ep2 美少女を優遇しろ! 忖度しろ!

 一人暮らし用の小さなキッチンでお湯を沸かし、道すがらコンビニで買ったカップラーメンに注いで三分のタイマーをかける。蓋の上に箸と油の袋を置いてから、改めてやかんを持ってみると中にはまだ一人分くらいは作れそうな程度にお湯が残っていた。ついでだからワンコの分も作ってやるか。

 いつ帰ってくるのか知らないが、遅くなりそうなら俺が二人分食べたって良い。俺は燃費が悪いから二人前くらい余裕だろう。待ちに待ったシリーズがようやく発売されたわけだしな。いくら現代をベースにしてるからってこんなところまで忠実に再現しなくても良いだろうに。まあ、ちっさい頃からスマホを持ってたらここまで強くはなれなかったかもしれないから、結果的には良かったのかもしれないけどな。


 この世界に前世の記憶を持ったまま転生して、最初こそ転生チートで無双っていうお決まりのパターンを想像していたもんだけど、わかりやすいチートなんて持ってないし、なぜかスマホどころかパソコンもあんまり普及してないしで、幼児の頃は知識の収集に苦労させられた。

 テレビや図書館の本からどうにか情報を集めてわかったことは、どうにもこの世界が俺の知っている世界ではないってことだった。いや、ある意味では知っているが、元々俺が居た世界ではないとでも言えば良いだろうか。

 わかりやすく簡潔に言ってしまえば、ここは俺の読んでいた漫画の中の世界だ。テレビや本の中で当たり前のように「怪人」と「オーラ」という言葉が使われていて、ニュースを眺めてれば少なくとも一件は怪人絡みの事件が読み上げられることからそれに気が付いた。


 かつて週刊少年ステップで連載されていたバトル漫画、「User」。


 その漫画の中では怪人と呼ばれる突然変異の化け物が、無秩序に暴れまわったり人類を滅ぼそうとしたりする。だが人類もやられっぱなしなわけじゃない。オーラと呼ばれる特別な力を使う登場人物たちが、大切な人や町、ひいては世界を守るために怪人たちと戦うのだ。そして最後は、有史以来最悪の怪人と主人公たちが熾烈な争いを繰り広げ、これに勝利し、世界に仮初の平和が訪れる。そんな話だった。


 この世界がそんな漫画に酷似していると気が付いた時、俺が感じたのは原作知識を持っていることへの喜びなどではなく、漠然とした未来への不安だった。


 漫画を読んでる時は、人類を滅ぼそうとしている凶悪なラスボスなんてありきたりだとしか思わなかった。どうせ最後は主人公たちが勝つんだろうと思ってた。実際、勝ったしな。

 だけど、この世界でも同じことが起きるかはわからない。凶悪なラスボスがいないなら良い。全然良い。でも漫画通りあのラスボスが現れて、もしも主人公たちが負けたら? そうしたら世界は終わってしまう。人類は滅びてしまう。

 原作通りラスボスを倒せたとしても、問題はまだある。ラスボスを倒して訪れるのは仮初の平和なのだ。


 漫画の設定では、怪人は自然発生するものだった。別にラスボスが生み出してるとかじゃない。だからラスボスを倒したとしても、この世界から怪人がいなくなるわけじゃない。

 怪人は災害みたいなものだ。災害よりもずっと遭遇する可能性が高くて、災害と違って明確な殺意を持って襲い掛かってくる。

 オーラを使える特別な人たち、作中ではオーラユーザーなんて呼ばれていた彼らならば、怪人に襲われたって大丈夫かもしれない。だが、一般人は違う。この前倒した桃色肉団子巨人に襲われていたモブどものように、何の力もない人間は悲鳴をあげて逃げ惑うことしか出来ない。恐怖で足が竦めば、どうか自分が標的にならないようにと震えて祈ることしか出来ない。

 なんてモブに厳しい世界なんだろうか。


 とにかくそんなわけだから、幼いころの俺は恐怖したわけだ。いつどこで怪人に襲われて死ぬかもわからない中で生きていかなくちゃいけないのかと。

 まあ、結局のところそんなもんは全部杞憂だったわけだけどな。

 漫画で描かれていた、オーラを使う才能の有無を確認する方法を試してみたら見事に俺には才能があった。それも、とびきり大きい才能だ。原作知識から得た修行方法で小さい頃から毎日オーラを鍛え上げ、小学校を卒業するころには一流のユーザーと遜色ないほどの実力になっていた。


 怪人の恐怖から解放された俺は、自分が特別な存在の中でも一際特別な、まさにこの世で一番特別な存在なのだということに気が付いた。

 なにせ日に日にオーラの扱いは洗練されていくし、中学生ともなれば美醜の優劣もハッキリしてくる頃だ。加えて何の心構えもなく突発的に迎えた怪人との初陣は驚くほど手ごたえのない快勝だった。


