ep3 美少女でも許されないことはある

 二人分のカップ麺を大急ぎで平らげた俺は、オーラの力を使用してパンピーに迷惑をかけない程度の速度で協会へと駆け付けた。多分まだ電話があってから10分も経ってないはずだ。学校帰りでほとんど外出用の状態だったのが功を奏した。


 ワンコの家は協会とは近すぎず遠すぎずの絶妙な位置関係にあるのと、このクソ田舎だけじゃなく協会はどこも駅から多少離れた場所にあるため、電車に乗るよりは走った方が早い。

 オーラユーザーは今でこそ当たり前のように社会に溶け込んでるが、昔は随分と嫌われてた……というよりは恐れられてたっぽい。詳しくは知らんが、人通りの多い駅の近くに人外どもの巣窟を作るのは反発も大きかったみたいだ。

 ま、結果として駅から離れた分広い土地を確保できたみたいだから悪いことばかりでもないらしい。お国から権限移譲されてるとはいえ、たかだか一協会のしかも支部のくせに中々大きな建物なのはそういう事情によるものなんだとか。全部ワンコの受け売りだがね。あいつは愛想が良いし真面目なもんだから随分と協会の職員には気に入られてるようで、そういう豆知識みたいなのをやたらと教え込まれてる。原作じゃ描かれてなかった部分も現実になれば当然色々とあるわけで、積極的に調べてやろうとは思わんが知識の方からえっちらおっちら来てくれる分には歓迎だ。


 そんな知恵袋兼雑用係兼後輩兼相棒であるワンコの姿を探すが、周辺には見当たらない。やたらと広い建物の構造上、軽く見渡したくらいじゃ協会の全域を視界に収めるには全く足らないのだが、見当はついている。

 ワンコから俺のライセンスの更新の件で電話があったのは、たぶん職員から注意されたか、もしくは親切心で教えて貰ったんだと思われる。予想でしかないが、ワンコ自身なんかしら用事があって協会を訪ね、手続き中に俺の話になったんだろう。大して時間も経ってないし、まだ受付に居る可能性が高い。


 協会は正面入口から訪問するとまずやたらと広いホールがあり、そこに総合インフォメーションといくつかソファやら椅子やらテーブルが置いてある。ちょっと小さなカフェなんかも併設されていて、休憩時間だとかお昼休みには職員が利用するんだろう。

 それらを抜けて三人ぐらいが横に並んだまま通れるくらいの通路を進んだ先、ホールとかの方をA棟とするならこちらはB棟、あるいは別館と呼ばれる建物に受付は存在する。あっちはユーザー専用の受付窓口だから隔離されてるわけだ。


 とりあえず受付に向かおうと踏み出したところで、視界の端にふと見覚えのある後姿が見えた。一人がけのソファを二つ左右に並べ、テーブルを挟んでその対面にも同じようにソファが並べられたスペース、つまり4人グループが使うことを想定されているような場所に、三人の青年が腰かけていた。

 二人は俺に背中を向ける形で座っており、もう一人はちょうど俺と向き合うような形だ。その向き合っている一人、男にしては伸びた髪を整髪料で整えることもなく漫画やアニメのキャラクターのように片目が隠れた見るからに陰キャな優男、鈴木の視線が俺をとらえ何らかの反応を示そうとしたが、咄嗟に立てた人差し指を自分の口元にあてることで反応するなと合図を送る。鈴木は俺のジェスチャーを完璧に理解して、ごく自然に視線を戻して会話を再開したようだった。


 俺は抜き足差し足忍び足でゆっくりと物音を立てないように三人組に接近し、俺に背を向け並んで座る二人、佐藤と田中の間に肩を組む様に勢いよく割り込んで声をかけた。


「よう!」

「うお!?」

「わあっ!?」


 サイドをツーブロックにかりあげ上部はツンツンにかためているガタイの良い大男が佐藤。それからモジャモジャのパーマをかけている若干背の低い小男が田中。二人はいきなり耳元で聞こえた大声と乱暴に肩を組まれたことに驚きの声を上げたが、その犯人が俺だと気づくとしょうがねえなと言う表情になって振りほどこうとする素振りはない。美少女無罪だ。


