ep4 美少女に口答えすんな!
公益財団法人日本ユーザー協会。世間一般でどのように呼称されてるのかは知らないが、ユーザーの間で協会と言えば専らこのユーザー協会を示している。ユーザーに関する様々な業務を行っているらしいが、日常的に俺たちに関係するのは凡そ三つ。
一つは怪人討伐による報酬の支払い。怪人を討伐して公安に連絡すると、怪人対策課の警官がやって来て色々と聞き取りなり鑑定なりを行い後日討伐証明を発行してくれる。どういう基準で何を調べてるのかは知らないが、怪人の強さや脅威度によって発行される証明の種類が違うため、即日交付とはいかないらしい。
この討伐証明を協会の窓口に提出することで報酬を受け取ることが出来るのだ。提出すると言ってもそれだけポンと渡せば済むわけではなく、色々と記入する書類もあって大変に面倒である。基本的に俺はこの作業をワンコに丸投げしている。
二つは怪人討伐による等級の査定。運転免許にゴールドなりブルーなりがあるように、ユーザーのライセンスも等級が分けられている。とは言っても、運転のテクニックではなく法令順守を徹底しているかの目安である運転免許に対して、ユーザーのライセンスは純粋な強さを表す指標であるため意味合いは大分違う。
等級は低い順に鉄、銅、銀、純銀、金、純金の六段階に分けられていて、当然等級の高い純金が一番強いということになる。行政も絡んでるくせに随分とゲームや漫画っぽい等級だが、そもそもが漫画の世界なのだから仕方ないだろう。当然のお約束として、一般的な昇級では到達することの出来ない特別な等級も設定されている。その名もダイヤモンドクラス。なんで唐突にカタカナ出てくるかなと思ったもんだが、金剛石等級だと語呂が悪いし長いから仕方なかったのかもしれない。だったら最初から銀だの金だのもカタカナにしとけば良かったものを……。
ちなみに現在の俺とワンコの等級は純銀等級だ。実力だけで言えばワンコは純金等級、俺に至ってはダイヤモンドクラスすら軽く超えてるんだが、前にも触れた通り将来の巨悪の芽を摘む作業に忙しく実績をあまり積めてない。あの肉団子だってわざわざ泊りで、ここよりも更に田舎の僻地まで行って仕留めたんだ。ただでさえ情報収集に時間がかかるうえ、討伐するにも移動だ宿泊だであっさりとは終わらない。そんなわけで、俺らは若くして才能はあるがまだまだ発展途上だとこの辺りで活動してるユーザーや協会職員には思われてる。
そして最後の三つ目は、ライセンスの更新手続きだ。これまた運転免許よろしく、一定期間ごとの更新をしないとライセンスが失効してしまう。ライセンスのない状態でオーラを使い怪人を討伐するのは違法行為だ。緊急時等やむを得ない場合には特例として認められるケースもあるが、その場合は討伐報酬は出ないし、ライセンスがない状態で恣意的に怪人討伐に参加すれば罰則を受けることになる。
ライセンスの更新は一年に一度、期限切れの一か月前から手続き可能であり、期限切れが近い場合には討伐報酬の受け取り手続きの際に協会職員が教えてくれるし、自宅にハガキの通知が届くから、失念してそのまま失効してしまうというケースは年に数件しかないらしい。そんだけ気を配って貰ってるのに手続き忘れて失効させるなんて間抜けなやつもいたもんだ。しかもそういうやつは大抵職員に逆切れして執行を取り消せとか言うのだとか。やれやれ、そんな最底辺の人間にはなりたくないね。
「先輩も逆切れする側のタイプだと思いますけど」
「はぁ~? 俺は逆切れなんてしないしそもそもライセンス失効させたりしねーから。自分がちょっと早めに更新したからって調子に乗んなよワンコ」
ワンコに強制連行された俺は受付待ちのユーザーや職員どもから好奇の視線を向けられつつも、つつがなく更新手続きを完了した。いや、正確には更新申請の書類を提出した段階だが、基本的に何か引っかかる様なことなんてないからもう終わったも同然だ。そうして受付からホールに戻る道中、ワンコが失礼なことを言い出した。
このワンコは早々に一人だけ更新を終わらせやがってからに。そん時に俺も呼べや! 気の利かねぇ後輩だなまったく!