 この世界は俺のためにあるのだと思った。


 本来18歳以上でなければ取得することのできないプロのユーザー資格を中学二年生の時に取得し、それから原作知識を活用して今後強大な敵として成長する怪人を発生と同時に叩き潰す。これが中々骨の折れる作業で、桃色肉団子みたいに原作で発生時期や場所を明記してくれてれば簡単なんだが、大半はそんな細かい部分までは描かれていない。だから作中の強さや狡猾さから経験を逆算してこのくらいの時期にはもう発生しているはずだと当たりをつけて情報を集める。去年ぐらいからはSNSも本格的に普及し始めて、情報収集は格段に楽になった。


 ハッキリ言って最強無敵の俺なら成長しきった原作怪人でも余裕で勝てるが、漫画に出てくる怪人ってのは作品で盛り上がりを作る必要があるからかどいつもこいつも馬鹿みたいに大きな被害を出してるやつが多い。それがわかってて止めないってのは、流石に少し引っかかる。

 とはいえ、そろそろそれもお終いだ。来年の四月、高校生になった主人公が事件に巻き込まれてオーラに覚醒することで物語は始まる。そうなれば俺が首を突っ込まなくても主人公くんが何とかしてくれる。作中でも特に凶悪だった怪人は粗方処分したし、俺に出来るのはこんなところまでだろう。

 被害の多い怪人は何も原作に登場するやつばかりじゃない。原作では描かれていなかった、複数人のユーザーを殺したり、大きな被害を出したことで指名手配されている怪人も少なくない。ワンコにも話してあるが、今後はそっちをメインに狩っていくつもりだ。


 子供の頃に感じていた漠然とした不安はもうない。

 身を守ることだけを考えるなら積極的に怪人を討伐する必要なんてないんだ。

 俺がプロユーザーの資格を取って、護身のためじゃなく狩りのためにオーラを使うようになったのは、強い怪人を沢山倒して最強に可愛い俺を世界中に知らしめるためだ。世界一特別な俺を世界中に認めさせるためだ。


 思えば随分遠回りしたもんだ。

 成長しきる前の怪人は成熟したそれに比べれば被害は軽いし強さも大したことがない。生まれつき強力な個体も居るが、その強さが知れ渡るのは一通り暴れてからだ。だから生まれたての怪人ばかり狩ってきた俺の名前は実はあんまり知れ渡っていない。

 見てくれの良さと手際の良さ、それからパフォーマンスの甲斐もあってかじわじわと知名度を上げつつあるが、一部の匿名掲示板ではラッキーガールだの雑魚狩りだのと不名誉な呼ばれ方をしていたりもする。


 ふん、今に見てろよ便所の落書きどもが。お前らが最強議論して持ち上げてるどのユーザーよりも俺が強いってことを見せつけてやる。


「っと、できたか」


 かつては同類だった底辺どもに怒りを燃やしてるうちに三分が経過していたらしい。タイマーをセットしたスマホからピロピロと気の抜けた電子音が聞こえた。


「あっ」


 音を止めるためにタップする直前、画面が切り替わった。前世ではあまり馴染みがなく、今世ではすっかり見慣れた着信画面。オーラを使っていれば反応できたかもしれないが、日常生活の中でずっと使うようなものでもない。画面をタップしようと小気味よく動かしていた指を咄嗟に停止させることはかなわず、無情にも俺の指先は受話器が置かれた赤色のアイコンに重なっていた。


「ワンコからか」


 着信履歴を確認すれば、電話をしてきたのは俺の仕事仲間であり後輩でもあるワンコ、本名を大湾康介という少年だった。


 ワンコとは二年前の夏からバディとして仕事をしている。

 俺は元々ソロで活動しており、しばらくは誰かと組むつもりはなかった。とくに男と組むと後々絶対男女関係で揉めるとわかりきっていたから、男とは絶対に組まないと決めていた。

 しかしこの荒っぽい業界には腕の立つ女のユーザーは少ない。そもそも男女を問わず俺と組んで引けを取らないユーザーというやつがこんな田舎にはほとんどいないし、実力者はすでにチームを組んで活動している。

 俺は誰かに命令されて戦うのが大嫌いだ。だからもしもチームを組むなら自分がリーダーになると決めている。そうすると必然的に、すでに存在するチームに後から入るという選択肢はなくなる。


 そんなわけでいくつかの理由が積み重なって気ままにソロプレイをしていたわけだが、俺の成長に伴ってチームへのお誘いは増えていった。俺の可愛さは日に日に磨きがかかってるから当然だな。

 一度断ったやつらもしつこく勧誘してくるもんだから、数は減るどころか増える一方。中には俺がリーダーでも良いってやつも多くいたけど、ハッキリ言って下心が丸見えだった。

 元々男だったからそういう気持ちはわかるし、下心があるのを悪いとは言わない。ちやほやされたり注目を浴びるのは好きだしな。ただ、それは日常の中での話だ。俺は最強だし滅多なことで危なくなったりはしないが、だからと言って下心でチームを組もうとするやつに背中は預けられない。


 とかなんとかうだうだと言ってるくせに結局男とチームを組んでるじゃん、と思うかもしれないが、ワンコは絶対に男と組まないと考えていた俺がその条件を外して組んでも良いと思えるくらい優良物件だったんだよ。


