れた部屋だ。


「ふわぁー、わりぃ寝ちまったか。今何時だ?」


 口元に手を当てつつ大きなあくびをして時計を探すが、見当たらない。

 そういやワンコの部屋は時計置いてないんだったか。


「19時ちょっと過ぎくらいです。暗くなってきたんで起こしました」

「おー、さんきゅー」


 目覚めたばかりでくらくらしていて頭がうまく働かない。

 とちあえず起き上がって水でも飲もうとしたところで、一瞬足から力が抜けてバランスを崩しかける。


「おぉっ?」

「先輩!」


 頭からすっ転びそうになったところをワンコに支えられて何とか持ちこたえる。転んだからって何かあるわけでもないが、ご主人様の危機に咄嗟に反応出来るとはお利口なワンコだ。褒めてやろう。


「よーしよし、偉いぞワンコー」

「ちょ、いつまで寝ぼけてるんですか先輩!」


 俺を支えるときに咄嗟に腰を落として姿勢が低くなっていたようで、ちょうど良い位置にワンコの頭があったので抱きかかえるようにヨシヨシしてやったのだが、何か気に障ったのか力任せに俺を引きはがして無理矢理ベッドに座らせた。


 前世で飼ってた犬は滅茶苦茶喜んでたのになー。ワンコは我儘だなー。


「んー、あー、水……」

「持ってきますから大人しく座っててください!」


 ワンコはドタドタと足音を立てながら大急ぎでペットボトルの水を持ってきた。意識たけーなー。


「ん……、ん、はぁ……」


 おー、キンキンに冷えた水を飲んだらスッキリした。


「サンキューワンコ。間接キスしていいぞ」

「目覚めて早々それですか……。持って帰って良いですから」


 飲みかけのペットボトルを返そうとすると、ワンコがそれを押し返してきた。うーむ、素直になれないお年頃か。


「んだよ連れねーなー。あ、もしかして俺が寝てる間にイタズラした?」

「しませんよ。……さっきも言いましたけどほんとにもっと危機感持って下さいよ。寝込みを襲われたら強いとか弱いとか関係ないんですからね」

「馬鹿か、お前じゃなかったら目の前で寝るわけねーだろ。流石にそれくらいわかってるわ」


 普段のムーブはあくまで反応が良いやつを揶揄って楽しんでるだけで、別に誰彼構わず相手にしようなんて思っちゃいねえ。さすがに男の前で無防備に眠るなんてワンコくらい信用できる相手じゃなけりゃ無理だ。つーか獣のオーラの影響で他人に寝込み襲われたら反射的に反撃しちまうだろうからむしろ相手があぶねーわ。


「っ……、先輩はほんっとうに……!」


 当たり前のことを言ってるんじゃねえと返されたワンコが、眉間に皺を寄せて機嫌が良くなさそうな顔をしていた。えぇ……、今怒られるようなこと言ったか?


「はぁ、もういいですよ。それで、帰るんですか? 帰るなら送りますよ」

「ゲームやってねえじゃん! 爆睡したから全然眠くねえし今日は徹夜でゲームやんぞ!」

「いや、俺は昼寝とかしてないんで普通に寝ますけど」

「えー、一緒に遊ぼうよ~。ワンコくんが一緒じゃないときらら寂しいなぁ」

「……寝落ちしたら起こさないで下さいよ」

「うむ、苦しゅうない苦しゅうない」


 ぶりっ子モードでおねだりしてもいっつも冷めた反応のくせに、今日のワンコは珍しく素直だった。とうとうワンコにも美少女パワーが効き始めたか。


「おいそれ俺の卵! 盗るなぁ!」


「お前もう乗ってるじゃん! やめろ馬鹿目玉焼きにすんな!」


「俺にももっとアイテムよこせよ! 独り占めすんなぁ!」


「待て待て待て! 死ぬ! 巻き込まれて死ぬ! クソがぁ!」


 と、思ったのだがこのワンコ野郎最初に取り交わした約束を悉くぶっちしてアイテムをほぼ独占し終いにゃ敵を蹴散らすついでに俺を爆殺しやがった。一応深夜ということで大声は出さずにブチ切れる程度の理性は保っているが、それでも俺の堪忍袋の緒は今にも引きちぎれそうだ。


 この野郎~! 協力プレイなんだからもっと俺にアイテムをよこせや! つーか接待しろよ! 美少女とゲームすんなら接待プレイは当たり前だろうが! 美少女接待を要求する!


「相変わらず下手の横好きですね」

「るせー!」


 苦手なことにも一所懸命取り組んでる美少女は尊いだろうが!

 このクソワンコォ……、いつか吠え面かかせてやる……!

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