「久しぶりじゃねえか。最近見ないから辞めたのかと思ってたぜ」


 佐藤、鈴木、田中、そしてここにリーダーの西園寺を加えた四人がこいつらのチームだ。そこは高橋じゃないのかよと自己紹介を受けた時に突っ込んだのは今でも覚えている。西園寺は別にリーダーシップがあるとかではなく、苗字がそれっぽいから押し付けられたみたいで可哀想なやつだ。多分その西園寺がなんか手続きしてるのを待ってるんだろう。

 こいつらは俺と同時期にライセンスを取得したいわゆる同期にあたる連中で、確か今年で24だったか。中学時代の友人同士でチームを組んだとか前に言ってた気がする。就職はせずに普段はアルバイトをしつつ民間のプロユーザーをしている、極めて一般的な兼業ユーザーだ。よっぽど腕が立つ、指名討伐依頼を受けるレベルだとか指名手配狩りでもなけりゃ専業ユーザーで食ってくのも難しいからな。

 ここ数か月は見かけなかったから辞めたか死んだかと思ってたが、元気にやってるようでなによりだ。


「馬鹿言え。お前が全然協会に顔出さないから会わないだけだろ」

「げ、現場で鉢合わせるのもそんなにあることじゃないしね」

「きららさんの活躍は意識的に探せばSNSで見かけるけど、俺らは地味で目立たないからね」


 ユーザーはスーパーヒーローじゃなくて単なる個人事業主だからな。鈴木の言う通り地味で実力が抜きんでてるわけでもない奴は早々目立たない。注目されたいなら意識的に名前を売る必要があるが、こいつらはどうにも華がないんだよなぁ。別に見るに堪えないブサイクってわけじゃないが、イケメンでもない。自称の通り地味面だわな。まあその地味面の中でも意識の差はあるみたいだけど。


 佐藤はよくわかってる。髪を整えて服装にも気を遣い清潔感を出してる。こうやってボディタッチしても露骨に動揺した様子がないのは女子と接するのに慣れてるからだろう。こいつは童貞じゃないな。

 田中も佐藤と同じで面が地味なのを理解したうえで出来る限り見てくれを整えようとしてるのは好印象。とはいえ男で身長が低いってのはディスアドバンテージだな。軽いボディタッチで顔を赤くしてどもってることからも興味津々だけど経験は少ないって感じか?

 最後に鈴木。うん、以前にも思ったけどこいつもう自分から女と積極的に関わろうって気がないんだろうな。いくらここが漫画世界だからって、大半のモブは現実準拠で生きてるんだからそんな片目が隠れる髪型とかありえんだろ。髪の色も他の二人はユーザーらしいカラフルさなのにこいつだけは地味~な黒髪だし……。前に話した感じ二次元趣味だったっぽいし、たぶん表向きリアル女に興味はありませんって態度で、相手からアプローチかけられたら満更でもないってスタンスと見たね。ふふん、リアル美少女の破壊力ってやつを見せつけてやろう。


「そうかなぁ? 鈴木先輩も、髪染めたりしたら派手で格好良いと思いますよぉ。ほら、試しに金髪とかにしてみましょうよぉ」

「いやぁ、それは似合わないと思うよ」


 肩を組んでいた腕をほどき、ちょうど空いていた鈴木の隣に腰掛けぶりっ子モードで話しかける。ついでに鈴木の髪の先に触ってみたりもする。そもそも俺の本性を知ってる連中に今更ぶりっ子して効果があるのかと思うかもしれないが、男ってのは可哀想な生き物でね。騙されてるかもとわかっていても本能には逆らえんのさ。