「手続きの期限いつまでだったかもう忘れたんですか? 鶏なんですか?」
「るせー! 過ぎたことをいつまでもネチネチ言ってんじゃねー!」
「ついさっきの出来事なんですけど……」
呆れ顔で若干困惑したような視線を向けてくるワンコの腹を軽くポコポコとパンチして立場の違いをわからせてやる。
「先輩を敬えこら! 美少女に口答えすんな!」
来週の今頃には許可も降りて新しいライセンスが発行されるらしい。先輩に舐めた口を利いた罰として、その受け取りはワンコに行かせるとしよう。
「最初からそのつもりでしたよ。先輩に任せるとまた忘れそうですし。後で委任状書いといて下さい」
「判子貸すからワンコ書いとけ」
「筆跡でバレたらライセンス取り消されると思いますけど」
「きらら難しいことわかんないよぉ。ワンコくん、お願い……」
「それやめてくれませんか? 気味悪いですよ」
「ワンコこら気味悪いは言い過ぎだろこら。鈴木はデレデレだったぞ! これでもか!」
この超絶美少女JKに向かって気味悪いなんてよく言えたもんだな!
思春期で反抗期だからって言って良いことと悪いことがあるってのを教えてやる!
鈴木を骨抜きにした必殺技をくらえ!
「は?」
強引にワンコと腕を組んでおっぱいを押し付けてやると、いつものどこか呆れつつも親しみを感じる声音ではなく、絶対零度のように冷たく重い言葉が俺の頭上から響いた。
な、なんだ? おこなのか?
「先輩、鈴木さんにもこれと同じことしたんですか?」
「……してない、よ」
ススっとワンコから離れて目を逸らす。ま、まあ? 鈴木にやったのは前髪をかきあげつつの押し付けだから同じことではないよな、うん。
何が逆鱗に触れたのかはわからないが、ワンコはたまにこういうキレ方をする。普段の呆れたり怒ったりしててもどこかでしょうがないなという許容を感じさせる親しさ故のおこではなく、ガチでおこの時のやつだ。そしてこういう時のワンコは何だかよくわからない凄みを持っている。まさか最強に可愛いこの俺に心底本気で怒ってるってことはないと思うが、こういう時は変に刺激しない方が良い。
「先輩――」
『緊急事態発生! 緊急事態発生! 指名手配怪人の出現を検知! 脅威度ダイヤモンド! 純金等級および金等級のユーザーへ緊急依頼! 怪人の足止めに向かって下さい! 出現ポイントは県道C22号のエイトトゥエルブ前! 繰り返します――』
「行くぞワンコ!」
「あ、話はまだ!」
協会に設置されたスピーカーから発せられたそのアナウンスを聞いた俺は、まだ何か言いたげなワンコをぶっちぎってこれ幸いと協会を飛び出した。ナイスタイミングだぜ。この騒ぎで有耶無耶にしてさっきのはなかったことにしよう。
協会に所属している民間のプロユーザーには、稀にこうやって緊急依頼が入ることがある。今回みたいに高等級の指名手配怪人が近隣で発見された時だとか、あとは指名手配されてなくても怪人が発生したのにユーザーが誰も駆けつけていない、あるいは駆けつけていても敗北して被害が拡大している場合。結局はこれも怪人が強い場合ってことだな。緊急依頼っていう呼んで字の如くだ。
この緊急依頼は別に強制でもなんでもないため、発生したからと言って受ける義務はない。というか、今回みたいな等級が釣り合ってないケースだとほとんどのユーザーは受けない。そりゃそうだろう。純金等級とダイヤモンドのどっちが強いかって言ったら、当然ダイヤモンドクラスだ。ほぼ確実に死ぬとわかって戦うやつなんているわけがない。
民間のユーザーは公務員と違って自分の好きな時に仕事をしてその分だけ金を貰う形態だ。公安のユーザーはどれだけ相手が強大でも立ち向かわなければいけないが、民間のユーザーにそんな義務はない。だから受けない。
とはいえ、中には受ける馬鹿がいるから緊急依頼に何の意味もないわけじゃないんだけどな。
「おいお嬢ちゃん! 等級は!」
「純銀だ!」
「随分な自信家じゃねぇか! 俺は純金等級の間宮だ! どっちが先に倒すか競争だな!!」
建物の屋根伝いに飛び跳ねながら移動していた俺に、Tシャツ短パン姿にムキムキスキンヘッドのおっさんがいきなり並走し始めて等級を聞いてきた。余計な問答をしている余裕もないため素直に答えると、面白いと言いたげに笑ってさらに加速し俺を置いてけぼりにして行く。
おっさんが走った後を見てみると、民家の屋根やビルの屋上がへこんだり亀裂が入ったりしている。
あのおっさんふざけんなよ! わざわざ壊さないように気を付けて走ってるのに俺のせいだと思われたらどうしてくれやがる!!