 まず第一に、強い。俺ほどではないが、こんな田舎では滅多にみないレベルの強さだ。それも、俺が初めてワンコを見かけてその強さを認めたのはあいつが14歳の時だ。俺自身特例を使って中二の時にライセンスを取ってるから、18歳未満でも意外と簡単に取得できると思うかもしれないが、そんなことはない。

 全国的に見ても、現時点では未成年でライセンスを持ってる奴なんて10人もいない。別にライセンス所有者の年齢が公開されてるわけじゃないから協会の職員だとか公安でもなければその事実を知ることは出来ないが、俺は原作知識でそれを知っている。まあ原作スタート後はインフレしてどんどん増えるけど、とにかく今の段階ではそんなにいないんだよ。それがこんな田舎に二人もいるなんて、本来ならありえないことだ。

 それくらい将来有望でかつ、出会った時点でも強かったやつがソロで活動してる。こんな大魚を逃す手があるかって話だ。多分他の連中からは俺も同じように見えてたんだなってその時実感したね。


 そして第二に、俺のファンだということ。正確には、だったと言うべきか。

 ワンコがソロで怪人をぶっ殺してる現場に偶然遭遇した俺は、とりあえず話をしてみてから勧誘するかを決めることにした。当時のワンコはまだ俺より背が低くて顔立ちにも幼さが残ってて、下心丸出しで近づいてくるおっさんと比べて不快感が皆無だったのも話をしてみるかと思った理由の一つだろう。

 あの時のワンコはまあ凄かったな。俺が声をかけてお互い自己紹介してからチームを組まないかって誘ったら、ちょっとの間固まって滅茶苦茶テンパって、俺のファンだとか、あなたみたいになりたくてユーザーになったとか、ずっと憧れてたとか、最後の方なんて目をキラキラさせながらふんすふんすと鼻息を荒げて捲し立てた。かと思えば俺なんてまだまだとかうじうじしたことを言い始めたので、別に嫌というわけではなさそうだと判断して無理矢理チームを組んだ。


 初見でこいつ犬みたいだなとぶんぶん振られてるしっぽとしょんぼり垂れてるしっぽを幻視して、聞いた名前を思い出して呼び名はワンコとなった。中二男子らしくエッチなことにも多少は興味があり、揶揄ってやると面白いように顔を赤くして反応するくせ、普段は尊敬してますって視線を向けてくる。これで絆されない方が嘘だろ?

 まったく、あのころは素直で背もちっさくて可愛かったってのに、いつの間にか口うるさくなって熱の籠った視線ではなく呆れた視線やらジトっとした視線を向けてくるようになってしまった。ヨンサマも言ってただろうが。憧れは理解から最も遠いってさ。ずっと俺を尊敬していればいいものを、気づかぬ間に俺はワンコにダメ人間として認定されて憧れのヒーローではなく手間のかかる美少女になってしまったらしい。しかも急に背伸ばしやがって。ああ、可愛らしいワンコはどこへ行ってしまったのか……。


 とにもかくにもそんな経緯でバディを組んだ俺たちは、片やゴリゴリの前衛、片や中距離メインの何でも屋と戦闘の相性が良く、人間関係も尊敬から呆れへと緩やかに変化しつつも居心地の良い先輩後輩というような感じでなし崩し的にうまくやっている。


「俺だけど、何かあったか?」


 昔はよく懐いた犬のように構って欲しそうに頻繁に連絡してきたワンコだが、いつからか個人的な要件で連絡してくることはあまり多くなくなった。それも、メッセージアプリではなく電話をしてきたということは急ぎの用事なのだろう。


『……何で一回切ったんですか?』

「誤タップだ。カップ麺のタイマー止めようとしたら丁度かかってきたからさ。タイミング悪いんだよ。そんな小さいことでカリカリすんなよなぁ~。生理中の彼女じゃねんだからよー」


 すぐに折り返すと、少しだけ怒った様子のワンコに逆に聞き返されたのでありのままに答える。まったく、質問に質問で返すなって教わらなかったのか? 最近の若者はキレやすくていけないな。


『怒ってるのは別件です。ライセンスの更新しておいて下さいって言いましたよね?』

「……ああ~、今電車の中だから一旦切るわ」

『さっきカップ麺がどうこう言ってましたよね。どうせ俺の家に上がり込んでるんですよね? 勝手に入るなっていつも言ってますよね? 良いから今すぐ協会に来てください』

「ぅるせー! 飯食ったら行く! 行けばいいんだろ!」


 追加でお小言を投げ付けられる前に電話を切ってずるずると勢いよくラーメンを啜る。

 いくら完全無欠の美少女とはいえ物事を忘れることくらいはある。その中でもライセンスの更新は特別にやべえやらかしだ。更新期限いつまでだっけな……、最悪美少女パワーでゴリ押し出来ねえかな。

 つーか協会も期限切れそうなら電話なりしてこいよ! 何のためにあるんだよ! 俺は美少女だぞ!? 美少女を優遇しろ! 忖度しろ!

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