「ほら、前髪もこんな風にちゃんと分けて」


 髪の毛の端っこを触るくらいなら、ちょっと距離感が近づくくらいで鈴木にもまだ多少余裕があるみたいだった。しかしこれには動揺を隠せまい。必殺密着おっぱい押し付け。前髪をかき分けるには身を乗り出して大きく身体を近づける必要がある。その際、無意識的におっぱいを押し付けちゃってましたというシチュエーション。二次元好きはシチュエーション萌えなのだ。こんな現実ではまずありえない状況、オタクにはたまらんだろう。もちろん別に接触しないようにしようと思えば簡単だが、それじゃつまらんでしょ。いい歳こいて純情な青年を弄ぶのが面白いんじゃん。


「ちょ、き、きららさん!? あた、当たってるから……!」

「え? きゃぁ、鈴木先輩のエッチ……! で、でも、先輩なら……」


 別に恥ずかしくもなんともないが赤面して涙目になりつつ上目遣いで鈴木を可愛らしく睨みつけてから、ギリギリ鈴木にしか聞こえないくらいの声量で、嫌じゃないかも……、と言ってみる。ちなみにこの赤面なり涙目なりはぶりっ子エミュをしてるうちに自然と身についていた。


「え、いや、き、きららさん? それって……」

「おい、その辺にしといてくれ。鈴木は人一倍女に騙されやすいんだ」

「自分は騙されないって思ってる人ほど、って言うからねぇ」

「えー、ひどーい! きらら嘘なんてついてないもん! ……ってのはこの辺でやめとくか。良い夢見れただろ鈴木パイセン? 俺のおっぱいは柔らかかったか?」

「……いや、うん、知ってた。ちゃんとわかってたからね。あえて乗ってあげただけで。きららさんがそういう子なのはわかってたからね」


 実際鈴木と田中にはここまで露骨にではないが似たようなことを前にもやってるんだが、学習しないパイセンだぜ。それぐらい俺が魅力的過ぎるってことだな。可愛いは正義であると同時に罪でもある。


「たまには俺にもそういうのやっても良いんだぜ?」

「佐藤パイセンはヤリチンっぽいから嫌だね」

「純度100%の偏見じゃねえか」

「佐藤は彼女いるから止めた方が良いよ。自分から手を出すつもりはないけど相手からしてくる分には浮気じゃないとか言ってるし」

「田中! バラすなよ!」

「彼女持ちとかますます食指動かね~」

「俺も人のことは言えんけど大概悪趣味だな」

「るせー! 美少女のおっぱい触れたんだからWINWINだろうがよぉ!」

「などと供述しており」

「続きは署で聞こうか」

「捕まる前にニュースになってんじゃん! パイセン助けてくれ! 冤罪だ!」


 放心状態の鈴木の肩をバシバシと叩いて現実に連れ戻し、馬鹿話を続けること十数分。大口を開けてギャハギャハと美少女にあるまじき下品な笑い声をあげていると、ふいにガッと後ろから首根っこを掴まれた。

 誰だよ畜生がと気炎を吐きかけたが、対面の佐藤と田中が憐みの目を俺に向けていることに気が付いて全てを察した。


「楽しそうですね、先輩」

「……俺は悪くねぇ。俺はすぐにワンコを探そうと思ってたんだがこいつらにしつこく引き止められたんだ」

「楽しそうでしたね、先輩」


 有無を言わさずソファの上から引きずり降ろされ、それと入れ替わるように長身の男がソファに腰掛ける。西園寺だ。どうやらワンコと一緒に戻って来たらしい。


「西園寺ぃ! 俺を助けろぉ!」

「いやぁ、どうせいつもどおり君が悪いんだろうし……」

「クソが! 俺は悪くねぇ!」


 この後駄々っ子のようにじたばたと暴れながら俺は悪くねえと連呼し続けたがワンコはその全てを無視して首根っこを掴んだまま俺を引きずり回したのだった。


 美少女でも許されないことはある。

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