「間宮、ねぇ……」
一応名前を聞いたことはある。純金等級はそう多いわけじゃないから、過去に同じ支部の奴は全員名前だけは調べた。その時に知りたかったのは、原作に出てくるやつが居るのかどうかだったから、細かいことは何も知らないが、一つわかるのは間宮は原作キャラではないってことだ。
ダイヤモンドとかそういう特別な枠組みがあると、どうしても一般的な枠組みの中のトップクラスは劣って見えてしまうものだ。純金等級、一般的なユーザーの中では最上級とは言っても、所詮ダイヤモンドには敵わないと。確かに間違ってはいない。だが、ダイヤモンドクラスに及ばないからと言ってそれがイコールで弱いということにはならない。比較して劣って見えるだけで、純金等級という強さは誰もが到達出来るものではない。彼らもまた、才能のあるユーザーなのだ。場合によっては、俺が到着するころには勝っているかもしれない。タイマンなら勝てないだろうが、他にユーザーが居れば結果はわからない。
「なーんて思ってたんだが……」
ギリギリ現場を目視できる範囲までたどり着いた段階で、決着はすでについていた。周囲にはユーザーと思わしき男たちが倒れ伏し、血濡れになった間宮がフラフラになりながら怪人と対峙していた。どこまで生きてるのやら、間宮も放っておいたら死ぬぞありゃ。
緊急依頼の内容は時間稼ぎだった。俺らの支部には現状ダイヤモンドクラスのユーザーはいない。公安にはダイヤモンドに匹敵するユーザーが一人居るらしいからそいつ待ちってことだろう。この惨状を見る限りではまだ来てなさそうだ。勝てないにせよ、純金等級なら足止めくらいは出来ると思ったが、欲をかいたか、思ったより弱かったのか、それとも怪人が想定よりも強かった? ダイヤモンドクラスとは言ってもピンキリだからな。
「しょうがねえ、な!」
さっきまでは屋根を壊さないように力をセーブして走っていたが、そんなことを言っていると間宮が死にそうだ。しょうがないから建物が崩落しない程度に力を込めて、頭から弾丸のように飛び出し一気に怪人との距離を詰める。
反転
「死ねよやぁー!」
空中で態勢を変えて怪人にキックをぶちこむと、諸に受け止めて吹っ飛ばされた怪人がコンビニのガラスを突き破って店内を転げ回った。今ので死なないとは流石ダイヤモンドクラスってところか。全然本気じゃなかったけど、肉団子なら今ので終わってたな。
「に、逃げろ! 奴は並みのダイヤモンドクラスじゃない! 殺されるぞ!」
「意外と元気だな間宮のおっさん」
「おっさ!? 俺はまだ20代だ!」
「あーわかったわかった。良いから大人しくしとけよ。この最強JK大空きらら様に任せりゃ万事解決よ」
「純銀等級で敵う相手じゃない! 子供が死にに行くのを黙って見てられるか!!」
アニメ染みた暑苦しいことを言ってるおっさんを無視して、コンビニへ目を向ける。怪人が立ち上がってぶち抜いたガラスから出てきていた。
遠目にはわからなかったが、昆虫型の怪人だ。黒光りする鎧を身に纏い、頭には大きな一本角。腕は四本あり、その全てにどこから手に入れたのか日本刀らしき武器を持っている。
カブトムシ。こいつは原作に出て来た怪人だ。神出鬼没で強いユーザーの元に現れては正々堂々戦いその命を奪っていく。反面弱者には興味がなく、相手にならない使い手を殺しはしない。人間としての倫理観があるわけではなく、武人のような思考に基づいた行動原理を持つ、異質な怪人。
物語中盤から登場し主人公の師匠にあたるユーザーを一騎打ちの末に殺害。その後終盤まで度々主人公一派の壁として立ち塞がる強敵だ。終盤までその強さが色あせることはなく、どんどんインフレしていく戦闘力に最後まで置いて行かれなかった作中でも最強クラスの怪人。
『不意打ちとは、随分と卑怯な真似をしてくれる』
「まさかこんなとこで会えるとはな。探してたんだ、カブトムシ」
カブトムシはモブどもへの被害は皆無に近いが、強力なユーザーが減ればその分ほかの怪人へ対処できなくなる。優先度は低めだったが、いつか倒さなければならないと普段から足跡を追っていた。
『ほぅ、儂を探していただと? 親か? 兄弟か? それとも恋人か? 誰の仇かは皆目見当もつかんが、やめておけ。女を斬るのは好かん』
「あえて言うなら、推しキャラの仇だよ。未遂だがな」
それにこいつ、女を斬るのは好かんとか言いつついざ戦い始めたら普通に切るしな。主人公の師匠はなぁ、普段はダウナーな感じでだらしない恰好で目の下に隈作ってぐーたらしてるようなお姉さんだったんだよ。ブカブカのTシャツからでけーおっぱいがこぼれそうなエロいねーちゃんだったのよ。ここぞってところでは強くて格好良くてさあ、それをさあ、こいつはさぁ……!
思い出したらムカついて来たな。
じっくり痛めつけてやろうかと思ってたけど、やめだ。
『引く気がないのならかかって――』
万が一ここでこいつを取り逃がしたら、いつか俺の推しキャラが殺される。そんなことは許されない。俺はカプ厨だ。本当なら主人公は師匠に優しく導かれながら一生を添い遂げるはずだったに違いない。ここでこいつを倒さなければ、師匠×主人公ではなく主人公×先輩が成立してしまう。だから、明日筋肉痛で涙を流すのを覚悟で、久しぶりに全力で動いた。
『――こい』
カブトムシの声は、俺の正面からではなく腕の中から聞こえた。
「な、何が起きた……?」
背後からは何か硬質なものが倒れる音が聞こえ、同じ方向から少し遅れて間宮の困惑した声が届いた。
なんてことはない。ただ誰にも知覚出来ないほどの速さでカブトムシの横を通り過ぎ、すれ違いざまに首をもぎ取っただけのこと。ついでに全ての腕を落として身体中を穴だらけにしたが、それらは念のためのおまけだ。
あまりにも呆気ない幕切れに、間宮を含めたモブどもは理解が追いついていないようだった。
俺と戦って勝てる怪人なんて居るわけがないのだから、最初から結末は見えてたんだけどな。俺にとっては鉄等級だろうがダイヤモンドクラスだろうが大して変わらない。等しく雑魚だ。
作中の最強ランキングでもラスボスと主人公の次に強いとまで言わしめた怪人だが、だからこそ俺が負けることはないとわかりきっていた。なんせ俺はすでに潜伏してたラスボスを殺してるからな。やつは現時点でも作中と遜色のない強さを持っていた。そしてそんなラスボスでさえ、本気の俺には赤子の手を捻るようにあっさりと倒すことが出来た。
何度も言ってるように、この世界は俺のためにある。
俺が最強だというのは傲りでも慢心でもない、純然たる事実。
だからこそ証明しよう。知らしめてやろう。この俺が居る限り、怪人の脅威に怯えることはないと。
「称えろ!」
死してなお自らの死に気づかなかったカブトムシの頭部を高らかに掲げ、勝鬨をあげる。
「最強無敗の無敵美少女! 大空きらら様の圧倒的勝利を!!」
この功績をもって、俺は日本で8人目のダイヤモンドクラスに認定されることとなるはずだった。実際、内定は出ていた。
普段の不真面目な言動から素行不良で認定されない可能性もなくはないが、最終的には最強可愛い俺の魅力にメロメロになり、美少女特典で出世も楽々となるはずだった。
そうなると、心の底から信じていた。
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